優しい人。   作:花道

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プロローグ 迷える羊
#1 巡り巡る


 

 

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 飲み干した缶ビールを、なんとなく眺めていた。

 感動する事も、落胆する事も随分と減った。

 社会の荒波にもまれて、尖っていた部分も随分丸くなった。

 最後に心から笑ったのは、いつだったか。

 そんな簡単な事さえも思い出せない。

 灰皿に置かれていた煙草の火は、いつのまにか消えていた。

 新しい煙草に手を伸ばし、口にくわえ、ボールを潰して火をつける。

 吸い込んだ煙を吐き出す。

 ブルーベリーの味。

 淡い思い出たち。

 楽しかったあの頃。

 変わらない背丈。

 当時の友達と連絡する事も、連絡が来る事も少なくなった。

 社会人なのだから当たり前といえば、これが当たり前なのだろう。

 学生の時は早く大人になりたいと思っていたのに、大人って思っていたよりもつまらないものだと知った。

 何より、あれだけ大嫌いだった勉強が、大人になっても続くとは思っていなかった。

 スマートフォンに保存されている一枚の写真を見つめる。

 みんな笑顔で笑っている。

 

 

「……みんな元気なのかな」

 

 

 思い出の写真を眺めながら、三浦優美子は小さな声で呟いた。

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

  優しい人。

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

  1

 

 

 八月一〇日。

 夏の日差しが日増しに強くなっていく。

 一九時を過ぎてもまだ暑さは手加減してくれない。

 流れる汗をハンカチで拭きながら、優美子は行きつけの居酒屋へ向かっていた。

 大学生の時は集まって飲んでいたのに、社会人になってからはずっと一人で酒を飲んでいる。

 スーツにはまだ慣れないが、そんな日々にはもう慣れていた。

 コツコツとハイヒールを鳴らしながら歩いていく。

 大人への憧れは近づくと遠のいていった。

 だけど、その事に対しての悲しみは全くこみ上げてこなかった。

 大学をなんとか卒業して約五ヶ月。

 有名企業とは程遠い無名企業に就職。

 給料は少ないが、残業も少ない。

 一人で暮らす分には全く困っていない。

 だから、それなりに幸せだと言いたい。

 だけど、情熱はいつのまにか冷めていた。

 仕事は程々に。

 遊びはたまに。

 恋は皆無に。

 友達とは疎遠に。

 そんな日々にももう慣れていた。

 ワイヤレスイヤホンからはEDM。

 気持ちを盛り上げたい時に、これほど最適な音楽はないなと優美子は思っていた。

 アップテンポなリズムと軽やかなシンセサイザーのサウンドが心地いい。

 そんな音楽を聴きながら、優美子は歩いていく。

 歩くたびに髪の毛が跳ねる。

 派手な髪色ではなくなった。

 金髪から黒髪へ。

 ネイルもしなくなった。

 変わらないのは、耳たぶに光るピアスと首元のネックレスくらい。

 そんな変化にももう慣れていた。

 変わらないのは、変わらなかったのは、一体なんだろう?

 そんな事も分からなくなってしまった。

 世界は何も変わらないのに、車はいつまで経っても空を飛ばないし、超能力なんて誰も使えないし、漫画のような超常なんて日々はまだまだ先で、退屈な毎日がただただ続いていくだけだった。

 あれだけ大好きだった貴方の声も四年経っただけで薄れてしまった。

 思い続ければ変わる日が来ると、そんな純な事を望んでしまう日もあるが、何も変わらない。

 変えられない。

 いつからだろう。

 こんなにも自分に自信が持てなくなったのは。

 高校生の時はあんなに自信が溢れていたのに、いつからだろう。

 いつからこんなにも毎日がつまらなくなってしまったんだろう。

 分からない。

 好きな音楽を聴いているのに、全く気持ちが盛り上がらない。

 もうやめよう。

 こんな事を考えて自分らしくもない。

 歩みはいつのまにか止まっていた。

 夏の日差しは相変わらず容赦なく降り注いでいる。

 星の光はまだ煌めかない。

 じめっとした風が頬に触れ、通り過ぎる。

 それを合図に優美子は再び歩き出す。

 

 

 

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 飲み過ぎた、と三浦優美子は素直に思う。

 火照った頬。

 落ちそうな瞼。

 おぼつかない足元。

 家に帰るのも一苦労だ。

 こんな事になるなら家で飲めばよかった、と優美子は反省する。

 

「……暑い、水買お」

 

 夜になってもまだ暑さは少し残っている。

 優美子が感じている暑さは酒の飲み過ぎによるもの。

 近くにコンビニは見当たらないから、自動販売機を探す。

 辺りを見渡せば、案外すぐに見つかるものだ。

 財布から110円を取り出して、水を買い、その場で一気に飲む。

 お腹が冷たくなるのを感じる。

 半分ほど飲んだ水にキャップを回す。

 こんな姿、貴方には絶対に見られたくない。

 落ちぶれた、とまでは言わないがずいぶんと変わってしまった。

 見上げると、月は雲に遮られていた。

 そういえば、昔こんなことを言われたことがある。

 月が雲に遮られた次の日は雨だよ、と誰かに言われた。

 いったい何を根拠にそんな事を言ったのかは分からなかった。

 今となってはスマートフォンひとつで一週間の天気予報が簡単に調べられるのに。

 そんな事を考えながら、スマートフォンを取り出す。

 誰からも連絡は来ていなかった。

 別に期待しているわけではない。

 だからすぐにスマートフォンをポケットにしまう。

 明日も仕事だから早く帰らないと、と考えながら優美子は歩く。

 だけど、それを遮るように、急な吐き気が優美子を襲う。

 口元を押さえながら、その場で蹲る。

 格好悪い。

 こんな姿、絶対に他人(ひと)に見られたくない。

 なんて思いながらも、優美子はその場から動けない。

 そして、そんな時に限って人はやってくる。

 ちらりと視線を上げる。

 身長的に恐らく男だ。

 最悪だ、と素直に思う。

 出来るだけ早く通り過ぎてくれ、と願いながら。

 

 

「……」

 

 

 しかし、その男は、優美子の目の前で立ち止まる。

 男の手にはビニール袋が握られていた。

 服装はスーツ。会社帰りか、飲み帰りなのかは分からない。

 ちらっと、優美子は視線を上げる。

 

 

「……?」

 

 

 どこかで見た覚えがあった。

 でもどこで見たのか思い出せない。

 

 

「……お前、三浦……か?」

 

 

 男は口を開くと優美子の苗字を言い当てた。

 驚きながら、男の顔をじっと見つめる。

 薄く、ぼんやりとした記憶が、鮮明になって浮かび上がってくる。

 

 

「……ヒキオ?」

 

 

 止まっていた歯車が少しずつ動き出す。

 

 

 

  プロローグ 迷える羊

 

 

  #1 巡り巡る

 

 




リハビリ作品です。
プロットも簡単なものしか用意してません。
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