メイドラゴンの世界のモブだが、朝起きたら職場の先輩である小林さんが隣で寝ていた件について 作:風神・雷神
埼玉県 上空
今現在ドラゴン化したトールさんの背中に乗せてもらい、雲に隠れながら飛行している。
正直、夢を見ているのではないかと、今も驚いている。
最初は、『あんな人間乗せる位なら焼き殺す』とまで言っていたが、俺だけ置いて行く訳にはいかないと小林さんがトールさんに頼んで、渋々承諾してくれた。
酔っていた為に見間違いか、勘違いだと思っていたが、まさかトールさんが本物のドラゴンだったとは思わなかった。
「風すごいですね。小林さん、大丈夫ですか!」
「うん。なんとか大丈…。うっ。腰が……」
旅客機などとは違い座る椅子もなく、掴まるものもドラゴンの背中は、お世辞にも快適とは言えない。
更には、周囲を遮る壁もないため、風がダイレクトに体へ襲い掛かる。
風圧に姿勢のダブルパンチで腰にはダメージが溜まっているだろう。
そのため、どうにかして小林さんの力になれないだろうか。
腰を押さえ痛そうに、顔を顰める小林さんを見て、ある決断を迫られる。
会社との距離も考えて、このスピードになるのは仕方がないが……これでは、小林さんの腰がもたないかもしれない……。
「小林さん、失礼します」
そう言うと、右手で右肩を掴み、自分の方へ引いて近づける。
「え?なんで私の肩掴んでるの!いきなり何!?」
いきなりの事で小林さんは、動揺を隠しきれず、慌てふためいていた。
「小林さんの負担を減らすためです。会社に着くまでの少しの辛抱です。耐えて下さい」
「え?ありが……って、そうゆうことはやる前に先に言ってよ!もおおおおお!ビックリするじゃんか!」
「……すいません。次から気を付けます」
確かに、行動する前に言えばよかったが、緊急だったから仕方がない。
だが、小林さんは無理に離れようとせず、体の重心をこちらに預けてくれたのは、役に立てていると思えてとても嬉しかった。
すると、小林さんの声を聞いたのか、ドラゴンの頭でトールさんがこっちを覗いていた。
「コラァ!どさくさに紛れて何してるんですか!私の小林さんから離れろ!」
「ちょっと。トール揺らさないで!こ、腰に来るから……」
目的地の会社との残す距離は、あと少しです。
なので、耐えて下さい。
小林さんの腰……。
「どうして、私を助けるようなことを?」
会社の屋上について、急いで向かう小林さんの後を、小走りで追おうとすると、トールさんが真剣な表情で聞いてきた。
「……一体何のことです?」
「とぼけないで下さい。そうでなければ、小林さんが急に考えを改めたのか説明がつかない」
「別に、ただ少し話し合っただけで、何もしてないですよ」
「……あなたにとって、私は目障りな存在ではないんですか?さっさと、追い出してしまえばいいものを……」
その表情には、さっきの話し合いで向けられてた、敵意などはこもっていなかった。
「あのですね……。実は小林さんは、メイドをこよなく愛するオタクなんですよ。だから、メイド姿のトールさんがいれば小林さんも喜ぶんじゃないかと思ったんですよ」
「それもそうかもしれませんが、本当の理由は違いますよね?」
うまく隠していたつもりだったが、どうやらトールさんは分かっているらしい。これも、ドラゴンの何か特別の力なのだろうか。
別に、嘘をつく理由はないので教えよう。
「……つい最近さ。同じような事があったんですよね」
「はい?急になんですか。いいから質問に答えてくだ……」
「いいから聞いて」
「……」
トールさんには悪いが、真剣に聞いてくるなら、こっちも真面目に答えなければ相手に失礼だろう。
「自分は凄く大切なことだと思っていたのに、言った本人はそんなことすら覚えていないのは、その人にとっては凄くつらいことだと思うんですよね。私にあの時そう言ってくれたのに、どうして今のあなたは私を受け入れてくれないのって」
トールさんはただ何も話さず聞いている。
「ここに来たばかりの行く当てがないトールさんにとって、小林さんと話してどんな理由があっても、家へ誘ってくれたのって凄い特別なモノで、とても嬉しかったと思うんですよ」
ジッとこちらを静かに真っ直ぐ視線をこちらに向けている。
「トールさん。だから……」
「……」
「小林さんを好きになったんですよね」
「!?」
トールさんは、驚きからか目を見開いていた。
「でも、こんな偉そうなこと言ってますけど、あなたの気持ちは分かってあげられないんですよね。俺の場合は、言われる側じゃなくて、言った側だったんで……。結局、なんて言ったか今でも思い出せないんですよ」
「……」
「つまり、何が言いたいかというと……」
頭を掻きながら、静かに聞き入る彼女に答える。
「部屋を出ていく時のトールさんの雰囲気が、この前の小林さんの雰囲気に似てたんで助けたくなっただけですよ」
「……」
「あとは……あれです。一人は寂しいですから」
「……そうですか」
「悔しいですが……。これは、一つ貸しです」
変わらない人だ。でも、ここまで送ってくれた感謝の言葉は伝えよう。
「ここまで飛んで送ってくれてありがとございます。おかげで遅刻しないで済みそうです」
「いえ。私は、小林さんを送っただけで、あなたは小林さんに頼まれて仕方なく運んだだけです」
そう言うと彼女はどこかへ飛んで行ってしまった。
「小田原君!早く行かないと朝礼始まっちゃうって!」
「はい!すぐ行きます!」
こうして、小林さんと俺はどうにか遅刻ギリギリで間に合い、そして、この日を境にトールさんが小林家への仲間入りを果たした。
「みつけた」
身を隠し、静かにこちらを観察する存在に、ただの人間である俺では気付くことなど出来ない。
その存在は、怒りや嫉妬のこもった眼差しで小林さんをただ見ていた。