その清楚系、パチカスにつき。 作:継続率3000倍
「こんばんはー。本日は見ての通り、とあるパチンコ屋さんからの配信です」
時刻は零時を回っている。指や手の動きをトラッキングするセンサー入り薄型グローブを着けた手を、星田は自身の右斜め後ろにあるカメラに向いて振る。やたら厳ついカメラは特注で、星田が全身に着けたトラッカー群――《D-Tracker》を認識するセンサーと本来のカメラ機能を併せ持った、D-Tracker専用マシンだ。
なお、これらの開発費について、大東は口を開かない。随分と
「店舗の特定について私どもとして、またお店からも避けたいという意見が一致し、特定に繫がりそうな場所には編集でモザイクがかけられています。その点、あらかじめご承知おきください」
他のVTuber、配信者に比べ口調が丁寧で、ともすれば慇懃無礼にも聞こえてしまうような星田の言葉を北山は離れたところから腕を組んで聞いている。
右斜め後ろのカメラに向かって話す金髪の同級生。あいつはこのトラッカーを着けていて、なにも思わないのか。気持ち悪い、心地悪いと思わないのか、と北山は星田を見遣り、
いや、なにも思ってない――もとい、受け入れているからこそ、か。
と、組んだ腕の右手を強く握り込み、
「――……」
ホール特有のやたら効いた冷房は健在だ。肌寒さまで感じてしまう強い空調に、これほど感謝する日が来るとは、北山はこの日まで思ってもみなかった。
一週間前。星田から届いた衝撃的な一言に、北山は黙っていられなかった。
「――っ」
しかし、ただいま配信中。口は禍の門だ。北山は発しかけた言葉を飲み込み、口を固く閉ざす。
ひとまず、配信が終わってあとに返信すると星田に送り、北山は何事もなかったかのようにバーサスのボーナス消化を再開した。
「で、なんだって急にパチンコ?」
星田とパチンコの接点というと、北山が知る限り、星田を連れてUDX近くのホールに連れて行ったときぐらいだ。星田が自身の意思で訪れる、という話は自身の口から、また周りの人間からも聞いていない。ネットで倉島セレナとしての評価をざっと見流したが、パチンコやスロットをやっているというような文言は得られなかった。
大胆な路線変更。パチタレ界に進出。
これだな。確かにVTuberで演者(簡略して説明すると、パチンコ屋に来店してパチンコを打ち、その様子を動画サイトに上げ、お店の名前を広め、遊技機の魅力を伝える人のこと。パチタレとも)になった奴はいない。星田のところの技術を駆使すれば、実践などお手の物だろう。
しかし妙なところの需要を摑もうとしているな。着眼点としては、悪くはない。VTuberの客層とパチンコの客層は合致してはいないだろうが、今までになかった発展の形でいいと思う。
勝手に納得した北山は、今しがた送られてきた星田のメッセージを読む。
「北山さんに連れられて行ったパチンコだけれど」
「それが切っ掛けで、ちょっとハマっちゃって」
マジで?
「昨日も仕事が終わったあとに、一緒に打ったのをやってきた」
「パチンコのほうね。42000発ぐらい出たよ」
42000発ってことはあのとき一緒に打ったのじゃなくて、普通のシンフォ2か重フォギア(通常時大当り確率1/230のシンフォギア2。通常時の確率は下がっているが、右打ち時の大当り確率が上がり、当たり出玉が増えている)だな。甘フォギアでそこまで出るとは思えないし。一体何連したんだよ。
眉間に刻まれたしわを揉んでほぐす。北山がそれに返そうとして、返す前にさらに文章が届いた。
「もうハマっちゃってさ」
「脳内麻薬っていうの? それがいっぱい出てさ。体が震える感じ……鳥肌も半端ないね」
「今日振った雨が止んだときに出た虹を見て、大当り濃厚って呟いちゃった」
ちょっとどころじゃないよ重症だよ。一体どうした。この短い間になにがお前をパチカスにしたと言うのだ。
いや、一つ心当たりがある。そうあれは遅い時間に仕事が終わり、星田と二人で夜の街に出たときのことだ。アイムや甘フォギア2に熱狂し、公園で晩飯を食ったあの日のことを――あ、私か。
脳内のくだらない茶番を終わらせ、星田に返す。
「なるほど。ようこそ深淵へ。歓迎はする」
旧規則機の終焉を三年後に控えたパチンコ業界。遊技人口の減りは凄まじく、どういう切っ掛けであれパチンコやスロットで遊んでくれるのは業界としては喜ばしいものだ。まあ打ち手目線では大体「ようこそ深淵へ」といった類の言葉が出てくるが。
「で、なにか。倉島セレナがパチンコ屋で配信するから、そのゲストとして裏物クチクを呼びたいって?」
ストトトトと言う音は北山がスマホのキーボードを入力しているときの、指と画面との接触音だ。指の動きは女子高生のフリック入力のそれを凌駕する。普段キーボードを使った仕事をしている北山にとって、パソコンのキーボード配列での入力が一番早い。
ものの数秒で送る北山。それよりも時間をかけて、星田が返信する。
「そう。そのほうが、一人でやるよりもトークが増えるし、視聴者を飽きさせないから。それに北山さん、詳しいし。その手の話もお手のものでしょ?」
「まあ……星田がこれまでにどれだけ、どんな機種をやったか分からないけれど、こと配信において誰かとやったほうが盛り上がるってのは分かる。あと有り体な話、数字も増えるだろうね。裏物クチクのブーストで」
「うん。まあブーストにはなるだろうけれど、それはそれってことで。私は北山さんとパチンコしたいだけだし」
「そうかい。意外と強かだな、お前」
「そうかな」
「ま、いいよ。そういうことならゲストとして出ようか。ただ、目的と手段はくれぐれも違えないようにね」
――という遣り取りを経て、北山もとい裏物クチクは倉島セレナの配信へゲスト出演することとなった。
ただ今回の場合、当人同士の口約束だけでは生配信までこぎつけられない。VTuberの3D配信――並の事務所の3D配信ではどうにかなったかもしれないが、《VReactor》の3D配信はほかのそれとわけが違う。現実に仮想の肉体をそこにいるかのように落とし込む、あまりにも特殊な配信。行うには相応の準備が必要だ。
「取り敢えずこのことはこっちから上に伝えるから、メールアドレス教えて」
「ん?」
「トラッカーのための採寸とか必要だし、その辺りの日程の調整は大東さんとメールですると思うから」
「ん? ……あっ」
――このときまで北山は、まさか自分がVTuberと同じく3Dアバターを被り、VTuberのように出演するとは思ってもみなかった。
株式会社大東事務所の本社だが、東京は六本木、これでもかとそびえ立つオフィスビルの内一本に設けられている。高層階の3フロアを貸し切った大東事務所は、そこで日々VR機器やそれに係るソフトウェアの開発、試作品のテストなどが行われている。
星田と口約束をした二日後――北山は大東事務所に来訪した。時刻は十三時三十分
コンビニやレストランを擁する大きなエントランスホールを抜け、エレベータで30階まで昇る。
エレベータの奥、全面ガラス張りで、六本木のコンクリートジャングルが一望できた。自分が就いている会社も今向かっているところほどではないものの、比較的上階にあり、秋葉原の街並みを眺められた。秋葉原と六本木の風景にそこまで違いは感じないが、東京最大級の繁華街でありビジネス街を歩いた北山としては、六本木はどうにも居心地悪く感じた。
というのも視界に入る人間のほとんどがスーツやビジネスカジュアルをばっちり決め込み、バリバリ働く雰囲気を漂わせているのに対し、白い無地のワイシャツに黒いスキニーチノパンという極めてラフな服装で、場違いではないか――と北山は戦々恐々としていたのだ。生理的に六本木が受け付けない、というような半ば理不尽な理由ではない。
なお真実を語ると、北山が六本木に居心地の悪さを感じる本当の理由は服装ではなく、ただ単に北山が六本木を訪れることがなく、ただ単に順応していないだけである。なんのことはない、そのうち慣れる。
あと服装についてだが、北山の美貌、背丈やスタイルと調和し、端的に言うと似合っていた。街を行く働く大人たちのなかでも、特にOLの方々に振り向かれていたのも追記しておく。
「……」
30階に着く。重厚な扉が左右に開き、広いエレベータホールに出た。
実に静かなエレベータホール。耳に届くのは空調の音と自身の呼吸音ぐらいだ。
広い通路を進むと《株式会社大東事務所》と書かれたプレートと、併設された内線電話が見えた。側のドアは電子ロックが施されていて、専用のICカードをリーダーにかざすか内線で担当者を呼び出して開けてもらわないと、入場できない。
大東事務所の大東――VR事業部の大東の内線番号はあらかじめ教えてもらっている。受話器を取り3桁の番号にかけ、応答を待つ。
「大変お待たせしました、VR事業部の大東です」
「あ、もしもし。北山です」
「あっ北山さん、お待ちしていました。扉開けますので、少々お待ちください」
分かりました、と受話器を戻す。数秒したら来るだろうと側の壁にもたれかかって待っていたら、コッコッコッとエレベータホールから小気味良い音が響いて聞こえた。
革靴の音だろうか。エレベータホールの奥にある階段から誰かが下りてきた。
コツコツと、やはり革靴らしい音が近づいてきて、やがて曲がり角から現れたのは、
「すみません、お待たせしました」
「おや」
コラボ配信があった一ヶ月前に会って以来の男――VR事業部長、大東その人だった。てっきりなかから出てくるものとばかり思っていたが、上階のフロアで仕事していたようだ。
目的の場所は変わらず30階のオフィスのようで、世間話も早々に社員証をリーダーにかざして解錠し大東がドアを開き、北山をなかへ案内した。
随分と静かで、雑談の絶えないEve本社とはまるで異なる真面目な空気感を北山はその身に感じた。ただ、デスクに私物を置くという行為はここでも変わらないようで、一部のデスクにはフィギュアやプラモデルが置かれていた。ほかにも昼寝用の枕、ゲーム機、ぬいぐるみ。女性社員のデスクには加湿器があり、水蒸気を絶えず放出していた。
「こちらが更衣室です」
「どうも」
「では、お待ちしています」
オフィスの奥――更衣室に案内された北山。向かって右側の女性更衣室に入ると思った以上に広々としていた。ロッカーとロッカーとの間隔も大きく、市民プールの更衣室にあるような窮屈さは一切感じない。さすが六本木のビル、と北山は褒め称えた(一応明記しておくが更衣室の広さと立地の因果関係はない)。
さて、ここでやることと言えば――採寸だ。
「北山さん」
誰かのデスクのものを借りたのか、大東事務所の社員が使っている安くも高くもなさそうな、そこそこのグレードのオフィスチェア。その上に、コンセントに繫がれたノートパソコンは置かれている。その側に立つ女の左手は黄色のメジャーを握っていた
「六本木怖いんだが」
「雰囲気が違うよねー」
北山の話に合わせて返したのは、ほかでもない星田ゆりだった。
「じゃあ、ちゃちゃっと測っちゃおうか」
そして、採寸は星田の役目だ。
VTuberはあくまで副業。星田の本職はファッションデザイナー。採寸などお手の物だ。
「スポーツブラなかったからタンクトップの肌着にしたよ」
「それでいいよ。スポブラであれなんであれ、あとで全部脱いでもらうことにはなるし」
「……本当に脱がなきゃいけないの?」
「駄目だよー。乳頭間も測らないといけないし」
「にゅう……なんて?」
「乳首と乳首との間の距離」
「!?」
「あ、ちなみに測る場所は42箇所ね。場合によっては増えるかも。あと、一つにつき二回測らないといけないからそのつもりで」
「!?」
その手のプロなだけあり、採寸は北山が思ったよりも早く終わった。手捌きは凄まじく、メジャーを肌に当てる星田の目は職人のそれだった。友人の前で半裸になるのはあまり経験がなく、終始顔を赤くし強張らせていた北山とは大違いだった。
データを取り終わり、北山がここで済ませる用事はあと一つ。
“裏物クチク”3Dアバター制作会議への出席。
裏物クチクの3Dアバターは用意されていない。よって、既に決まっていた配信予定の一週間後までに制作する必要があった。
3Dアバターのデザインについて、外部のイラストレーターと3DCGデザイナー、大東事務所の技術班とでデザイン案を出し合い、裏物クチクの3Dアバターの外観を、今日中に決定させるそうだ。
そんな急ごしらえで大丈夫かよ。3DCGなんてコストも時間も計り知れないし、納期も足りないと思うのだけれど。……引き受けたイラストレーターや3DCGデザイナーに、どんな額を握らせたのだろう。
深夜に栄養ドリンクやエナジードリンクを飲んで制作に励む、目の下にクマを作ったクリエイターらを想像するとなんだか申し訳なく思った北山は、件の会議が行われる会議室に足早に向かったのだった。
北山仕様の特注トラッカーと、テストまでにクリエイターらが仕上げてきた3Dアバターで運用テストを行い、全て問題ないことが確認されたのはつい昨日の出来事だ。
ゲスト出演の決定、トラッカーの採寸と発注、3Dアバターの制作から運用まで、なにからなにまで急で、一体これまでにどれほどの金が動いているのか、北山には想像できなかった。
所詮部外者の私に、なぜここまでする? どうしてこれほど金をかける?
――まさか、
組んだ腕を解き、両手を握り、開く。
ギチリ、ギチリ。
センサーが入った薄手のトラッカーの不思議な感覚にいまだ慣れていない北山が、かの遊技機を見据える。
「――では、本日来てくださった素敵なゲストをお呼びしましょう」
今日この配信をもって、配信者“裏物クチク”に――VTuberの性質が加えられる。
「パチンコ・パチスロ配信者の裏物クチクさんです」
ところで、VTuberの文化に清楚系というものがあるが、私もそれに倣ったほうがいいのかね。
3Dアバターを一週間で仕上げるとなると、どうでしょう。少なくとも4号機ゴッドのゴッド揃い50回分くらいはありそうですね。
現実でプロ仕様の3Dアバター制作が一週間で片付くなんてありえないでしょうが、金に物を言わせている可能性があるので大丈夫です。
誤字があったら誤字報告願います。
評価入れてくれたら次に打つ戦国乙女で鬼神揃いします(大嘘)