敗戦同盟   作:もっこり珍道中

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よろしくお願いしマッシュ


01.負けヒロインはよく聞くけれど、負けヒーローはいるのだろうか。

 世の中というヤツは不平等だと気が付くのに、大して時間は必要なかった。

 

 多分この世には見えざる天秤か何かが設置されていて、常に自分へ針が傾く人間とそうでない人間の二種類がいる。天秤と、勝者と敗者。世界にはこの三つしか存在しない。実に親切な設計だ。

 

 俺は顔が良い。

 街を歩けば視線を集め、学校ではファンクラブがあるとかないとかって言われているくらいには、顔が良い。少なくとも美醜の女神様は俺に微笑んでくれていた。

 そんな女神に報いる為にも、俺は努力を怠らなかった。イケメンが運動音痴じゃ世話がない。イケメンが阿呆ではみっともない。イケメンが根暗な屑だと勿体ない。

 

 そんなこんなで積み重ねた諸々によって、完璧美青年は──灰原北斗(はいばらほくと)は完成した。

 ある時友人にこう言われたことがある。

 

「北斗って、漫画に出てくるキャラみたいだよな」

 

 何だその小並感な感想は。

 でもまあ、分からなくもない。ラブコメなんかの学園モノでいる、学校の人気者みたいなポジション。そのことを友人は言いたかったんだろう。

 

 自惚れるなカスという誹謗中傷は受け付けない。事実を事実として受け止めているだけだ。本当にそれだけ。

 多分人それぞれに役割というものは与えられていて、貰った枠の中でしか動けないのだろう。

 

 だから俺は()()()()役回りで、その天秤は固まったまま動かない。

 クラスの人気者キャラ。人当たりも顔も良い当たり障りのない薄っぺらな人格で、最高の噛ませ犬。

 

 

 

 そして──

 

 

 

「私は、久留主くんが……久留主(くるす)公人(まさひと)くんのことが好き、です……!」

「うん。僕も、広瀬さんが好きだよ」

「二人ともおめでとうー!」

愛佳(まなか)、良かったね!」

「幸せになれよぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 

 

 ──どう足掻いたって、主人公にはなれない。

 

 

 

 世の中というヤツは、不平等だ。

 

 

 

 ▽

 

 

 

「いやふざけてんのか」

 

 俺の心の中の第一声はこれだった。

 放課後の教室。斜陽に染まる黄昏色の世界に二人きりの男女。それを外から固唾を飲み見守るクラス一同。(なんだこれ)

 

 告白が終わるや否や、連中は大声をあげながら教室に突撃。拍手喝采を浴びせまくる。一連の動作は米軍の特殊部隊よろしく静と動を兼ね備えたプロフェッショナルのそれだった。

 

「おめでとおおおおおおお!!!!!」

 

 俺が出くわしたのは偶然だった。

 

「おめでとううううううう!!!!!」

 

 忘れ物を取りに教室へと引き返した所、一番下のヤツどうなってんのってくらいにドアの前に積み重なって隙間から何かを見ている同級生たちを見かけたのだ。

 

 この時点で引き返したかったのだが、彼らは俺を見るなり手招きをしてきた。怪訝に眉を顰めながら近付くと、そこにはあ「うおおおおおおおお!!!!!」(うるさい)の二人が立っ「うわああああ!!!!!」

 

 頼む……静かに……! 

 

 ……もういい、疲れた。

 祝福の声──非常にやかましいが、本当に祝っているのだろうか。雰囲気をぶち壊しているだけではないだろうか──も止まないので、端的に言うと。

 

 俺がずっと好きだった幼馴染となんかよく知らないクラスメイトがくっつく場面を見せつけられましたとさ。

 

 本当に、何の冗談だ。悪い夢でも見ているのではないか。

 でも歓声にビリつく鼓膜はちゃんと痛いし、件の二人の声も夢にしては妙にリアルだ。

 それに……。

 

「な、なんだよ皆! 見てたのかよ!」

「〜! は、恥ずかしい……!」

「ヒューヒュー! 初々しいー!」

「ちょ、やめろよぉ!」

 

 耐えられん。

 うわあああこの鳥肌の感触これ絶対現実だ。全身を掻き毟りたくなる衝動を抑え込んで、俺は一歩前に出る。

 俺にはどうしても言っておかなければいけないことがあるのだ。灰原北斗として。広瀬愛佳の幼馴染として。

 

「おめでとう、二人とも。……久留主。愛佳は俺の幼馴染なんだから、大切にしてくれよ?」

 

 そして、噛ませ犬として。

 

「う、うん。勿論だよ灰原くん!」

「なら良し。お前らも冷やかしてないでとっとと帰れよー? ……じゃな愛佳、お幸せに」

「北斗くん、ありがとう……!」

 

 それだけ言い残して、灰原北斗は華麗に去った。

 

 リノリウムの床がキュッキュッと音を立てる。廊下には一人分だけの足音が響いた。

 完璧だった。二人の祝福と同時に周りへ注意することで気遣いも見せてみた。安い三文芝居の舞台に相応しい、実に空虚な台詞だった。

 

「……ふざけてんのかぁ」

 

 吐く息と共に、何とも情けない声が漏れる。

 高校に入ってから、やっと気付いた。幼馴染の愛佳への気持ちだ。俺のこんな()が始まる前からずっと傍にいた。素の自分が出せる場所だと思っていた。

 

 ……でも、違ったんだ。

 

 嫌でも、誰が相手でも、見えてしまうんだ。

 他人が自分に求めているモノを。

 

 それが愛佳にとって恋人ではなく、いつまでも変わらない優しい幼馴染だったというだけのこと。

 俺が愛佳に告白しようと思い立った時にはもう遅かった。愛佳にとっての主人公が現れてしまったから。

 

 多分、俺の知らない所で話はどんどん進んでいて。精々俺の出番なんて久留主が勝手に愛佳と俺の関係性に嫉妬と諦めを感じて、それを彼女が否定するくらいの、当て擦り染みた一幕に過ぎないのだろう。

 俺は幼馴染として、気の善いクラスメイトとして、彼と彼女を見守ることしかできない。そういう風にできている。「ふざけんな」くらい言ってやりたかったけど、俺にはその遠吠えも許されない。許されてはいけない。

 だから最後の言葉はあれで良かったんだ。本当に、幸せになって欲しいとは思っているし。

 

 ……それにしても。

 

『──愛佳は俺の幼馴染なんだから、大切にしてくれよ?』

 

 ……。

 

「うぉあああああ……!」

 

 

 

 恥っず!!!! 

 

 

 

 臭い。イタい。キモい。多分『〜にしてくれよ?』の部分、歯とか見せてキラーン! みたいな効果音が付くような表情してた。

 

 消えたい死にたい、穴に入りたいよう……。

 

 あまりのむず痒さにもう思わず頭を掻き毟った。

 ワックスで適度に整えられた髪がグシャグシャになる。今の俺を見たら、多分誰もが困惑するだろう。手負いの熊みたいな呻き声を発しながら頭を振りかぶりガシガシしている、ただの不審者だ。

 

(こんな醜態、誰にも見せられないよなぁ……)

 

 でも、暫く収まりそうにない。

 流石に今回は堪えた。羞恥と哀愁とが綯い交ぜになって、正直どうにかなってしまいそうだった。或いはもう手遅れか。

 

 このまま帰るにしても下校中の生徒から注目を集めてしまうだろう。一応こんなでもイケメンで通っているので。

 まぁそんなもの、今となっては何の意味もないが。

 

 ともあれほとぼり冷めるまで、一人になれる場所でゆっくりとしよう。そう思いながら、俺は昇降口へと歩を進めるのだった。

 

 

 

「えーっ!!! じゃあ二人はもうキスもしてるんだ!?」

 

 

 

 背後の教室から轟く大声。

 

 

 

 ……結構、長く世話になりそうだ。

 

 

 

 ▽

 

 

 

 屋上の扉は重たい。一見鍵が掛かっているのではないかと思わせるくらいだから、多分皆そう思って寄り付かないのだろう。

 

 ギィィ、と鈍く軋む音を立てて扉が開く。

 こうして力でこじ開けることができるのも今までの研鑽のお陰だと思うと、救いがあるような皮肉なような。何とも変な気分になった。

 

 一人で居たい時、ここにはよく世話になる。

 上と下。空と地。そんな境界線で外界から途絶されたような気がして、本当に唯一、何も考えずに居られる場所なのだ。本日付けで本当に唯一無二の場所になってしまった訳だが。

 

(これからはより一層世話になるな)

 

 よろしく俺の聖域(サンクチュアリ)

 

 そんな予見と共に塔屋の裏側に回ると。

 

 

 

「いやふざけてんのかぁーッ!!」

「!?」

 

 

 

 何もかもぶっ飛ばすような勢いで叫ぶ少女が一人。

 

「……あ」

 

 俺に気づくと、ぱちくりと目を瞬かせる彼女は──

 

 

 

 ──学校一の美少女と言われる、最高の噛ませ犬(ヒロイン)だった。

 

 




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