女神が治めるこの世界には魔王と呼ばれる者がいた。
魔王は多くの魔族を率いて人類を蹂躙し、幾つもの国が滅んだ。
捕まった人類は家畜として扱われた。そこに尊厳はなく、誰もが下を向き、うなだれていた。
中には魔王の蛮行に怒りをあらわにする者もいた。その者たちは肉体を鍛え、知識を得て、魔物を打倒していった。人々はそんな彼らに希望を見出し、英雄もしくは勇者と称えた。
しかし、いかなる英雄、勇者でも魔王を打倒すことはできなかった。魔王の側近や軍勢を打倒すことはできても決して魔王そのものを倒すことはできなかった。
英雄、勇者が生まれては死ぬという希望と絶望のループは永遠に続くものだと思われた。
しかし、そんな中、彼らが生まれた。種族も信条も違うが彼らにはただ一つ共通するものがあった。それは魔王を倒すという使命を持って異世界から転生して来たということだ。
それを証明するように彼らは人間離れした多くの才能と女神からの加護を持っていた。
しかし、大勢の人間は彼らに何の興味も抱かなかった。どうせ直ぐに消えていなくなる。そう思っていた。過去に生まれた英雄達は皆才気溢れる者たちだった。女神の加護を持つものも多かったからだ。
しかし彼らはそうはならなかった。幾度となく危機を乗り越え、多くの強者を打倒していった。気が付けば人々は彼らに希望を見出していた。
やがて誰も彼もが彼らに熱狂するようになった。
彼らは大衆の熱狂に応えるように多くの活躍をした。
魔族を倒すだけでなく、災害から都市を救い、悪政を糾弾した。
中でも一番衝撃的だったのは偽りの女神を打倒したことだろう。
これは後に達成された魔王討伐よりも衝撃的だっただろう。
そして、真の女神を玉座へつけ、加護を与えられた。
そしてその勢いのまま魔王を倒した。
しかし、世界は平和にならなかった。魔王を倒しても魔族は世界中で猛威を振るっていた。
魔王を倒した者たちは世界中から有志を募り、世界平和のためのギルド――『神の反逆者』を設立した。
△▼△
「リュートったらまたそれ読んでいるの? 男の子って本当にそういうのが好きね。」
俺が何時ものように愛読書を読んでいると後ろから幼馴染であるリディアが話しかけてくる。
「別にいいだろ。男なら誰だってこういうものには憧れるんだ。……くっそー、俺もあの人たちの仲間になりたいぜ。」
「ムリムリ。あなたがよく言ってるじゃない。剣は山を崩し、魔法は堅牢な城壁をも壊すって。村一番の剣術自慢じゃ何の役には立てないわよ。」
「それでも何か役に立てるはずだろ!!」
「例えば?」
「……荷物持ちとか!」
リディアが呆れた目で俺を見る。
……確かに自分でも酷い答えだとは思うがそんな目で見なくてもいいんじゃないか?
「まあ、私は遠くの英雄様よりも近くにいる幼馴染の方が好きだけどね。」
「え? ちょっ、どういうことだよ!」
どいうことだろうねー、と言ってリディアは笑う。
コイツ、昔からこんな感じで俺をからかってくるんだよな…。
――その瞬間、凄まじい轟音が響いた。
「え? 何が起こったの?!」
「村の広場のほ――
俺が言い終わる前に、バキッという鈍い音が鳴った。
視界が揺れて、暗転する。
どうしようもないほどの鈍痛が襲った。足に力が入らず地面に倒れる。
リディアの絶叫と逃げていくような足音が聞こえたが俺は何も言葉を上げることはできなかった。そしてそのままゆっくりと意識を失った。
▼△▼
にやりといやらしく誰かが笑った。
だが、仕方のないことだろう。
彼女はずっと待ち続けていたのだ。
己の筋書きに沿った物語が始まるこの瞬間を。
△▼△
段々と意識が覚醒する。
確か…俺は……。
「ふう、やっと起きたか。」
「誰だ…!?」
後ろから声がした。
振り向くとそこには女がいた。
思わず息を飲むくらいには整った容姿をしていた。しかし、同時に凄まじいまでの胡散臭さを感じさせた。
黒いドレスと三角帽子を身にまとっているためまるで魔女のようだ。
「私はお前を蘇らせた者だ。そうだな……、とりあえず魔女とでも呼べばいい。」
「魔女…? ! そうだ、村は……。あ?」
言葉を失った。失うしかなかった。
確かに俺が住んでいる村はド田舎で何もない。
しかし、俺が今いる場所には文字通り何もなかった。家は崩れ、木々は焼け落ち、畑はこれでもかというくらいに荒らされている。そして所々に地面には判別不能になるまで痛めつけられた大量の人間の屍が転がっていた。切り裂かれバラバラになったもの、全身を焼かれ真っ黒になったもの。さらには綺麗に白骨死体となっているものも存在していた。
「どうして……? なんで……?」
「因みに生存者はお前だけだ。私が来た時に生きていたのはお前だけだったからな。」
「嘘だ……。」
「嘘じゃない。なんなら死体の数を数えてみればいいんじゃないか? ピッタリ一致するはずだぞ。連中はご丁寧にも村の外にいた連中までも始末していったからな。」
「一体誰がそんなことを……。」
「誰がって? 決まっているだろう。近くに魔族や山賊はいないときた。それに襲う対象はこんな何もない村だ。ならばまったく無関係の人間の仕業だろう。しかもこれだけのことをやってのける人間となればかなり限られてくる。」
そう言って魔女は僕に視線を投げる。どうやら俺に答えを出してほしいみたいだ。
「……分からない。」
厳密に言ったら心当たりはある。ここまでのことをやれる人間なんて彼らしかいない。
……だけど俺は彼らがするとは思えなかった。いや、思いたくなかった。
しかし、魔女はそんな俺の内情を知ってか知らずか現実を突きつける。
「おいおい、嘘はいけないな。まあ、仕方ないか。では私が答えを出そう。下手人はな――『神の反逆者』だ。」
「嘘だッ!! あの人達がそんなことをするわけがない!」
「確かにな。世間における奴らの評判を聞けばそう反応するだろう。……でもこれを見てもそう言えるのか?」
魔女がどこからか水晶球を取り出す。
「それは?」
「これは過去の映像を再生する魔道具だ。精度も高く、使いやすいのだが使い捨てで少々値が張るのが欠点だな。」
そう言って魔女は水晶に手をかざす。
水晶球は眩い光を放ち、過去の映像を流し始める。
そこに映っていたのは武装した三人組が村を荒らしまわっていたという光景だ。
「《蒼炎》のヴァイス様に《蟲使い》のバルギス・テミス様、こっちは《黄金剣》の李政様じゃないか……。」
「ほう、よく知ってるな。ということはもう気が付いたか?」
「……ああ、全員『神の反逆者』の構成員だ。」
映像では彼らが嗤いながら村を壊していた。
俺達の憧れが壊していた。
俺の何かが壊れていく。
町が燃えるたびに、人が肉会へと変わるたびに、木々が折れるたびに。
ゆっくりと、されど確実に壊れていく。
「! リディア!」
映像にリディアが映った。
――止めろ。
分かった。分かってしまった。
――止めてくれ。
醜い笑顔を張り付けてヴァイス様、いやヴァイスがリディアへ手を向ける。
必死にリディアは抵抗するが力が違う。あっさりと拘束され、凌辱された。
▼△▼
それからの映像はとても見ていられるものではなかった。
リディアは凌辱された後真っ黒になるまで燃やされた。
リディアだけじゃない。他の村人たちも同じようにして殺されていった。
尊厳を奪われ、惨たらしく殺されていった。
「……」
「おい、大丈夫か?」
「……大丈夫なわけねえだろ。」
「そうか。……なあ、リュートよ。憎いか?」
「当たり前だろ。」
頭の中はどうしようもないほどの怒りで溢れている。
逆にここまでのことをされて頭に来ない奴なんていないだろう。
しかし、俺には同時にどうしようもないほどの諦めに似た感情も溢れている。
「そうか。ならリュート――奴らを殺してみないか? もしくは社会的に抹殺してやらないか?」
「はあ? 何言ってんだよ。頭大丈夫か?」
「正常さ。お前こそそんなに憎いなら何故復讐しない?」
「そんなこと決まっているだろう。俺みたいなただの村人とお前みたいな胡散臭い奴に何ができるんだよ。相手は魔王殺しの英雄達なんだぞ。勝算なんてどこにもない。それだけじゃない、奴らを仮に殺せたとしても『神の反逆者』の他のメンバー達が殺しに来る。……どうしろってんだよ。」
「おいおい、確かに『神の反逆者』は全員凄まじい力を持っている。特に異世界からの転生者は凄まじい。――だがな、リュート。転生者なんて偶々得られた力でイキっているだけの陰キャなんだよ。」
「陰キャ…? 何だよそれ。」
「一皮むけば転生者なぞただの一般人……、いやそれ以下ということさ。なあ、リュート。ワクワクしてこないか? 殺せるんだよ。あいつらは。」
ますます訳が分からなくなってきた。
何が言いたいんだこの女は…?
「お前はどうせ連中の脚色された姿しか知らないんだろう。お前たちは知らないだろうが私は知っている。あいつらの本当の姿――転生前の姿を。引きこもって現実逃避するゲーム俳人、能力も成果もないのに不満を抱くことだけは達者な社畜。それに……ああ、本当は誰よりも恋愛脳のくせに二次元で己を慰める非モテ。どうだ? 笑えるほどまでにゴミぞろいだろう?」
魔女はそう嘲い、言葉を続ける。
「だが、幸運なことにあいつらは一つの奇跡にあった。それが転生だ。この転生により本来ならば気が遠くなるほどの修練の果てに手に入れるもの――スキル、それに女神の加護を手に入れた。そんな訳であのゴミどもは与えられたスキルで楽々無双し、英雄と称えられるようになった。分かるか? あのゴミどもがいかに薄っぺらいのかを。」
「……」
「ほう、その顔は信じていないな。……まあ、仕方ないか。ではそれを証明するとしよう。」
「証明する? どうやって?」
「簡単だ。――お前の大切なものを奪った連中を殺して、さ。……しかし、連中を殺すには私一人では少々手数が足りない。少し頼まれてくれないか?」
△▼△
俺は今隣町に宿屋の前にいる。どうやらこの宿屋にヴァイス達は滞在しているらしい。
……結局あの魔女とかいう女の口車に乗せられてヴァイス達を殺すことを協力することになった。
確かにあいつらは憎い。だけどまだ踏ん切りがつかない。
他の『神の反逆者』があいつ等みたいなゴミとは限らないし、そもそも魔女が本当のことを言ってるとは限らないからだ。俺のこの憎しみはそもそもお門違いの可能性だってある。
……正直かなり可能性は低いがどこかそれにすがっていた。
今までの俺を否定したくなかったのだ。
腹を決めて、宿屋のドアに手をかけ、宿屋の中に入った。
▼△▼
リュートが去った後、考え込む魔女の前に黒い靄が現れる。
靄は人の輪郭を描き、まるで影法師のような形で安定する。
「おお、遅かったな。」
「……やってくれたな。この腐れ女。」
「ハハハ。負け犬の遠吠えは心地いいものだな。……それでどうする? ここで私を殺すか?」
「馬鹿野郎。こんなところでドンパチかませるか。……チッ、まさかこうなるとはな。」
そう言って影は消える。そこにはにやりと嗤う魔女がただ一人残っているだけだった。