解りにくかったら、メジロのお婆様がキャピキャピしてるの想像してください。
「と! 言うわけで! シリウスちゃんには海外遠征に行ってもらいま~す!」
今、シリウスシンボリ。私がいるのはシンボリ本家の御当主様の執務室。
元々私がいたシンボリ分家がアイツのせい? で物理的にお取り壊しになった。そのおかげでといいますか私の所属も分家から本家に変わった。分家にいたころは『なんだかなぁ~?』ってことが多かったけど、こっちでは好きにやらせてもらってるし、それに合わせてサポートもしてくれる。なんだかシンボリの良いところと悪いところを本家と分家で分けてたのかな、って感じ。
ま、そのおかげでトライアルの青葉賞には勝てたし、ダービーでホープフルの雪辱も晴らせたし万々歳! これから世界に向けて頑張るぞ~!って感じでおハナさんと盛り上がっていた時にルドルフ先輩が息を切らせながら部室にやってきた。『お、お婆様がシリウスのことを呼んでいる! わ、悪いが一緒に来てもらえるか!』だって。
ダービー終わりで、しかも私勝てたからそれ関連のお話だと思うんですけど、それだけなら先輩はあんなに慌てない。本家に移籍した時少しだけお会いしたけどめちゃくちゃ怖そうなお婆様だったことは覚えてる。
シンボリ家現当主、スピードシンボリ。天皇賞に宝塚、有馬を二回も勝った方。引退してからの活躍もすごくて『老雄』って呼ばれるぐらいのすごい人。日本ウマ娘として初めて海外で戦った人でもあって、ちょっとだけ憧れていた人。
そんなすごい人&第一印象滅茶苦茶怖そう、な御当主様。
胸の動悸が緊張でおかしくなりながら、若干顔青くなってるルドルフ先輩と一緒に入った執務室。御当主のこちらを射殺さんとする眼光に耐えながら発せられる言葉を待っていたんだけど……。
え????????
「あれ? 聞こえなかった? シリウスちゃんには海外遠征してもらいま~す!ってことだけど……、あ! もしかして嫌だった? 元々外に出たいって聞いてたもんだからてっきり。こりゃお婆ちゃんうっかり!」
滅茶苦茶厳しそうなお婆様が一変してなんか親しみやすそうな近所のおばちゃんに!? 隣にいる先輩目ぇ白黒させてるんですけど!
と、とにかく何か返さないと!
「い、いえ! とてもありがたいです! 前々から海外に挑戦したいと思っていたので!」
「ありゃ、そう? なら良かった! いや~、これから夏だし時間空くなぁ、って思ってたからちょうどよかったよ。去年もルドルフに行ってもらおうと思ってたんだけどケガしちゃったからお流れしちゃったしねぇ。」
「そ、その件は大変申し訳なく……」
「いいのいいの! ケガなんて不可抗力だっただろうし仕方ないよね! ルドちゃんは頑張りすぎて失敗しちゃうこと多いからそういうの気を付けるんだぞぉ! お婆ちゃんとの約束だからね!」
ル、ルドちゃん? え、もしかして先輩そう呼ばれてるの!? ルドちゃん!?
「ま、話を戻して海外遠征。わざわざダービー終わりに言う理由は、分家の取り壊し騒動とかで変な記者が寄り付かないように、って意味もあるけどねぇ……。去年もルドちゃんに行ってもらおうとしてたから『今のシンボリ家はこの時期に海外遠征したいんかなぁ?』って思わせられることもある。それにシリウスちゃんは積極的って聞いてたからそこらへんちょうどいいかなぁ、と思いお婆ちゃんご提案してみました! モチロンかかる費用だとか、あっちでの宿泊施設に練習施設、本家の方で全部手配しちゃう! ……ど? やってみる?」
……これは。チャンスだ。正直まだクラシックの内、こんな早く海外遠征の話が来るなんて思ってなかった。外に出るとしてもシニア期から。ルドルフ先輩に比べて期待されてない私だから、学園やURAの奨学金あたり、それまで稼いだ賞金を使って自分で行くことになると思ってた。自費でやるから行ったり来たりもできないだろうし、長期の遠征になると思ってた。でも!
「……あの! 当主様! ……まだ決着を付けれてない相手もいます。私が出たい国内のレース、それを出るために一度戻ってきて、その後また海外に行くってことは……。」
「あ! そんなことね! もちもち! いいわよ! 好きなレース、国内海外含めてどれでも出てOK! そのためのサポートも出来るだけやらせてもらうわ! 好き~にやって頂戴! ……あ、ちゃんとトレーナーさんに相談はするのよ!」
「あ、ありがとうございます!」
自分の目標だった海外遠征、それをかなり自由にやらせてもらえることになってウキウキしているシリウスシンボリ。目を白黒させながら退室した『え? お婆様なんか変なもの食べたの? いつも滅茶厳しい人だし、あんな喋り方しないのに? あとルドちゃんって何? ルナちゃんじゃなくて?』シンボリルドルフ。
ルドルフにも伝えることがあったが、少々気が動転しているようだったので二人とも退室させたスピードシンボリ氏。お話が終わったということで一息ついているようです。
「………行ったかな?」
耳をぴくぴくさせながら周囲を窺うスピードお婆様。
誰もいないことを確認した彼女は執務室に置いてあるお高そうな電話に手をかけ、慣れた手つきでどこかに連絡を取る。
「……あ、アサマ? ちょっと聞いてよ~! 言われたとおりに軽~く、フアフアした感じで話してみたんだけど逆に怖がらせちゃったみたいなのよ! 特にルドルフ! ……え? もっと段階を踏め? いやもっと孫世代の子たちと仲良くしたいじゃんか! スイーツとかの話題で『お婆様、このお店の商品がおいしいらしいですの? 一緒に行ってくれませんか?』みたいな会話したいじゃんか!」
……どうやらご友人のメジロ家現当主、メジロアサマ氏にお電話しているようである。ご友人でしたのね。
「……いや解るよ? 解るけどさ? 今電話かけたの私! 私のターンよ! この前写真もらったからマックちゃんとかライアンちゃんとかパーマーちゃんとかドーベルちゃんとか! むちゃかわいいの解るの! 4人もいるのずるいの! そんだけ幸せそうなら私にもうちょっとわけろや!」
ふむ、話を聞く限りメジロアサマ氏はお孫さん方ととても素晴らしいご関係を保っているそうですが……、おかしいな? 情報筋によるとアサマ氏は厳格で厳しいお婆様で、お孫さんがたともっとキャピキャピしたいけどうまくできないよぉ! って感じの方だった気がするのだけど……。もしかしてご友人に見栄張っちゃった?
「あ~、はいはい。確かに言われたように急すぎたかもね。次は少しずつやってみる。確かに私たち当主とかの失敗のせいで家全体に迷惑かけるのは駄目だしねぇ……。うん確かにちょっとダメだったかも。もとに戻すわ。……うん、ありがと。また相談のってよ。またね。」
お、そろそろ電話終わりそうですね。そろそろこちらも退散することにしましょうか!
いやー、にしてもトイレのキュポキュポするやつで頑張れば壁に張り付くこともできるんですねぇ。シリウスが心配でついてきたけどいい感じのお婆様でわたくしちょっと安心ですわ! あ、後、話盗み聞きした感じメジロ家の方でも面白そうなことありそうですしお寿司、今度忍び込んでみヨット!
後日、友であるスピードシンボリに孫と仲良くなるレースで負けかけていることに気が付いたメジロアサマ氏が積極的にお孫さんたちと交流しようとしたが、当主という立場とこれまでの厳しいイメージをどう払しょくすればいいかわからず、結局何もできなかったようである。
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「売れねぇ、なぁ……」
せっかく最後の夏休み、ってことでジャスタウェイと思いっきり遊ぼうって思ってたんだけどな~。アイツ家の用事とかで海外に高飛びしやがるとはこのゴルシ様の目をもってしても解らなかったぜ!売れっ子漫画家の家ってやつは色々と違うんですかねぇ?
ま、一人で家にいてもつまんねぇお稽古とかよく解らんもんやらされるのは目に見えてるし、こうやって路上で金属バット売ってるわけだがマジで売れねぇな!
「最後、なんだよなぁ。こんなに自由にできんの。好き勝手遊べんの。ジャスの奴と思いっきり遊んでやろうと思ってんだけどなぁ……。」
私の家はメジロの分家。それもお堅いとこ、で歴史もある家。ま、そんなことはどうでもいいんだ。問題は来年から私がトレセン学園に入らなくちゃならねぇ、ってこと。学園に入ったらたとえ私がメジロの名を冠していなくてもその家の者としての取るべき態度ってもんがある。それに準じないといけない。
ウチのオトンはまぁ自由人な感じだったけどそこらへん締めるところはちゃんとしてる大人だ。オカンは箱入りのお嬢様だったけどまぁそこらへんには理解がある人だった。おかげさまでいろんなお稽古やら礼儀作法やらを叩き込まれはしたけど小学校までは自由にさせてくれた。
でも学園に入ってからは違う。
中央トレセン学園、ウマ娘としての最上級の学校。レースとライブ、その性質上メディアにずっとさらされる。ずっと他人の目がある。ずっと私はメジロとして見られる。それはすなわち私はずっと不自由なまま、あんまり好きじゃないお嬢様として生きてかなくちゃならない。
「でも、なんか違うんだよ……。」
ウマ娘としての成長期が来たせいか、体が徐々に大きくなっていき、髪色も白に近くなっていく。今年に入ってからゆっくりとだが、これまでの自由な私が世界によって変えられてくみたいで……、今までの私がなくなってくみたいで。
炎天下の中、蹲る。ゆっくりと近づいてくる不安のせいか、それとも自分の置かれている状況のせいか、なんだか、涙が……。
すると突然、どんぶり一杯の冷やし中華が目の前に差し出された。
なんだかよく解らなかったけど、暑くて汗をかいていたせいかキンキンに冷えているであろう冷やし中華がとてもおいしそうに見えた。私は誰がそれを渡したかなんて気が付かずにかき込んじまったわけよ。
それがもうウメーのなんのって! 私はそこまで冷やし中華とか好きじゃないんだけどあの味だけは忘れらんねぇよなぁ……。
ま、食い切った後は腹も膨れたし水分もスープで取れたわけで、それまで感じていた不安も少しまぎれて周りを見る余裕もできる。とりあえずは顔を挙げてこの冷やし中華をおごってくれた人の面でも確認してやろうと思ってたんだ。
目線は腰付近からゆっくりと上がっていって、全く起伏のない胸。そしてその上にあった顔は物憂げな顔をしていたんだ。
『アタシはウマ娘だけど、スシウォークしながら走るのはあんまり得意じゃない』
『だから冷やし中華屋を目指そうと思ってる。お前も自由な未来を選びな、そうアタシみたいに!』
だいぶ前に公園で一緒に遊んでくれたウマ娘だった。
すごい衝撃だった。自由にしていいなんて言われたのが初めてだったからかもしれない。
必ずしもメジロ家としてふるまう必要はない。自由にしていいんだ、って初めて思えたんだ。
『あ、あとさゴルシ君? さっきあそこで生きのいい野生のゲート見つけたから一緒に破壊しに行かないかい? 絶対楽しいぞ!』
お! いいっすね師匠! アタシもついていくぜ!
あなた
心配になったので後ろからついてきた&お家の壁にくっついて盗み聞きしてた人。トイレのキュポキュポするやつはシンボリ家のトイレから拝借した。やっぱ良家はこういった備品も高級なんですねぇ、と感心。
冷やし中華? 知らない子ですね?
あと初期案では顔がギャグマンガのように陥没していた。おそらくお母様のお仕置きでしょう……、ま、すぐ元に戻るんですけどね。
シリウスシンボリ
んじゃ、私海外行ってくるんで! とりあえず頂点と今の私がどれだけ離れてるのか見てきま~す!
シンボリルドルフ
後日、当主であるスピードシンボリ氏のところを伺ったのだが以前の厳格で厳しく指導するお婆様に戻っていたのでさらに困惑した。たぬき。
ゴルシ
冷やし中華よりも冷やしラーメンの方が好き。師匠とはその点だけ気が合わない。
ゴルシ’s両親
娘のためになるって思ってメジロ家に残ってた人たち。娘が無理をしていることに気が付いたため一念発起してメジロ分家を離脱。これでゴルシは学園で好き勝手出来るようになったわけである。やったねたえちゃん! あとお父上は何故かマグロ漁を始めた。
どうも、ハムタ……、ウインディちゃんなのだ。お待たせして申し訳ないのだ。次はもっと早く投稿できるように頑張るのだ。だからぶたないで欲しいのだ。
まぁふざけるのは置いておいて次は菊花賞周りの話になりますのだ。一つか二つ間に入ってミホシンザン先輩の雪辱戦が始まるのだ。とっても強そうなのだ。