(巻き戻っている……。)
自分の手から学生証が零れ落ち、地面に落ちていく。
その事実を理解した瞬間、自分がどんな顔をしていたのか解らない。だがすぐにマルゼンスキーが駆け寄ってきてくれたことを考えるに、ひどい物だったのだろう。けれどそんな私のことを気遣ってくれる彼女たちに応対する余裕すら今の自分にはない。
この世界において、いや自身が存在する世界において時間が巻き戻ることなど些細なことだ。急に別世界と接続されることでこの世界に存在するはずのなかった者たちが流れ込んで来たり、文化が崩壊したり、歴史が書き換えられていくことなど日常茶飯事。手元にある歴史の教科書はただの紙束に過ぎず、個々人が持つ常識などただの幻想。
朝起きれば隕石が降って来る、食堂のごはんが全て形容しがたい何かになっている。星が急に崩壊しすべてが無に帰したり、三女神と自身がガチ喧嘩をして多くの並行世界に迷惑をかけることなど両手で数え切れないほど。まぁそもそも入学して10年以上経っているというのにずっとルドルフが会長だったりする世界であるわけだし。
しかしながら、そのすべてを自身は"知覚"していた。
(明らかに、明らかに気が付けなかった。)
時間が巻き戻っていること。本来入学した瞬間に時間が停滞し、新入生は入って来たとして卒業生は一人も出てこないのがトレセン学園だ。昭和の時代を走ったルドルフ会長や私、そしてマルゼンスキーの間に"史実"であれは大きな年数が離れているというのに、そこにゴールドシップやダイワスカーレット、ウォッカなどの平成のウマ娘も同時に在籍している。
故にトレセン学園とは一種の時空間異常地帯であり、その多くが異常を感知しない。"史実"という別世界からの情報を元に顕現しているともいえるウマ娘、その発生の理由からしても仕方のないことではあるが、その異常がこの世界に置いてのルールだった。
(それが私の知らぬ間に、覆されている。)
気が付けば私よりも先に入学した者たちが卒業しており、自身の性格もそれ相応に変異していた。そしてその明らかな"異常"に、この世界で神格を得たはずの自身が気が付けなかった。誰の差し金かはわからないが、急に進み始めた時間が一年戻されたおかげで何とか気が付くことが出来たが……。
「あなたちゃん!」
「…………っ!」
「あぁ、ようやくこっち向いてくれた。本当に大丈夫? すごい顔してたわよ?」
自身の魂の母、いや父が顔を覗き込んでくれる。明らかな異常で気が動転してしまったが、マルゼンスキーのおかげでようやく落ち着いて来た。あぁ、そうだ。自身はこんなに考えを巡らせるようなタイプではない、行き当たりばったりで好きなだけ荒らしまわって、最終的に丸く収めてしまうのが私だ。
…………………わたし?
「う、うん。たぶん大丈夫、でもちょっと座って休んでてもいい?」
「それはいいけれど……、本当に大丈夫? 保健室行くなら付いていくけど。」
「ううん、それほどひどくないから。」
そう言いながら椅子に腰を下ろす、さっきまで勤めていた司会を母に任せ、秋祭りについての話を進めてもらう。普段であれば皆好きに発言し、次第に動物園かと思うほど個性的な大声で包まれるこのスピカであったが、私の体調を気遣ってくれているのか異様なほど静かである。その気持ちに嬉しさを感じながらも、未だ自身の中に宿る不気味な違和感はぬぐえない。
現在自身及び世界に起きている異常は3つ。
一つ目は本来時間が進まない性質を持つトレセン学園に起きた異常。本来卒業という概念が存在しないはずのここで学園の主要メンバーが卒業したということ、そして時間が進んでいたのにも関わらず一年巻き戻っているということもこれに含まれる。
二つ目はこの異常に対し自身が気が付けなかったという謎。本来こういった異常は自身の専売特許である、私がそれを引き起こし、三女神に怒られ渋々元に戻す。また私が関与していない問題に対しても『世界を混沌に叩き落していいのはあなたちゃんだけ!』というマインドですべてを解決し無に帰す。故にこのような異常には人一倍敏感なはずだったのだが……、何故か気が付けなかった。
そして最後、三つ目の異常。それは自身の一人称の変化だ。
過去の自身でもコミュニケーションに齟齬が出る場合において、一人称を"私"と表現したことはある。しかしながらそれは対外的な物であり、本来の一人称は"あなた"、もしくは"あなたちゃん"であり、一般的に二人称とされるものが自身を表す単語だった。故に自身はこの世の二人称すべてに当てはまる存在の神であり、そのすべてを統合し強化したような存在であることが出来た。その力の詳細を全く理解せずとも、"あなた"であるからこそ扱うことが出来た。
(力の源でもあると呼べる"私の名前"。)
けれど、今現在の私の一人称は、"私"である。コレがよくあるジョークの『私はウマ娘である。ワタシちゃん!』とかであればよかったのだが、こんな風に自身の思考を回すときの一人称すら"私"である。しかも自身の母であるマルゼンスキーにこの名を呼ばれた際に"あなたちゃん"と問いかけられたが、それにすら自身は違和感を覚えてしまった。
(自分が、自分でなくなるような感覚。……これが、恐怖。)
「おーい、師匠ー?」
「あなたちゃん?」
「……っん、あぁごめん。全然聞いてなかった、何?」
考えに耽っていると、いつの間にかゴールドシップとマルゼンスキー。そして少し後ろの方からサクラチヨノオーが自身のことを不安そうに見ている。思考を回している間にいつの間にか話し合いは終わっており、他の部員たちはここにいない。時間を考えるとおそらくすでに練習しに行ったのだろう。
「今日の師匠マジで調子悪そうだけど大丈夫か?」
「あぁ、うん。ごめんごめん、練習の時間だよね? さ、いこういこう!」
彼女たちの静止を振り払いながら、少し逃げるように部室を出る。
確かめないといけないことが、増えてしまった。
体に違和感は全くない、しかしながら自身の根幹が崩れてしまっている。ウマ娘がウマ娘として成立するために必要な前世の魂、ウマソウル。コレは名前という縁によって強く結ばれている。今の自身は"あなた"であることに対してひどく自信がない。この状態で私がターフを走った時。これまで培った力、領域はどうなるのか。
問題解決のためには記憶にある自身が持つ力が必須、引き出せるのか、引き出せないのか。それが問題だ。
◇◆◇◆◇
時間は巻き戻り、早朝。彼女がこの世界の異常に気が付いた同じ日の朝に、あの子と同じように異常を感じ取った存在がいた。
「同志ぃ、それはたべものじゃぁ……、あが。」
寝ぼけながら言葉を紡いでいた桃髪の少女が誰かにぶつかりようやく覚醒する。トレセン学園の制服に身を包み、桃色の髪を"後ろで一まとめに"した少女。名をアグネスデジタルという。芝、ダートを問わない二つの適性を持ちながら両方のレースで結果を出し続けた『勇者』とも呼ばれる彼女は目を擦りながらゆっくりと目を覚ます。
「あれ、ここは……?」
彼女が眠っていた場所は、所謂寮の空き部屋。誰にも使われていないせいか掃除が行き届いていない、どこか埃の匂いが鼻に付くそんな場所で目を覚ました彼女は状況がつかめないでいた。その趣味からかなり夜更かしするタイプではあるが、寝起きはそこまで悪くはない。瞬時に動き始めたその脳みそは現状に違和感を覚えていた。
(昨日は"同志"を巻き込んで自室で作業していて、そのまま寝落ちしたはず。けれどここは明らかに私の部屋じゃない。)
私も、同志も夢遊病みたいな症状は持ち得ていない。そしてデジタルの同室であるタキオンも少し常識の無い行動をすることはあるが何の意味もなく空き教室に自分たちを放置するような人間ではない。そもそも昨日は『大事な実験の経緯を視なければならないから部屋にはかえらないよ、あぁ心配せずとも外泊許可は取っているとも。……トレーナーくんが。』という話だった。
(調度品や部屋の作りからして間違いなく私たちが住む寮の空き部屋。一瞬拉致とかの犯罪かと思いましたけど、それじゃあ昨日の晩パジャマだった私たちが制服を着せられている理由が説明できませんし……。)
「っと、早く起こした方がいいですね。"スカル"さ~ん。お休みのところ申し訳ないですけど起きてくださいー!」
「……………ん。」
そう言いながらデジタルが隣にいた彼女を揺さぶると、何かが目覚めてはいけないものが目覚めるようなそんな情景を思い浮かべそうな動作で彼女が目を覚ます。急にぱっちりと空いた奥に見える瞳は生命に対して憎悪とも憧憬とも呼べる複雑な感情が見え、同時に生きとし生けるすべてのものに根源的な恐怖を与える。
「(相変わらず同志の目はヤバいですねぇ。)ほら帽子、どうぞ。」
そんな恐怖の存在に対して、表情一つ変えずデジタルは近くに落ちていた白い帽子を手渡す。真っ白な生地に、吸い込まれそうな黒い帯、明らかに男性向けの中折れ帽ではあるが彼女を表すモノの一つであり、彼女がもたらしてしまう恐怖の要因である目元をほんの少しだけ隠してくれるという役目も兼ねている。
(まぁ口元も笑った時裂けてるように見えるから怖いんですけど。)
「ありがとう。……かっこいい?」
「えぇ、いつものイケメンさんです。タッパと胸があるって言うのに滅茶苦茶男装が似合う、同い年なのにほんと羨ましいです。っと! 気が付いてるかもしれませんが"いつもの"厄介事、みたいです。」
「……だね。」
そう言いながら二人同時に立ち上がる。緊急時に使う"道具"は自分の懐に入っているのが確認できるし、彼女の腰から赤いソレが見えていることからとりあえずは安心して行動できる。二人とも面倒事に巻き込まれる星の下で生まれたのか、何かとこういった異常にはよく巻き込まれる。今回もこれまでと同じようなものなのだろう。
「財団がらみ、かな?」
「私もそう思いましたが、窓から見える景色を見るに学園の敷地内。それも私たちの寮だと思います。あちら側からすればアウェーどころか敵の本拠地ですし、流れ込んできたメモリ。もしくは単なるいたずらかのどっちかですね。」
「わかった。すこしまって……。」
そう言いながら"スカル"と呼ばれる彼女が耳を澄ます、トレセン学園の制服を着ていることから彼女もウマ娘で、生徒の一人。隣にいるデジタルよりも数段耳の良い彼女は床を軽く叩き、部屋の反響を聞き分けていく。
「……外で隠れてる様な子もいない。あと私にちょっかいを掛けてくれる子も……、まぁいないだろうし。」
「スカルさん……。ま、まぁ大丈夫ですって! 学園生活まだまだ長いですし! お友達100人もよゆーですよゆー!」
音を聞き分け安全を確認したスカルだったが、自分の言葉で現実を直視し落ち込んでしまう。
彼女の名は、"スカルフェイス"。アグネスデジタルと同学年ながら身長は優に170を超え、体の凹凸もかなりしっかり出ているという彼女とはまるで違う肉体を持っている。元々は地方に在籍していたのだが、地方レースで中央の生徒に対し快勝したことによりスカウトを受けこの学園にやってきた生徒である。
そんな彼女は『中央で友達100人作ろう!』という目標を掲げ意気揚々とトレセンの地に足を踏み入れたのだが……、いささか顔が怖すぎた。いや顔だけでなく纏う雰囲気が怖すぎた。その名の通り彼女を視界に入れた人物は全員がその背後に骸骨の幻影を見てしまい失神、あのシンボリルドルフでさえも怖すぎてルナちゃん化するほどの化け物具合だった。
(帽子のおかげで歩いた廊下が失神した生徒で死屍累々、ってことはなくなりましたけどまだ全然ですもんねぇ。)
「ま、まぁとにかく前者。メモリ関連の可能性が高くなったわけですし……、探索しに行きましょうか。」
「……うん。」
そう言いながら空き部屋から出る二人、少し警戒しながらであるが何も知らない人たちに悟られるのは避けなければならない。警戒しつつも、いつも通り寮の中を歩く。
備え付けられている時計を見るとそろそろ朝練をするために生徒たちが部屋から飛び出てくるような時間。何人か知った顔を見つけることが出来たし、寮や学園自体に何か異常が起きているかのようには思えない。この場合自分たちが気が付かない要素があったり、認識がずらされている場合もあり得る。
(……相手側が知らずのうちにこっちを巻き込んだ、って可能性もあります。普段通りいきましょう。)
(わかった。……ごはん、いこっか。)
周りに悟られぬように何でもない会話を挟みながら、二人で食堂に向かう。そんな時、後ろの方からこちらに向けて誰かが声を掛けてきた。
「あ! デジタルちゃーん! 今日は"ツインテ"じゃないんだね~。」
「え? ……あ、あぁ! そうです! たまには気分転換にいいかな、と思いまして! ポニーにしてみました!」
「うんうん、似合ってると思う~! これからご飯?」
「はい、今日は何も予定がないので。そちらは朝練ですか?」
「そだよ~、頑張らなきゃなのはわかってるんだけどやっぱり朝眠くてさぁー。」
「ははは、解ります解ります。では頑張ってくだされ~!」
「うむ! がんばります! じゃあね~!」
そんな会話を交わした後、走り去っていくウマ娘の子を見送る。ジャージ姿から明らかにこれから朝練、という彼女は少し軸のずれた走り方をしながらその場を去って行った。彼女が十二分に離れた瞬間、デジタルとスカルは顔を見合わせる。
「……デジたん。」
「知りません、知り合いじゃないです。明らかに初対面の方でした。……しかしながらあちらは確実に私のことを知っていて、しかも"ツインテ"と。」
「デジっていつも後ろで一つに纏めてるよね。」
「はい、トレセン入学以後ずっとそうでした……。思ったよりややこしいことに巻き込まれたかもしれません。」
会ったこともないはずの"友人"に、したこともないはずの"髪型"の話。確かにこれまで夢みたいな経験をたくさんしてきた彼女であったが、その記憶全てが真実であり、過去に起きた現実だった。そして昨晩から今日の朝までの空白の時間を除き、そのすべてが地続きである。可能性として考えられるのは、かなりSFな話になってしまうが。
「ここが別世界、という可能性。……自分が行きそうな場所は見当がつきます。探しに行きましょう。」
「ドッペルゲンガー……、顔を合わせない方がいいよね。」
「でしょうね、消滅するのはごめんですし。私のことですから隠れて"尊み"でも摂取しているはずです、それを隠れながら観察しましょう。」
◇◆◇◆◇
少し時間が過ぎ、時刻は昼過ぎと言ったところ。運がいいことに今日は授業がない日らしく、始業時間後に外を出歩いていても何も言われることはなかった。そのためより探索効率を高めるため、途中から二手に分かれて情報収集を行った彼女たちは一旦共有のために学園の屋上に集まっていた。ここならば人の目線を気にせず会話することが出来る。
「…………すごかった、ね。うん。」
「あぁ~もうっ! 変に気を遣わないでください同志っ!」
そう言いながら頭を抱えるデジタル。まぁそれもそのはず、普段の『尊みで悶え死んでいる姿』を客観的に見せられてしまったのだから。当事者になっている時は尊みでそれどころではないため気にならないのだが、スイッチが入っている今の冷静な状態でその自身の様子を見せられるのはまた話が違う。しかも過去の映像で自身が展開を理解しているものではなく、自身と同じ存在が自分の知らない方法で悶えているのだ。
「それにしても本当にもう一人いたね、デジタルが。」
「…………ですね。非常に恥ずかしい思いをしましたがおかげで何となく読めてきました。」
この学園に本来"アグネスデジタル"という存在は一人しかいない、しかしながら二人いる。そして先ほどであった見ず知らずのウマ娘の話と合わせて考えた時、思い至る可能性は複数あるが一番有力なのは『今いるのは自分たちの世界ではない』ということ。
「いわゆる並行世界、というものでしょう。何が原因かスカルさんの"恐怖"に対して誰も動じてませんし。」
「うん、びっくりした。」
その予想を裏付ける理由として、そのことも上げられる。彼女たちの世界であれば"スカルフェイス"の顔は恐怖の対象である。すこし見られただけで体が硬直し、見つめられれば恐怖のあまり失禁しながら気を失うのがザラ。廊下を歩けば怖すぎて気絶するか、顔を壁に向けて震えながら彼女が通り過ぎるのを待つしかない。彼女本人の性格は非常に大人しく、優しいものであるが、その顔と雰囲気の怖さ故に非常に損をしてしまっているのだ。
それがどうしたことかこの世界じゃ誰も動じていない。普段は顔を合わせれば『きゅ~』と言いながらぶっ倒れるようなウマ娘ばかりだが、皆『あぁ、そんな子もいるよね』見たいな顔で全く動じない。おそるおそるデジタルの介助もありながら見知らぬウマ娘に話しかけ、『わたし、怖くないですか?』と問いかけても『怖い方だと思うけど特に……』という回答しか返ってこなかった。
これまでずっと自身の顔に悩まされていた彼女が、思わず感情を爆発させてしまったのは想像に難くない。
「わたしも、"わたし"を探したけどいなかった。中央に来たのは色々終わってた地方から逃げ出すっていう意味もあったから。……この世界の私は地元で自由にやっているのかも。」
「……スカルさんにとっては、いい世界かもしれませんね。」
「そうだね。……でも帰らない理由にはならない。」
「スカルさん……。」
「というわけでまずは朝ごはん、食べよ? 腹が減ってはなんとやら、それに私。初めてお買い物しちゃった。」
運が良かったのか、この世界の通貨は自分たちの世界と同じのようでポケットの中に入っていた財布で買い物をすることができた。これまで顔と雰囲気のせいでどこに行っても土下座されながら食べ物を献上されるという色々悲しい経験しかなかったスカルは、非常にウキウキしながらデジタルに購買の袋を渡した。
中には自分たちの知らないトレセン名物、と書かれた総菜パンが多く入っている。この世界のトレセンは独自の文化を築いているらしく、身代わりのお守りとして凱旋門の形をしたあんパンが売られているようだ。傍から見ればただのJ型のパンだが、二つ合わせると凱旋門の形になるらしい。
先ほど購買に行っていたスカルによると『なんでも身の危険を感じたらこれを遠くに投げつけるといいんだって。』とのこと。食べ物を粗末にしちゃダメだろう、と言いたいところだが皆真っ先にそれを買い物かごに入れていたようだし、こちらの世界独特の文化なのだろう。その日使わなかった場合は普通に食べてもいいらしい。
「おもしろいですね、コレ。」
「だねー。」
スカルが買ってきたパンを頬張りながら学園を見下ろす、屋上のため落下防止用の柵が張り巡らされているが、それでも下の広大なターフを眺めるのには問題はない。文化は違えどウマ娘の習性は同じ、昼ご飯を食べ終えたウマ娘達が続々と練習に入っている様子が見える。
「普段であればこの光景を純粋に楽しめた、『異世界のウマ娘ちゃん!』と喜べたんでしょうけどね。」
「……どういう仕組みで来たのかはわからないけど、解決した後に時間が取れるといいね。私もちょっと、走ってみたい。」
「ですね。となるとこっちで活動するための名前とか、顔を隠せる装備とか用意しなきゃですね。スカルさんはいいですけど、私にはこの世界の私がいますし……。アリスデジタルとかでいいですかね?」
ペンネームそのままじゃん、というスカルのツッコミを半ば無視しながらターフを眺めていく。手元には美味しい総菜パンがあって、飲み物には牛乳。心地よい秋の風が体を包み込み、ターフではウマ娘達が鎬を削っている。これで何も起きていなければ完璧だと思えるような世界。そんな平穏は、崩れるために存在している。
突如として、ターフで爆発が起きる。
「「ッ!」」
それまで何もなかった場所に急に現れたのは、異形の怪物たち。
地球の記憶を抽出し、悪魔の箱と呼ばれるメモリに注入した道具。"ガイアメモリ"。一度これを使ってしまえばもう後戻りはできない、強大な力を手に入れる代わりにそのメモリに眠る毒素が精神と肉体を蝕んでいく。一種の麻薬とも呼べる存在。
そんな悪魔の箱によって生み出された怪人が三体、そしてその背後に付き従うのはマスカレイド・ドーパントと呼ばれる戦闘員たち。明らかにこの世界にいてはいけない存在だった。
「マグマに、アノマロカリス。コックローチまで! そうだとは思ってましたけどやっぱりメモリ関連ですか! スカルさん!」
「うん、解ってる。」
理由もなく急にあの数のドーパントが学園に出現するわけがない、そして登場の仕方も唐突だ。誘われている。だが、罠だろうが何だろうが、そこに助けを求める人がいるならば手を差し伸べる。それが彼女たちの信条。
顔を合わせ、頷き合う二人。
そんなスカルの手には、赤い"ベルト"が握られていた。
彼女がそれを腰に当てると、瞬時にその"ベルト"から銀のラインが伸び、固定される。そしてそれと同時に、デジタルの方にも同様のベルトが出現する。彼女自身がその手で巻いたわけではなく、同じものが転送された、と言った方が正しいのだろう。
「本当に、持って来れてよかった。」
そう言いながら二人が取り出すのは、小さな箱。スカルが持つ黒い箱の中央には、骸骨のマーク。デジタルが持つ白い箱の中央には、飛び跳ねるウサギのマークが描かれていた。
『
『
「「 変 / 身 」」