【完結】Les Amants d'un Jour / 2016年12月、フランスにて 作:山口 遼
全身が、ひどい熱を持っている。時刻は夜更けを過ぎて、じきに日の出を迎えるだろう。夜明け前のもっとも冷え込むこの時刻、おおかたの難しい部分の修復が終わったころに限って、身体の崩れがいっそう甚だしくなることはあるものだ。
それをなんとかかき集め、形を保とうとしている。そのたびに、形容しがたい虫唾が走る。再生の際にはいつもこうだ。内臓を無遠慮に撫でまわされるような不快感がついて回る。しかし、それももう終わるだろう。身体は、快方へ向かっている。
眠っているのに、そのことがわかる。シエルは目を閉じ、仰向けに眠りながら、身じろぎもしない。意識はたしかに眠っている。身体の機能はすべて回復のために割り当てられている。
ああ、それならどうして。
まだ夢を見ているのだろう――?
DAY 6
En famille / 家なき娘
昼過ぎになって、ようやく目が覚めた。場所は昨日も寝かされていた民家である。ルオシーの私物だろうか、動きやすい部屋着に替えられていた。部屋に人影はなく、窓からの日差しはない。どうやら今日は低い空から粉雪が降っている。
勢いはさほどでもないが、風に舞うほど乾いた雪だ。こういう雪は、よく積もる。このままなら、明日は一帯、銀世界だろう。
「それも、悪くないのかもしれませんね」
ぽつりと、声が漏れる。それで、少なくとも発声に関する機能が完全に回復していることがわかった。死に接近したときの習慣として、末端から少しずつ力を込めて、体の状況を確認していく。
「――おや?」
よく眠ったからか、意外にも回復は期待以上だった。明らかに機能が落ちているのは右足だけで、残りの部位は八割ほど回復している。半日以上の眠りの効果は覿面だった。
ベッドの上に上半身を起こす。しかし、すでに鬼籍に入っているだろうとはいえ、他人の家の寝具を我が物顔で使用するのは、やはり抵抗がある。やむを得ない事情ということで、ひとつ勘弁してもらうしかない。
思わぬ不調がないか、ひとしきり体の様子を確かめていると、
「起きたんですね、おはようございます、先輩」
睡眠以上の特効薬であるところの志貴が笑顔で部屋に入ってきた。
「おはようございます遠野くん。すみません、ずいぶんと寝坊をしてしまったようです。お恥ずかしい」
「昨日の怪我の様子を考えたら当然です。それに、先輩が朝に弱いのは今にはじまったことじゃないでしょう?」
「あ、ひどいことを言いますね。わたしだって、いつもは頑張って早起きしてるのに」
ふたりして笑いあう。脳裏にはお互い、昨日の出来事の名残が濃い。いまはもう、そこに触れる気にはなれなくて、強いて朗らかに済ませてしまう。
「これ、白湯だけど」
と湯気の立つカップを差し出される。口をつけると、あたたかな塊が喉を過ぎて胃に落ちていく。じんわりと、手足にまで熱が広がっていくようだった。
「……あったかい」
「もう一杯、飲みますか?」
「いえ、十分です。ありがとうございます。……今日は、雪ですね」
窓の外に視線を投げる。ゆっくりしている余裕はないと理解しつつ、いつものような、この寝起きのひと時を終わらせることを惜しいと思っている。
「はい、昨日までよりは、すこし冷えます。足元も視界も悪くなりそうですね」
「……では、用心しないといけませんね」
白湯を飲み干して、ベッドから立ち上がる。ぐっと伸びをしても、痛みはどこにも走らない。
戸惑いがちにこちらを見つめてくる志貴に笑いかけて、シエルは言った。
「さて、準備をはじめましょう、遠野くん。夜までには、すべて片づけてしまわねばなりませんから」
志貴は一度口を開き、言おうとした言葉を呑んで、諦めたように笑った。
「はい、そうしましょう。……くれぐれも、気を付けていきましょう」
「そうですね。前回のような無様は晒せませんから」
今度こそ、すべてを終わらせるために。
街に残していくのは、さすがに彼女の本務を考えると憚られた。しかし戦闘能力をほとんど失っているルオシーを伴って敵の牙城に突入するのは論外だ。
折衷案として、修道院にほど近いところまでは同行してもらうことになった。
「ここで待っていてください。すこし、寒いかもしれませんが」
「それは気にならない。でも、確認しておくと、夜までにあんたたちが戻らなければ、アタシは躊躇なくヴァチカンに連絡を入れるからね」
「ええ、そうしてください。もっとも、そんなことにはならないでしょうけど」
稜線をたどり、シエルたちは数日前と同じところに陣取る。違うのは時刻と、今日は雪が降っていることだけ。指先が冷えてかたまらないように、魔力を使って血を全身に巡らせる。
雪は、すこし勢いを増したようだった。けむる視界をものともせず、シエルは修道院をにらみつける。
一年以上をかけて築き上げられた魔城は、要である尖塔を失ってさえも、なお重苦しい存在感をもってそこに在った。すでに死徒の寝床は判明しているし、その正体もあらかた見当はついた。本来であれば、無理に少数で突入することもない。応援を呼んで、圧倒的な戦力で押しつぶしてしまえば済むところだ。安全を考えても確実性を考慮しても、それ以外の選択肢はないはずだった。
しかし、シエルはその選択を拒否した。
この死徒は旧い。千年以上の旅は、その自我こそ摩耗させたが、
それでは、あまりに意味がない。多少の損壊は覚悟の上だが、わざわざ志願してアルザスまで遠征に来たのは、それが度し難い偽善だとしても、ノエルの思い出を少しでも保存したかったからだ。
昨夜、破城弩弓で修道院ごと吹き飛ばさなかったのはそれが理由だ。
我ながら、まったく合理的ではないな、とシエルは笑った。案外なことに、朗らかな笑みになった。愚かであることの贅沢を満喫できるのは、ある種の特権ではあるのだろう。
「先輩……」
不安そうに、志貴が声をかけてくる。三日前のことを思い出しているのだろう。あえて言葉を費やすこともないだろうと、シエルは笑顔だけを返答に代えた。
「さて、では行きましょう」
軽やかに宣言し、大地を駆けた。日差しに煌めいて、雪が美しい。いまだ侵されぬ雪原にふたつの足跡を刻み、シエルと志貴が、雪辱の魔城へ突入する。
***
三日前に先輩が開けた大穴は、修繕されずにそのままになっていた。突入口としては悪くない。他に選択肢があるわけでなし、罠が仕掛けられている可能性も考慮しつつ、一気に踏み込む。
戦法は以前と変わらない。大広間に出た瞬間に、先輩は頭上に黒鍵を飛ばし、まずは陽光を確保するべく、屋根の一部を吹き飛ばした。あの時と違うのは、邪魔が入らなかったことだ。
屋内は、外と変わらないほどに静まり返っている。あれほど濃密だった邪気も、血の気配もない。朽ちて、放棄されたままに、埃だけがあたりを舞っている。
それがかえって不気味だった。背筋に冷たい汗が流れていく。
「……進みましょう。この奥に、おそらく地下に至る階段が隠されているはずです」
ブーツの足音も高らかに、先輩は続きの間へと進んでいく。無言のままついていくと、やがて部屋の隅の一角で彼女は立ち止まった。
「ここですね」
がん、と黒鍵が床に突き立てられる。先輩がてこの要領で力を込めると、床の石が動き、予言通り地下に続く隠し扉が現れた。中からは、湿気た空気が昇ってくる。カビの匂いのほかに、当たり前のように腐臭と血の匂いがまじった。
もはやこの程度では、吐き気も催さない。
先輩には一切の躊躇がない。深く切られた階段を、無造作に潜っていく。おそらく、この道は岸壁の下に続いている。修道院の地下の岩盤を掘り抜き、隠し部屋としたのだろう。岩盤の堅固さ、地下スペースの面積を考えれば、生半な労力ではない。
「これは……死徒が作ったものじゃ、なさそうですね」
壁面には燭台がある。階段を下るための手すりも設えられている。壁面の劣化具合を見ても、掘られたのは数年前やそこらではないだろう。おそらくは人の手で、何代もかけて掘り進められてきた石窟だ。
「修道女たちが掘ったものでしょうね。こういう地下室を備えた教会や修道院は珍しくないんですよ。秘蹟や秘宝、秘匿するべきものは教会にはいくらもあります。攻められたときの避難場所にも、貯蔵庫にも使えますから」
「なるほど」
警戒しつつ、先輩の背を追う。階段を下りきると、暗い通路がさらに奥へと続いていた。先輩は黒鍵を提げ、またも躊躇なく進んでいく。
「せ、先輩」
「はい、なんでしょうか遠野くん?」
にっこりと笑顔である。こんなときなのに、緊張がゆるんでしまう。
「その、もう少し警戒しつつ進んだ方がいいのでは……?」
ここは三日前、あなたが不覚を取った敵の本拠地なのですから、とは言わない。へそを曲げることが目に見えているからだ。俺もなかなか先輩の扱いには慣れてきているのだ。
「あれ、遠野くん、夜目は効きますよね? 足元に不安はないのでは?」
「あたりははっきり見えてますけど、そういうことじゃなくて。だって、いつ敵に襲われるかわからないじゃないですか」
先輩はぽけっと俺の顔を見て、おお、そういうことでしたか、なんて手を打っている。
「そういうことなら心配はご無用です。歩きながら説明しますね」
「え……?」
言葉通り、ずんずんと進みながら、説明をはじめてくれる。
「ここの死徒は、たしかに旧い存在です。教会の討伐を免れながら、その超抜能力でいくつかの街を食らいつくしてきたでしょう。かなりの資産を溜め込んでいたものと思われます」
資産、というのは、要するに下僕のことだろう。だったらなおさら警戒をしなければならないはずなのだが。
「ところが、です。どんなに溜め込んだって、使えばなくなるんです。わたしたちがこの地にやってきたのは四日前。ここ数日、結構な数の死者を屠ってきましたよね」
「まあ、たしかに」
「おまけに、一昨日に至ってはスミレを再構築したモノと、アルクェイドを再構築したものとの同士討ちまでありました。……正確には、スミレを再構築したものが生み出した使い魔たちとの、ですが」
……アルクェイドが蜘蛛たちを蹴散らしたときのことだろう。あれはなかなかの迫力だった。できればもう見たくない。
「そうやって同士討ちを発生させてしまうのが、はっきりした意図を持たないこの死徒の欠陥です。この例に限らず、どうやら資源を効率的に運用する、といった当然の計算ができていないようです。摩耗するというのはそういうことですから仕方ありませんが、結果として、彼は昨日までに、
「……やりすぎた?」
「要するに、破産です。わたしたちが掃討した死者だけでも相当な数に上りますし、あれほど大規模な災害を生み出したとなると、浪費された資源もまた莫大なものになっているはずです。最後の手段として蓄えていたであろう土の魔力は、昨夜わたしが吹き飛ばしてしまいました」
先輩の声は明るい。しかし、声音ほど楽観していないのは間違いない。嘘は語ってないが、肝心なことを伏せている。そんな気配だ。
「というわけで、ここにいるのは、もうほとんど丸裸の死徒です。しかも、自我は残っていない。そうなると、彼が取れる手段など、もうほとんど決まっていますから」
そこまで言って、先輩は足を止めた。目の前には、木で拵えられた扉がある。
「……先輩?」
「気配が濃くなりました。この先に、本体がいるはずです」
「本体……」
それは昨日、アルクェイドの記憶をまとっていた存在のことだろう。自然、ナイフを握る手に力がこもる。その様子を先輩は横目で見て、ふう、と息を吐いた。
「この死徒はすでに自らの意志や意図を持ちません。だから、身体はあっても、それを自意識において動かすことができない。このことの意味するところを?」
「え? えっと……存在するには、何かの記憶に頼らざるを得ない……?」
正解です、と先輩は目を細めた。
「死徒は、必ず何らかの記憶をまとってわたしたちの前に現れるでしょう。アルクェイドやスミレを再構築するのは、貯蔵されている魔力の量を考えると、もはや不可能です。では、彼はいま、誰のカタチを取っているか。想像はつきますか?」
先輩は俺と目を合わせて、首を傾げた。
「……え、あっと。すみません、考えていませんでした」
「そうですか。じゃあ、驚かないでください。きっと、遠野くんも見覚えのあるカタチをまとっているでしょうから」
言って、黒鍵を構える。さすがにおとなしく扉を開けるという選択肢はないようだった。
弾丸のように跳ぶ秘蹟が脆い木製の扉を打ち壊し、中へ続く道を開いた。先輩の背中越しに部屋を見る。広い。アーチ状の天井に、円形の広間。むかしは椅子の類が置いてあったのだろう。しかしいまは、ただがらんどうのスペースになっている。
耳が、異国の歌声を拾う。
――Moi,j'essuie les verres.Au fond du café.
……正面には、聖母の像があった。その頭上に、教会のシンボルが飾られている。わずかに、光がある。隅には闇がわだかまっているが、立てば影が落ちるほどの光源はある。ろうそくだろうか。揺らめきは、聖母像の頭頂部近くに、数個。よく見れば、ささやかな燭台に火がともっていた。
――J'ai bien trop à faire.Pour pouvoir rêver.Et dans ce décor.
その直下。石造りの聖母に寄り添うようにして、彼女は立っていた。
細い歌声が流れている。伴奏もなく、虚空にささやくように、歌っている。
――Banal à pleurer.Il me semble encore.Les voir arriver...
そこで、歌声は途切れた。彼女は、歓迎するように闖入者に視線を移し、笑った。
「はあーい。やっぱり来ちゃったのね、志貴ちゃん! あたしとしては来てほしくなかったんだけどぉー。もー、モテたいときにはモテないし、モテたくないときにはモテちゃうし、ほんと人生ってばうまくいかなーい!」
場違いなほど明るく、間抜けな笑顔を浮かべて。
ウィルヘルミナと名乗ったはずの代行者が、ハルバードをたずさえて、そこにいた。
絶句する俺をよそに、先輩が腰に手を当てて呆れ顔を作る。
「地下聖堂で歌うには、いささか世俗的すぎる歌のようですが?」
「えー、そうかなあ。シエルちゃんだってフランス人でしょ? だったら、ピアフ姉さんは永遠のあこがれなんじゃない?」
「彼女の功績を否定する気はありませんが、シャンソンと聖堂はあまり相性が良くないでしょう」
「そういう堅苦しいやつ、私ってば大嫌いなのよねー。いい歌ならそれでいいと思わない? 志貴ちゃん、この歌知ってる?」
言って、もう一度楽しそうに旋律を追う。どこか哀切で、胸に響く。しかし、覚えはなかった。
「やっだー、知らないのー。名曲よ、『Les Amants d'un Jour』。せっかくフランスに住んでるんだから、帰ったらピアフのアルバムの一枚くらい、聞いてみなさいな」
「……好きなのはUKロックじゃなかったのか?」
「そんなこと言ってませーん! 私、音楽はロックもシャンソンもブルースもクラシックも大好きよぉ。嫌いなのは賛美歌だけなのよねー。いやー、まいったまいった!」
「……まあ。それは、難儀だな」
帰ったら、と彼女は言った。それはつまり、俺たちを帰す気がある、ということだろう。少なくとも、死徒がまとったウィラの意識は、戦局をそう分析している、ということだ。
彼女では、俺たちに勝てない。当たり前のことを受け入れてなお、ウィラは俺たちの眼前に立った。
「……ウィラ」
「なあに?」
無邪気な笑顔で問い返される。声が詰まる。そうだ、考えるまでもない。今まで、その可能性を考えてこなかったことが、俺の何よりの落ち度だった。
「その、なんだ。あんた、とっくに死んでたんだな」
「そうよー? なーに、志貴ちゃんってば、いまさら気づいたのー? ちょっとさすがに鈍すぎるんじゃなーい?」
ケラケラと笑い声を立てる。一昨日に聞いたものと何も変わらない。あの時から、すでにウィラは記憶の存在だったのだろう。そして、昨日街を浄化したにも関わらず、この場にまだカタチを持って現れた。
ということは、彼女のことを記憶しているのは――。
「この修道院そのもの、か」
「そ。私がこの修道院育ちっていうのは嘘じゃないもん。っていうか、私ってば最初からずっと嘘は言ってないのでしたー。だから、ノエルと友達だったのも本当。修道院を守ろうとしたのも本当。違うのはね、それが一年前の話ってところ」
「一年前……」
そうか、なら、ウィラは――。
「志貴ちゃんはね、一昨日の朝、私にこう聞けばよかったのよ。「あなた、生きてますか」ってね。そうすれば私、洗いざらいぜーんぶ、そこで教えてあげちゃったのにぃ!」
まったく惜しいことしたわよねえ、と笑いながら、ウィラはハルバードを手に取った。がこん、と鈍い音がする。
戦意を、隠しもしない。
先輩が無表情のまま黒鍵を構えてウィラを牽制する。実力差は明白だ。少しでもウィラが不審な動きをすれば、五体を貫かれて石壁に磔になるだろう。
しかし状況は膠着した。何を考えてか、先輩は決着を先延ばしにしている。終わらせようと思えば、すぐにでもそうできるのに。
いや。
先輩の考えていることは、明らかだ。
だからこそ、俺は口を開いた。
「……ウィラ。戦うのは無意味だ。そのまま、終わらせるわけにはいかないのか」
俺の言葉に、先輩の背がぴくりと震えた。
そして。
それを見たウィラが、笑った。
とびっきりの道化を見たように、爆発的に。狂気さえ感じさせる勢いで。
「……は? それ、本気で言ってるの? ……あらー、びっくり。びっくりびっくりびっくり! やっばい、ホント、笑える。うそうそ、笑えない。マジで無理。めちゃくちゃむかつく。あったま来るなあ! ああもう死んで。死んでよ? ねえ死んで? つーか死ね。死ね死ね死ね! マジで死んでほしい!」
目が炯々と輝く。顔は笑顔だ。けれど、その目じりが光って見えるのはなぜだろう。
「志貴ちゃん、ああ、志貴ちゃん! 本当に優しいのねえ! この女にだけは優しいのねえ! そんで何? 他の人たちはどうでもいいって? こいつさえご機嫌なら、私たちの気持ちとか悲しみとかつらさとか苦しみとか、そういうの全部まとめて踏みにじっていいって? うける、マジ笑える。ほんとマジ、あああああ死ねよクソ!」
髪を振り乱して、ウィラは叫ぶ。それはもう、ほとんど慟哭の響きを持った。
「あー、もうホント反吐が出る。反吐が出る反吐が出る反吐が出る! こいつに、これ以上の同属殺しをさせたくないって? ふざけてるわねえ。まったく、ふざけてる! 面白すぎて笑い死にしちゃうからさー、あんまりそういう、クソみたいに都合のいいことばっかり言わないでくれないかナー? これ以上ゲロ以下の声を聴いてると、お姉さん、さすがに殺意が抑えきれないヨ!」
笑いながら、全身から憎悪がまき散らされる。その波動を受けて、先輩は微動だにしない。
「わかんないかナー? できるかできないかの話じゃなくってね、私にもしっかり、コイツを殺してやりたい理由があるってこと! だってそうでしょ? そうでしょそうでしょそうでしょ? 私、ちゃんと何度も伝えてあげたじゃない。それとも忘れちゃった? 私たちみたいな雑魚の話なんて、どうでもよすぎて忘れちゃったワケですかー?」
すでに、言葉には嬲りの色が濃い。ウィラは目をむいて、髪を振り乱して笑っている。彼女が身もだえするたびに、ごつんごつんと、ハルバードが床と触れあって不快な音を立てた。
「だって――私とノエルは、友達だったのよ?」
そこで、ぴたり、とウィラは動きをやめた。空洞のようになった瞳で、怖いほど静かに俺を見て、紫色の唇を閉じる。
……地下聖堂は、よく音を反響させる。かつてはここにオルガンが置いてあったのだろう。賛美歌が響き渡っていたのも、そう古いことでもあるまい。
だから、ことさら大きく、ウィラの舌打ちの音は反響した。
「友達の無念は、晴らしてあげるべきだと思わない?」
いっそ妖艶に、ウィラは唇を枉げる。それから、虫を見るように先輩を見て。
「――あの子の人生は、最初から最後まで、あなたが奪ったんだから」
最大限の憎悪を込めた言葉を、カタチあるもののように吐き捨てた。
「悔い改めて、おとなしく死ねよ聖職者」