その清楚系、パチカスにつき。   作:継続率3000倍

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ペーパー

 10時を回るのと同時に会場全体に響く開幕のアナウンスが、この日を待ち侘びた全ての同志たちの耳朶を打ち、拍手が自然と湧き上がる。

 サークル《北山》の三人も率先と拍手し、無事に始まるコミックマーケット3日目を歓迎する。

 数分と経たず、西ホールは人でひしめき、宝を求める喜怒哀楽の喧騒に包まれるだろう。北山がコミケに出るのは、本を頒布する理由以外に、そのてんやわんやでハチャメチャで、しかしどこか統率の取れた争奪戦をサークル側から眺めるためだ。あまり声高に言うことではないが、北山はその光景が好きだった。なにしろ、達成感を感じるから。カタルシスと言ってもいいだろう。

 ともかく北山は毎度毎度、この瞬間を心待ちにしていた。

 

「さて、頑張ろう」

 

 サークル名とスペースの位置を示した記号とともに『最後尾』と書かれた段ボールを脇に抱えた北山は、一人呟いた。

 

 

 

 梱包を手で破き、5度目の新刊補充は10分前。

 現時刻11時20分。思いの外早い売れ行きは体感で平年の1.5倍弱。勢いは次第に収まってくるだろうが、正午辺りで全て売り切れるだろうと予想付けた北山は、手元のスマホでシリーズ第1巻が売り切れた旨をツイートし、前方を見遣る。

 

「はいそこ乱れてるよーっ! はみ出さないようにねー!」

「隣のサークルに迷惑かけないようにきちっと並びましょう!」

「おっ」

 

 北山が気付き声を漏らした光景は、入場が始まって以来2度目の列形成だった。通りすがった壮年のスタッフと、《北山》が頒布する本の品書きを看板にして持った『Re:ゼロから始める異世界生活』のレムのコスプレをしたスタッフが、崩れかける列を認め、高く鋭い声を飛ばして整列を促す。

 この目に見えた繁盛の要因は、目の前で新刊の受け渡しをしているコスプレイヤーの売り子と、VR機器のテスターたる同級生の影響だろう。数ヶ月前のコラボにより“山電氏”の名がVTuberの視聴者層に広く知れ渡り、少なくない人々に興味を抱かせ、この集客に繫がった。他のコンテンツに影響を与えているこの現状を鑑みるに、大東事務所は星田をテスターではなくVTuberとして雇うなりマネジメント契約を結ぶなりして、本格的なVTuber活動を始めたほうが利益に直結するのではないか、と北山は顎に手を添えて考える。

 星田はとても優秀な演者だ。明朗快活という言葉がよく似合い、観る人に元気を与える。培った社交性を十二分に発揮し、他のVTuberと上手く渡り合うその姿はVTuberのお手本そのものだった。こんな人をテスターとして引き入れた大東事務所、ないしそこの代表は、実に運が良い。星田がいる限り、大東事務所は必ずやVTuber業界とVR業界をまとめて牽引し続けるだろう。そこには、莫大が利益が伴うだろう。

 ……テスターから身分が変わらない理由は、会社がそうしているんじゃなくて、星田の希望でそうなっているだけかな。ファッションデザイナーとして、かなり頑張っているみたいだし。どこのメーカーかは知らないけれど、もしかしたら持ってる服のなかに星田がデザインしたのもあったりしてな。

 思考に気を傾ける北山は近々、今自分が着ているワインレッドのコートが、思考の中心にいる同級生がデザインしたものだと知ることになる。

 

 

 

 正午を回った。400部あった新刊は、残すところあと5部に。新刊既刊ともに1人1部限定だったが、やはり例年より売れ行き好調で、北山はあのコラボの効果を改めて実感した。

 北山は所用を終え、持ち場に戻る。右手に持つのは、2階のセブンイレブンで印刷してきた無料配布のペーパーだ。A4の薄いプリント用紙の片面に、意味を持った文字列がびっしりと綴られている。

 このペーパーは北山が即売会にサークル参加する際必ず用意するもので、北山のファンのなかにはこのペーパーを目的にして会場に訪れる者もいる。

 内容は――新刊が完売した事実を、新刊に登場したキャラクターの誰かが、嬲られつつ全力で謝る、というもの。北山はこのペーパーを“完売完敗ペーパー”略して“完ペ”と呼んでいる。

 数年前、新刊が売り切れ手持ち無沙汰だった北山が、その場で急遽書き上げ配ったペーパーから始まったこの恒例の無配ペーパーは、本編とはなんら関係ない理不尽なストーリー展開がなされていて、北山のターゲットにされたキャラクターは、物語の鍵を握る重要人物であろうと途轍もなくシリアスなキャラクターであろうと容赦なく酷い目に遭う。その様子はあまりにも不条理であり、一周回ってギャグパートとも評されている。

 用意した枚数は100枚。これもすぐに参加者の手に渡っていくだろう。

 

「あれ」

 

 《北佐》のスペース――参加者側に立っているのは、プラチナブロンドの髪を携えたモッズコート姿の女だった。その女が売り子二人と談笑しているのが見て取れる。

 裏に回り、無料配布の完売完敗ペーパーの束を右脇に抱えて、頭頂部にずらしたピエロの仮面を被り直す。

 

「よう、来たか」

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