その清楚系、パチカスにつき。 作:継続率3000倍
店の外に出る。
北山が来ている行きつけのパチンコ屋――マイホール、略してマイホなどと呼んだりするが、北山の自宅から徒歩5分弱という近い位置にあり、向かうときはいつも徒歩か自転車だ。そのため、通話やLINEの返信を落ち着いて行える空間――例えば自動車の車内があるが、このパチンコ屋には今日は自転車で来ているため、そういった閉鎖された空間が存在しない。
なので北山は、まず外に出た。店先の移動屋台から漂うたこ焼きの匂いが食欲をそそるが、それは後にする。
店の裏まで歩いた北山は外壁にもたれかかると、スマホのスリープを解除する。
「私が配信しているのをどこで知ったかはともかく……」
北山としては、突如メッセージを送ってきたかつての同級生が、果たしてどういう意図で連絡してきたのか疑問しかなく、訝しんだ。
高校生時代の同級生である星田は、いわゆるスクールカーストのトップに君臨する女子生徒だった。髪は明るい茶色に染め上げ、制服は校則の限界まで着崩し、周囲には男女を数人侍らせていた。
この女との当時の係わりを考えてみよう。北山は数年前の過去を少々頭を捻らせて考えるが、これといった目ぼしいものは見つからなかった。
それもそのはず。北山は星田と深く係わっていない。クラスも3年間別で、委員会もクラブ活動も別。北山は星田を、クラスのみならず学年全体で人気がある女子生徒、と認識していた。
それだけだ。北山は他人に興味がない。学校で友人を碌に作らなかった北山が、星田と係わろうとするはずがない。皆の人気者で話しづらいからとか、クラスが離れているからとか――そういった要因は北山には関係ないのだ。
星田は、どういうわけか私のネットでの姿を知っている。これは陽キャ特有のダル絡みか、それともなにかしらの脅しか。
考えるが、これだけでは答えは出ない。ゆえに北山は、星田のメッセージに答える。
「いえ、人違いです」
純粋な質問かもしれないが、よからぬ物事への誘いという線もある。そも他者との付き合いにそこまで積極的でない北山が、今以上に交友関係を広げたいと思うはずもなく。ほぼ他人と言ってしまってもよい相手に、取り敢えず北山は嘘を返した。
――このとき北山は選択肢を誤った。係わりたくなければ言葉を返さず無視すればいいものを、北山はわざわざ答えてしまったのだ。
「でも」
「このアカウントって八坂に聞いた」
「違う?」
誰だよ八坂。またしても頭を捻って考える。すると該当者が一人思い浮かんだ。
高校三年生のときのクラスメイトだ。その男も星田と同じくトップカーストに属し、男子バスケットボール部の部長だった男子生徒だ。
何故あいつが私のLINEアカウントを知っているのかと、全く別の疑問が生まれたが、そういえば連絡のために必要だからとクラスのLINEグループに半ば強制的に入れられたとき、アカウントを教えた相手が八坂だった。そのとき友達登録をしたが、なるほど友達登録したままだったのか。
友達の欄を見ると、たしかに“やさか”とあった。登録解除もブロックもしていなかったので、たしかにこれでは連絡先を遣り取りされても仕方ない。
八坂のアカウントを速攻ブロックした北山は、少々踏み込むことにした。
「金か、勧誘か」
身も蓋もない問いだ。
すぐに既読マークがつき、5秒と経たず言葉が返ってきた。
「え」
「いや」
「そんなんじゃないよ」
じゃあなんだよ。北山はため息をつく。
本当に、ただ私の配信を見つけて、私に声が似ていたから質問してきただけなのか。北山の疑念は晴れない。
「配信者ってことは否定しないんだね」
私のアカウントが私のアカウントであると決めつけてはいるのな。
「あのね」
「ちょっと折り入って相談があるんだけど」
「怪しいのじゃないよ」
数年ぶりに親しくない同級生からのメッセージって時点で怪しさカンストだよ。
思わず独り言ちる北山。北山はなにも返さず、星田が話の核心を提示するまで待つことにした。
「少し会って話がしたいの」
嫌です。入力して送信ボタンを押そうとしたところで手が止まる。北山が送るよりも先に星田が追加のメッセージを送ってきたからだ。
送るの速いんだよと思ったが、しかしこいつはLINEで返信するとき、まとまった文章を送るより細かな文章を短い間隔で送ってくるタイプだと認め、まあ速くなるのも必然かと勝手に納得する。
「北山さんって配信してるでしょ」
「私も似たようなことしてるの」
「YouTubeで」
へぇ。そうなんだ。
イメージできなくはない。今や誰もがYouTubeを利用している時代。特に若者なら、使ったことがない人を探すほうが難しい。動画投稿や配信などで活動する人も、数え始めたらキリがない。星田はそんなクリエイターの一人なのだろう。
それはそうと、一体なんの用だろうか。
「それでちょっと」
「……」
「回りくどいの、北山さんは嫌いそうだからもう単刀直入に言うけど」
話の核心来るか。北山は予想した。コラボか、ノウハウか、金か、ヘッドハンティングか。
そうして、次に星田から送られてきた言葉に――しかし北山は首を傾げた。
「VTうべrにならない?」
勧誘だった。
本日の収支――投資100枚、回収609枚、収支+509枚。
北山のマイホは等価であるため、20円スロットでの単純計算で10180円の儲けとなった。端玉と貯玉を考慮すると多少増減するが。
BIG2回、REG1回。堅実に儲けを出した北山はもう少し遊びたい欲に駆られそうになるが、かの同級生の謎の相談を仕方なく聞くため、ここでやめることにした。小役の出はよく高設定の挙動をしていただけに残念でならない。
自転車を漕いで自宅に戻った北山は、荷物(ポケットに突っ込んだ財布)を机に置き、ジャンパーを脱いでクローゼットのハンガーラックにかける。
尻ポケットにあるスマホを手に取ると、通知欄が不在着信を知らせた。
仕方なしに友達登録を済ませたが、まさかすぐに連絡を寄こしてくるとは。スマホについて、いつもサイレントモードにしている北山。仕事用のスマホは着信音や通知音が分かるようにしているが、私用の携帯は静かにさせていたかった。
市場価格大体20万のオフィスチェアに座り、不在着信に折り返して耳にあてがう。
ワンコールで繫がった。
「もしもし? 北山さん?」
Pixelのスピーカーから流れる声に聞き覚えはない。赤の他人の声はどんなものだったかなんて、まさか北山が覚えているはずもない。
しかし、ああ、こんな声だったっけ、と十年も前の記憶を遡りはする。もしかしたらこんな声だったかも、とは思う。
「はい。そちらは星田ゆりさんでお間違いないでしょうか」
「なんでそんなに他人行儀なの……同級生だし、ため口でいいよ」
むしろ全く係わっていなかった人間に対してため口で話すのほうが不可能なのだが。
北山はフローリングに直置きしてあるパソコン本体の電源を入れる。モニターはスリープモードだったため、パソコンからの通信を捉え映像を出力した。デスクトップの背景は自社制作作品の女主人公が蹂躙されているイラストで、このキャラクターの作品は北山がシナリオライターとして初めて携わった作品でもある。
「で、どういうことか説明していただいてもよろしいでしょうか」
「あくまで他人行儀なんだ……」
LINEで送られてきた“VTうべr”というもの。この言葉自体は誤変換で仕上がった単語であり、北山はそれが誤変換であると理解している。
正しくは“VTuber”。これは略語であり通称だ。正しくは――“バーチャルYouTuber”である。
バーチャルYouTuber――今や説明不要の新しい活動形態だ。
漫画やアニメにいそうなキャラクターの3D・2Dモデルを、特殊なセンサーを用いて現実の体の動きとモデルの動きを同期させ、あたかもそのキャラクターがYouTubeで活動しているように見せる――技術の発展とともに生まれた産物であり、結晶でもある。
職が職だけに、新たな文化は進んで知ろうとする北山にとって、VTuberは新たなネタになる
「その、私、《VReactor》の“倉島セレナ”っていう名前でVTuberやってるんだけど」
「そうですか。初めて知りました」
「……私が入ってる箱、業界全体ではまだ弱小で、どうにかして人気獲りたいって思ってるんだ」
“箱”とは、バーチャルYouTuberが活動するにあたって、複数人集まってユニットもといグループを組んで活動するときがある。箱とはそれら示す俗語で、企業が絡んでるか否かは問わない。
今やバーチャルYouTuber戦国時代、国内にいるVTuberはいずれ一万人を超えると言われている。栄光を夢見て手を出し、成功して地位を築くのは僅か一握り。これは、なにもVTuberだけに言えることではない。YouTuber、ゲーム実況者、配信者――動画投稿・配信で活動するクリエイターの全員に言えてしまうのだ。
――星田は北山に、VTuberにならないか、と言ってきた。
現在北山が運営するチャンネル《パチンカスX》は登録者21万人で、そんな北山は“裏物クチク”として界隈で人気な配信者だ。パチンコ・パチスロ配信だけでなく、時々行うゲーム配信も人気を担っている。もともと趣味で始めた配信活動で、見てくれる人がいたらそれはそれで嬉しいな……程度の思いだった。現状のチャンネル登録者数、界隈での人気――北山としては望外である。
「だから、北山さん。その……VTuberになってほしいっていうのは、
「……」
眉間にしわを寄せる。内容が内容だけにとても口にできないのは理解できるが、後ろめたいことでもはっきりと言ってほしい。
スマホの向こう側にいる女が言わんとすることは理解できた。デスクを蹴り飛ばし、オフィスチェアでグルグルと回る。息を吐くと、北山は口を開いた。
「“裏物クチク”の名前を使って、知名度を上げたい――と?」
北山が言うと、星田はう、うんと答えた。
ため息を一つ。大きく深く吐いたので、星田には威圧感を与えただろうが、北山は気にしない。他人はいえ同級生。そこに容赦は微塵もなかった。
「界隈で成り上がりたいから、もはや手段は選んでいられない、と」
「うん、まあ……成り上がりたいというか、今よりももっと人気を出したいというか。だから、北山さんが入ってくれたら、移ってきたファンの人がうちの箱に興味を持ってくれるかなぁ……って」
「なに言ってんだお前」
「え」
呆れ、後頭部を空いている左手で搔く。
北山の、裏物クチクのいい加減で不真面目な配信を観に来る物好きが、少なくとも20万人いる。趣味で始めた配信活動――だからといって、ファンを蔑ろにはしたくない。
裏物クチクのパチンコ・スロット配信、時々やるゲーム配信――《パチンカスX》はそれで成り立っている。北山がそこに入ったところで、ファンが都合よくそこに目を向けるとは思わない。北山ないし裏物クチクのファンであって、星田が属するグループのファンではないからだ。
星田は現時点で詳らかに話していないため分からないが、もし所属するにあたって活動方針・内容を変える必要があるのであれば、北山はこの情けない誘いを断るだろう。
もう一度深く息を吐くと、同じくらい深く息を吸って、また吐く。
そして息を整えると、戸惑っている様子の星田に、北山は言う。
「この話、上には伝えてあるの?」
「上には……というか、上からお願いされたんだ。この人と同級生かもしれないって話したら、ぜひ誘ってくれって」
「そうかい」
立ち上がると、デスクの側に置いてある鞄からスケジュール帳を取り出す。
スマホを耳と右の肩で挟むと、開き、挟まったペンを手に取る。
「空いてる日を教えて」
「え……?」
「詳しい話を一通り聞いてやるって言ってんの。だから、教えな」
電話の向こうの女の声色に明るさが伴うと、北山はまたため息をついた。
主人公はノーマルタイプ大好き人間。
サンダー出したけれどバーサスもそのうち出てきますよ。