その清楚系、パチカスにつき。 作:継続率3000倍
北山が左野を誘った動機は高砂とほとんど変わらないが、唯一違う点を挙げると、左野が北山もとい山電氏のファンだったからだろう。
左野は高校生のときに山電氏の小説と出会い、それから一気に山電氏のファンになった。Eve本社オフィスで聞いたその話を憶えていた北山が、もしかしたら喜んでくれるかもしれないと思い左野に誘いをかけたところ、二つ返事で乗ってきた。話はとんとん拍子に進み、今日に至る。
ちなみに左野はコスプレするのは今日が初めてで、計画されたのは2ヶ月前だ。左野の立案だったが、北山としてはコスプレイヤーの売り子は実は今回が初めてで、調子に乗った北山が衣装の制作費用を全額負担した。高くつくものだが、専属契約状態で仕事をひた走り、パチンコとスロットも一ヶ月に投資できる金額を決めているため、北山の懐にはそこまで響かなかった。
白いジャンパーの内側――ゴスロリとメカニカルが合わさった黒と紫の衣装は実に妖しく、側頭部のヘッドギア二対と額のバイザーも相まって魔法よりもSFの印象が先行する。体のラインは出しつつも、鉄の装甲のような機械的構造物が全体的に取り付いているのは誰が見ても明らかだ。ミニスカート部分は16個の菱形のファンネルが合体している状態で、その下には黒いスパッツを穿いている。膝まであるブーツも随分と機械的で立体的なデザインをしている。踵部分は超硬合金を用い、底から接地面にかけて螺旋を描くように伸び、ヒールのようになっている。上腕部は未武装で褐色の肌が露出していて、前腕部は生物的な意匠の強化外骨格のガントレットを着けている(ただし本を傷つけないよう、手はそれっぽくデザインしたラバーの手袋)。
魔法と科学を調和させたキャラクター――北山の原案を基に共子が描き出した衣装デザインはコスプレ衣装の制作に当たり、素材の選定と構造設計に大変時間を要したが、なんとか形になり、今日に至る。
「じゃ、ここに座ってもらおうか」
左野に内側に入ってくるよう指で促し、北山は席を空ける。入ってきた左野が「失礼しまーす」と言ってから、右の椅子に座る高砂に会釈しつつ座った。
「隣のが高砂ね。私の同僚」
「左野です。よろしくお願いします!」
二度目の挨拶に、高砂は「あーどうもどうも」と適当に返す。それからふと考える素振りを見せ、左の左野に訊ねた。
「“左野”ってのはTwitterのユーザー名?」
その高砂の発言に、ああそういえば教えていなかったなと北山は少し口を開いて閉じた。左野は「本名ですよ」と答え、
「あれ、洋子さんからなにも聞いていないんですか?」
「ん?」
含みのある発言に首を傾げ、後ろの女を見上げる高砂。なんか男の上目遣いってそそるものがあるな……と思いつつ、
「左野ちゃん、周りに聞かれないように口上言ってみ」
「こうじょう?」
「動画とか配信の最初に名乗るやつ」
「ああ、なるほど」
では失礼して。
左野が少し腰を浮かせ、高砂の左耳と自分の口元を周りに見えないように覆うと、地声とはかなり離れた仕事用の声で囁いた。
「……こんばんは。大人のみんなのアイドル、
「おおおっ!?」
つい5秒前に聞いた地声と大きく乖離した、良い女を思わせる艶やかな声。大人の色気を漂わせるに相応しいそれを耳元で囁かれた高砂は、上半身をビクッと震わせてから大きく仰け反らして左野から離れると、小声かつ荒々しい口調で北山に苦情を申し立てた。
「コラボのときの!? 聞いてねぇぞ!」
「今聞いただろ」
「すごいザリガニみたいに跳ねた」
お世話になってます。こちらこそお世話になりました。どこが世話になってるの? 立ち上がった二人は改めて挨拶を交わし、北山は品性の欠けた問いをして高砂の顔を強張らせ、左野は手を叩いて笑った。
それからしばらく談笑が続いた。仕事のこと、プライベートのこと、VR業界のこと。
ふと思い出した北山は、左腕のスマートウォッチを見遣る。アナログ表記の時計は、9時30分を示していた。
……そういえば、あいつはどうしているだろう。
あいつとは妹のこと。本日は合体サークルではなく、各々個人サークルでの参加だ。
少し様子を見てみようと、売り子の二人に断って自分のスペースを離れる。
共子もとい北佐翅太郎のサークル《北佐》は、北山のスペースから近いシャッター前に配置されていて、歩けば30秒と経たずにその様子を拝められる。
「……うわっ」
積み重なった段ボール箱にA0サイズのポスターが貼られている。描かれているのは新刊の表紙に描かれたキャラクターだ。ソーシャルゲームのキャラクターで、共子が担当したそれはその界隈で随一の人気を誇っている。新刊はそのキャラクターメインの漫画と、共子が担当したキャラクターのイラストを描き下ろしとともにまとめたイラスト集。あとは件の限定本。既刊は見受けられない。2スペース分で設営されたスペース、机の上には新刊が所狭しと並んでいる。まだ開封されていない、積み上がった数々の段ボールのなかの本を考えると――この場にある新刊だけでも3000部は超えてくる。
足らない。北佐翅太郎の人気を考えると、これでも全然足らない。大方、搬入したがここには持ってきていない、追加の新刊の箱があるはずだ。
ファンの殺人的集客、それによる売り子に求められる対応速度と、行わなければならない新刊の補充。本を求める参加者をまとめるスタッフの心労も考えると、否が応でも感じてしまう嫌な予感が脳髄を迸り、思わず口から声が漏れ出た。
眉間に寄った皺を揉んでほぐしつつ、スペースに歩み寄る。
「……あれっ、お姉さん」
ちょうどそのとき、これだけでは足らないと裏から新刊を持ってこようとしたか、共子のスペースを離れた売り子の一人が北山の存在を認め、話しかけてきた。
「あっ羅久ちゃん」
売り子としての名前は、
「お久」
「久し振りですね。設営のほうは」
「もう終わったからちょっと様子を見にね。羅久ちゃんは?」
「私は、空いていたらお花摘みに。多分かなり並んでいると思いますけれど」
「あー。まあでも、今行っておいたほうがいいよ。始まってからは実質無理」
「ですよねー。トイレは最大手サークルですし」
笑みを浮かべて北山のもとに歩いてきた京極だが、挨拶を交わして少し話したあと、浮かべていた笑みを失わせ、北山に呟いた。
「……私、今までにないぐらい不安なんです」
「うん、私も。奇遇だね」
言うと京極も奇遇ですねと返し、続けて、
「もう……本当に勘弁してほしいですよ」
「人足りなかったら遠慮なく言って。正午回ったら手が空くと思うから」
「心強いです……。多分、新刊セット作成でパンクしますので」
「あー……」
京極が振り返り、北山も視線を移す。スペースのほうだ。
――段ボールを4つ開け、取り出したオリジナルデザインの手提げ袋に新刊2冊と会場限定本を入れ、新刊セットを作っているサークル主と売り子3人の姿があった。
黙々と、ただひたすらに新刊セットを作っていた。四人とも、目のハイライトが消えているように見えて、その深淵のような双眸に吸い込まれそうになる。
死んだ目をした一人と目が合った。ウェーブがかかった金髪を赤色のシュシュで一本に結った、やはり赤いマウンテンパーカーを着た女だった。
共子である。北山はすぐに目を逸らした。
「分かれないほうがよかった気がする」
「準備会に絶対怒られる……」
「閉会したら煮るなり焼くなり切り刻むなり、好きにしていいから」
よしよし、気を強く持ちなさい。
小学生のときにやっていたように頭を撫でてやると、あー懐かしーと京極は目を細めた。
「じゃあ、頑張って」
「ういっす……」
そして、京極はトイレに向かい、北山は踵を返した。
もともと共子に手助けの件を伝える予定だったが、その前に売り子に伝えられたし、なにより目が死んでいる連中のスペースに足を踏み入れたくなかった。背中にシャッター側からの謎の視線が刺さるのを無視し、とにかく急いでその場を離れた。
サークル参加の場合はとにもかくにも準備を怠らないようにしましょう。準備会に叱られるので。
次回からいよいよ開幕ですね。運命やいかに。
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金髪は世界を救う