ロワコンペ   作:川尻浩作

2 / 2
親の心子知らず。また子の心親知らず

ーー父親にとって、子にとって、この殺し合いは実に僥倖なものであった。

殺し合い。

この単語を思い浮かべて喜色を浮かべる人間はまずいないであろう。

敗者は死に、勝者は敗者の死を背負う。

それが前提となって発生する行為。

そんなものを誰が好き好んでできようか。

しかし、そこに「何でも願いが叶う」という条件が加わる。

すると、どうだ。

自らの欲望の為に、はたまた他の誰かの幸せの為に。

殺人すらも厭わぬ輩が現れる。

少なくとも、この場に集った二人はこの殺し合いを勝ち残る決意を固めた。

実に、下劣なこのゲームが始まって5分もしない内の出来事である。

 

◆◆◆

 

ーー父親にとって、この殺し合いは最後に縋れる希望とも言えるものであった。

家族。

家によって結ばれた固い、固い繋がり。

不器用だった自分を受け入れてくれた幼馴染の妻。

二人の間に生まれた最愛の娘。

家族三人で織りなす生活は男にとっては幸せで満ち足りたものだった。

 

しかし、その幸せは突如として崩壊を迎えることとなる。

妻が家から出ていった。

最愛の娘を置いていって。

そこから先に残っていたのは緩やかに崩れてゆく抜け殻となった家。

妻が去った理由も判らず、娘との距離は離れていくばかり。

男は家族の苦悩も。

娘が歌うことが好きだった事も。

コミュニケーションを嫌い、それでいて不器用であった男には判らなかった。

それでも、いや、だからこそ。

 

ーー男は一人残った娘の幸せを願った。

その為に男はどんな悪事にも手を染めた。

曲を盗み。

心を弄び。

挙句の果てには大勢の人間を犠牲にしてまで男は娘の幸せを望んだ。

例えその過程で傷を負おうが痛くない。

愛の為に戦っているのだから。

娘の幸せを陰ながら応援する父親ーーその行動が愛以外の何だというのか。

 

しかし、男の献身は遂に終わりを迎える。

迫り来る電脳世界の波に飲み込まれる寸前に男ーーオブリガードの楽士、ブラフマンはこの場に招かれた。

 

ーーー

 

ブラフマンが飛ばされたのはどこかの建物の内部だろうかーー壁が、階を跨ぐ階段が、明かりを灯すシャンデリアが、更にはエレベーターすらも、金を基調として作られた荘厳なる吹き抜けの広間であった。

シャンデリアの灯が金に包まれた壁面に反射し、ブラフマンの目に差し込む。

仮面越しにその眩さに目を顰めながらも、妙な感慨を抱いていた。

 

ーー本当に、殺し合いが始まっているのか。奴が言った通りの。

 

更には刺された傷も治っているし、自分の姿も元いた世界の姿だ。

どんな原理でこの姿の自分を呼び寄せたのかは依然不明であるが、この殺し合いが事実と理解した今、男にとって最早そんなことはどうでもよかった。

 

ブラフマンは考える。

確かに殺人は忌避すべき行為だろう。

例えどんな人間であれ、人を殺す、という禁忌を犯すことはそう易々とできるものではない。

事実、男が殺し合いをしろ、と言われた時は、メタバーセスに飲み込まれかけたタイミングだったせいもあり、ひどく混乱した。

主催を名乗る人物が語った話も半分は耳に入っていない。

しかし。

しかし、だ。

この殺し合いの主催を名乗る者は、男にとって聞き逃せない一言を口にした。

どうしてもその一言だけはブラフマンの脳裏にこびりついて離れないのだ。

 

ーー『最後の一人には何でも願いが叶う権利が与えられる』

 

それは、ブラフマンにとって到底無視できる筈のない一言だった。

わざわざこの姿の自分を呼び寄せたのだ、こちらの事情も粗方知ってはいるのだろう。

 

これで娘の世界を新しく作り変えられる。

 

いや、待て。

 

もしもーーもしも。

 

本当に、『何でも』願いが叶うとしたら?

 

もしも、妻の居る家庭に、家族三人で再び暮らせるとしたら?

 

それは、ブラフマンの作り上げた理想(リドゥ)を以ってしても叶わなかった願い。

 

これがもし、叶うとしたら。

 

こうして、ブラフマンの方針は決まった。

自らの後悔を帳消しにする為に。

再び幸せな家族との生活を取り戻す為に。

父親としての愛を以て、その手を血で染め上げる。

そもそも、娘が幸せでいられる世界の構築の為に千人近くの人間を犠牲にする算段を立てていたのだ。

だから、大丈夫だ。

愛の為に戦っているのだ。今更殺人を犯した所でどうと言う事はない。

 

それよりも方針が決まった今、気にかけるべきは索敵だ。

自分が敗れ、娘の理想(リドゥ)が脅かされてしまった今、何としても優勝しなくてはならない。

仮面の上からでもその焦燥が透けて見える程に、男は必死に参加者を探していた。

 

未だに金の光沢で視界が阻まれつつも、その双眸は絶えず右へ左へと動かしている。

しかし、どうもこの場には自分以外の参加者がいないのではないか。

ブラフマンがそう思い始めていた頃には、すっかり黄金の眩い光にも目が慣れつつあった時だった。

仕方ない、と落胆の色を滲ませ移動を始める最中。

 

「すみません!……あなたも僕と同じ参加者、ですよね?」

 

ブラフマンの頭上からーーまだ高校生程であろうか。少年の声が木霊する。

声の主はこつ、こつ、こつ、と足音を鳴らし、階段をゆっくりと降りて来る。

成る程。これはついている。

今の今まで参加者を探していた男は思わぬ棚ぼたに仮面越しに笑みを浮かべる。

階段を降りて来る青年は、彼が在籍している学校のものであろう制服を身に纏っていた。

ーーどこをどう見ても戦う力もなければ特筆すべき事も無い、普通の学生である。

少年は人当たりの良さそうににこやかな笑みを浮かべつつ、階段を降りてゆく。

 

「よかった!こんな状況で一人になるのも不安だったので助かりましたよ。」

 

ブラフマンは少年の一挙一動を警戒し、身構える。

例え外見が唯の学生であっても、何か能力を隠している可能性もある。

理想の世界の番人たるオブリガードの楽士である自分がこの場に居るように、眼前の少年が何かしらの戦闘能力を有していても何ら不思議ではない。

どちらにせよ、ブラフマンが取るべき行動は決まっている。

 

少年が階段を降り切るまで、あと一段。

その瞬間、生み出されるは護身剣。

少年に一息もつかせず一気に踏み込み、肉薄する。

ブラフマンの手に呼び寄せられた刀は寸分違わず少年の首へと向けられる。

その刃は美しく弧を描き、少年の首を切り飛ばすだろう。

別に殺人を犯すという禁忌でさえも、愛の為ならいくらでも犯せる。

 

ーーもしも娘が高校に通えていたら、彼のような立派な制服姿が見れたのだろうか。

 

ブラフマンが少年へと刃を振るう前に感じたのは。そんなたらればの理想だった。

躊躇なく少年へと振るわれる刃。

それを目の当たりにして少年が浮かべていた表情はーー

 

「馬鹿が。」

 

とても醜く、歪んでいた。

 

◆◆◆

 

ーー少年にとって、この殺し合いはまたとないチャンスであった。

家族。

少年にとってのそれは、未来永劫消えぬ呪い。

政治家の父親の望まぬ子。

母親共々捨てられた自分。

その境遇が少年を狂わせ、実の父への復讐心を形作った。

 

少年もまた、己の復讐の為にあらゆる悪事に手を染めた。

政治家である父に近づく為に少年は自己を隠し探偵、という仮面を被った。

父親の信頼を得る為に幾人も殺した。

全ては復讐の為に。

しかし、父親を騙す事に専心してきた少年に、思わぬ転機が訪れる。

 

それがこの殺し合い。

これに勝ち残ることが出来ればどんな事でも思いのまま。

 

ーーなんて事は考えない。

 

少年の狙いは主催を名乗る者共の『何でも願いを叶える』、という言葉の信憑性すらもわからない。

何でも、というのもどこまでが許容されるかもわからない。

だから始めに少年は主催者について秘密裏に探りを入れる事にした。

まるで本物の探偵みたいだ、と自嘲しつつも、今後についての思考は止めない。

その上で、その信憑性が確立されたら、彼らのその力を奪う。

そうすれば少年の望む復讐すらも思いのままだろう。

この殺し合いにおける自分の方針を立てた少年は黄金に包まれた広間にて一人の男を目に留めた。

金一色に包まれた空間に目立つ黒色と溶け込むような黄金の仮面。

何をするにしても、まずは眼下に佇む男への接触を試みる事にした。

 

「よかった!こんな状況で一人になるのも不安だったので助かりましたよ。」

 

一歩。また一歩と階段を降りて行くにつれ、男の警戒の度合いが高まって行くのを少年は肌で感じとる。

だんまりを決め込む男。

会話も生まれず、静寂に包まれた広間に足音のみが響き渡る。

少年は男が馬脚を表すのを今か、今かと待ち望んでいる。

 

ーーあと三段。

男の纏う空気が殺気だったものへと変わって行く。

 

ーーあと二段。

男の手元に刀が呼び寄せられる。

もうすぐだ。

 

ーーあと一段。

ついに馬脚を表し、飛び込んで来た男。

何もかもが少年の掌の上と知らず、男は自身の勝利を確信していた。

少年は男を嗤い、少年探偵の仮面(ペルソナ)を剥がす。

 

「馬鹿が。」

 

そうして少年ーー明智吾郎は男へと相対した。

 

◆◆◆

 

何が起こった。

 

それがこの殺し合いにてブラフマンが放った第一声であった。

確実に少年の首を刎ねた筈の刃は弾かれ。

お返しだ、と言わんばかりにブラフマンの脇腹に矢が掠る。

 

何故だ。

 

ブラフマンの第二声。

丸腰で、かつ戦う力も見受けられない少年がどうやって弓矢を放つと言うのだ。

そんな疑問は少年の後方にて鎮座する存在が答えをくれた。

 

「ーー射殺せ。ロビンフッド!」

 

あれは何だ。

かつて戦った帰宅部達とも違う。

ましてや自分の作った理想の世界にもあんなモノは存在していない。

正しく自分の常識の枠外に位置する存在。

この殺し合いに招かれるくらいだ。ある程度の戦闘能力を有していると予想はしていたものの、まさかこれ程とはーー!

ブラフマンはその動揺をなんとか押し留め、再度の突撃。

少年の後方より此方を見据える物言わぬ戦士へと視点を定めつつ、その首を跳ねんと黄金の上を駆ける。

 

「僕達の邪魔はさせない!!」

 

自らの剣閃の間合いへと持ち込み、ブラフマンは刀を振るう。

 

「ペルソナッ!」

 

そして少年は自らのアルカナを砕く。

 

ブラフマンと少年が動き出したのは全く同じタイミングであった。

 

ーー円月

 

ーーコウガオン

 

互いの技がぶつかり合う。

 

衝突。

次いで衝撃。

交錯する射手と楽士。

拮抗する二つの力が周囲の大気を震わせる。

相克し合った互いの攻撃の圧により真上からの強襲を防ぐ形で技を放ったブラフマンの地面は一段沈んでおり、それが二人の力をそのまま物語っていた。

仮にもオブリガードの楽士とペルソナ使い。

現実ならざる世界で得た二人の力は未だに健在であった。

 

互いに弾かれ、再び開く距離。

そこに絶え間なく攻めを入れるのはペルソナ、ロビンフッド。

一気に空いた距離を詰め、ブラフマンへと猛攻をかける。

その巨体が轟、と音を響かせて迫り来る様はなかなかの迫力を兼ね備えている。

そのままブラフマンへと振るわれる腕。

巨体から放たれる腕は速度を十分に乗せ、ブラフマンの体を粉砕せんと一直線に振るわれる。

 

再びの衝突。

守りに徹するブラフマンの刀と腕とがぶつかり合う。

その余波としてブラフマンの後方に位置する壁面が、床面が、豪華な装飾と共に無惨にも崩れ落ちる。

彼らの力が現実ではあり得ざるモノだということがその尋常ならざる光景からも窺える。

次に動くのはブラフマン。

すかさずロビンフッドの腕を跳ね除け、切り返しの連撃が放たれる。

楽士の一撃を防ぐ側に回るロビンフッド。

だが互いに一歩も引かずに打ち合いへと移行する。

 

ーー朧月

 

ーーメガトンレイド

 

剛腕が唸る。

斬り結ぶ。

楽士の刀が。

ペルソナの鎧が。

呪怨と祝福を賜りし騎士が力任せに力を振るえば破壊を齎し。

神の御前に侍りし楽士が刃を振るえば火花を伴い金属音が木霊する。

人智を超えた力を有していても最早驚嘆するに能わず。

尋常ならざる光景を否定せし現実はこの二人の存在によって切り捨てられる。

一撃一撃の余波が周囲を破壊しながら二人の戦士は殺し合う。

舞い散る黄金に包まれ、刀が、鎧が、火花を、破壊を、轟音を。

それらを伴い刃を交わす二人は一瞬たりとも気を抜くことすら許されない。

荘厳なる黄金の広間は今や影も形も無く。

残ったものは殺人者達の砲煙弾雨の地獄編。

 

互いに一歩も引かずに繰り広げられる戦い。

その均衡はいとも呆気なく破られた。

 

消えた。

 

今まで戦っていたペルソナが、一瞬の内に消失した。それは瞬き一つ許されぬ戦場にて致命的な隙をブラフマンに与えた。

瞬間、ブラフマンの腹に熱いものが流れる。

少年の方に目を遣ると、そこから覗くのは煙を吹いた銃口。

ブラフマンはわけも分からぬまま、この戦いの均衡が少年へと揺らいだことだけを知覚した。

 

そこから先は一方的なものだ。

 

ブラフマンが踏み込む。

ロビンフッドから矢が放たれる。

刀で弾く。

もしくは、後方へと退避する。

 

形成は依然として劣勢となったブラフマン。

明智へと刀を振おうにもその後方にて聳え立つロビンフッドがそれを阻む。ブラフマンが攻め続けていても一向に明智には傷一つつけられず、いつかはその矢で眉間を撃ち抜かれてしまうのは自明の理だ。

 

明らかに自らの予測の範疇を軽く飛び超えてのけた少年。

彼を改めて脅威だと認識する。

まるで鴉のような仮面に純白の衣装。

そこに人畜無害な少年としての顔はなく、仮面越しからでも伝わる凶悪な笑みを浮かべている。

まんまと獲物を捕らえた獣、今の少年の表情を形容するならばこれ程当てはまる言葉も無いだろう。

 

彼がどれ程凶悪であろうと、ブラフマンが優勝を志さんとする限り、眼前の少年は大きな壁として立ちはだかるだろう。

ならば。

ブラフマンが取れる選択肢は一つしか無い。

再び、少年に向けて刀を構える。

 

死地へと向かう最中、ブラフマンが思い浮かべたのは最愛の娘ーー人見小夜子だった。

 

◆◆◆

 

ペルソナで特攻を仕掛ける男に矢を放ちながら、明智吾郎は冷静に現状を分析していた。

現在の戦況は、間違いなく明智がその大局を握っている。

戦闘経験の差。

自身が保有する二つのペルソナ。

ロビンフッドの弓矢が真価を発揮できる距離。

男へと与えた銃創。

自身の余力。

それらの要素が明智が男よりも優勢であることを示している。

しかし、違和感の感じる部分もある。

まずは男の戦い方。

もしも彼も自身と同じペルソナ使いであれば少なくとも一度は使う筈。

ましてや戦闘経験も少なく、追い込まれている筈の状況下で、だ。

にも関わらず男は一度も自身のペルソナを使っていない。

外見にしても、明智と同じで仮面を付けていることからかペルソナ使いだと思っていた。

まさか怪盗団とは別に男の様な存在がいるとは思わなかったものの、この殺し合いに招かれた時点で何が起こってもあり得ぬ話ではない、と感じていたからだ。

 

だが、ここに来てその予想も外れているものだと考える。

異なる世界。

異なる可能性。

主催を名乗った人物の発言が事実とするならばーー

 

可能性はある。

そこで明智が思案したのは危機だった。

今のこの優勢すらもひっくり返す切り札を持っているのではないか。

先も述べた様に、この場は条理の通らぬ不条理が罷り通る殺し合い。

明智吾郎がペルソナ使い、その中でも『ロキ』というイレギュラーを保有してあるのと同じ。

明智が忌み嫌い、憎悪すら向けている『アイツ』が数多のペルソナを保有しているのと同じで、男にもなんらかのイレギュラーがあるとしたら。

それならば、この状況下でも逃げないことが頷ける。

 

そう考えた瞬間、えも言われぬ焦燥感が明智の思考を塗りつぶした。

疑問は確信に変わり、確信は焦燥へ。

そしてその焦燥は確実に殺すべき、という解へと帰結する。

それ故に。

明智吾郎は全力を以って男を殺す。

 

刀を携え飛び込む男に矢を放つ。

放たれた矢は咄嗟に避けた男の足首を掠め、そのまま床面に突き刺さる。

明智が致命の矢を放ち、ブラフマンが矢を避ける。

この攻防も何度目になったかーー

それも10を超える時には男の体には避けきれなかった矢傷が所々散見される。

その攻防が続いているのは一重に明智が男の利用価値を品定めしているからに過ぎない。

なにせ初期のプランはこの男にもう一つのペルソナ、ロキの精神暴走を試すことにあったからだ。

しかし、これより先は互いに本気の殺し合い。

ブラフマンはもとより、明智も殺すつもりで攻め手を連打する。

先ず放たれるはロビンフッドの矢。

これ自体は何十も繰り返された一手。

それに対する男の対処もまた然り。

例の如く矢から飛び退き退避する。

ブラフマンの足が地面へ着地した瞬間、満を辞して明智が踏み込んだ。

明智が所持する青く輝くサーベルはブラフマンへと振り下ろされる。

それに負けじとブラフマンも刀を抜き放つ。

刃と刃が拮抗し、甲高い金属音が崩壊した広間にて響き渡る。

ぶつかりあった刃に互いが力を加え、鍔迫り合いへと移行する。

 

「へぇ.....思ったよりはやるようだ。まさか今のが防がれるなんて。」

 

明智は余裕そうにブラフマンへと語りかける。

自らの仮説通り男が明智とは異なる世界の人物だと立証するための証拠。

それは男の口から語ってもらうしかないのだ。

この状況は明智にとって最初で最後のチャンス。

もしもここで有益な情報が得られぬので有れば直ぐに殺す他無い。

鍔迫り合いの体勢を維持しつつ、一言一句逃さぬ様耳をそばだてる。

 

「黙れ.....カスの分際で....僕達親子の邪魔をするな!!」

 

しかし、明智の期待を外れて男は取り憑く島もなく、熱に浮かされたように明智への憎悪を発露させる。

予想だにしない返答によって一瞬面食らった明智の隙を突き、明智のサーベルを押し除ける。

鍔迫り合いを制したのはブラフマンであった。

部屋に散りばめられた金の輝きを反射して輝く刃は首を刎ねんとするギロチンさながらに明智へと振り下ろされる。

その刃が今度こそ明智の首を刎ねようとした時ーー

 

「なっーー?」

 

光輝く一条の矢が、ブラフマンへと放たれた。

エイガオンーーそれは祝福纏いし致命の一射。ブラフマンを射殺す上での確実な一手。

明智吾郎の本命の一打は一直線にブラフマンの頭蓋へと打ち込まれた。

 

情報が得られなかったものの仕方がない。

とりあえず殺せる相手でよかった。

自らの手札もほぼ明かす事無く撃破できたーー

しかし。どうにも落ち着かない。

早速この殺し合いにて一人を殺すことが出来たというのに。

どうにも苛立ちが抑えられない。

胸に渦巻く感情を抑え込みつつ、明智は男の支給品を取ろうと向き直った。

 

◆◆◆

 

閃光。

暗転。

 

断裂した意識が復旧する。

直前に起きた出来事ーーと言っても何が起きたのかすらもう覚えてはいないが。

それのせいか、うまく頭が働かない。

思考が追いつかない。

致命も確実の一撃を受けた男が目を覚ました先には。

暗い、暗い空間がそこには広がっていた。

光輝く黄金の広間の次は一寸先すら見えぬ真っ暗闇である。

また対象的な空間へと飛ばされた男。

しかし、先の広間とは対となった空間であっても、男が最初に感じたものは全く同じだった。

 

ーー前が見えない。

 

足元には闇。天上にもまた、闇。

黒一色で塗り潰された視界は、方向感覚を損なわせ、千鳥足さながらにふらつきながらも前へと進む男を五里霧中へと誘う。

 

スタート地点も、ゴール地点すらも分からぬ暗闇の中を、ただひたすらに歩む。

その姿を側から見ればB級ものの映画から飛び出してきたゾンビの様に映るであろう。

そんな有り様であっても、その一歩がちっぽけなものであっても、何を求めていたのかさえ忘れていても。男は歩みを止めない。

体の感覚もほとんど機能していない。

せいぜい残っているのは聴覚くらいである。

ただこつ、こつ、と響く足音で自らの前進を把握していた。

 

ーー何かを、追い求めていた。失った筈の何かを。

 

その記憶が男の朦朧とする意識をなんとか保っている。

 

『ーー■■■■■■■■■■■■■■■!!』

 

誰のものとも知れない声が唐突に耳へと突き刺さる。

 

ーー■■■。

 

思い返す。

かつて人を殺めようとしてまで幸せであることを望んだ、娘の名を。

 

ーー■■子。

 

思い返す。

暗闇が少しずつ晴れてゆき、少しずつ男の双眸に光が差し込しこんでゆく。

 

ーー■夜子。

 

思い返す。

娘を愛している父親としての使命を。朦朧としている意識でも、胸中に使命感という火がくべられてゆくのを感じる。

視界が粗方回復し。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

顔を上げた先に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少年は立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少年は必死の形相で、何かを叫んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「小夜子ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ

――――――――――――――――――― ―――――――――――――――――――ッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

男もまた、朦朧とする意識の中で、唯一頭に浮かんだ言葉を。口を限界にまで広げて、叫んだ。

 

⚫️⚫️⚫️

 

金属音。

地へと落ちゆく二振りの神剣。

 

ーーなんなんだ。

 

理解できない。

 

ーーなんなんだよ、コイツ。

 

わからない。

 

ーーふざけやがって。

 

コイツを見ていると虫唾が走る。

 

なんで。

 

なんで、お前はーー

 

⚫️⚫️⚫️

 

「ーーなんでまだ生きてんだよお前はッ!!」

 

今しがた殺した筈の存在を、明智は信じられないものを見る目で見ていた。

仮面の男ーーブラフマンの再起を目の当たりにした明智吾郎が感じたものは、凡そ冷静沈着な彼らしくない動揺であった。

男はそんな明智のらしくない心情などお構い無しに覚束ない足取りで、踏みしめる様に一歩ずつこちらへと進み出る。

その足元にはその役目を終えた2本の剣。

どこからともなく現れ、明智の一撃を防ぎ、ブラフマンの命を確かに繋いだモノだ。

それが先の明智の攻撃を防いだ事でも、今更そんなものが現れた所でも、明智は動じたりなどはしないだろう。

更に言うなら今の男は丁度瀕死の状態。初期のプランであったロキの精神暴走を試すには持ってこいの状況とも言える。

もしも男を殺すに這々の体でなんとか立っている男を殺すのは造作もない事だろう。

既に明智吾郎の勝利がほぼ確定しつつある状況。

しかし、確かに今。

明智吾郎という少年は、死に体にも関わらず立ち上がるこの男に心が掻き乱されていた。

それは彼自身にも出所の分からない苛立ちでもあり、怒りでもあり、憎悪でもある。

 

「......■。.......■子......」

 

男のうわ言の様に繰り返される言葉。

それは蚊の鳴く様な声で、まるで壊れた再生機の様に繰り返される。

 

けれども。

何故か明智には男が何を考え、何を言わんとしているのかがわかる。わかってしまう。

 

■■。

男が狂った様に喚き散らしていた二文字が脳裏によぎる。

 

男の発していた言葉の節々から男が何故ここまでして戦いに臨むのか嫌でも理解してしまう。

 

「なんだよ.....なんなんだよ、お前はッ!!」

 

明智吾郎には理解できない。

いや、理解を拒んでいる。

コイツは狂っている。

そう。確かにこの男は、ブラフマンは狂人だ。彼程の歳ならば明智の年齢の程の子の一つはいるだろうに。そんな彼を殺害する事を屁とも思っていない。明智が過去に殺害してきた父の政敵や関係者達にも勝るとも劣らないクズだ。

 

それでも。それでもーー

 

「......子。.......夜子......」

 

何故、なのだろうか。

 

なんでコイツはーー

 

いいや、解っている。

 

解って、いるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男の犯行に至るまでの動機も。自分の中に溢れ出した感情も。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふざけるな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人殺す気でいたくせに親子親子親子ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いい加減黙れよイカレ野郎ォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッッッ!!!!!!!」

 

「小夜子ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!!!!!」

 

絶叫と共に駆け出した父親の、立ち塞がる子の。

 

二人の刃が今再びぶつかり合う。

 

復讐。

家族。

 

自らの願いの為に人殺しの咎を背負わんとする者たちが今、この場で間に合った。それは皮肉か。

父親にとって、少年の姿は理想的に映った。ついぞ見ることの許されなかった娘の姿。最早叶わぬ夢であっても、そんなたらればの理想を抱かずにはいられなかった。

子にとって、男の在り方は理想的に映った。ついぞ叶わなかった父親からの愛情。最早叶わぬ夢であっても、父親から自分の存在を望まれたかった。

 

互いに交わる事のなかった父親と息子。

 

ーーその理想は儚いものだった。

 

しかし。

しかし、だ。

 

ーー少年の認知は、もうどうしようもなく、歪んでいた。

 

ーー父親が愛せるのは、自分の娘だけだった。

 

少年にとっての理想。

それすら少年を掬い上げず。

故に、それすらも歪んで見えてしまう。どうしようもなく、嫉妬してしまう。

 

男にとっての理想。

それはあくまで自分の子にのみ望まれるものだ。

故に、男は殺戮を臨む。

 

何度も、何度も。

刃を弾いた金属音が響きわたる。

 

神の悪戯で巡り会った理想は互いに殺し合う。

 

互いに叶わぬ理想を持った者共のバトル•ロワヤルはこれより始まった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。