その清楚系、パチカスにつき。 作:継続率3000倍
ビタ押し
北山が私服姿の豊藤を見るのは久々だった。大概本社オフィスでの豊藤はスーツ姿で、あまりプライベートの要素を会社で漏らさない。しなやかな肢体を包み込む、トレンドを取り入れたファッションは大きく育った双丘を目立たせていて(いやこの場合目立たざるを得ないと表現したほうが正しいか)、男女問わず人の目を引き寄せてしまう。これは豊藤自身そのことを理解した上で着こなしているのだ。たわわに育った胸はファッションの悩みの一つで、服をウエストで絞らないと体のラインが隠れ、太って見えてしまう。ゆえにウエストに合うような服を着ると、本人の意思に関係なく胸が目立ってしまうのだ。
セミショートの髪は入社当初の黒髪からやや暗めの茶髪に変わり、毛先にかけて緩くウェーブがかかっている。仕事に慣れ、余裕が出てきた証拠だろうか。
手に持っている鞄はブランド物と思しきシックなデザイン。少なくともパチカスの北山には手が届かないような代物だろう(北山もその気になれば買えるが、本人にブランド物を所持しようとする欲がない)。
「わっ――凄い」
そんな豊藤は、北山に導かれリビングに入るとまず一番に目の前の光景に目を丸くし、輝かせた。
「配信で出てたパチンコとスロットだ!」
リビングの壁際――立ち並ぶのはパチンコとスロットの筐体の数々。電源を落とされ物言わぬ遊技機を前に、豊藤は興奮した面持ちで喜んでいた。
パチンコ5台とスロット5台。合計10台の遊技機はインテリアとしては過剰な量だが、しかしこれら全てが北山の配信業を支えている。
パチンコは《Pフィーバー 機動戦士ガンダムユニコーン》《Pフィーバー アイドルマスターミリオンライブ!》《Pスーパーコンビα7500》《PA SUPER電役ナナシーSPECIAL66》《Pギンギラパラダイス夢幻カーニバル199ver.》がある。ミドルスペックから甘デジ、一発台と幅広く取り揃えられている。
スロットは《サンダーVリボルト》《バーサス》《クランキーセレブレーション》《マタドールⅡ-30》《押忍!番長3》で、5台中4台がノーマルタイプと偏りがあるが、これは北山の趣味だ。北山はノーマルタイプのスロットが大好きなのだ。
「お茶淹れてくるから、その辺に座っといて。なんならそこのバーサスの当たり消化しといてもいいよ」
「あっはい! ……え?」
北山は豊藤に言うと、キッチンに向かっていった。
今は8月下旬。夏の暑さはまだまだ続く。玄関を開けたときに目に入った、豊藤の汗ばんだ顔がなによりの証拠だ。メイクは崩れていなかったのは、汗に強いものを使ったか、そういうテクニックがあるのだろう。
日本の温暖湿潤気候によるムシムシして不快な猛暑のなかで、飲むと一番美味しいお茶はなにか。
それは――、
「キンキンに冷えた麦茶は夏の麻薬だよな」
北山的には独り言の通り、冷えた麦茶らしい。戸棚から取り出したグラス二つに氷を入れ、冷えた麦茶を注ぐ。水に反応し、氷に
――北山宅のキッチンはダイニングキッチンで、リビングが一望できる。見ると、豊藤が回転状態の回胴機を前に首を傾げていた。豊藤がエントランスから北山を呼び出したのは、バーサスのJACリプレイ(専ら特殊リプレイ、特リプと呼ばれている)が成立したタイミングだった。成立したJACリプレイの出目は、左リール上段にBAR図柄停止の中段《ベル・リプ・リプ》の形。これは二つあるビッグボーナスの内、V-BIG確定だ。
VBIGなのでV図柄を揃えてボーナスが始まるが、豊藤は赤7図柄を狙って第3停止で揃わず、首を傾げている。
麦茶を冷蔵庫にしまい、グラスを持っていく。円型のダイニングテーブルに置き、豊藤に後ろから声をかけた。
「あの特リプはVBIGだよ」
「えっ」
豊藤が後ろを振り向いて、嘘だと言わんばかりに声を漏らす。
「特リプは全て7BIGだと思ってました……」
「どうしてそんな勘違いを」
ハハッと愉快そうに笑う北山を見て、豊藤は恥ずかしそうに頰を染め、筐体に向き直った。
左リールに単Vを停め、V図柄を揃えてボーナスが始まった。
バーサスはボーナス中の技術介入に、ビタ押しによる枚数調整がある。逆押しし、左リール上段に赤7をビタ押しすると最大枚数を得られるのだが、ビタ押しは往々にして初心者を苦労させるものだ。北山もスロットデビュー当時は《クランキーコレクション》や《B-MAX》などの技術介入機に辛酸を舐めさせられた。
さて、目の前の後輩の技術介入の腕前はいかほどか――北山は得体のしれない先輩風を吹かせて後輩とスロットを見遣るが――、
「えいっ」
「えっ」
果たして、北山は目を疑った。
MAXBETを押し、レバーを叩いてリールを回す。ウェイト(パチスロは規則上、BETボタンを押してレバーを叩きボタンを3つ押す、という一連ゲーム消化に4.1秒要する。次ゲームを始めるまでに4.1秒経過していないと、レバーを叩いてからリールが回るまでに待機時間が発生する。これが「ウェイト」)が終わってリールが回りボタンが押せるようになると、逆押しして右・中リールを停め――一切の迷いを持たず赤7をビタ押しした。
そのビタ押しは、何年もスロットと闘ってきたパチプロのそれと区別がつかない御業だった。なんの躊躇いもないビタ押しはまるで沢の清流がごとく美しく、そして正確だった。
図柄の位置を全て暗記、把握し、並外れた動体視力で直視(回るリールの図柄を目で追って捉えること)すれば、これは可能だ。そんな超絶技巧を、目の前の後輩がやって見せたのだ。
北山自身ビタ押しには一定の自信があるが、しかしここまで早く、正確に、迷いなく押せはしない。
「……CT機とか余裕そう」
アステカやらせたい。
北山は振り返る豊藤を見ながら思った。
ボーナスを消化し終え、二人は円卓で向かい合う。
二人きり、マンツーマンでなにか会話したのは、豊藤が即戦力であるがためにわずかひと月で終えたOJTから、実に3ヶ月弱ぶりだった。
そのときの会話は全て仕事の話だったが、さて――今回はどうか。
北山は、緊張の面持ちでこちらを見る豊藤に、少しだけ考えてから、言葉を紡いだ。
「――まあ、君が出した結論は、見ての通りだよ」
「じゃあ、やっぱり」
「うん。私が裏物クチク」
北山が豊藤を家に招いた際、誘いの言葉のなかで自分が裏物クチクであると明言はしていない。今、北山の口頭により、自分が裏物クチクという名義の配信者であると初めて豊藤に明かした。
言うと、豊藤の口端がわずかに上がるのが見て取れた。
喜んでいるのは分かるが、どうして喜んでいるのか。裏物クチクが目の前の女だと知って喜んでいる豊藤の考えていることが分からない。自分のファンならまだ分かるが、そうでないなら話は変わってくる。実は北山は、その点もLINEでのやり取りの段階では聞いていなかった。
訊こうと口を開く前に、豊藤が溌剌と喋り始めた。
「実は4年ぐらい前から先輩のファンなんです」
「それは、裏物クチクのだよね?」
「はい!」
ファンだった。なるほど、と北山は理解し、納得した。
「4年前……私が配信始めて、1年ぐらいか。チャンネル登録はまだ1万もなかったわ。……どうやって私を見つけたの」
「そのとき私は大学に入学してすぐだったんですけれど、大学でできた友人が凄くパチンコが好きだったんですよ。あるときYouTubeで配信を観てて、誰の配信かって訊いたら、それが先輩の配信だったんです。流れでその子に先輩をすすめられて、観始めるようになりました」
「で、会社に入って、私の声が裏物クチクとそっくりだったから気になって……ってことね」
なるほど、と北山は息を吐いた。
北山が裏物クチクかそうでないか――後輩が問うた真意は、推している配信者と会社の先輩が同一人物なのではないかという、確かめないと気が済まなくなる、当たり前の疑問だった。たまたま観た配信の女と会社の先輩の声が似ていて「同一人物じゃね?」という軽いノリのもと、興味本位で訊いてきたわけではないようで、北山は心底安心したのだった。
変な疑問・疑念を抱いたまま仕事に臨んでほしくない、いつだって最高の状態で物語を構築してほしい――そういう気持ちからくる今日の招待は、無駄ではなかったのだ。なぜなら豊藤の質問の思惑が後者である場合「わざわざ呼び出す必要があるか?」となるし、というかそもそも招待に応じていなかったと思われる。
「当時はパチンコとパチスロはほんの少し齧った程度で、専門用語とか全然分からなかったんですけれど、でも先輩の話がとにかく面白くて。パチンコ実践を観るというより、先輩の話を聴くって感覚で楽しんでました」
「へぇ。私は自分で面白い話ができたなとは思ったことないな」
「外野からしたら凄く面白いですよ! その辺の家パチ配信者やVTuberのフリートークなんて霞んで見えます」
「随分褒めてくれるね」
どうして例にVTuberを挙げたのか分からないが、取り敢えずそれは置いておく。
ともかく豊藤は、裏物クチクの熱烈なファンだったのだ。初対面のときに長年山電氏のファンだったとは聞いていたが、まさか裏物クチクのファンでもあったとは。
……こんな偶然もあるもんなのか。喜べばいいのか、驚けばいいのか分からんな。
北山は目の前の後輩の嬉しそうな顔を見て、しかし悪い気はしなかった。
「ノーマルタイプのスロットって面白いですよね! 先輩の影響でスロットはノーマルばかり打ってます」
「おおっそいつは嬉しい」
豊藤がパチンコやスロットを打つようになったのは、大学の友人の影響。スロットでノーマルタイプを打つようになったのは裏物クチクもとい北山の影響。切り抜き動画のコメントや配信のチャット欄に、裏物クチクの影響でノーマルタイプを打ち始めたというファンの声は何度となく書き込まれ、北山もそれを認めていて、遊技人口にほんの少し影響を与えているという自覚があった。
だが、ノーマルタイプの人口を増やせたという事実をファンの口から直接言われると、別に自分は北電子やユニバの社員や回し者ではないが、嬉しくて堪らない。
「ところで、さっきのバーサスなんだけど……」
「?」
「ボーナスのビタ押し、滅茶苦茶速いし上手かったけれど」
「ああ」
豊藤は親指でスロットのボタンを押すような素振りを見せて言った。
「実家の近くにあったゲームセンターに昔のスロットが置いてあって、それで練習したんですよ」
「へー。なんてスロット?」
「三つやってました。一つ目がワードオブライツで」
「おおっCT機」
「二つ目に、ビーナス7と」
「ビーナス7!?」
「あとテンタクルズです」
「テンタクルズッッ!?」
三つともビタ押しを要求してくるスロットで、特に《ビーナス7》と《テンタクルズ》は最近の若いスロット打ちに打たせたら30分と経たずに耐えられなくなるような、トップクラスに難しい台だ。
なぜ難しいのか――詳細は省くが、リールが見にくいとか、そういう次元の話ではない。
5号機に慣れた北山がこれらを打った場合、肉体と精神は疲弊し、翌日の仕事の障りになること間違いなし。アクロス系やディスクアップで鍛えたビタ押しの自信は早々に爆ぜて崩れるだろう。
なるほど通りで上手いわけだ……と北山が納得し、自身のビタ押しの自信が目の前の後輩によって爆散しかけていたところで――、
「えっ?」
「んん?」
玄関の解錠音が耳に届いた。
――北山のマンションのオートロックと合鍵と、部屋の合鍵を持っているのは、姉の銀子と妹の共子の二人だけ。
つまり玄関前にいるのはこの二人のどちらかだ。
「共子……?」
「家族の方ですかね」
銀子が北山の部屋を訪れるときは、必ず北山にLINEなり電話なりで一報入れてから来る。
そして、机上のスマホに着信はない。
いっつも急だなぁ……と、豊藤に断って玄関に向かうと――、
「うおっ」
ゴンッと響く鈍い音。玄関扉の取っ手を力いっぱい引き、ドアロックに阻まれ開けなかったのだ。
あーこれ絶対共子だ。
一応ドアスコープで確認すると、ウェーブがかかった金髪の女がそこにいた。北山共子で間違いない。
ロックを解除し、扉を開ける。
「来る前に連絡しろって言ってんですがね?」
厭味ったらしく言葉など何処吹く風で、共子は手に持っている物を見せ、
「『十四代』飲もうぜ!」
といい顔でのたまった。
『十四代』は日本酒で、入手困難の貴重な酒だ。舌の肥えた日本酒愛好家らも唸るこの日本酒を、どうして妹を持っているのか。どうやって手に入れたのか。
ただ――そんなことより、どうしても伝えたいことが北山にはあった。
それは、
「お前……私が酒嫌いだってこと、知ってるよな」
「――」
言われ、口を半開きにし、視線を泳がせ――、
「ま、まあこれの美味しさの前では酒嫌いも一時的に治まっちゃうよ!」
本気で忘れていたらしい妹を前に、北山は大きく息を吐いた。
この前ディスクアップ2でダブルアップ引いてビタを9回ぐらいミスりました。ビタ押しに自信がある方、私がBIG引いたら代走願います(血涙)。
なんだかんだキャラの年齢をこれまで明確にしていなかったので、次回に明らかになる予定です。多分。
誤字があれば誤字報告願います。
評価入れてくれたら次に打つバーサスリヴァイズの枚数調整が一発で成功します(貴方ならできる)