東京都都内にあるトレセン学園こと通称日本トレーニングセンター学園。そこは中高一貫であり在籍している生徒は2000人もに及び国内でトップクラスのウマ娘専門学校だ。多くのウマ娘がここで切磋琢磨し、夢に向かって走るその姿は言葉では表せない程のドラマがある。
しかし、トレセン学園は言ってしまえば女子学校であり、男性は教師やトレーナーを含めた学園関係者しかいない。
中学、高校生といえどもウマ娘達はみな見目麗しい女の子たちばかり。私を含めた男子一同は口には絶対に出さないが、彼女たちに目を奪われているのが大多数なのである。言いたくはないが、やはり男性にとっては辛い職場である。男女比1対9ぐらいの戦力差であるので、当然男性の肩身は狭い。
だが、ここでトレーナーとして働き始めて早数年。ベテランとはまだ呼ばれないまでも、中堅トレーナーとして呼ばれるには十分すぎる程の結果を出してきたと自負している。
現に普通のトレーナーであるならば最低4人のウマ娘からなるチームを担当するのが定石であるが、私が担当しているチームはその倍以上はいる。
否、どうしてこうなった。責任者はどこか。
待てよ。見方を変えればそれだけ私のトレーナーとしての能力が買われている、ということでもある訳だから、ここは胸を張って自慢してもいいのではないだろうか。
ハッハッハッ。
いや、よくない。
担当しているウマ娘が多ければ多いほど、私の負担を増えるばかりである。それも全員が美少女と言っても差支えのない可愛い子ばかり。男である私は普段より一層気を引き締め、内に秘めた想いに蓋をしなければならない。
手を出そうものなら私の今までの努力と貯金すべて無に帰してしまう。それだけは何としても避けなければならない。
いつか静かな場所に家を建て、そこでひっそりと静かに暮らすのが私の夢だ。
なので、今日も一日頑張るべく学園に出勤する。
おっと、その前に日課の朝の天気予報をチェックしなければ。
ウマ娘のトレーニングは基本屋外。毎日の天気の確認は怠れないのだ。
『今日の東京都心の天気は快晴。降水確率は0%──』
ふむ。昨夜と変わらず今日は一日晴れるようだ。とりあえず済ますべきことは済ませたので出勤することにしよう。
私はトレセン学園が管理しているトレーナー寮に住んでいる。別名ここは独身寮とも言われており、言ってしまえば独り身の男が済むに相応しいと言えるだろう。
しかしだ。私のように少しでも出費を抑えたい人間にとっては願ったり叶ったりの場所だ。学園は目と鼻の先であり、ちょっとぐらい寝坊しても何とかなる。
まあ、我々トレーナーの仕事は教師と違って朝早くからではないので、彼らより余裕があると言えばあるのだがね。
寮を出て空を見上げれば雲一つ青空が広がっている。うむ、まさにいいトレーニング日和と言えるだろう。
普段仕事に行くのも億劫だが、こう天気がいいとやる気に満ちてくる。
まさに今日も一日がんばろう!
と、声に出したい所であるがここは堪えた。
すると、目の前から見慣れたウマ娘が私の胸に飛び込んで来たではないか。
「おはよートレーナー!」
「やあ、テイオー。今日も朝から元気だね」
「えへへ。そりゃあ朝からトレーナーと一緒に通学できるから当然だよ」
この子の名前はトウカイテイオー。私が担当しているウマ娘の一人であり、我がチームにおけるエースの一人と言っても過言ではない。
レースにおいては『無敵のテイオー』と呼ばれるぐらいに素晴らしいウマ娘であるが、レース外では年相応に可愛らしい少女でもある。特にテイオーは表情豊かで、私はこの子の笑顔がとても大好きなのだ。
笑顔は人を幸せにする。何ていう言葉もあるように、まさにテイオーは私を幸せにしてくれる存在なのかもしれない。
「所でテイオー。今日もわざわざこっちに来たのかい?」
「え、何かおかしいかな」
「いや、いいんだ。忘れてくれ」
「もう。変なトレーナー」
そう言ってテイオーは私の腕に抱き着きながら我々は学園に向かって歩き出した。
通学と言っても彼女達ウマ娘が済む女子寮は学園の目と鼻の先であり、トレーナー寮はそんな女子寮から少し距離を置かれている。それなのにテイオーは毎朝どういう訳か、私が寮を出るタイミングで迎えに来るのだ。
もっと付け足せば女子寮にも規則があり、関係者以外立ち入り禁止、さらには男子禁制でその中には当然我々トレーナーも含まれている。対してトレーナー寮にはこれと言った規則はない。つまり、ウマ娘がトレーナー寮の敷地内に入っても何のお咎めがないのである。
これは何かの策謀だろうか。
私にはそう思えてならない。
テイオーと毎朝こうして一緒に歩くのは、もう数年の付き合いなので流石に慣れてはいる。私としても色々と思う所がないわけではないが、トレーナーの仕事には彼女達のメンタルマネジメントも含まれている。
なので、変にご機嫌を損ねるわけにはいかない。だから私がこうしてテイオ―と一緒に歩いていても、周りの同僚達は何も咎めない。
いや、彼らはむしろ哀れむような目で私を見てくる。
やめろ、そんな目で私を見ないでくれっ。むしろ、諸君らだって同じようなことをしているではないか!
と、叫びたいが叫んだら負けなので黙ることしかできない。
トレーナー寮から少し歩いて女子寮の前まで来れば、私達と同じように学園に登校する生徒がたくさん歩いている。道路を挟んだ向こうにあるのだが、彼女達からしてみても素晴らしい生活環境に違いない。
普通だったらここで腕を組むのをやめるところだが、テイオーがそれを素直に聞き入れてくれる子ではないことを私は知っている。
なので、私が取るべき行動は平常心である。常に前を向き、表情を崩さない。挨拶をされたら笑顔で返す。これだけでいいのだ。決して下心がある風に見せてはいけないのである。
テイオーと一緒に校門を通り過ぎると、後ろから誰かがポンと肩を叩いてきた。
「おはよっ、トレーナー!」
「やあ、スカーレット。おはよう」
「テイオーもおはよう」
「……おはよう、スカーレット」
声をかけてきたこのツインテールのウマ娘の名前はダイワスカーレット。彼女も私が担当しているウマ娘だ。
特筆すべきはそのスタイルの良さであろうか。年が近いテイオーとは真逆の存在である。私も男であるが故に、ついその豊満なバストに目を向けてしまいそうになるが、私は彼女のトレーナーである。そんな不埒なことは絶対にしてはならないのだ。
「あ、昨日は付き合ってくれてありがとうね。おかげで助かったわ」
「力になれて何よりだよ。だけど、その、今度は流石に別の所にしてくれないかい。いくらスカーレットの頼みでも、あそこはちょっと……困る」
「ン~善処するわ」
私は大きなため息をついた。いや、わかってはいたのだ。きっと私の頼みは聞き入れてはくれないことは。少しでも彼女達の力になりたいとは思う。だから休日を返上してまで彼女達の願いを聞き入れてきた。
しかしだ。流石にランジェリーショップは……場違いではないだろうか。
そういう所は友達か、彼氏と行ってほしい。
独身の私には刺激が強すぎる……。
困り果てた私を見てニヤニヤと笑うスカーレットが、いきなり近づいて私の耳にそっと囁いた。
「──今日はトレーナーが選んでくれたの付けてるの」
「なっ!」
「ふふっ。じゃあまたあとでね!」
言うだけ言ってスカーレットは先に校舎に走っていってしまった。私はまだ顔の熱が引いていないと言うのに。
落ち着け私の心。惑わされてはいけない。欲望になど負けてはいけないのだ。そう何度も心に訴え……。
……赤か。
私は負けてしまった。
「ッ」
誘惑に負けたと同時に私の腕に激痛が走る。慣れているとは言え、流石に声までは我慢できなかった。この痛みの原因は考えるまでもない。
これはテイオーが原因だ。
現に目だけを彼女に向ければ、すべてを飲み込んでしまいそうな黒い瞳で私を見上げているではないか。
「ねえ、トレーナー。もしかして、昨日はボクの約束を断ってスカーレットと出かけたの?」
「あ、ああ。どうしても私が必要だと言ってね」
「ふーん。ボクよりスカーレットを優先するんだ、トレーナーは」
ミシミシ、と腕が悲鳴をあげているような声が聞こえる。
さらに周囲が暗いと思って空を見上げれば、雲一つなかった青空が暗雲になっているではないか。
しかも幻聴でなければゴロゴロと音が鳴っている。
さて、ここからどう返事をしたものか。こうなったテイオーを落ち着かせるのは並大抵のことではないのだ。
「テイオーの約束を断ってしまったのはすまないと思っているよ。だけど、先に頼まれたのはスカーレットだったんだ。そこは理解して欲しい」
「……どこに行ったのさ」
「ウマ娘専用の商品を扱っているお店だよ」
「本当に? ねえ、ちゃんとボクの目を見て言ってよ。本当に、そこに行ったの?」
「……」
ウソではない。そう、ウマ娘専用という意味ではウソではないのだ。
ダイワスカーレットというウマ娘は、テイオーと少ししか年が違わないと言うのに日々その胸の大きさに悩んでいる、らしい。
なので、それに合う下着を購入したくても普通のお店では扱っていないのだ。
まあ、なんで私が同行しなければならないのか、とは口が裂けても言えないのだが。
すぐに返事を返さなかったことが答えだと思ったのか、今のテイオーの心を表すかのようなどしゃ降りの雨が降り注いできた。さらに風も強く吹き始め、今にも雷が落ちそうである。
「ふぇえええん! なんでいきなり雨がぁ~!」
「うわぁーん! 飛んできたバケツにぶつかったぁ──!」
大雨が振っているのにも関わず二人のウマ娘の叫びが耳に聞こえた。そちらに目をやらなくても声の主は知っている。
ドトウにタンホイザー、すまない。
私は胸の中で謝罪した。
一方テイオーに再び目を向ければ、ずぶ濡れになったまま依然として私から目を離さないでいた。
ここは正直に話すしかない。
「……ランジェリーショップに行きました」
瞬間、特大の雷が落ちて、トレセン学園を中心に都心から光が消えた。
「じゃあなマックイーン。アタシは……いくぜっ!」
「ちょっと、もう登校時間ギリギリですのにどこに行くんですの!?」
と、近くでバカなことをやっているアイツの声が耳に聞こえたが、とりあえず放っておくことにする。
「へえ。ボクと出かけるより、スカーレットと一緒に下着を買うのがいいんだ。ふーん」
するとあちこちに突如ハリケーンが現れた。新聞紙やゴミと色んな物が飛ばされている中、見間違いでなければアイツがサーフボードみたいな物に乗って、この荒れ狂うハリケーンの中を飛んでいる……いや、風という波に乗っていた。私はすぐに視界から外し、思考とをテイオーの対処に切り替えた。
困った。まさかここまでとは。
こうまで私が落ち着いているのは流石に初めてではないということもあるが、現状打破する方法も知っているが故である。
まあ、言い換えればこれが今日一番のトレーナーとしての仕事なのである。私は未だにテイオーによって今にも握りつぶされそうな右腕の反対の手で彼女の肩に手を置いた。
「なあ、テイオー。実は見たい映画があるんだ。もし放課後時間があったら付き合ってはくれないだろうか」
「うんっ。もちろん行くに決まってるよ!」
「それはよかったよ」
即答である。
そして、今にも世界の終わりが訪れそうな状況だったのが、ほんの数分前と変わらず雲一つない青空が広がっていた。さらにずぶ濡れだった私達の服は元通り。
すると何処から誰かの声が上から聞こえてきた。
『落ちるぅぅぅぅぅ! いや、今こそ決めるぜ。スーパーヒーローちゃくt--』
どうやら今回も失敗したようである。
おっほん。
諸君、慌てることなかれ。
これがここでの日常である。
「えへへっ。トレーナーと放課後デートだ。じゃあ、トレーナー。またあとでね」
「テイオーも勉強頑張れよ」
「うんっ」
校舎へと走っていくテイオーの背中を見つめながら、私は左腕で手を振りながら彼女を見送った。残された私はそこで立ち尽くし、痛みで上がらない右腕を見た。
「……折れてはいないけど、すげえ痛い」
やれやれ、久しぶりに腕にヒビが入ったかもしれない。最近は慣れてきたから平気だと思って油断してしまった。
とりあえず仕事に入る前にいつものようにアグネスタキオンの所によって薬をもらいに行かねば。
あと放課後は予定を入れないようにしないと。もし約束を反故にしてしまったら、今度はハリケーンどころではすまないだろう。
トウカイテイオー
トレーナーが傍にいると以下の能力を得る。
①任意のタイミングでしっとりカウンターを一つ置くことができる。
②しっとりカウンターが溜まったと同時にフィールド効果を変えることができる。
③しっとりカウンターが1つ溜まるごとに攻撃力、守備力共に1000アップする。
④しっとりカウンターが7つ以上溜まっていた場合、カウンターをすべて除去することで、????に進化することができる。
⑤トレーナーから褒められたり、優しくされると強制的にしっとりカウンター及びフィールド効果は元に戻る。