その清楚系、パチカスにつき。 作:継続率3000倍
数週間で行われたコラボ企画は無事に終了した。滅魔士シリーズの知名度向上、《VReactor》とその所属タレントの知名度向上もさることながら、滅魔士RPGのユーザー数向上だけでなく、《VReactor》の面々のファン数ないしチャンネル登録者数や配信の同時接続数は目に見えて増加していて、コラボの成果が如実に表れてくれている。
それから一ヶ月。夏本番といった日照り具合。仕事にすっかり慣れ切った優秀な後輩はオフィスに残し、在宅勤務に戻った北山は、センサーと自動調節によって仕事に最適な空間となった自宅にて、ハーマンミラーの高いオフィスチェアに座って仕事を進めていた。
書いているのは新作ゲームの設定。新プロジェクトが立ち上がり(メンバーは一緒。やる内容が変わっただけ)、例によってシナリオライターの北山に設定の大部分が任された。
昨今、界隈ではどうやら“曇らせ”というジャンルが流行っているそうで、北山はこのジャンルに関心を抱いた。ヒロインを悲しませ、表情を曇らせる。悲哀に暮れるキャラクターで手前の癖を満たすのが“曇らせ”の大まかな概要だ。
「曇らせるどころか真赤な雨を降らせよう」と本腰入れようとして案の定里見にメール越しに止められた北山は、冗談なのでご安心をガハハと里見に送って不安にさせつつ、コンセプト『曇ったヒロインを救いたい』の新作ゲーム――仮称《曇天》の設定作成に取り掛かったのだった。
昨日、星田から届いた非常に簡素なメッセージに、北山は些か瞠目した。
「私以外のVの二人、辞めちゃった」
《VReactor》は箱が出来上がってまだ二年余り。VRハード・ソフトウェアメーカーとして名実ともにトップに君臨する企業だが、直属のVTuberグループにはまだ伸びしろがある。有り体な話、まだ稼げる。というのに、星田以外の二人が辞めた。表面上は「二人が各々将来を考え、将来のために卒業することになった」となっているそうだが、実際はそうではないと星田は語る。
「業界の今後を憂いたか、ほかのところからヘッドハンティングか? それともなんらかの理由で個人に転生?」
「一人はほかの箱の運営からヘッドハンティング。もう一人は声優事務所入った。これ、オフレコね」
社外秘であろう情報をこうも簡単に部外者に開示する星田に人間性の奥深さを垣間見た北山は、腑に落ちない部分を文字に起こして返した。
「運営になにか不満が? 星田のところ、業界じゃ『行き過ぎた最先端で魔法を得た』つって持て囃されているでしょうに」
「いや。――左野ちゃんはエロメインのグループに転生。小森ちゃんは声優事務所のオーディションに合格してね」
「あぁー、なるほど」
二人はもともと18禁ゲームに声優として様々なタイトルに出演していたと聞く。自分の特技・特性をどのように活用していくか。今の状態を天秤にかけ、二人は判断し、行動に移したのだ。
大東事務所のほうは、最初は渋い顔を見せたものの、本人たちの意思を尊重したいと最終的には二人の背中を押したそうだ。
そも大東事務所の《VReactor》というグループは、VTuberの活動そのものではなく、開発・試作した製品化予定のVR機器のテストを主目的とした実験グループの通称であり、VTuberとしての活動はあくまでオマケ程度のものだった。技術力の高さは自負していて「こっちのほうでも稼げるのでは?」と楽観視していたが、技術力の高さだけではどうしようもなかった。それで業界人の心は摑めても、消費者の心までは摑めなかったのだ。
ちなみに、結果的に導き出された打開策であるところの妥協案が『知名度のある配信者を取り入れる』だった。
ともあれ、二人は卒業していき、それぞれの道を歩んでいる。
「まあ、円満ならいいんじゃないの」
送ると、やや間が相手から、
「うん」
「ただ」
「自分一人だけだと、かなり不安」
「自分のチャンネルの登録者がようやく十万人に届きそうってときに」
「自信無くす」
などと返ってきた。
現在企業勢で台頭しているのは、以前北山の姉がネットラジオで共演した“Alice is End mark.”が所属するVTuberグループ《Vython》と、《じつどうセブン》の二つ。前者はアイドル方面で、後者はバラエティー方面で売りに出している。
《じつどうセブン》に所属するVTuberのチャンネル登録者数は全員十万人を超えている。《Vython》に至ってはほぼ全員、チャンネル登録者数が百万人以上だ。海外進出に成功していて、海外での知名度は非常に高い。
対して星田は、最近ようやっと節目に届きそうな状態だ。売れている連中を目にし、自信がなくなる気持ちはとても理解できる。
だから北山は、星田に助言を送った。
「今いるのは星田一人だけでしょ? 会社のリソースを独占できるチャンスだよ」
お盆休みに入った。北山は宅配業者の営業所に来ていた。オークションサイトで競り落とし、営業所止まりとなった商品を受け取るためだ。
商品はもちろん遊技機で、今回はスロット。
自宅に直接配送してもらっていたが、ちょうど宅配業者が北山のマンションを訪ねたとき、北山は早朝まで行っていた配信が災いし、床に寝転がって爆睡してしまっていた。時刻にして、十一時と十数分のことだった。起きて口から垂れた涎を手の甲で拭った頃には、当然不在連絡票がポストに突っ込まれていた。
今日の配信で使おうとしていたため動作確認も済ませておきたく思い、北山は営業所まで行き、直接引き取ることにしたのだ。
「すみません、大きくて重いので外から倉庫まで回ってきてもらってもいいですか?」
「あ、分かりました」
営業所の中年女性に言われ、シャッターが開いて剝き出しの倉庫に向かう。
外を出て、左手を見遣る。雨がしとしと降るなか、ショート丈の白い半袖シャツにデニムのスキニーパンツといった服装の女が、長い庇の下にあるベンチには腰掛けず、紫煙を薫らせていた。
目が合った。北山は傘を差し、人差し指でチョイチョイと倉庫を指し一緒に来るよう示すと、女は意図を汲み取り口から煙草を離して灰皿に落とした。
その女は北山共子。ほかでもない北山の妹だ。
共子は北山の隣につき、雨から身を守る。
「なに吸ってたん」
「コイーバのシガリロ」
「聞いたことあるようなないような」
他愛のない会話をし、倉庫に向かう。
北山が共子を呼んだ目的は、車だ。
自家用車はDucatiの赤いバイクのみ。荷物を多く載せて運べる四輪車を所有していない北山は、先日車を買った自身の妹に頼ったのだ。北山と共子の家は互いに近く、会うのは容易だった。共子に至っては職業柄、年中自宅に引きこもっているようなもので、ゆえにこういう頼みもしやすかった。
ちなみに共子が買った車はなにかと訊いて、ジープのラングラーまでは覚えている。取り敢えずその図体とタイヤの溝の作りから、モン・サン=ミシェルを直進行軍しても傷一つ付かなさそうだなと感じていた。
カゴ台車に積まれた段ボールの数々。そのなかで比較的大きなサイズの段ボールを前に中年女性が手元の伝票と段ボールに貼られた伝票を見比べている。
「……これですね。はい。ではこちらにサインお願いします」
伝票とボールペンを受け取り、サインを記して女性に渡すと、段ボールに両手を回し持ち上げた。
「ああっクッソ重てぇ!!」
「姉さん無理しなさんな」
「台車持ってきますねー」
物によるとしか言いようがないが、スロット実機の質量は大体30~50キログラムと言われている。それを大して鍛えてもいない女性が持ち上げるのはなかなかどうして難しいものがある。しかし北山はいつもそれを持ち上げ、玄関から部屋に持ち運んでいる。これぐらいなんとかなるだろうと油断し、現在全身がレバブルのごとく震えている。
女性が持ってきてくれた台車に乗せ、ジープに向かって押していく。北山が押し、共子は段ボールを上から押さえ、空いている手で傘をさして北山を雨から守る。
「じゃあ上げるよー」
「うーい」
ジープのバックドアを開け、傘を畳んで雨水を切らず隅に放り込む。
息を合わせて実機が入った重い段ボールを持ち上げ、横に寝かせて入れ、押し込みバックドアを閉じる。二人もジープに乗り込み、雨を凌ぐ。
「どこ行く?」
「どこでもいいよ」
「私も」
食の好みや執着があまりない二人がどこか外に出て食べようとしたとき、大体“どこでもいい”と口が揃う。二人でどこかに出かけて食事をするとき、周辺の飲食店を調べてそのときの気分に合わせて適当に選ぶのが通例となっていた。
今回も例によって二人してスマホのマップを開き、検索窓にレストランと入力して検索結果を吟味する。
「この前どこだったっけ」
「この前は……パチ屋のラーメン」
「じゃあ麺類除外で」
「となると……」
マップの拡大と縮小を繰り返し、ジャンルや場所を確認する。
数秒して、ある一つのレストランを目にし、忙しなく動く北山の人差し指と中指が止まった。
「ここどう?」
「どれ」
北山はその店を詳細表示し、運転席に座る妹に見せてやる。
「――サイゼか。久しく行ってないね」
「うん。どう?」
通称サイゼのレストランと言えば、イタリアンレストランのサイゼリヤにほかならない。
低価格で高クオリティなイタリアンを楽しめる、老若男女に絶大な人気を誇るファミリーレストランだ。北山と共子も学生時代、相当利用した店であり、懐かしさすら感じていた。
共子は「ほほう」と顎に手を当て、姉の提案に是を示す。
「いいね。そこにしよう。駐車場ある?」
「えーっと……あ、ねぇや」
「じゃああるとこ調べてー。わざわざコインパーキングに停めたくない」
「ほい」
その後、久々のサイゼリヤを二人は満喫。
ミラノ風ドリアは当たり前。辛味チキンやマルゲリータに舌鼓を打ち、フレッシュトマトとチーズのサラダのバッファローモッツァレラの取り合いに興じたのだった。
「じゃあ今日は見ての通りの名機やりまーす」
・『バーサスキタコレ』
・『一番好きな台です!』
・『個人的には名機であり迷機』
・『4号機時代から負け続けているけれど愛してる』
・『乱数激ヤババーサス君』
北山が共子に頼んで運んでもらった台であり、本日の配信に使っている台というのがこのスロット《バーサス》だ。先日北山が配信で使った《サンダーVリボルト》ないし4号機《サンダーV》の後継機である4号機《バーサス》の5号機バージョンで、どのホールにも一台は確実に置いていると言っても過言ではない、人気機種である。
後継機ということで、サンダーVで初めて搭載された“V・V・V”の三連V図柄がバーサスに継承されている。
また、バーサスは数あるノーマルタイプ(ボーナスのみで出玉を増やすタイプ)のスロットのなかでも、特に乱数が荒い台として有名だ。当たるときは大連荘し、当たらないときは2000ゲームも回しても当たらない。設定が入っていようがいなかろうが、どういう挙動をするか分からない。逆に言えば大いに夢があるスロットだ。
「もうあと三年もしたらホールで打てなくなっちゃうのは惜しいよなぁ」
・『ホール的にはアクロス系よりジャグやハナハナがなくなるのが辛そう』
・『スロット専門店の運命やいかに』
・『まど2を持っていくな』
・『番長3は人生一負けたから消えていいよ』
・『ゴッドで万枚出すまで撤去待って公安』
――パチスロは風営法や組合の内規の変移によって、今までに0号機から6号機までが登場している。ボーナスストックの廃止、出玉の規制、
二〇二二年二月一日から新規則に移行し、旧規則機たる5号機は一部機種を除き完全撤去となる。6号機は主に出玉規制が大きく改正され、それによってパチスロ人口の減少が予想されている。パチスロ業界の衰退などが危ぶまれてもいて、業界全体が新規則のなかでどのようにしてパチスロを盛り上げていくかが今後の最重要課題である。
「あ、バーサスのリール制御についてはあんま詳しくないんで、バーサス過激派におかれましては大目に見てください。バー押しでゲチェナが2確ってのとバー押しスイカ小山がリーチ目ってのは分かります」
・『基本中の基本だよそれ』
・『バービタからのリプレイ外しの出目はJACリプでVビッグ確ゾ』
・『一枚役完全網羅しろ』
・『バーと赤7を交互に押せ』
・『グランドクロス見せろ』
「おーっと急に治安悪くなったね。取り敢えずグランドクロスは自分で出してください」
「五回連続でリプ外しとかやめろよお前! 前にホールのハナビでもあったぞこれ!」
・『あるある』
・『三回連続でもストレス』
・『草』
・『ビタ決めてホラホラ』
・『マジで精神磨り減る』
「だああああミスった!」
バーサスのビッグボーナス後のRT(リプレイタイム。リプレイ確率が上がっていて、メダルを減らさずにボーナスを狙える)はVSチャレンジとVSゲームの二種類があり、どちらも20ゲームが上限だ。
後者は20ゲーム固定だが、前者は移行リプレイを外し(これがアクロス系5号機での“リプレイ外し”。4号機では一部機種を除きボーナス中のリプレイ外しで出玉増加を狙うシステムだった)、ゲーム数を延命させる必要がある。これができないとすぐにVSゲームに移行してしまい、出玉的に少々損してしまう。
移行リプレイ成立時、中・右リール中段にリプレイがテンパイする。左リール枠上、または上段にBAR図柄を停められれば、リプレイ外しとなってVSチャレンジが継続する。
――その移行リプレイ、しばしば連続して発生する。ビタ押しを要求してこないだけマシなのだろうが、それにしても連続で要求してくるのはあまりにも酷だ。
「アルゼにでも嫌われてんのかな、私……」
容赦ない移行リプレイに心が折れかけた北山は背中から寝そべり、コンセントから伸びた充電器に繫がれたスマホを手に取る。
LINEが新しいメッセージの受信を報せていたので開くと、里見から送られてきていた。
「俺バーサスのリプ外し成功率100%」
「死んどけ」
花月でもやってろ、と辛辣に返してスマホを閉じようとしたとき、またメッセージを受信した。
「北山さん」
「ちょっと相談」
同級生の星田からだった。今度はどうしたのだろうと思っていると、
「今度、千葉市のお店で生配信することになったんだけれど」
「私一人だけだとちょっとキツくて」
「よかったらコラボってことで、一緒に出てくれないかな」
なるほど、箱への勧誘ではなくコラボか。
「私、顔出しNG。というか体全体も映したくない」
返すと、数秒もせずに短い文が連続して返ってくる。
「そこは考えてある」
「うちの技術は変態だから」
「それぐらい余裕」
確かに、以前行ったEveとのコラボ配信では、業界初かつ業界一となるVR技術の結晶を導入し、VR業界の度肝を抜いていた。あたかも現実で生きているかのように見せたVTuber三人は、今や全てのVTuberの注目の的だった。二人ほど辞めていったが、その技術は間違いなく革命だった。
――現実に3Dアバターがいるように見せる技術は、
「随分と自信があるようで。ところで店ってどこ。ゲーセン?」
既読マークが付き、一分。起き上がり、そろそろボーナスを処理するかとスマホを切ろうとしたところで、
「パチンコ店」
という簡潔な答えに、しかし「ヘアッ!?」と北山は声を出し瞠目した。
グランドクロスは出したことがありません。UNIVならある。
JAC INの描写においてその歴史や、Aタイプ、Bタイプ、Cタイプの違いについても説明するのが理想ですが、そこまで書くとさすがにパチスロに触れていない方の頭がオーバーヒートするので、大目に見てください。頼んます。
誤字があったら誤字報告願います。
評価入れてくれたら次に打つバーサスリヴァイズでデルソルを流します(大嘘)