その清楚系、パチカスにつき。   作:継続率3000倍

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VTuber飽和時代

 三月某日――街に吹く冷たい風は、春の訪れは当分先であると示している。

 赤いコートを着て赤いバイクに乗った黒い髪の女は、ヘルメットからはみ出た腰まで届く髪をたなびかせつつ、東京の幹線を疾走する。

 この女、北山がバイクに乗る理由だが、交通手段を選ぶにあたり、どっちがいいか――と考えた結果「どっちでもいいが、どちらかというとバイク」という理由でバイクになった。安直で単純な思考だが、しかし結果的にそれはいい方向に傾いた。バイクは、インドアな傾向にあった北山を外に出向かせたからだ。

 バイク――二輪車の免許は、大きく分けて二つある。一つは、排気量400ccまでのバイクを運転できる普通自動二輪車免許。もう一つは、排気量に係わらず全てのバイクが運転可能になる大型自動二輪車免許。北山が乗りたいと思ったバイクは排気量が998ccであったため、自然と大型免許まで取得することになった。もとから適正があったのか順調に免許を取得していき、北山が今乗っているバイク――Ducati 999Sをまるで人生をともにしてきた相棒かのように乗り回し始めたのが、今からおよそ4年前である。

 

「――やはりサイゼに限る」

 

 自宅を出発し、下道を走ること1時間。目的地であるファミリーレストランは、安さに定評のあるイタリアンレストランで、本日訪れる店舗ではないが北山は飯がてら仕事の打ち合わせをするときによく使う。――この店があるのは秋葉原。店はあれど、その店のための駐車場はないに等しい。ここは東京都心――交通手段は鉄道がメインだ。北山は秋葉原駅近くの二輪車専用駐車場に愛車を駐車し、歩くこと10分弱。秋葉原駅構内にあるレストランに着いた北山は、お一人様かと訊ねてくる女性の店員に待ち合わせしている旨を告げ、店を見回し人を探す。

 

「……」

 

 北山は星田に、私が星田を見つけやすくするために当日の服装や分かりやすい身体的な特徴を挙げろ、と求めた。すると頭髪の色から当日着ていく服装など事細かく教えてくれたが、店に来た時点で北山は、星田が高校時代の茶髪か完全な金髪になっているのを覚えていた。

 店を見渡す。休日の昼時ということもあり、秋葉原に遊びに来た若者や周辺のオフィスビルで働くサラリーマンでごった返していた。客の視線が刺さるのを感じつつ、お目当ての頭髪を見つけた。たしかに完全に金髪だった。女はこちらに背を向けて座っていて、北山に気付いていない。北山はその席まで歩く。

 

「――あっ」

「あなたが星田さんでよろしいでしょうか」

 

 テーブルを二つくっつけ、四人グループまでなら対応できるようにしている席に、金髪の女とスーツ姿の男が座っている。

 言うと、金髪の女は「う、うん」と答えた。この女が星田で間違いないらしい。北山は壁側――スーツ姿の男の対面に座る。

 コートは脱いで通路側に丸めて置く。そして北山は、星田の隣――男を見遣った。

 

「で、貴方が運営の方ですか」

「はい」

 

 眼鏡をかけた男はスーツを着こなす好青年といった佇まいで、バリバリ外回りする営業マンといった雰囲気を北山は感じ取った。年齢は20代後半かそこらか。

 男は内側の胸ポケットから取り出した革製の名刺入れから名刺を取り出し、立ち上がって対面の北山に両手で差し出す。

 

「私、株式会社大東(だいとう)事務所、VR事業部の大東と申します。よろしくお願いします」

「どうも」

 

 名刺を受け取った北山は、氏名の上に記された役職を確認する。

 部長かよ。偉い人が自ら出向くって、それほど必死ってことですか。

 北山は貰った名刺を自分から見て左側に置く。大東事務所の()()――たまたまかもしれないし、この場では意味をなさないため、北山は口に出さなかった。

 ――もとは星田から詳しい話を聞くつもりだったが、話に食い違いや説明漏れがあってはいけないということで、前日になって急遽星田が所属する事務所の社員も加わることになった。それはそれでありがたいと思った北山だが、「大事な話を本人にする」と会社に前日まで伝えていない星田の報連相の緩さには正直呆れた。

 

「私は北山と言います。そちらの星田さんから聞いていると思いますが、《パチンカスX》というチャンネルで配信者をしています」

 

 言うと大東は「伺っております」と言って、傍らに置いてあるビジネスバッグからサーフェスを取り出した。少し操作すると、画面を北山に見せてくる。

 

「こちらは弊社所属タレントの、YouTubeチャンネルの登録者数の推移をグラフに表したものです」

 

 見てみると、色分けされた折れ線グラフが3本ある。グラフの下側に、この折れ線が誰のものであるかを示している。黒は倉島セレナ、橙が舞上ハロ、青が新田ルーサ。

 星田からの話が終わったあと、一応倉島セレナのことと、それが所属するところのメンバーの動画や配信のアーカイブ、ファンによる切り抜き動画をある程度閲覧していたが、どれも再生回数は芳しくなかった。

 倉島セレナのチャンネル登録者は約1万3千人。小さな箱にしては頑張っているのではと思ったが、ほかの二人は5千人にすら届いていなかった。

 数ヶ月前、どういうわけか大手企業所属のVTuberからコラボに誘われたらしく、参加した結果登録者数が増加したという。なぜ倉島だけ誘ったのか、北山は疑問に思う。

 

「見ての通りですが、彼女らは努力しています。しかし、努力にも限界があります。私どもも全力でサポートしてまいりましたが……」

「この有様、と」

 

 お冷を飲む北山は、頰杖をついた。

 もはや飽和状態にあるVTuber界で目に見えて分かる人気を獲得するには、相応の努力と時間、なにより人脈と運がものを言う。努力だけではどうにもできないのが現状だ。目の前の二人はそれを分かっているだろうが、しかし今の状況を打開しうる策が思い浮かばないのだろう。

 例えば大手とのコラボ――大手は大手としかコラボしない印象を北山は持っていた。これはやってみるだけ無駄かもしれないな、と北山は決めつける。なにより大手にとってのメリットデメリットを考えると、デメリットはないかもしれないが、メリットもそこまで発生しない。弱小とのコラボは、つまりそういうことである。

 

「現状を考えると……本人たちや運営ではなく、業界全体が要因でしょうね。金や時間を賭しても、大手には違いを見せつけられてしまう」

「その通り……と思いたいところです。どうにか名を上げたいと思うのですが――」

「大手と同じようなことしたところで、大手のしか観られない」

「――っ」

 

 北山が言うと、大東は口を閉ざした。図星だったのだ。

 今の状況では大手を抜くことはできないが――ただ、別に大手を抜くことが全てではない。今必要なのは、VTuber本人のファンそのもの。まずは地道にファンを獲得していって、そこから発展させなくてはね。

 はっと気が付いて、北山は神風のごとく鋭い指の刺突を持って呼び出しボタンを押した。

 

「えっ」

「『えっ』じゃないでしょうが。サイゼに来たのならドリアぐらい注文しなきゃ」

「え、ええ。それもそうですね。お支払いは経費で落ちるので、なんでも頼んでください」

「経費飯ゴチでーす」

 

 

 

 なんでテメェに関係ないプロダクションの問題を考えているのだろうか。北山が思ったころにはドリアやチキンやピザが届いていた。安いのに価格以上の味がするイタリアンに舌鼓を打ちつつ、北山は大東に言う。

 

「“裏物クチク”がそっちに所属したとき、手段を選ばなくなったと方々から批判なりなんなり飛んでくるでしょう。それでもいいと」

「ええ。現状を打開するためには、人気がある人を引き込むしかない、と弊社の……大東がぼやいていました」

「親子で同じ会社だとそういうところが面倒だよね」

「はは……申し訳ない」

 

 星田は頼んだグラタンを食べている。猫舌らしく、スプーンで掬ったチーズとホワイトソースがかかったマカロニに長い時間息を吹きかけ、それでもなお唇に付いただけで「熱ゥ――!」と顔を引き攣らせていた。大東は空腹ではないそうで、ドリンクバーで淹れたホットコーヒーを飲んでいる。

 大東は、北山の想像通り会社の御曹司だった。代表取締役社長の息子で、親の七光りで今のポストに就いたか実力で上り詰めたか――口にはしなかったが、北山は気になった。

 

「私は別にいいんですが」

「はい」

「私が働いているところって、ゲーム作ってるんですよ」

「そうなんですか」

「どんなゲーム? ソシャゲとか?」

「エロゲ」

 

 北山が辛味チキンの軟骨を奥歯で噛み砕く。星田と大東の動きはピタリと止まった。

 まあこういう反応だよね。親に言ったときも同じ反応だったな。

 北山の知り合いにアダルトビデオメーカーで働く男がいるが、その男は自分がAV業界で働いていると家族や親戚に一切伝えていないらしい。当時いた彼女には正直に告げたが直後に別れを切り出された。

 二人に気にせず油でベタついた指をお手拭きで拭く。

 

「そ、そうですか」

「うちは副業しても問題ないんですが、私が配信者ってバレたとき『問題起こさないでね』って釘刺されました。もし私がその会社で働いてるってバレた上で、なにか私が問題を起こしてしまったとき、面倒な輩が会社になにかしてこないとも限らないですし。私がVTuberのグループに所属することになったってとき、まあいい反応はしないでしょうね。今度はドタマに犬釘刺されます」

「犬釘……?」

「線路と枕木固定するやつ」

「ああ、そう……」

 

 分からない……とぼやく星田を尻目にドリアを完食した北山は、新しく開封した手拭きで口元を拭うと、大東を見遣る。

 

「私は現時点で、そちらの《VReactor》に所属する方針は取れません。所属したとして、私に生じるメリットがないからです。私は名声を得ようと思って配信を始めたのではありませんし、金を稼ごうと思って始めたのでもありません」

「――はい」

「デメリットは――私の配信の方針に指導が入ること。VReactorに入ったとして必ず指導が入るかわかりませんが、私は自分の配信のスタイル、スタンスを変えたくありません。趣味で始めている分、そこに執着はありませんが、何よりファンには失望させたくないので」

 

 北山の視線にたじろぐ(北山にはそう見えた)大東は、飲みかけのコーヒーが入ったカップを置く。

 

「デメリットは考えるとほかにも思い浮かびますが……今のところ、私に明確なメリットがないんですよ。私を入れたければ、私が入ってもいいと思えるほどのメリットを示していただきたい」

「……っ」

 

 二十一万人もいるチャンネルを運営している北山は、これからの活動を大きく変化させるつもりは微塵もない。下手によくわからないところに身を置いた結果、いままでのようなことができなくなったらどうしてくれようか。

 北山という女は、現状に満足しているのだ。

 

「ええっと……今の段階では、入らないってこと?」

「まあね。大体、今のV界隈って大手一強だし、個人でも有名なのは極少数。本当に難しいところだよ。VTuberになりたいってんならなればいいだろうけれど、別に私はそう思わないし、正直数字がある人を誘って知名度を上げようって思ってる時点でもう下も下でしょ」

「ちょっと北山さん……それは言い過ぎ」

「おっと失敬」

 

 北山を《VReactor》に入れて知名度を上げようと画策する一連の計画の発案者は、大東事務所の代表取締役社長である、北山の目の前に座って渋い顔をしている男の父親だった。

 大東事務所はVRに係わる技術やノウハウを開発、提供してきた、業界では名の知れた会社だった。新規事業開拓としてVTuberのプロデュースを始めたのは、今から1年前のこと。その頃にはVTuber事務所の優劣などが決まり切っていて、もう遅いのではという周囲の心配をよそにVTuber事業は強行された。

 結果、今のザマだ。もはや、なりふり構っていられないのだろう。

 

「……すみません。今すぐにはお答えすることができません」

「いいですよ。連絡はいつでもいいので。あ、ボールペンあります?」

「ボールペンですか。それは、はい、こちらに」

 

 北山は大東からボールペンを受け取ると、貰った名刺を裏返し、そこに携帯の電話番号を書いて大東に渡した。

 何気なく行われた一連の動きに――星田はそれ以上のものを理解した。連絡先を教えるだけなら、大東がスケジュール帳にメモしたり、スマホの連絡先に登録すれば済むことなのだが、北山はそうはしなかった。

 貰った名刺に連絡先を書いて渡す――それは「こちらから連絡は一切しない」という意思表示であり、星田は北山の行動を見て、

 

「えげつな……」

 

 と、二人には聞き取れない声で呟いた。




 いい女には赤いバイクに乗ってほしい。これ願望。
 パチカスなのにパチンコ打ってないのは反省している。次は出す。


 そういや現実のV界隈の推移と違うところがあるので、その点はご留意を。
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