メイドラゴンの世界のモブだが、朝起きたら職場の先輩である小林さんが隣で寝ていた件について 作:風神・雷神
自分こと小田原健二が地獄巡システムエンジニアリング 瀧ノ口事務所に入ってもうすぐで2年目になる。
一通り落ち着いてきた今だから言えるが、入ったばかりの当時はめちゃくちゃしんどかった。理由としては、この会社はプログラミング言語を他社にはない独自のものにしており教育期間が足りず、覚えきれないまま実践投入という形で業務を任されていたからだ。ちなみに、これが原因で現場では新入社員が育ちにくく、中途募集をかけても一向に応募が無い状態となってしまっているらしい。
当然仕事は思うように進まず、調べながら覚えながらの作業の為に、周りの人たちの半分以下のスピードだった。仕事のミスで課長からはパワハラとも言える罵詈雑言を浴びせられたり、納期が間に合わなかったりなど沢山のトラブルに見舞われ、毎日のように夜遅くまで残って、肉体的に精神的にギリギリな毎日を過ごしていた。ここだけの話、余りにも酷かったもの等は録音している。然るべき時に、使ってやろうと思っている。
そんな新人時代だったが、お世話になった人が2人いる。
一人は研修期間を終えて右も左も分からない自分に、色々と教えてくれた滝谷さんだ。
入社当時から積極的に話しかけてくれ、この人から分からない点のほとんどを教わった。最終チェックとして自分が作業したものに不備がないか見てくれたり、課長に呼ばれて怒鳴り散らされたりしてた時には、何度か間に割って入って自分を庇ってくれたりしてくれた。この人がいなかったら多分、入って早々に潰れていただろう。
そして、もう一人が滝谷さんの同僚の小林さんだ。
滝谷さんと同じで、分からないことなど聞いたりしていたが、一番は自分が受け持つはずだった仕事を代わりにやってくれていたことだ。小林さんは、会社で『有能で大切な会社の柱』とまで言われるほど仕事ができる人だった。正直、ここ最近まで、代わりにやって貰っていたのでとても申し訳が無いと思っている。それを、本人に話す機会があったが、『気にしていないから大丈夫、そう思うんだったら早く慣れて作業スピード上げて、仕事終わりに一緒に飲みにでも行こうよ』と言われてしまった。
この二人以外の方々にも助けて貰ったりしたが、やはりこの二人は突出してお世話になったため、本当に頭が上がらない。今でも感謝の気持ちでいっぱいだ。
そんな先輩方とまさか本当に居酒屋のテーブル席で仕事終わりに飲みに行ける日が来るとは……。
「「カンパーイ!」」
「カン…パイ……」
二人の掛け声に遅れて続く。こっちは疲れてヘロヘロなのに、何で二人はそんなに元気なんだ……。
「どうしたの?元気ないけど。もしかして乗り気じゃなかった?」
前の席に座る滝谷さんが、申し訳なさそうに聞いてくる。全然こっちはそんなことは思っていない。
今回こうして集まったのも滝谷さんが声をかけてくれたからだ。最近仕事にも慣れてきて、やっと自分が担当する仕事を一人で片付けられるようになった。滝谷さん曰く、この飲み会は会社内の一戦力として、半人前から一人前にグレードアップしたお祝いも兼ねているらしい。だが、一人で出来ると言っても残業してやっと終わらせることが出来る位だ。会社を出たら、先に上がっていた二人が俺が終わるのを待っていて誘ってくれた。
「いえ。そんなこと無いです。誘って頂いてありがとうございます」
「なら良かった。あとさ、こうして私達と小田原君で飲みに行くのって初めてだよね。ごめんね、もっと早く誘えばよかったよ」
隣に座る小林さんがそう言うと、キンキンに冷えたビールを一気にごくごくと飲み干す。
「ぷはぁー!仕事終わりのビールは最高だねぇ!」
「そ、そうですね……俺……いや、自分もそう思います」
「だね!この瞬間が一番生きてるって実感できるよね!」
会社では見たことが無いぐらいご機嫌な小林さんに驚く。会社ではいつも死んだ魚のような目をしている彼女の笑顔を見たのは初めてかもしれない。
驚いている自分を見ながら滝谷さんが話しだした。
「ここは会社じゃないから、そんなに気を使わなくてもいいよ。僕も自然体で話すから」
「そうだよ。ここは会社じゃないからね。私も気にしないから自然に話せばいいよ」
そう言って二人は、ビールを飲み干すと追加で二杯目のビールを注文していた。
「わ、分かりました。ただ少し心配事がありまして……」
「なになに?何が心配なの?」
小林さんは気になったのか、肘をテーブルにつきながら聞いてきた。
「いや、俺お酒弱くて、ちょっと飲んだだけで酔っ払っちゃうらしく、前に友人から聞いたんですけど酒癖悪いらしいので、外であんまり飲まないようにしてるんですよ。飲んだりして二人にご迷惑をかけてしまうんじゃないかって思うと……」
「へぇー。小田原くんてお酒弱いんだ。でも私も似たようなもんだし、大丈夫だと思うよ。最悪、私達が何とかするからさ」
「そうだよ!職場の先輩を信じるんだ。だから今日はとことん飲もう!」
「滝谷さん、小林さん……」
俺はなんていい先輩方に恵まれたのだろうか。二人は、俺が少しでも楽しめるよう努力してくれている。嬉しさの余り、涙が出そうだ。
そうだ。ここで、中途半端に楽しむのは逆に失礼だろう。今回は、二人の気遣いに甘えて思いっきり楽しもうじゃないか!
そう思うと、二人に感謝や感動でいっぱいの内心を隠すよう、ビールを一気に流し込みジョッキが空になる。
「おお!いい飲みっぷりだねぇ。これは先輩として負けてられないかも……」
「対抗心燃やすのはいいけどさ。小林さんまで飲み潰れないでよね。流石に二人の酔っ払いを相手にするのは、ちょっとキツイから」
「分かってるよ。『酒を飲んでも飲まれるな』でしょ。あ、すいません。追加で生2つとあと……」
こうして楽しい飲み会が始まったのであった。
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窓から日の光が差し込み、カーテンの隙間から漏れた光で朝だと気づく。ベットから体を起こして意識を覚醒させるが、同時に酷い頭痛が襲い掛かってくる。この頭痛は昨日の飲み過ぎによる二日酔いからくるものだろう。たまらず頭に手を当て、痛みにも少し慣れてきた所でおかしな点に気が付く。
「何処だ……ここ……俺の家じゃ……ない……」
見覚えのない部屋で寝ている事にまず驚く。明らかに自分が住んでいるアパートにはこんな部屋はない。ここは一体どこだ……。
酔った勢いで友人の家に転がり込んだのかと思うが、多分違う。どの友人の部屋にも類似しない。それに上京してきてこの辺に、友人と呼べる人間はいな……いや、これ以上はやめておこう。
一番可能性があるのは、昨日一緒に飲んでいた二人の内のどちらかの家じゃないのか。だとすると、常識的に考えて滝谷さんが酔いつぶれた俺を運んでくれたのかもしれない。二人共俺の自宅は知らないから、一時的に保護してくれたに違いない。そうと分かれば早くお礼を言って家に帰った方がいいだろう。これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。
ベットから起き上がろうとすると、どうやら服を脱いだ状態で寝ていた事に気付く。
目が覚めて来たのか、昨日の出来事を断片的に思い出してきた。
そうだ……。確か飲み会が終わって帰る時に、滝谷さんとは帰る方向が逆で、小林さんとは偶然にも帰る方向が同じで、途中まで一緒にいて……。
電車も乗ってもうすぐ家に着くって所で、小林さんがもう一軒はしごするって言いだしたんだけど、でもちょうど周囲に店が見当たらなくて、小林さんの自宅が近くにあったから、家で飲み直すからと誘われたんだ。
その時から、もう互いにフラフラして歩くほど酔いが回っていたんだけど、俺はその誘いを断らず、家に上がって飲み直した。
え?
ということは……。
まさか……。
周囲を見れば、床などには脱ぎ捨てられた衣類が散乱していた。自分の服は直ぐに分かったが見慣れない服があり、それは何故か昨日小林さんが着ていたスーツに非常によく似ている気がする。
動揺からなのか、いつもはかかない変な汗が噴き出す。
ベットから起き上がろうとすると右手が何かに触れた。それには、シーツや枕にはない感触と不自然な暖かさを感じる事ができた。
そう、誰かがすぐ隣にいる。それも一緒のベットにだ。
恐る恐るゆっくりと被っている布団を捲る。
そこには、いつも職場で見る頼れる先輩とは違い、髪を下ろし穏やかな寝息を立て、気持ちよさそうに眠る小林さんの姿があった。
嘘でしょ……。
朝起きたら、職場の先輩の小林さんが隣で寝ていました。