その清楚系、パチカスにつき。 作:継続率3000倍
9月初週の金曜日――ギリギリバブル期を経験している(と言ってもそのときの北山は乳幼児であり、明確にバブルを体感している記憶はない)北山が、自宅を訪ねてきた豊藤に「華金だね」と何気なく言い、「その単語って今も使われているんですかね」と返され自身がアラサーであるのを否応なしに再確認したのは19時半のこと。
豊藤が退勤し、こちらに到着するであろう時間に完成するよう作った夕餉は回鍋肉。ネットに転がっているレシピから、濃い味付けのものを選び作ったそれは、予測通り豊藤がマンションのインターホンで北山を呼び出したのとほぼ同時に完成した。
姉妹以外に手料理を振舞うのは初めてだった北山。北山とその姉妹は基本的に好みなどはないが、どちらかと言えば濃い味付けを好む。今回もその好みに忠実になって作ったために後輩の好みを想定していなかった。それに気付いて少しばかり焦ったが、目をキラキラと輝かせながら回鍋肉と白飯を交互に食す姿を見て、育ち盛りの男子中学生みたいだなと苦笑し、安心した。
食べ終え、食器を洗ったあとは配信のためのセッティングを行う。
――本日配信で実践するのは、パチスロ《サンダーVリボルト》と《バーサス》。どちらもアクロス系の5号機で、人気機種だ。二機種、並びでの家スロ配信――せっかくならゲーム性がそっくりなこの二機種(そもそも4号機のバーサスが4号機のサンダーVの後継機であるため、そっくりなのは当然なのだが)にしようと北山が提案し、豊藤はこれを快諾。居間の壁際、二人揃って腕をプルプル震わせながら筐体を移動し、隣り合わせにする。左がサンダー、右がバーサス。
「どっちやる?」
「あっじゃあサンダーやりたいです!」
北山の問いに、豊藤は即答した。
サンダーはビッグボーナス時の技術介入が難しい。やることはバーサスと変わらずビタ押しによる枚数調整なのだが、サンダーは予告音が鳴ったときにしかそれが行えない仕様になっている。バーサスはどのタイミングで枚数調整してもよかったが――サンダーではそうはいかない。しかもサンダーでは、その枚数調整を3回行わなければならないのだ。
人によってはバーサスに比べて図柄が見えにくく感じるサンダーを喜々として打とうとする後輩――この子の
配信は21時から23時まで行う。終電の約30分前に配信を切り上げ、終電より前の電車で帰宅する予定だ。
――20時55分。配信開始の5分前。Yogiboのクッションにもたれかかる二人は各々スマホに指を這わせる。
北山はWeb小説の閲覧。豊藤は“SevenSY”のエゴサーチ。
「運営は冷や冷やしているだろうね」
「マネージャーの声色は不安一色でしたね」
「ベラボウに震えてたね。そうなる気持ちは分かるけれど」
豊藤が所属するVythonは、VTuberの魂――すなわち演じるタレントそのものを映し出すのを忌避している。
VTuberの性質上それが基本であり、人肌を映し出しては『VTuberの何たるか』が問われる破目になる。
一部の企業に属さないVTuberが魂の人体部分を――主に手や腕を映してなにかしているところを配信するのは、稀に見られるが、しかし稀は稀。
魂を映す――それはやはり、VTuberの基本からは逸脱しているのだ。
「でもよく了解を得られたよ。最初は正直、まあ無理だろうなって思って、
「私も驚きましたよ。条件付きとはいえ、まさかOK貰えるなんて……もしかしたらこれを機に、箱のなかの誰かがこれを倣ってなにかするかもしれませんよ」
「ガンプラとか?」
「ありそうですね! 音ゲー配信では手元映し出したりとか、あと折り紙とか」
「折り紙?」
「知り合いのVに折り紙が趣味の子がいるんですよ」
「へぇ。いい趣味だ」
「七本指の悪魔とか折るんですよ。凄くないですか?」
「あーなんだっけそれ。『時計館の殺人』にそんなのなかったっけ」
「時計館は三つ首の鶴ですね。七本指の悪魔は『十角館の殺人』です。――でもやっぱり、その辺りの名作は読み込まれているんですね」
「リョナ好きとはいえ、他ジャンルの本も読んでおかないとね。語彙も創造力も、自然と増えていくものではないのだし」
一息置き、スマホ画面の左上を見る。
20時59分。配信開始まで、1分を切った。
「さて――じゃあ、頑張ろう」
北山は配信するとき、必ずマスクと伊達メガネを着用する。サージカルマスクではなく、洗えば何度でも使えるウレタンマスクだ。伊達メガネは赤札堂で買った安物の眼鏡のレンズを無理矢理外したもの。
反射による映り込みは、完璧には対策できない。銀メッキが施された筐体の枠やガラス面にどうしても映り込んでしまうときがある。その自衛で、北山は毎回マスクと伊達メガネを着用している。
自衛手段はこれだけではない。
リビングの照明は調光スイッチにより明るさを無段階に調節でき、これを使って明るさをできる限り落とす。筐体が放つ光も合わせて、極力逆光にならないようにしている。
有り体な話、照明を完全に落としてしまえばいいのだが、それでは目にはあまりよろしくないため、こういう状態に落ち着いた。
これで映り込みが起因の深刻な状況には陥っていないため、映り込み対策はひとまずこれでいいだろう。
チャンネル登録者200万人超えのVTuberを取り巻く人らが余計な話をしなければ、の話だが。
「いつもそういう状態で配信してるんですね」
そういう豊藤はヴェネチアンマスクを着けている。目の部分を覆うタイプのもので、このコラボ配信のためだけに買ったものだという。Amazonか楽天で買ったのかと思ったら専門店で買ったちょっとした高級品らしい。
また、豊藤は会社帰りに北山宅に直行したため、服装は会社用のビジネススーツだ。これは会社勤めのシナリオライターというVTuberとしての設定とマッチしていて、実に都合がいい――実際この服装になったのはVythonの運営が極度に中の人バレを嫌い、服装からそのような事態になってしまわぬよう、私服ではない服を着るよう指定が入ったからだが。
「VTuberって表情をトラッキングする関係で素顔だけれど、あれってよく考えたらリスクだらけだよね。FaceRigとかOBSの設定ミスったら悲惨そう」
「それを防ぐためにVythonでは初配信の前にソフト取扱説明会に必ず参加するようになってるんですよ」
「へぇ。じゃあコンプラ研修とかもあるの?」
「当然です。それをやることで、社会に出たことがない子がやらかさないようにするんです」
「現に、危ない子がいたりして」
「いますね。特級呪物が、うちに」
「関わりたくねぇなぁ」
――で、21時。
北山はチャット欄の流れが速まるのを認め、取り敢えず夜の挨拶を口にした。
「どうもこんばんは。今日はかねてより告知していた通り、私が勤めている会社の後輩とコラボです」
・『おー』
・『友達はいないくせに後輩はおるのな』
・『こんな先輩持って後輩も大変だな……』
・『あれ?』
・『こんな先輩だと後輩が可哀想』
「滅茶苦茶言われてますよ」
「よぉしテメェらの打つパチンコの寄せ釘を全部左に曲げてやる」
パチンコやスロットに明け暮れるこの配信者が先輩だという後輩に、憐みの言葉を寄せる視聴者。ほとんどの書き込みは冗談だが、一部は本気で後輩を心配している声があるので質が悪い。
「本日配信で実践するのは……見ての通りサンダーVリボルトとバーサスです。こいつら、ホールにあったらどっち打ちます?」
「入ったホールの稼働状況にもよりますけれど……まあ大抵はバーサスですね。設定入ったサンダーは面白いんですけれどね」
・『分かる』
・『え?』
・『??』
・『サンダーしか勝たん』
・『バーサスのが曲好き』
「分かるわー。現行機のノーマルのなかでは本当に面白い」
「現行のアクロス系のなかで、6の機械割が110%を超えている機種の一つになります。例によって暴れるときは暴れてくれますね。ただクラセレのようにはいきませんけれどね」
・『声が……』
・『マジ?』
・『クラセレは連荘しろというより天国入れって思いながら打ってるわ』
・『は!?!?』
・『なんで?』
「さて……」
二人がスロットの話をするなか、チャット欄は異様な雰囲気に包まれていた。
無理もない。界隈でトップクラスに知名度があり、それに比例した人気もある人物の声が、極々一部で名の知れた配信者のライブ配信で流れてくるのだから。
具体的な名前はまだチャット欄に出ていない。出てくる前に、北山は左隣の豊藤に促した。
「じゃあ視聴者の一部がかなり取り乱していると思うので、後輩ちゃんに自己紹介していただきましょうか」
「それほどでもないと思いますが……では僭越ながら自己紹介させていただきます」
すぅっと息を吸い、
「私、Vython所属バーチャルYouTuberのSevenSY、その一号でございます。本日私のほうではノンアナウンスですが、それにはミドルのハマりより高くサンダーの設定より低いわけがあるので、それについては後ほど説明したりしなかったりするので、どうかそのつもりで」
「どっちだよ」
北山の冷静なツッコミをしっかり聞いていた視聴者は、それほど多くない。
私は設定入ったサンダーを打ったことがありません。あれって実在したんですかね(撤去済み)。
碌に確認していないので誤字がありましたら誤字報告願います。
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