その清楚系、パチカスにつき。 作:継続率3000倍
ちょっと特別な好奇心、またはクソデカ感情
「うん。分かった」
じゃあまたあとで。そう言って、電話を切った。
オタクの年末と言ったらやはり冬コミだろう。例えどんな大事な用事や急用が入ろうと、これだけは外せない。
コミケ自体は中学三年生の夏コミから一般で参加し、4ヶ月前のC96で参加歴はかれこれ13年。数えるのも莫迦らしくなる大勢の大人に揉みくちゃにされながらのコミケは、私に数多くの衝撃を与え続けてきた。このC97も、必ずや私に衝撃を与えてくれるだろう。そう信じている。
「フゥ――私も行こうかな」
独り言を自分以外誰もいないリビングで漏らし、ソファから立ち上がる。
北山さんは例年通りサークル参加する。彼女の手が空くであろうタイミングで、私は会いに行こうと思う。
前回と異なる点を挙げると、今回北山さんは個人サークル《北山》のサークル主として参加する点。前回までは妹さんとの合同サークル《
「あいつ……私の忠告を無視して、先着100人に会場限定本を作って、配ろうとしてる」
しかも、覇権ではないにしろ、今まさに人気がうなぎのぼりのVTuberでだ。
LINEで送られてきた一連の文章には、そのいずれからも北山さんの強い怒気が滲み出ていて、余程説得したのだなと苦労が感じ取れた。
妹さん――北佐翅太郎は超が付くほど人気なイラストレーターで、コミケではここ数年、毎回シャッター前のスペースにサークルを配置されてきた。形成される長蛇の列は、並ぶタイミングが少しでも遅いと「そこに並ぶか、ほかを見て回るか」と言われるほどの代物で、コミケ参加者なら誰もが知っている名物であり、見慣れた光景でもあった。
そんなイラストレーターを擁するサークルが、人気が加速しているジャンルの会場限定本を
コミケの醍醐味をいつまでも忘れないその心はおおむね感心するが、しかし自分を客観視できていない証左でもある。そんなことをしたら、参加者一人ひとりの意識とコミケスタッフの臨機応変な対応で統率されたコミケ会場でさえ、局所的な大混乱に陥ってしまいかねない。
それは避けなくてはならない。コミケを愛する北山さんは妹さんに対して何度も説得をしたそうだが、しかし聞く耳を持たなかったそうだ。なにやら妹さんも妹さんで、妹さんが手掛けたVTuberとの約束で会場限定本を100部配らないといけないという事情があるらしく、お互い一歩も引かなかったそうだ。
結局説得しきれなかった北山さんは「痛い目を見ればいい」と、北山さん個人のサークル《北山》で参加することとなったのだ。
ただ、自分の手が空いた時点で妹さんのサークルがまだ殺人的に込み合っていたときには、裏で少しぐらいは助けてやるとも言っていた。結局のところ、北山さんは妹さんを気にかけている。とても不安で仕方ないのだ。その妹思いな彼女にほっこりしたのは、私だけの秘密だ。
「行ってきまーす」
肌着のヒートテックにトップス、その上にインナーダウンを着て、最後に黒のモッズコートを着る。このコートはフードと袖にファーが付いていて、海外ブランドの高級品。冬場に着る、私のお気に入りだ。
前日に必需品を入れて準備しておいたリュックサックを背負い、玄関前の靴箱の上に置かれた写真立てを
小学校と中学校の同級生と同じ高校に入るのが嫌だったから、高偏差値で、電車で片道2時間以上もかかる高校に入学したのが、私の一番大きな転機だったかもしれない。
――私を私たらしめたのはインターネットと漫画とアニメだったけれど、私の心の大事なところを摑んで揺さぶってきたのは、
中学校の画一的な教育下で、触るのを許されなかった髪の色を抜いて金髪にした。耳に穴をいくつも開けてピアスでゴテゴテにした。使ったことのない強い口調で人と接した。制服を着崩した。メイクして登校した。たまに授業をサボった。
高校デビューってやつ。過去の私を知る人は誰もいない環境で、それは大いに成功した。
私とつるむ同級生に、私の本来の趣味を知る人はいない。渋谷と原宿をあてもなくぶらぶらし、時々カラオケでいっぱい歌う。どこにでもいる女子高生のそれだった。
正直、すごく疲れる。嘘の自分を演じた経験なんてない。それに人を騙すと疲れるし、なんだか辛くなってくる。
本当の自分でいたかった。でもそうすると、そうしてしまうと、自分の立場は一気に崩れて、消えてなくなってしまう。
例の凄惨な事件と、それを偏った見方で報道するマスコミの影響で、私が青春を演じていた時期のオタクへの風当たりは、想像を絶するほど強く、目に余るほど酷かった。
そんなの、隠すしかない。
私に良くしてくれる同級生の知らないうちに、私は酷く抑圧されていたのだ。
そんなときに貴方に出会った私は、心の深いところのどこかが少しずつ、狂い始めた。
自分の信念を崩さず、周りの視線を意に介さない。いつだって凛とした佇まいで、己が信じる道をひたむきに進み続ける貴方は、私の心を摑んでしまった。
どうして人がいる教室で堂々とパソコンを使っていられるの?
どうしてクラス中に聞こえる声量で悪口を言われても平気なの?
どうして上級生数人に囲まれても怯まないの?
どうして自分を隠さずにいられるの?
「お前、邪魔」
真顔で言われたとき、正直嬉しかった。会話というにはとても険しかったけれど、それでも貴方と言葉を交わせたのが、ちょっと嬉しかった。
いつからか私は貴方を、目で追っていた。
私は貴方に憧れていた。そして羨ましくもあった。もしかしたら、妬んでもいたかも。
貴方はあのときの貴方自身を否定しないだろうけれど、私は時々あのときの私自身を否定したくなる。
自分に正直になって高校生活を送りたかった。
私は貴方を意識せずにはいられなかった。
高校を卒業して10年経ったとき、ひょんなことから貴方と再会した。
貴方と私はただの同級生に過ぎず、結局のところあの頃と変わらず赤の他人同士だった。
貴方のことを全然知らなかった私だけれど、仕事やプライベートで交流するうちに、貴方のことをいっぱい知った。
貴方は配信者になっていた。界隈でかなり有名な存在になっていて、たまたま見かけた配信をクリックしたら聞き覚えのある声にすごく驚いた。
貴方はゲームを作っていた。膨大なストーリーとキャラクターを作り出す貴方は、どこか輝いて見えた。
貴方は同人誌を書いていた。好むジャンルが違ったとはいえ、貴方を見つけられなかった私はまだまだ未熟だよね。
貴方はパチンコとスロットを打っていた。まさかこんなギャンブルをしているとは思ってもみなかったけれど、なんでか私も打つようになっちゃった。これは貴方のせいなんだからね?
ほかにも色んなことを知った。
貴方はお酒が嫌い。貴方は車よりもバイクが好き。貴方はサイゼリヤの辛味チキンが好き。貴方はリアリスト。貴方は人思い。
貴方は――私を覚えていてくれた。
今私が貴方に抱く感情は形容しがたく、名状しがたい。一生懸命考えても、既存のそれらに上手く当てはまらない。
憧憬?
羨望?
嫉妬?
ちょっと当てはまるかも。嫉妬はないかもだけれど。
尊敬?
希望?
これはあるかな。
信頼?
敬愛?
これもある。
憤怒?
恐怖?
嫌悪?
一切ない。絶対ない。
恋慕?
違う、と思う。だって、誰かに恋したことなんてないし、そもそも分かんないよ。
本当になんだろう、この不思議な感情。どこかふわふわしていて、摑みどころのないまま心を自分の意思を介さず満たす、これは。
分からないから分かりたいのだけれど、でも自分では無理な気がする。
もしかしたら、もう考えるのをやめたほうがいいのかもしれない。この感情は北山さんへのもので、鍵は北山さんが握っているのだ。
北山さんと付き合っていくうちに、もしかしたら自然と分かってくるかもしれない。この感情の正体が判明するかもしれない。
ならもっと、北山さんと関わらなきゃ。
北山さんを、もっと知りたい。
知りたくてたまらない。
「楽しみだなぁ」
日がまだ昇らぬ暗闇のなかの、真冬の都会――私の言葉は白い息ともに大通りを行くタクシーの走行音に上書きされ、冷たい風とネオンのノイズに搔き消された。
正直今出すか迷った話ではありますが、書き上げたもんは仕方ないんで。
ガールズラブ、ではないはず。うん。
誤字がありましたら誤字報告願います。
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ハナハナの荒さは異常と思った方はぜひ高評価を……(意味不明)