その清楚系、パチカスにつき。 作:継続率3000倍
「はああああああああぁ――……」
都内某所。不動産の物件案内では「告知事項あり」と記された六畳一間で、女はため息をついた。
そのため息は深く、部屋中の空気をありったけ吸い込んだのではと思ってしまうほどだ。
纏う雰囲気は重い。他人が女を見たら、もしかしたら負のオーラとでも呼べるものを幻視してしまうかもしれない。――間違っても不動産が告知事項で記した心理的瑕疵的ななにかが憑りついているとかそういうことではない。たまに感情が昂ったときにタイミングを見計らったかのようにトイレの扉が勝手に開くけれど建付けが悪いだけで心理的瑕疵とはなにも関係ない。何故ならこれは心理的瑕疵ではなく物理的瑕疵だからだ。
ともかく問題しかない格安物件に住まうこの女は、現在非常にネガティブであった。
「どうしてだぁ……」
GUのラウンジウェアを着た女は、背もたれを寝かせたゲーミングチェアに体を預け、スマホの画面を観て言った。
「なんで……どうしてぇ……」
・『そりゃね』
・『初っ端でそこまで行ったら上出来よ』
・『これから上達すればええんやで』
・『マウス買い替えてもろて』
・『感度変えよう』
昇降機能が付いた海外製高級デスクにあるモニター2枚。片方にゲームの画面、もう片方は配信作業を管理する画面――配信映像の隅に、直立不動の二次元キャラクター。
女は世に言うVTuber。タレント一人につきチャンネル登録者数100万人以上が常態化している最大手事務所《Vython》に所属するVTuberだ。銘を《
後者の画面、チャット欄に届く大量のコメントは、一瞬表示されたかと思えば一瞬にして遥か上へと消えていく。言葉は女を褒め称え、労い、改善を提案するコメントで溢れかっていた。
女は女を想い流れる言葉に目もくれず、ゲームすらも放置してスマホの画面に釘付けだった。
YouTubeで現在進行中のライブ配信――『【パチンコ】現実に飛び出られるVTuberが人気パチ・スロ配信者と閉店後のホールで勝負します!【実写?配信】』と銘打って行われている配信は、閉店後のパチンコ屋を使ったホール実践。
閉店後のホール実践――一部の駆け出しパチタレ・演者がしばしば行っているそれを、今VTuber界隈で酷く話題になっている人物が行っている。
しかもその実践配信、とある人物を引き連れてのコラボ配信だった。
「クチクさん……」
裏物クチク――YouTubeチャンネル《パチンカスX》で日夜活動する家パチ・家スロ配信者。パチンコやスロットの実践だけでなく、巧いフリートークやゲーム配信などでも人気を博する女性だ。
写り込む肉体はスロット配信での手や腕のみ。顔を出さず、女性的な部位を押し出すありがちな行為も一切行わない。配信にあるのはいつだって煌々と佇む筐体と手腕と声。
他のゲーム実況者、配信者、著名なパチタレ・演者との係わりは皆無であり、それはVTuberも例外ではない。
他者との交流がなく、そのほとんどが謎のベールに覆われた女性配信者――それが裏物クチクである。
そんな彼女が、今、配信で、他者と出演している。
「今まで誰ともコラボとかゲスト出演とかしなかったのに……」
マイクに声が届かぬよう、画面を至近距離で凝視しつつ小声でつぶやく。
裏物クチクとコラボしたいと思い、彼女とコンタクトを取ろうとした活動者は数知れず。――“取ろうとした”と記したように、そもそも唯一の連絡手段であるTwitterのダイレクトメッセージで、誰がどんな文章を送ったところでそれがコラボ依頼であるなら完全に無視されるのがお決まりだ。慇懃無礼なまでに畏まった文章を送っても無駄であり、彼女が対応するDMは大抵ファンのパチンコやスロットの個人的な話ばかりだ。
「コラボしませんか?」と送っても絶対に反応されない。「スーミラで万枚出ました」と送って「スーミラって爆裂AT機でしたっけ(戦慄)」と返ってくるのが現実だ。
SevenSYたるこの女も、門前払いを喰らった一人だ。
事実に不服そうな顔だ。“ブッス~”というオノマトペが聞こえてくる、大変不愉快そうな様子で、裏物クチクとコラボしているホール実践配信を観ていた。
SevenSYというVTuberは、界隈での知名度や人気は抜群、チャンネル登録者数200万人超えの有名人。Twitterでくだらないツイート一つに1万や2万もいいねされるような存在であり、一挙手一投足が注目される界隈の重鎮だ。そんな存在とのコラボを、当人から打診してくるという、ある種の異常事態。
他の同業者の喉から手が出るような夢の状況を、しかし裏物クチクは相手にしなかった。
断ったのではない。相手にしなかったのだ。
「ぐぎぎぎっ――」
悔しい。私が先にコラボしたかったのに。どうしてそいつとはコラボするの。
映像の向こう側、薄暗い店内で楽しそうにパチンコを打つ二人の3Dアバターを見て、唇を噛んだ。
プラチナブロンドの髪を持つ、黒いチノパンに黒の半袖シャツというラフなコーデのアバターを睨みつけるが、どう足搔いたところで怨嗟にも似た自分勝手な感情は届かない。
――この時点でこの女は、自分が壺に入って登るゲームのライブ配信を行っているのを忘れている。気付くのは十数秒後だった。
当の楽しそうにパチンコを打つ二人はというと、既に台移動を終えていた。
時刻は1時13分。
「ううむ、SixPackの吸引力がこの台はあまりよろしくいないようですね」
「SixPackって調整できるところでしたっけ」
「無理じゃないですかね。完全に個体差というかなんというか……店が削ってどうかなるようなところでもないと思うので」
台は《Pyes!高須クリニック~超整形BLACK~》。メーカーは豊丸。
何故高須クリニックのパチンコが? となにも知らない人は疑問に思うかもしれないが、パチンコにある程度触れてきた人なら、このメーカーが豊丸であると聞いて「ああいつものね」と納得がいくだろう。
このメーカー、異業種とのタイアップ機を頻繁に制作している。高須クリニックだけでなく、餃子の王将、すしざんまいといった飲食業界、クールポコやスギちゃんというような芸人とのタイアップ機。果てにはソフトオンデマンドとまで協力してパチンコを作っている。ふざけているのか受け取られかねないが、豊丸としてはいたって本気であり、いつものことなのだ。
「この台はいかにヘソに連続で入賞させられるかが肝ですね。できるだけ多くの玉を右ルートに行かせられれば、結果的に投資も軽くなるでしょう。道の釘、ヘソ釘の開き具合も見極める必要がありますが、この台で注目すべき点はこの高須院長のSixPackです。これの性能、結構重要でして、これの良し悪しで入賞頻度が――体感ですが、投資に対する回転で大体3~4割ぐらい変わってきます。――突確のラッシュのために、いい台を摑み取りましょう」
「オーナーが見てる前で釘の話しちゃってもいいんでしょうか」
「お、こんな話しちゃって大丈夫でした?」
北山が振り返り、カメラの画角外で実践を見守っているホールのオーナー兼店長の瑞穂に、さも今思い出しましたという風に問う。悪気はさらさら感じていなさそうな口振りだ。その問いに対し苦笑気味の瑞穂は両腕で輪を作る。OKサインだった。
無事に事後承諾を得られたため、北山は話を続ける。
「この店の釘は割と優しいのでね。――ただまあ今のホールはというと、甘デジは釘クロスして、ミドルをがっつり開いてまた回収する。5号機の寿命も残り少ない昨今、今後スロットでの収支が見込めなくなる未来がやって来るかもしれません。挑戦的な甘デジとライトミドルが増え、オール1500発の遊タイム非搭載機も台頭してきた今のパチンコを使って、きっちり回収しなければならないのです」
「いや釘クロスはしないでしょう」
「なんか、どっかのホールの釘調整が杜撰で、ヘソ釘の間に玉が乗っかったみたいですよ」
「えぇ……」
・『草』
・『リツイートしてたやつか』
・『頭おかしい』
・『www』
・『組合に告発しよう』
身も蓋もない会話で盛り上がる二人だが、ここでパチンコのほうに動きがあった。
「おお、3つ入った」
「3個連続だと……2回の変動が確実になるんですね」
そもそもこの高須クリニックのパチンコは、様々なギミック――玉そのものの動きに影響を及ぼす盤上の“役物”が玉の動きを制御ないし邪魔し、スタートチャッカーへの入賞を阻害するパチンコ――役物機と呼ばれる代物だ。
役物機と一言に言っても、そのなかで二つのタイプに分けられる。
《スーパーコンビ》や《天下一閃》といったような特定の入賞口に玉を通すだけで大当りとなるものと、《うまい棒》や《ダイナマイトキング》などの役物機とデジパチを組み合わせたものだ。
今回二人が台移動の末に実践している高須クリニックの台は、後者の役物機とデジパチを組み合わせたタイプ。
「これはデカい。ドキドキだわ」
「こっちもその音量MAXの台にドキドキしています」
《Pyes!高須クリニック~超整形BLACK~》は2種に該当する役物デジパチ機であり、通常時の大当り確率は約1/36.9。数ある役物を搔い潜り、美START(スタートチャッカー)に入賞することで初めて1/36.9が抽選される。
当選した場合、時短3回転と残保留1個――計4回転の“TAKA須RUSH”へ突入する。突入確率は100%(ちなみに時短への必ず突入するものを“突確”などと言い表す。覚えておいて損はない)。
TAKA須RUSHは1回転につき約1/2.05を抽選している。このモードの継続率は約93.1%で、平均連荘数は約14.5回。平均払い出し出玉は約7230個。
別の会社の1種2種混合機でほぼ同じスペックのものがあるが、そのスペックがゆえに突入率は60.2%と低く抑えられている。保通協の試験に適合せず、パチンコとして世に出せなくなるからだ。
豊丸の高須クリニックのような役物デジパチの場合、そう簡単にスタートチャッカーに玉を通せないため、それとの兼ね合いの結果突入率100%が実現したのだ。
ちなみに兼ね合いは出玉性能にも働き、上述の台に比べ、高須クリニックが少し上回っている。
「……」
「……っ」
しばしば特徴的な遊技機を送り出している豊丸産業株式会社。美容整形外科とコラボするという発想は一体どこから湧いて出てくるのか。
この高須クリニックのパチンコだが、各所のパロディがいくつか盛り込まれている。
例えば時短中。3カウントモードの演出、図柄が揃う演出からV入賞を促す映像は、どこぞの大工のパチンコにそっくりだ。告知ランプモードの画面中央下部のサイバランプは果たして覇権のスロットメーカーに許可を得たのだろうか。
通常時にもパロディがある。通常時に選択できるモードが3つあり、そのうちの一つが超診モードだ。
これはいわゆる一発告知モードで、このモードのなかにも4つのモードがある。医学博士高須克弥モード、高スフィンクスモード、牛モード、バットとメットモードだ。
北山はこれの牛モードを選択。牛モードは画面内の牛ランプ2つが点灯(実はこれもパロディ)、サイバランプが点灯などの告知が発生し、発生した時点で大当り濃厚だ。いつ告知が発生するか分からない不規則な告知モードで、変動中の緊張感はなかなかどうして筆舌に尽くしがたいものがある。
で、告知時、脳髄に響く電子音をけたたましく鳴り響かせて告知してくるのだが、北山はそれを待ち構えていた。
最大音量で。
「……お、変動終わり」
「……」
保留があと1つ残っていて、それの変動が始まった。
先ほどヘソに3個連続で玉が入った。そうなると美×2STARTへの入賞が可能になる。これは右打ちで入賞させられて、通常変動が2回保証される。その2つの変動を北山は最大音量にして、星田は自分の台を打つのを一端停めて、固唾を呑んで見守っていた。
告知が発生した瞬間、二人の鼓膜は電車が通過する高架下のような大音量に襲われる。驚き絶叫するのが目に見えていた。
この極限状態を、しかし二人は楽しんでいた。緊張と叫喚を引き換えに快感と脳汁が得られる――なんのことはない、二人とも一発告知が好きなのだ。
そして――、
「うおおおおおおおおおおっ!?」
「おああああああああああっ!?」
・『ファ!?』
・『ぎゃああああ』
・『ビックリした』
・『草』
・『急に音聞こえなくなったな』
告知発生。大当り濃厚。
大轟音は二人の耳を劈き、脳髄に作用する。エンドルフィン、ドーパミン、アドレナリンからなる脳内麻薬が噴出し、大脳から小脳まで満たされる。二人ともその場で飛び跳ね、台に項垂れる。爆音に二人の周りに佇む大人らも少し驚いている様子だった。一部のスタッフは(これのなにがいいんだ……)と呆れにも似た感情を抱いたが、その胸中はおおむね正しい。
緊張の弛緩から復帰し、子供のように笑っている北山は右打ちを始めた。
さて、どこまで伸ばせるか。
時刻は1時45分。休憩を終えて35分、大当りから27分。
北山はなんと、連荘し続けていた。
「クチクさん、あと5分で配信終了です」
「なんと、もうそんな時間か。そっちの調子は?」
「当たり続けてまーす!」
「やったー!!」
・『嬉しそう』
・『いいなー』
・『店長カットインwww』
・『初老を労われ』
・『各台計数じゃないと大変だよな』
北山が初当たりを獲得し、右打ちで出玉を伸ばしにかかってから物の2分。なんと星田の台でも大当りが発生。それから両者、この時間まで連荘が終わらずにいた。マスクとサングラスを着けた瑞穂がせっせと二人のドル箱をせっせと交換し、カメラの画角外には玉がいっぱいに入ったドル箱がいくつも積み上がっている。出玉は台の表記上、15000玉を上回っている。
当初この時間、配信を終え、撤収を始める予定だった。
完全撤収は2時。更衣は車内やコンビニのトイレ等でなんとかなるが、機材の撤去を考えると少なくとも10分は確保したかった(今回の特殊な配信を行うための機材が、たった10分で片付けられるというところに技術の進歩を感じるが、それはそれ)。
「おっ」
技術班の一人が二人に指示を出す。マイク外で音声は拾われていないが「もう締めちゃってください」という言葉が、北山の耳に届いた。
「セレナさん、もう締めろと指示が飛んできました」
「あー、まあ致し方ありませんね」
察した星田はハンドルから手を放し、椅子を回してカメラに向く。
「さて、残念なことにお時間が来てしまいました。後ろの高須クリニックがどこまで連荘するか見ものでしたが、まさかまさかの大連荘という結果となりました。前半のシンフォギアとは打って変わってのお祭り騒ぎでしたね」
「お、セレナさんのやつ当たってるじゃん。V入賞させとこ」
「いやもう終わりなので。させなくていいですから。というかクチクさんもエンディングに参加してくださいよ。……今回のパチンコ実践配信はいかがでしたでしょうか。なんだか宝の持ち腐れのような配信でしたが、今後の配信や動画でも様々なことに挑戦していけたらなと思います」
「お! ほら保留連保留連!」
「では皆様、パチカスは置いておき、また次回の配信でお会いしましょう。お休みなさーい」
「いい夢見ろよ!」
「わっ」
最後、星田の顔の横に顔を並べた北山が、調子に乗って捨て台詞を吐き、カメラに指を差したのだった。
「……」
「……終わった?」
「エンドカードに切り替えました」と技術班が言い、待機していた人員が動き始めた。北山は身を離して立ち上がると、背伸びをする。
「あー、疲れた」
「パチンコってただ座ってるだけなのに疲れるよね」
「ハマった分のストレスも加算されて余計にね」
「洋子、箱に玉移して」
「おっと」
マスクとサングラスを外した瑞穂の言葉に北山は気付き、玉抜きを指示する台の皿から玉をドル箱に移す。星田もそれに倣う。
「積んであるのは?」
「計数機に流し入れるからちょっと手伝って」
言われ、二人が動く。
積まれたドル箱を更に重ね、キャスターが付いたドル箱用の移動台で計数機まで持っていく。バランスを崩さぬよう、積んだ箱を上から押し付けて島の通路を移動する。
「流し込め」
「ジャンジャンバリバリー」
瑞穂と北山が計数機に玉を交互に流し入れる。
その様子を星田が眺めていると、通路から近づいてくる長身の人影。
クールビズ姿のその男は、大東事務所の重要なポストに身を置く人物。
「お二人とも」
VR事業部長、大東だ。
「着替えはどこでしますか? 車内では少し狭いかと思いますが」
「別に車でもいいですけれど……」
「近くにコンビニあるんで、そこでいいんじゃないかな」
「あ、じゃあそれで」
「分かりました。機材が片付き次第呼ぶので、それまでは待機で」
言って大東は、撤収作業へ戻っていった。
その間も北山は計数機に玉を流し入れていたが、瑞穂が不意にこんなことを口にする。
「あの兄ちゃん、いい男だとは思わんか」
「えぇ?」
なにを言い出すんだ急に、という口振りで返す北山。瑞穂は構わず続ける。
「背は高いし、鍛えられてもいる。清潔感もあって、相手も気遣える。出世して稼いでもいる。優良物件だろう」
「それはまあね」
「モテてはいると思いますね」
「なんだ、興味ねぇのか」
瑞穂の問いに二人は、
「恋する暇があったら小説書いてパチンコ打って配信して寝る」
「タイプではないので……」
と、即答した。
寿命間近の電灯がチラつく丑三つ時。
瑞穂に挨拶し、ホールから撤収。大東や技術班は機材を戻すため、直帰せず本社へ向かっていった。
当の北山と星田の二人はというと――、
「風呂沸いたから入りな」
「はーい」
北山の自宅にいた。
豊丸、頭おかしい。
高須クリニック、一回やったきりですが、SixPackの吸引力が悪くて1回転もしませんでした。台は厳選しましょう。低投資での台移動も大切です。
あと「出来らぁ!」を入れたかったけれど入れられませんでした。無念。ごめんなさい。
誤字があれば誤字報告願います。
評価入れてくれたら次に打つ高須クリニックでWe are T予告が成立します(大嘘)