その清楚系、パチカスにつき。   作:継続率3000倍

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不始末

「……」

「はぁ――肩も腕も疲れたわ」

 

 北山がトイレから戻り、それからまたスロットを打ち続け――23時、予定通り配信を終えた。

 YouTubeの配信管理画面で配信を終了させ、OBSも同様に終了処理を行う。念のためスマホから自身の配信が終わっているか確かめたが――北山の作業に抜かりはなかった。

 自然と、ため息が漏れ出た。右利きの北山――動かし続けた右腕を肩からぐりぐりと回し、凝り固まった筋肉をほぐす。

 側のコップ、氷が融けてできた水を飲み干し北山はクッションに身を預けた。

 

「ここまでチャット欄が荒れるのは初めてだよ。ハハッ」

 

 豊藤ないしSevenSYが“シーちゃん”の愛称で呼ばれているのは知っている。“シーちゃん”に“スロット”と付け加え、スマホのTwitterからパブサする北山。その表情は、チャット欄をなんの脈絡もなく関係ない罵詈雑言に汚され、配信を随分と荒らされた割には――実に柔らかい。

 余裕に満ちた、その横顔。過去の配信で北山が語った、北山自身の過去の話からメンタルの強さは窺い知れていたが――身元が割れないのをいいことに人として常軌を逸した言葉を平然と吐き連ねる者らを前にして、画面を隔てているとはいえ――こうも()()()()()()とは。

 豊藤は北山と同じくクッションにもたれかかる。北山と違う点を挙げると、豊藤はスマホではなく、北山の横顔に視線を向けていることか。

 ――たった2時間の間に起こった今回の荒れ暮れ模様、当人らの拡大解釈や勝手な憶測が基となった醜態は、ただただ滑稽で小火にも満たないが、しかし――そんなものであっても、心は穢されるもの。豊藤の心、メンタルは、特別強くない。常人のそれだ。謂れのない、身勝手な誹謗でも傷つくのは当然のこと。つい数分前まで行われていた配信の、書かれたコメント――二人のファンからのコメントに混ざって流れてきたそしりの数々を目の当たりにして、顔を強張らせ、内心憤慨し、また心に少なくないダメージを負ったのは言うまでもない。

 しかし――そんななかで配信を無事に終えられたのは、嫌な状況に陥っても毅然とした態度で配信に臨んでいた、憧れの先輩が隣にいたからだろう。

 北山は一切動じなかった。豊藤からもしかしたら荒れるかもと言われて少し嫌そうな顔を見せるも、しかしそれだけだった。どんな根拠のない誹謗中傷、牽強付会な論に――なんの反応もせず、無視し、放置した。嫌な言葉を書き込む有象無象をブロックしないし、チャット欄をチャンネル登録者モードにすることもなかった。荒れ始めてからその姿勢を崩さず――その姿勢を察した北山もとい裏物クチクのファンも北山同様荒らしに対してなんら反応しなかった。一部はTwitterで荒れ模様についてツイートしたり、治安を取り戻すために通報を駆使し邁進したが、しかし配信のチャット欄において荒らしは徹底的に無視され、相手にされなかったのだ。そして、荒らしに対して無視という対応は――至って正しい。

 反応するから驕り高ぶる――北山は荒らす者の行動パターンをよく知っている。それに、下手に反論し、誤って致命的、または核心的な発言をしてしまう可能性もある。ゆえにこの場、このタイミングでそれに触れる必要は全くないのである。

 

「……」

 

 豊藤は配信が終わってから、一言も発していない。

 負い目を感じているからだ。

 今日の配信は先日豊藤が北山の自宅に遊びに来て、それが自身の失態により中途半端に終わり、申し訳なさを感じていた豊藤を慮った北山の発案で催された。わざわざ気遣ってくれた先輩に精一杯感謝し臨んだ配信だが、Vython所属VTuberが突如卒業配信を開始。タイミングの悪いことこの上なく、おまけに箱とはなんら繫がりを持たない配信者の配信にゲスト出演していると聞きつけた面倒臭く煙たがられる過激な信者やここぞとばかりに文句たれるアンチが、荒らしとして現れ北山と豊藤の配信を荒らし回す始末。

 自分のせいだ。自分がいたからこうなった。

 豊藤の心に、荒らしもとい信者に対する憤怒、過激な信者を意図せず生み出してしまったCarolの始末の悪さへの嘆きもろもろが、自分を責める暗雲のなかで蠢き、這い回る。

 

「――……」

 

 北山がチラリと豊藤を見る。自分とは真逆の表情だと認め、天井を向いて目を閉じる。

 少し考えてから、ビーズクッションに乗る仰向けの体をもぞもぞ動かし横向きにする。同じく身を動かして北山に向いた豊藤に向き合い、徐に口を開く。

 

「今日のアレ、君は悪くないよ。なんにもね」

「……っ」

「だってさぁ、えぇっと……Carolだっけか。それが今日卒業するって配信するのなんて上の人間ぐらいしか知らなかったんでしょ? 電話口でだけれど、マネージャーもそんな感じだったし。そんなの私たちがなにかできるわけないじゃん。悪いのは荒らしだよ荒らし。人を不快にさせるのが得意な、誰からも嫌われる最悪の手合いども」

「でも」

「でもじゃないって。本当に、君が悪い要素なんて一つもないんだから。――強いて責任の追及先を挙げるとするなら、配信の被りを事実上容認した運営と、信者のコントロールを欠いたCarolのほう。豊藤ちゃんは悪くない」

 

 そう、豊藤は悪くない。悪くないのだ。

 発端は予期せぬ卒業配信で、騒ぎ立てたのは一部の過激な信者やアンチ。豊藤はそも卒業配信が行われるとは知らなかったし、アンチはともかく信者は結局のところ自分が納得いかないのを他人に押し付けているだけに過ぎない。

 全てにおいて豊藤に非はない。物事を俯瞰してみれば、誰であっても分かることだ。

 ――後輩の目を見て、優しく諭す。

 見つめるつぶらな瞳――次第に潤いを帯び、瞬く間に涙目となって北山の目を見つめ返す。

 それにしても本当に強いな……この子の責任感は。

 仕事ができる。気遣いができる。勤勉である。趣味が合う。よく笑う。くだらない話に相槌を打ってくれて、おまけに責任感が強い。

 こんな子が後輩になってくれて、本当に私は――幸せ者だよ。

 

「――どうして」

 

 北山が言い終えたあと、十数秒して両目の目頭を拭った豊藤が口を切った。

 声が酷く震えている。

 

「どうして」

 

 すぐに目尻に溜まってしまった雫が顔を伝ってクッションの黒い布地を濡らす。

 

「先輩は、そんなに――」

 

 鼻をすすった豊藤は、服の裾を両手でぎゅっと握る。

 

「――優しいんですか」

 

 豊藤の、嗚咽交じりの消え入りそうな問いに、しかし北山は微笑んだ。

 

「君のことが、大切だから」

 

 だから泣かないで。もっと笑ってみせて――これは北山の嘘偽りない想いである。

 

 

 

 豊藤の自宅の最寄り駅は大塚駅。対して北山宅の最寄りは稲毛海岸駅。大塚への終電――ルートは複数あるが、乗り換える電車の関係で稲毛海岸駅に23時33分に到着する電車が大塚駅への最終電車となる。配信を23時で終わらせたのは、この電車に間に合うようにするためだ。

 日付が変わるまで1時間を切っている。東京都心と違い、人通りも少ない。豊藤の身を案じ、北山は駅まで同行することにした。

 残暑厳しい9月上旬。薄手のTシャツでもまだ暑さを感じる深夜11時過ぎ。二人の話し声は街灯のほの暗い光に照らされた千葉の夜に溶けて消える。

 仕事の話、VTuberの話、パチンコの話――生産性のある会話と他愛のない会話を繰り返し、果たして駅に到着した。

 駅舎前、二人は立ち止まって向かい合う。

 

「今日はありがとうございました。先輩の気遣いで、私も()()()()()()()

 

 豊藤の顔は配信を終えたあとのそれと比べ、随分穏やかだ。泣いたからか、目元がほんの少しだけ赤くなっているが、しかし今の豊藤に憂いや負い目は感じない。いつもの元気溌剌で快活な後輩その人であった。

 もう、大丈夫そうだね。人間、笑ったほうがいい。

 北山も満足と安堵が混ざった表情で頷く。豊藤の笑顔に釣られ、北山も笑う。

 

「またやりたかったらいつでも言って。そっちは自由に動けるわけじゃないだろうけど、こっちはいつでも大丈夫だから」

「はい! 私もまたスロット打ちたいです!」

「そのときには新台入替かなぁ。マタドールが別のなにかに入れ替わると思う」

「マタドール……最大の見所が告知音で、それ以外はジャグとなんら変わらない辛さがありますよね。配信だと」

「完全告知機は大変だよ。コメントがあるとはいえ、それに頼りっきりになるのはよくないし」

「そう考えると1CHANCE(ワンチャンス)のてつおさんって凄いんですね」

「編集されてはいるけれど、あのトーク力は目を見張るよ。元開発者ってのも大きい」

 

 あっ話は変わるんだけど、と北山が切り出す。

 

「まだ先の話だけど、冬コミって豊藤ちゃんは企業ブースに参加するの?」

「あっ冬コミですか。そのつもりでいたんですけれど、実はVythonの年越しライブがあって、私はそれに参加しなきゃいけなくて」

「リハと本番で丸々行けない?」

「そうです。……まあ、企業ブースに参加できるかも怪しかったんですけどね。これでいて、Vythonでは名が知れているほうなので」

「身バレの問題か……私は別の理由でお面被るようになったけれど、結果的にそれが身バレ防止に繫がってる。豊藤ちゃんは確かに、そもそも表に立たないようにしたほうが賢明かもしれないね」

「はい……」

「気にしないでよ。――あれ、ていうかもし豊藤ちゃんがSevenSYってバレたら、私も裏物クチクだってバレるんじゃ……」

「あっ、あー……」

 

 身バレを防ごう。この会話はこの結末に落ち着いた。

 

「さて……そろそろ終電が来る時間だよ」

「あっそうですね」

 

 左手首のスマートウォッチを見ると、時刻は23時30分。終電があと3分でやって来る。

 

「じゃ、私はこれで――あっそうだ」

 

 話を切り上げ、改札へ後輩を見送ろうとした北山が、なにか思い出したように話題を切り替えた。

 ポケットからパスケースを出した豊藤に、北山が思いがけないことを口にした。

 

「今まで君のことを“豊藤ちゃん”って呼んでたけど、これからは……“優子”って、呼んでいいかな」

 

 思い違いじゃなければ、呼び捨てにできる程度には、良い仲になっていると思うし――……。

 直後豊藤は、花畑の花が全部一気に咲いたのかというぐらいパッと、筆舌に尽くし難い幸福に襲われた。嬉しさと気恥ずかしさに心が満たされ、顔は一気に紅潮した。

 そして、今日一番の返答をする。

 答えは当然、決まっていた。

 

 

 

「いやぁしかし、これもこれで本当に気持ち悪いよな。マジで鳥肌立った。信者怖ぇわ、本当に。確かにVythonやその運営はよからぬ噂や風潮が蔓延してるし、俺のところに来たリークが事実だったのが何件かあるけれど、推しの門出ぐらい素直に祝ってやったらいいのにって思うよな。納得いかない気持ちを他者に押し付けんなって。それに『SevenSYが同じ名義で他人の配信とコラボしてCarolの卒業配信を邪魔した』ってかなりのこじつけだぜ。どちらも配信開始時間に明確な理由が示されていないし、牽強付会にもほどがある。こんなこと言ってるやつは莫迦しかいねぇんだなって思われても仕方ないよ。推しに認知されてうわやべぇ奴だってブロックされたくなけりゃ、今すぐネットでの言動を改めたほうが賢明だよ、いやマジで。下手したらどこぞのメンヘラホス狂いキチババアよろしく訴訟祭になりかねんから。――ハハッ、ああそう見える? いやでも実際、推しには幸せでいてほしいじゃん。Vじゃねぇーけど、俺の唯一の推しだからね、クチクは。……こんな奴が推しでクチクも可哀想って、それお前の推しに対しても俺が思ってることだよ。嘯木リスナーで可哀想だなーって。……えっ別に自虐じゃねーし。まっともかくなにかを発言するときはもう少し考えてみなってことだ。その発言は結果的に推しを貶めるか、または推しから嫌われてしまうかってね。――まあもっとも、その理論だと俺は推しにはとっくに嫌われているな。俺を知っていたら、確実にな。いやぁ、メッチャ笑えるな」

 

 

 

 12月30日早朝、JR京葉線の上り電車。北山は朝早くから荷物が詰まったキャリーバッグを持って、この時間帯にしては乗客が多い電車に揺られていた。

 

「じゃあ明日は、始発で東京駅に向かうから、そのつもりで」

「うん。分かった」

 

 同じ目的で起きている同級生とのLINEでのやり取りを終え、窓の向こうを見る。

 ちょうど差し掛かった荒川の河口、日が昇ればここから東京湾が見渡せるだろうが、生憎広がっているのは黒洞々たる夜と街灯の光を僅かに反射させる波の妖しい揺らめきのみ。

 北山の立場なら、なにもこの時間から向かうことはなかったが、しかし北山にとってこの一大イベントは、いつだって起床したときから始まっている。抜かりないその信念を持って、時間前行動を厳守するその姿勢は目を見張るものがある。

 ――新木場へ乗り換え、京葉線からりんかい線の電車に乗り込む。人が多いうえにこの大荷物、乗り換えには一苦労だ。

 それからまた少し揺られ、二駅先で降りる。駅の名前は、国際展示場駅。

 

「フゥ――……」

 

 列車がホームに停まる。扉が開いた途端走り出す人らを嫌って後から車両を出た。白色のキャリーバッグをたまに点字ブロックに跳ねさせつつ引いて歩き、改札を出る。それから駅舎を出て、大きく息を吐いてみると、それが白くなって現れた。

 零度を下回る気温は、北山や周りを歩く人混みを容赦なく包み込む。

 

「さて……」

 

 北山が入場できるようになるまで、まだ2時間弱の余裕がある。その間、北山がやることと言うと――、

 

「ペーパーでも書こうかな」

 

 そう呟き、サークル入場の列へ向かった。

 ――さて、年末の有明にて催される一大イベントと言えば、なにか。お分かりだろうが、一応明記しておく。

 2019年12月28日から31日にかけて、東京ビッグサイトにて、世界最大の同人誌即売会――97回目のコミックマーケットが行われる。

 初参加以来皆勤している北山は、このC97で20回目のサークル参加となる。

 

「はぁ――寒い」

 

 冷たい風になびく黒く長い髪とたなびく白い息を携える長身の女は、夜明け前の空の下では幻想的にも見えた。




 お待たせしました。もはやなにも言うまい。
 後輩の話が終わりました。これから次章に突入します。
 オタクの年末イベントと言えば冬コミ。なら、パチカスの年末イベントは――決まってますよね。

 誤字がありましたら誤字報告願います。


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