魔女の魔法が炸裂し、凄まじい衝撃が吹き荒ぶ。
当然俺は吹き飛ばされ、全身を何度も地面に打ち付けられる。
何とか立ち上がり周囲を見ると草原は見るも無残な狼の屍と血で彩られた荒れ地を化している。
「お前……! 幾ら何でも殺す気か!」
魔女に文句を言うが、奴はどこ吹く風だ。
「おいおい、私がお前を殺すつもりだって? そんな訳ないだろう。そもそも広範囲攻撃魔法を使えと言ったのは英雄殿だろう?」
確かにそう指示したがそっちでも考えて動いてほしい……!
「何時までも気にするな。男らしくない。それに魔狼の死骸は残っている。報酬は貰えそうだな。」
良く残せたな……。
これだけの威力なら纏めて消滅していても不思議じゃないのに。
胡散臭くともその『魔法』の腕は矢張り一流なのだろう。
そういえば死骸が残っているって言っていたな。
流石にそのままじゃあ無理だから解体なりして運ぶとするか……。
「確かに残ってるけど……本当に残骸でしかねえじゃねえか!」
そこにあったのは最早区別のつかない
……これ、どうすれば良いんだ?
△▼△
何とか残っている牙だか爪だか骨なのかも分からない何かを取り出し、帰路に着く。
想定していた程、時間はかからなかったがそれ以上の疲労を感じている。
魔狼との戦闘。想定外の劣勢。魔女の大魔法。
そのどれもが俺を襲い、肉体的にも、精神的にも打ちのめしたせいだ。
……何で原因の大半が味方由来なのか?
「……大した消耗がないのがせめての救いだな。」
薬品は勿論、武具の類も大した消耗がない。
収支は間違いなくプラス。
「悪く考えすぎるのは……――――――何だ?」
ヒヤリと嫌な予感が過る。
ふと空を見れば太陽が地平線に沈み、茜色を輝かせている。つまりは夕暮れだ。
夕暮れ。
夕暮れは夜の前に訪れる。つまりは夜の前触れ。
夜とは魔性の時。
俺達人類が抱く太陽とは真逆の月が輝く闇。
だから――――――!
「ウォオオオオオオオオオオオオッッ!!!」
一際大きい獣の咆哮。
思わず硬直し、動きが止まる。止めてしまう。
恐る恐る音が響いた方を振り向く。
少し距離の離れた場所にて獣達が群れている。
その中でも一匹、毛並の違う
漆黒の毛並みに、此処からでも分かる真紅の瞳。
異常としか形容できない巨躯に、短剣の如き爪牙。
極めつけはさっき遭遇した個体と比べ物にならない威圧感。
―――駄目だ。勝てない。
そんな思考が頭を過る。
当然だ。論ずることすら馬鹿馬鹿しい。
魔女の魔法を完成させることなく俺達二人は奴等の腸行きだ。
「……しまったな、油断した。魔狼がもう一匹いるとは。」
どこかあっけらかんとした魔女の声。
ここまでくれば逆に落ち着いて来る。
しかしそれでも俺達の未来を変えることは叶わない。
奴等に蹂躙され、晩飯になるのが関の山だ。
―――だけど。
「……英雄殿、何故剣を構える?」
「俺は死にたくない。だから、戦う。」
「意味なんて無いのにか?」
「ああ、意味なんて無くても戦うんだ。」
俺は俺の『意思』で剣を抜き、構える。
『結果』は多分変わらない。
苦しみを増し、後悔するだけの選択かもしれない。
―――でも戦うんだ。
俺は戦いから逃げてはいけない、そんな気がするから。
「―――そうかい。じゃあ悪いな。コイツ等は俺の獲物なんだ。」
ふと、声が聞こえる。
どこから発せられたのか分からない声。
声質からして男であることは明白。それだけは分かった。
しかし、探す必要はなかった。
何故なら、深緑に身を包む傭兵が全てを斬り裂いていたんだから。
―――《逆襲者》シーザー。
世に名高き『神の反逆者』。
その最高幹部たる彼が、俺の前にいる。
▼△▼
「災難だったな。最近は魔物の動きが活発なんだ。特にここらは、な。」
黒剣に着いた血を拭いながら男、シーザーは言った。
英雄譚で伝えられるとおりの風貌をしている。
深緑の軍服に眼帯。振るうのは漆黒の剣。
あらゆる英雄譚で語られる伝説が目の前で動いている。
しかし、その言葉遣いはどうにも荒々しく……まるで、いや傭兵そのままだった。
俺が夢見た彼の姿とは、真反対だった。
「……おい、英雄殿。何を固まっている? ……いや待て、まさか……死んでいる?」
「―――はっ!?」
「……蘇ったか。」
魔女の呆れた目線が俺に突き刺さる。
こんな感情を向けられたことは初めてだが、そんなことよりも俺は理想が崩れたことで精一杯だった。
「あー……。少年、俺が何かしちまったかね……?」
「……さあ?」
だって、だって……!
《逆襲者》シーザーは英雄だ。
紛れもない英雄だ。
とある寒村で生まれた彼は生まれながらの才能と知識を活かし、軍人となり、多くの功績を上げた。魔竜退治に始まり、黄金龍退治に終わる彼の偉業の数々は語ればキリがない。その中でも俺が一番好きなのは最初と最後だ。一番初めの
「……とりあえず、助かった。礼を言う。」
「あ、ああ。……なあ、少年の方は大丈夫か?」
「コイツなら問題ない。私が責任をもってどうにかしよう。だから行ってくれて構わない。」
―――俺が魔女にしばきまわされて意識が戻る頃にはすっかり月が大地を照らしており、帰り路に苦労したのは言うまでもないだろう。