シリウスシンボリ。
シンボリという名家の端っこ。本家から別れた分家の娘として生まれた私の名だ。
昔は家で、やれ本家に追いつけ、やれ本家を追い越せ、なんて色々言われて過ごした身だ。
その時から周りの雰囲気におかしいとしか思えなかったし、自分だけ浮いていた。
ゆえに一人で色々過ごしていたら、まぁ思うように動かない娘は爺婆にとっては煩わしかったようでつまはじきにされた。
親は比較的まともだったおかげで寂しくはなかったが、練習する場所や機材の問題はあった。
そんな私がいまじゃ本家預かりで、分家は奴のせいで物理的に消滅。
私は海外重賞に日本ダービーを勝った実力者のお嬢様。
ある意味、私は満たされてしまったのかもしれない。
「…………ッ!!!」
全力で走っていた足を止め、あの時のように地面に転がり落ちる。
イラつきから思わずターフを叩きつけてしまった。
「領域が、使えない……。」
あの頃は競い合える相手がいた。
あの頃は目指せる目標があった。
あの頃は明確な乗り越える壁があった。
今は何もない。
ミホシンザンはトゥインクルシリーズを卒業してドリームシリーズに移籍した。アイツは有馬が終わった後の失踪している時にキレていたURAによる除籍処分を受けたためトゥインクルシリーズからは引退した扱いになっている。……まぁあいつの場合は望めば普通にドリームシリーズに行けるんだが行くつもりはないらしい。
私は残った。まだ海外でGⅠ勝利を上げれていないため上のシリーズに行くならそれを取ってからにしようと思ったからだ。
あの時は明確な目標、私の名にあるシリウス、“一等星”の輝きを自分で体現しようとしていた。シンザンという太陽をその身に降ろした“ミホシンザン”。狂気の化け物と化した“あなた”。それを超える一等星であろうとした。
目の前に壁があった。ダンシングブレーヴという壁。あいつという壁。全力でぶつかっても壊れない壁があった。
それももうない。ダンシングブレーヴは去年のジャパンカップで引退を表明して何故か日本に居座り、都内に買った別荘でぬくぬくしているし、アイツは昨日戦闘機に変形して空を飛んでいたらしい。いつも通り意味がわからん。
あの、去年の有馬記念。私は全力を出し尽くしてしまった。
全力で戦って、自分の思い描ける最高の“一等星”に私は成れていた。
でも私は負けた。
清々しい負け方だった。走り終わった後にみんなで笑い合えるぐらい気持ちのいい負け方。
全力と全力がぶつかったんだ。悔いは残らなかった。
でも、そのせいで……。
「『領域』が使えなくなってたら意味ねぇんだよ……。」
あぁ、確かに私は満たされてるさ。名誉もある、生活の不安もない、将来のことも賞金があるし、本家のこともあるから食いっぱぐれることもない。
勝負したい相手も決着をつけてしまったようなものだし、もう一度戦うにしてもあの有馬よりも自分が上位にいないと意味がない。落ちぶれた自分には無理な話。
空は青い、憎いほど青く澄んでいる。
代わりに私の心には濁ったものがたくさん。
伸し掛かるのは焦りと不安。
ウマ娘には限界がある。本格化、という能力が跳ね上がるタイミングがある。
しかしながらそれを一生保ち続けるのは不可能。一度てっぺんまで登ってしまえば後は下るだけ。
私の能力の頂点があそこで、これからはもう落ちて行くだけだという恐怖。
『領域』が使えなくなったという事実がそれを後押しする。
「アイツが取れたんだ、KGVI & QESか凱旋門、どっちか取りたかったんだけど無理かもしれねぇな……。」
どうしても弱気になってしまう。『領域』がなくても英雄レベルでもないと私は負けないということは理解はしている。でも精神世界に入れないことが、自分が自分じゃないような感覚に陥れさせどうしても海外遠征をする気にはなれなかった。
おかげで有馬からの休養明けで2月ぐらいから丸々一年海外旅行だったはずなのに4月過ぎても国内。
『領域』さえ元のように使えるようになればすぐ飛び出るつもりだったんだが……、な。
「……ハァ。っし、と。うだうだ考えても何も始まらんな。とりあえず体動かすとするか。」
そう思いながら空を見上げる。
やはりまた、空は青い……………ん?
『おい、土門。ホントにトレセンの上空で未確認飛行物体が発見されたのか?』
『門彦ォ! うだうだ言わずにパトロールだろ? 管制にも聞かれてるし給料減らされたらカミさんにドヤされるのお前だぜ?』
『おぅ! それは勘弁だな!』
『ま、わざわざお仕事回してくれたんだ。しっかりするぞ……、ってありゃなんだ?』
あなたちゃんは地獄耳。これは世界共通の必修科目である。
先日英語の小テストで見事全問不正解をたたき出したあなたちゃんは先生に怒られながら英語の補習中でした。みんながターフで走ったり、学外でお茶しているのにあなたちゃんはお勉強。
頭がいいあなたちゃんこと理性ちゃんに人格変更を依頼しようと思った本体あなたちゃんでしたが、そこは理性ちゃん『私がやったら意味がないじゃん』という常識で返されて扉をパタン。無視されてしまいました。
なので自分で英語をしなければならないのですが……、まぁ全く進みません。知恵熱が出てしまうほどです。
先生もさすがに疲れたのか、あなたちゃんに『5分だけ休憩、ベランダで風にでもあたって頭を冷やしたらどうですか?』とおっしゃるぐらい。あなたちゃんもつかれていたのでおやつとして持ってきていた五ガロンハチミーを片手にベランダです。
そこで先ほどの会話というか通信。
ま、いつものことです。正直もう飽きてしまいましたかね?
「髢?縺ッ貎ー縺呎?謔イ縺ッ縺ェ縺!!!!!」
あなたちゃん、キレた!!
自分の空の上を“門”と名前の付く人間さんが二人も飛んでいるのです。あなたちゃんはもう許せません。“門”や“ゲート”が存在していることすら容認できないのに名前がそれなんてもうあなたちゃんに喧嘩を売っているとしか考えられないからです。
「あなたちゃん・トランスフォーム!!!」
その掛け声とともにあなたちゃんの体が機械の質感に変化し、関節部などがメカメカしい感じになります。
あなたは体をT字にして、体内のあなたちゃんが屈伸運動をすることでブラックホールエンジンの約三倍の出力を記録した新型エンジン、“あなたちゃん縮退炉”を起動。起動音があたりに鳴り響きます。
体内の小型あなたちゃんたちが円になって屈伸運動をすることで溜まりに溜まるパワー! そのあふれんばかりのエネルギーを爆発させて変形です!
T字に開かれたお手手が胸から縦一本に開かれた胸部収容ユニットに収納! 代わりに体側面から一対の戦闘機の羽!!!
脚部は人体ならありえない方向、前方面に曲がりこれまた体内に収納! 折れ曲がった部分にはジェットエンジンが生成されます!
完成! F-22 あなたちゃんカスタム!!!
説明!!!
空気抵抗をガン無視した機首があなたちゃんの顔になっているF-22の改修機。ロッキード・マーティン社とボーイング社が共同開発したものを、アナタード・マーベラス社が強化改修した機体。隠密性が高い機体だったが、あなたちゃんの『あ、これカッコイイ』という思いつきから改修されてしまったため、通常と比べ少し隠密性は落ちている。しかしながら速度面・武装面は大幅に強化されており、最大巡航速度まで1秒とかからず、マッハ300で飛行することが可能。小型のあなたちゃんを高速発射する“ANATA-2000”を二門搭載。追加武装として“あなたちゃんミサイル”が搭載可能だ! ちなみにあなたちゃんミサイルは直撃した物体を現実改変して強制的にあなたちゃんにするぞ!
勢いよく飛び上がるあなたちゃん。狙いは勿論頭上の自衛隊の戦闘機二つ。
高速で接近するヤベー奴を発見したお二人でしたが時すでに遅し。
『メーデー! メーデー! メーデー!』
『くッ! 来るなァ!!』
「あなたちゃんミサイル! 発射ァ!!!」
何とか緊急脱出ボタンを押せたお二人でしたが機体は残念。あなたちゃんミサイルの餌食となってしまいました。
ブクブクと何かが膨れ上がるように膨張し、爆発。小さなあなたちゃんがお空いっぱいに広がります。戦闘機を構成していた物質全てがあなたちゃんに強制変換。まさにドリームが如し。
「…………またアイツヤバいことやってんな。」
春なのに雪のように落ちてくるあなたちゃん。個体によってはパラシュートを展開してゆっくり落ちてくる奴もいますが、そのまま直で落ちてくる奴もいます。わぁ! ターフがあなたちゃんの穴だらけですね! かわいいぃ~~( *´艸`)
そんななか、シリウスのところに一体のパラシュートあなたちゃん。サイズは手乗りあなたちゃんと同じくらい。それがゆっくりと彼女の元に落ちてきました。
それを両手を広げて碗のようにし、受け止めてあげるシリウス。やさしいね。
「まぁさすがに目の前に来たらな、……ん? プラカード?」
すっぽりと手の中に納まったあなたちゃん。よくよく見てみると何かプラカードのようなものを持っています。えぇっと、なになに……
【『領域』使えないならあなたちゃんが貸してあげようか? 同期のよしみ!!!】
「いや、『領域』ってそう簡単に貸し借り……、お前ならできそうだな。」
「ア!」といい声で肯定するチビあなたちゃん。どうやらマジで『領域』の貸し借りができるようです。お前ほんとにウマ娘か? いやウマ娘じゃなかったわ。
「いや、怖いからいらん。……それにもうちょっと自分で頑張ってみるわ。」
「……あと、気遣ってくれてありがとな。」
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