都市の中でも屈指の大きさを誇る屋敷の中で《逆襲者》シーザーは傭兵都市スガリアの領主と向き合っていた。
「おやおや、シーザー様。天下の英雄様である『ベストナイン』のお一人が何故このような所までいらっしゃったのですか?」
「おい、そのにやけ面を止めろマリア・マルクス・グナエウス子爵。」
「ああ、つれない奴だ。昔のようにマリィと呼んでくれないのか?」
「何時の話をしてるんだよ……。クソっ、だから来たくなかったんだよ……。」
シーザーはそう言って頭を抱える。
シーザーは世界中で活躍した傭兵だ。そのためかつては傭兵都市スガリアを拠点としていたこともある。マリア・マルクス・グナエウス子爵とはそこからの付き合いだ。
この傭兵都市スガリアは平民たちで運営する自由都市ではなく貴族である領主の支配の下に成り立つ地方都市である。勿論大規模な傭兵団や傭兵ギルドが拠点とする以上一から十まで貴族の支配が及んでいる訳ではない。下手に締め付けを強めれば傭兵は直ぐに暴力に頼る。それならばある程度特権と名誉を与え、それに伴う義務で縛るしかない。
この都市はそうやって傭兵と貴族の二人三脚で上手く運営されてきた。
―――それをこの女はブチ壊した。
自分に逆らう傭兵団やギルドを粉砕し、汚職を働く貴族を殲滅した。
誰が言ったか《血だまり》のマリア。
それは貴賎や方法を問わずに多くの敵を葬り、この都市での権力を掌握した女への悪意であり、敵意であり、憎悪であり、―――どうしようもないほどの敬意を含んだものだった。
誰もが認めざるを得なかった。傭兵に貴族、その他一般市民も全てが。
この女は歴史に名を遺す権利を持つ英雄勇士豪傑の類であると。
「それで? 一体何でお前がこの都市に来た? お前はこの都市、いや一部の傭兵と折り合いが悪い。それも厄介な奴らとな。違うか?」
マリアは一頻りシーザーを揶揄うと満足したのか、真面目な顔つきでシーザーに真意を問う。
「……仕方ないだろ。来れるのが俺しかいなったんだよ。」
「お前しか……? どういうことだ? いや待て、お前何がある? 何に巻き込もうとしている…?」
「
「
「なぁに、そんなに身構えなくて良いさ。お前なら簡単なはずだぜ。何せ少しばかり傭兵を集めて欲しいだけなんだからな。」
△▼△
「ふむ……。おいリュート魔物退治でもしようか。」
「誰がするか。誰が。お前が行けばいいだろう。」
最近魔女が俺をよく魔物退治に誘うようになった。
まあ、大した意図などなく、何もできずに狼狽える俺が見たいだけだろうが……。
「はあ、中々首を縦に振ってくれないな。英通殿は。正直、英雄殿ならこれくらい簡単に討伐できると思うが……。」
「できる訳ないだろう。俺は唯の成人前の村人だぞ? 自警団の対人訓練くらいで対魔物の訓練はまだだったさ。」
「ならいい機会だ。経験を積もう。……それにお前は『神の反逆者』を殺すのだろう?」
「……何が言いたい?」
「おいおい、本当に分からないのか? それともあえて分からない振りをしているのか? なら断言してやろう。これくらい出来なければお前の目的など夢のまた夢だ。」
「だが「確かに、時期尚早かもしれない。あれからまだ半年も経っていない。お前の能力は大して変わってはいない。……だが、こうも考えられる。変わるには劇的なイベント、いや出来事が必要と。」
魔女が俺の言葉を遮って自分の言葉を押し通す。
何時もなら反発したくなるような意見だが、俺は少し考えてしまった。
確かにあれから何も変わっていない。傭兵という職業柄ある程度身体能力が向上したが、魔法が使えるようになったわけでも剣の腕が上がったわけではない。
いや、そもそも劇的な出来事で俺が何か変わったことがあったか……?
だが、確かにこのままでは何も成せないのは確かか……。
「…分かったよ。取り合えず依頼書を見せてくれ。判断するのは…、それからだ。」
そう言って魔女から依頼書を受け取る。
そこには近くの平原で魔物と成った狼に率いられた群れを討伐、と書かれていた。
どうやら討伐隊を編成し、討伐に挑むらしい。募集期限は四日後。討伐期間は長くても三日。
食事と水は依頼主負担らしく、最低限は保証されている。
これなら……多分大丈夫だろう。宿は取り直せばよいし、用意するのは剣と砥石、薬くらいだ。
「……分かった。俺は受けようと思う。お前はどうする?」
「分かり切ったことを聞かないで欲しいな、英雄殿。私も勿論参加するさ。」
「……そうか。ああ、そうだ。」
「何だ?」
「俺を英雄殿と呼ぶのはいい加減に止めろ。」
それはできないな、と魔女は笑う。
このやり取りを半年近くしているが何時終わるのか……。
そろそろ呼ばれ慣れて来たんだよなあ……。
▼△▼
ギルドで手続きを済ませた三日後の早朝、俺達は指定された集合場所にいた。
集合場所は城壁の手前の広場であり、壁外の依頼を受ける傭兵でごった返している。危険なはずの壁外に行くというのに皆が皆、楽しみを前にした子供のような顔をしている。
……俺もそういう顔をしているのだろうか。
「魔狼討伐の志願者たち! 私はスガリア聖教騎士団のアミン・ルクスである! 今回の依頼は私が指揮を執る! 異論はあるか!?」
広場が傭兵で溢れ始めたころ
彼を呼び水となって他にも有力そうな傭兵たちが大声で同じ依頼の傭兵たちを集めていく。
傭兵たちの動きに合わして、彼の言葉を聞くべく近づいていく。
というか騎士団がわざわざ出てくるとは……。それなら最初から彼等だけでよかったんじゃないのか?
「英雄殿。聖教騎士団は貴族ではなく神から叙勲された騎士で構成されている。だから危機があるからと言って動く義務はないんだ。」
「……そうなのか? というか何で仮にも騎士団が傭兵なんてやっているんだ?」
「聖教騎士団は神殿騎士団と違って女神教に属していないからな。自分たちで金を稼ぐしかないんだ。それに無法者じゃなくて真面な奴らに依頼を出したい奴等がいるから結構需要があるんだよ。」
なるほど。そんな騎士団があったとは……。
それも貴族ではなく女神に叙勲されたものか。一体どんなものなのだろうか?
△▼△
「……何が騎士団だよ。」
「……これは流石に予想外だぞ。」
俺も魔女も驚きすぎて、狼狽えることもできなかった。
だって、なあ?
仮にも騎士と名乗る奴が真っ先に逃げたなんて、どう反応すれば良いんだ?
それも狼たちの群れのど真ん中で俺達を放って、だ。
―――どうしてこうなったと言われれば数刻ほど時計の針を戻す必要がある。
指揮を執ると騎士が一方的に言ったが不満そうな顔をしている者はいても声を出して反発する者はいなかった。
指揮を執るという行為は難しく、率いるのが傭兵ともなればその難易度はさらに跳ね上がる。さらに指揮を執るとなれば失敗の責任を押し付けられるという危険性も持つことになるそうだ。そのためこういった場合の指揮は強制でもされない限りやらないのが一般的らしい。因みに傭兵が不満そうな顔をしたのは一方的に上から目線でものを言ったかららしい。……流石に子供っぽいと思ったのは俺だけじゃないはずだ。
さて、話を戻すが騎士が指揮を執ると決まってからは早かった。目標が出没したという場所へ向かい、少人数に分かれて周囲の探索を始めた。
目標は直ぐに見つかった。
五、六匹という小規模な群れを率いて近くに潜んでいたのだ。
そして騎士は功を焦った。探索に向かった傭兵たちを無視して手元にいる僅か十名ほどで襲い掛かったのだ。
それを知った傭兵たちも功を逃すまいと戦場へ向かっていく。
―――それが罠であるとも知らずに。
俺達は忘れていたのだ。俺達の目標は唯の狼ではなく、魔物と化した魔狼であると。
魔物とは魔族と違い、普通の動植物や人間が体内または大気中の魔力によって変質した生物だ。魔族と同じく人類の脅威ではあるが滅多に表れず、魔族と違って瘴気を放たないということも特徴である。そして魔物と成った生物は身体能力を始めた様々な能力が向上する。そこには勿論知性も含まれるし、中には魔法をつかえるようになる個体も存在する。
最悪なことに今回遭遇した個体はその全てが当てはまっていた。
魔狼以外を倒し、後は本命だけというときだった。
四方八方から断末魔が響いた。それも獣のものではなく人間のものが。
誰かが言った。待ち伏せがいる、と。
俺は理解を拒んだ。なにせその時の俺の認識では奴等は唯の獣だ。獣に知性はあれど、兵法を使えるほどではない。だが事実として奴等は策をもって俺達の裏をかいた。
その場にいた傭兵は全員恐怖した。今の今まで自分たちが掌で踊らされていたのだから。
誰かが恐怖のあまり、雄叫びを上げながら魔狼目掛けて切りつけた。
しかし、魔狼は嘲笑うかのように軽々と斬撃を避ける。
そして禍々しい顎を開き、灼熱を吐いた。
その灼熱は正に地獄の炎。ただの傭兵に防げる道理などなく、塵となって消えていった。
―――ああ、また誰かが死んだ。
蹂躙された村の光景が目に浮かぶ。ああ、嫌だ。本当に嫌だ。
彼の顔など分からない。軽い挨拶をしたくらいの関係だろう。
死んだとしても何も俺には関係がない。
それでも、嫌だった。もう、目の前で人が死ぬのは勘弁だ。
「騎士様…!? どうしますか!?」
指揮官である騎士に指示を仰ぐ。あれだけ自信があるような振る舞いをしていたんだ。
少しは頼りになるだろうという算段からのものだった。
しかし、返事がない。不審に思い、騎士のいた方を見ると脱ぎ捨てられた
―――そして時計の針は元の場所に戻る。
指揮官を失った俺達は完全に瓦解し、狼たちの獲物と成った。
そこから先は蹂躙だった。
ある者は食われ、ある者は牙と爪に裂かれて死んだ。魔狼の魔法で焼死した奴もいた。
気が付けばそこにいた人間は俺と魔女だけだった。
▼△▼
「はっはっは! これは見事な劣勢だな英雄殿!」
魔女はそう笑いながら狼の爪牙から逃げて俺の後ろに回る。
「おい! 魔法で纏めて吹き飛ばせないのか!?」
「……無理だな。広範囲魔法の詠唱をしている間に私が殺されてしまう。」
「じゃあ、俺がお前を守る! だからこいつらを吹き飛ばしてくれ!」
「……おいおい、流石に―――」
「無理は承知だ! でも……! ここで動かなきゃ死んじまう!」
遅すぎる決意。だけど俺は死にたくないという思いで頭が一杯で他のことを考える余裕がなかった。
俺の言葉に魔女は微笑みを浮かべ、返事も言わずに魔法の詠唱を始める。
「『人の叡智、猛獣の爪牙、竜の咆哮、英雄の絶技、精霊の祝呪。』」
「ッ! グルアッ!」
狼たちは人語を理解できずとも本能で察したのだろう。
集団を持って俺達の喉笛を狙う。
「『彼の一撃はその全てを凌駕する。』」
「しッ!」
「キャイン!?」
別に殺す必要はない。
どうせ魔法で全て薙ぎ払われるのだから。
ならば足を傷つけ、相手の動きを止めることに腐心すればいい。
「『炎より激しく、海よりも雄大かつ風よりも疾き、大地が如き偉大。』」
魔女の後ろから馬鹿でかい狼―――魔狼がその首を嚙み千切らんと凶悪な顎を開いた。
今にも飛び掛からんとしているのに魔女は動かず、むしろ俺に対し変わらず微笑みを向けたままである。
……ああ、クソっ! そこまで信頼されているとはな!
「やらせないッ!」
ならば俺は信頼に応えなければならないはずだ。
俺がお前を信頼していないからといってお前から向けられたものを蔑ろにする理由はないのだから。
俺が全力投球した剣は当然の如く当たらない。
しかし、魔法の素養のない俺でも分かる。
魔女の魔力の高まりが。それ即ち魔法の発動がもうすぐであることの証明に他ならない。
「『我が手繰るはその威光。今は亡き巨神の戦槌。』―――耐えろよ、リュート。『
「……ちょっと待て! 耐えろって―――!」
そして、その無情にも魔力が解放された。
魔女は天へ向けた腕を振り下ろす。
それと同時に漆黒の戦槌が大地へ振り下ろされる。
しかも一つではなく四つもある。
戦槌が大地に触れた瞬間、凄まじいまでの衝撃が俺達を襲った。
ここまで読んで下さりありがとうございます!
次も一か月後までには投稿したいです……。