実力が足りなかったので、トレーナー辞めた 作:俺が!俺が悪いんだよ!
あの日、彼女のトレーナーに選ばれた日。
あの日から、俺のトレーナーとしての人生が始まった。
彼女は、輝いていた。
だから、その輝いている姿をずっと見ていたかった。
無敗であらゆるレースを駆け抜け、史上最強とも言われた。
しかし、そんな彼女も負けてしまった。
いや、俺が負けさせてしまったのだ。
ジャパンカップでは、彼女の体調をコントロール出来なかった上、ノーマークだった娘に逃げられた。
秋の天皇賞では、回復がギリギリ間に合わなかった。
俺に、トレーナーとしての才能はなかった。
ただ、彼女が凄かっただけだった。
しかしもう遅かった。
無敗のまま、完璧のまま終われるはずだった彼女のトゥインクルシリーズは、2度の敗北で終わった。
有馬記念を最後に、彼女は7冠のウマ娘となった。
世間が彼女を褒めたたえた。
世間が俺を褒めたたえた。
理事長も、先輩も、褒めてくれた。
でも、俺は・・・
彼女は俺に優しく笑顔を向けてくれる。
『トレーナー君』
俺と話している時だけに見せる顔がある。
『その・・・トレーナー君』
しかし、俺にそれを受け取る資格はなかった。
『ルナ、と呼んでくれないか?』
俺はあの有馬記念を最後に、トレーナーを辞めた。
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『あの荷物の運搬を・・・』
『電灯の修理を』
『蹄鉄を・・・』
通信機を通じて頼まれる依頼に全て了解と返す。
ちょうど今の仕事が終わるところだ。
「助かるよ。最近食材の減りが激しいんだ」
「構いません。いつでもお呼びください」
食堂のおばちゃんが嬉しそうにこちらに両手を差し出してきた。
この荷物を受け取るためだろう。
しかしふと思い出したかのように手を引いた。
「あんた、今日はこれどれくらい運んできたんだい?」
「食材のダンボール5箱分。具体的な重さはわかりませんが、人間が一気に持つと腰を壊します」
職員さんが苦笑いして人を呼んだ。
1人1箱なら大丈夫だろう
「あんた、どうやってここまで運んできたんだい?裏の倉庫からここまで少し距離があっただろう」
「見ての通り、ですよ」
「手で運んできたのかい!?一度に全部?さっき腰を壊すと言ったのは誰だい!」
なんてありがたいお説教が始まりそうなところ、ちょうど奥からエプロンをつけた男性スタッフが数人出てきた。
先程呼んだ人達だろう。
慎重に1箱ずつ手渡していく。
渡す度にウッっと声をあげていて少し心配になる。
全て運んだのを確認すると、おばちゃんが腰に手を当てた。
「大の男が1個持って声を上げるようなものをあんたってやつは・・・いつか体を壊すよ!」
「残念ながら人の体は壊したくてもなかなか壊れないものなんですよ。では、俺はまだ仕事が残っているので失礼します」
まだ話はおわってないよ!と後ろから聞こえた気がしたが、無視して次の職場に向かう。
次はたづなさんの所だったか。
軽く走っていると隣にウマ娘が併走してきた。
この娘は・・・
「よぉ!ちょっと助けてくんね?結構ガチめに」
「待ちなさい!ゴールドシップさん!!!!」
マックイーンに追いかけられるゴールドシップがいた。
どうせゴールドシップが悪いことをしたのだろうが・・・
「今日は何をしたんだ?」
「別に何も?ただあいつが食ってたパフェにゴルシちゃん特製わさびを加えただけだぜ?」
「それですわ!せっかくの『春の甘々モモパフェ』があれでは台無しです!」
「ピンク色なパフェだったからわさびの緑でアクセントをつけたんだよぉ!」
今回も10:0でゴールドシップが悪いようだ。
放っておこう。
「まぁそんなことがあったから助けてくれ・・・ってどこ行くんだよ!待ってくれぇ!」
「待つのはあなたですわ!ゴールドシップさん!!!!」
1バ身2バ身と距離を離していき、その場から去る。
俺から5バ身離れたところで、とうとう捕まったようだ。
「離してくれよマックイーン!あれも悪くなかっただろ?」
「確かに辛みのバランスは悪くなかったですわね」
「食べたのかアレ・・・」
「パクパクいけましたわ」
なんて会話がはるか後方から聞こえてきた。
わさびパフェ・・・今度試してみよう。
なんて考えているうちに、学園の校舎前に着いた。
そこにはたづなさんが待っていた。
「たづなさん」
「もうすぐかと思って待っていました!」
今日も綺麗に笑っている。
こちらですと案内されるままに、2人で学園内を歩く。
今は学校が終わった放課後の時間、ほとんどの学生はもう出払っている。
外を見ればたくさんのウマ娘がトラックを走っていた。
走り終わって、肩で息をするウマ娘と、それに対して何かをアドバイスしているトレーナー。
ふと、そんな当たり前の光景が目に止まった。
「あの・・・」
慎重に言葉を選んで、たづなさんが言った。
「トレーナーに、戻るつもりは、ありますか・・・?」
辺りが静まり返った、
外の声も聞こえないぐらいに。
何かを思い出しそうになるのを抑える。
俺にそれは許されない。
そんな雰囲気を察したのか、たづなさんが口を開いた。
「申し訳ありません、失言でした」
そのまま先に進んでしまった。
慌てて追いかける。
「たづなさん、その、俺は・・・」
俺は
なんと言おうとしたのだろうか。
自分でもよくわからなかった。
でも、空いた口を戻すために、スラリと言葉が出た。
「そんな資格、ありませんから・・・」
俺にウマ娘を育てる才能はない。
それを自覚した時には、もう遅かった。
もう彼女は敗北した後だった。
「そう、ですか」
そこで会話は終わってしまった。
沈黙の中、俺は再び外を見た。
そこにはやっぱり、トレーナーと、ウマ娘がいた。
ふと、書いてみたくなりました。