その清楚系、パチカスにつき。   作:継続率3000倍

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マジギレ

「よう、来たか」

 

 雑踏の熱気と帯びた喧騒のなかでも、北山の凛とした声は星田にしかと届いた。売り子の女から新刊を手渡されていた星田は、すっと顔を上げて戻ってきた北山を認めた。

 長いまつ毛が上下に揺れる。北山が被るピエロのお面を凝視すると、

 

「ジャグラーだ」

 

 と何故か嬉しそうに口にした。どっちかというとジョーカー寄りのデザインだけどね、と返し、売り子二人の間からペーパーを残り4部ある新刊の脇に置いた。

 壁サーのスペース前の空間は島のそれと比べて空いている。人で溢れているのに変わりはないが、目の前の金髪女よりやや背が高い北山は奥の人混みを軽く見回し、自分の本を買いにきている人がいないのを確認し、それから星田に向き直った。

 

「なんだ、このタイミングってことはペーパー目当てか」

「タイミングは偶然。まあ残りこれだけなら、その辺回ってたらすぐ貰えそうだけれど」

「そうか。お目当てのものは買えた?」

「買えたよ全部。北山さんので最後。ほとんどはメロブとかで予約してるから、今からはいつも通りの宝探しかなーって」

「いいねぇ。やっぱコミケはそうでないと」

 

 コミケで頒布される同人誌を“宝”と称し、それを今からジャンル問わず探しに行くという。その言動に北山は強く同意した。

 星田のコミケに対するスタンスは、本人が言っている通り『宝探し』だ。お目当ての本がメロンブックスやとらのあななどで委託販売されるならそちらで買い、委託されなかったり委託されるか分からない本はコミケ当日に現地で買う。それが終わったら、あとは宝探しだ。

 様々なジャンルの本やグッズが頒布されるコミケで、自分が知っているものから知らないものまであるなかから、自分の心を鷲摑みにする“宝”を追い求めるのだ。

 4ヶ月前、夏コミで見つけたという星田の宝――LINEで画像付きで送られてきたが、『どんなゲテモノであっても最終的にハンバーガーにして食べる』本と『親子丼って親と子供が死んでから巡り合うからこんな残酷なことってないよな、とか思いながら考えた至高の親子丼レシピ』本は、内容はともかくコミケのような即売会でしかまずお目にかかれない、万人受けはしなくとも誰かには強く突き刺さる“宝”と言ってもいいだろう。星田はコミケでは、こういう誰向けか全く分からないが個人的に凄く気になる本を欲しているのである。

 

「あっそういや」

 

 はたと気付いた北山は、座る売り子のコスプレイヤーを見て口にした。

 

「左野ちゃんと会うのって結構久々か」

「そうだね。前に会ったのは2ヶ月くらい前。そのときは桜ちゃんも一緒だったんだ」

「ゆりちゃんの奢りで叙々苑行ったんですよ! あのとき食べたシャトーブリアンの味は今でも忘れられない……」

 

 両手を組んでうっとりと極上の牛肉を思い浮かべる左野を見て、確かにねと同意する星田。姉の金で食べたシャトーブリアンを思い出し、北山も深く頷く。

 ふと高砂のほうを見下ろす北山。いつだったか、女性に対して免疫があまりないと情けなく口にしていたこの男は、星田を前にしてどうしているか。同僚の知り合いがその知り合いと会話しているのを、横から聞き流しただただ気まずそうにしているだろうと、天井の灯りを反射して鈍く光る錆びれたパイプ椅子の脚を小突き、高砂に言った。

 

「こういうとき、あぶれた売り子ってどういう反応すればいいか分からないよな」

 

 あっすいません、と少し申し訳なさそうにした星田の眼前――高砂はおもむろに星田を弱々しく指差し、行儀の悪さに向けられた左野の冷ややかな目線を無視して北山に問うた。

 

「なあ、北山……この、星田さん? ってもしかして、北山の同級生の、倉島セレナでオーケー?」

 

 星田は倉島セレナを演じているとき、地声だ。豊藤や左野は、声優がアフレコするように地声とは違う声を出して自身のVTuberを演じているが、星田にそこまでの技能はない。やろうと思った時期はあったが、いざやってみると潰されたウシガエルの呻き声のような声しかでないからやめた、と本人の口から語られたのは再会してから日が浅い3月上旬のこと。

 そういうわけで、倉島セレナを知っている人が星田の声を真剣に聴けば、星田が倉島セレナを演じる人――いわゆる魂、もとい中の人なのではないかと疑問に思うのは当然のことだ。

 にやりと口端を釣り上げる。短く切り揃えられ、整髪料で艶を出した黒い髪は爽やかな香りをまとっている。耳元で、北山は高砂の問いに答えた。

 

「オーケイオーケイ。ご明察」

 

 高砂は両手で拳を作り、テーブルクロスの上から机を加減して叩き、

 

「ご都合主義が過ぎる! 編集はなにをしているんだ!」

 

 と、声高に叫ぶ素振りを見せて小声で言った。

 

「しょうがねえじゃん。それで通っちゃったんだから」

「宿命ですかねー、世間は意外と狭いっていう!」

「どっちかっていうと、天運……?」

 

 ご都合主義であれ宿命であれ天運であれ、その事実に変わりはなかった。

 

 

 

 星田が北山のサークルを離れ、宝探しを始めてから数分。新刊は完売し、以降は無配ペーパーの出番だ。新刊既刊ともに完売したのを報せる札を段ボールで作ってペーパーの横に置き、Twitterでも完売を報告。フッと小さく息を吐き、今回も完売したことに安堵してスマホをコートの内ポケットにしまった。

 サークル側として、コミケでやれることはやった。北山の場合、完売から30分ほどは売り子とともにスペースに留まり、訪ねてきた参加者に完売の旨を伝えている。今回もそうしてから撤収しようと思っていたが、しかし――。

 

「それじゃあ私、外出て撮られてきますね!」

「ローアングラーと裏ビデオおじさんには気を付けてねー」

 

 はーい! と元気に返した左野は大きく手を振り、なんのキャラのコスプレか記した段ボールを片手に衣装に使われているアルミ同士が当たったり擦れたりしてガチャガチャと音を立たせながら、次第に人混みに紛れて消えていった。

 腕を伸ばして伸びをし、体を曲げて至るところの骨を鳴らしている高砂の隣の席が空いた。しばらく座っていなかった北山が一息入れようと椅子の背もたれを摑んで手前に引いたところで、手が止まった。

 コミケに限らず、即売会が行われている場内で走るのは危険だ。準備会スタッフは当然注意するが、小走りで走ってくる女はすみませんと一言言うも、しかし止まらずに走り続ける。その女、顎の高さで真っすぐに切り揃えられたボブの、しっとり艶やかで吸い込まれそうになるような黒い髪を携えた女を、北山は古くから知っている。

 

「お姉さんっ!!」

 

 北山の妹の同級生、京極羅久だ。北山を呼んだ京極は、サークル《北山》の前で急停止した。脂汗を額に浮かべた彼女の形相は凄まじい焦りに満ちていて、もはやなにがあったのか聞くまでもなかった。

 嗚呼、やっぱりか。友人の悲鳴にも似た呼ぶ声と北山の心から辟易する声が、本を欲し練り歩く群衆のかまびすしさのなかで、いやにはっきり聞こえた。

 

 

 

 事態は北山の想像した通りに起こっていた。

 会場限定本欲しさでやってきた参加客の列は、一般参加の入場が始まってからすぐに形成された。《北佐》――シャッター前サークルの列は凄まじく、階上の搬入口へ繫がるスロープの上へと伸びに伸びた。しかもその待機列は二列で、スロープ上で4回も折り返している。時間の経過でその列は次第に短くなると思われたが、準備会の思い通りにならないのが人気サークルの並びというもの。勢いを落とさず伸び続ける待機列は、一般参加者やサークル参加者の区別なく怖れを抱かせ、コミックマーケット準備会のスタッフを嘲笑うかのようだった。

 

「ふざけんなテメェ!!」

「ごめんなさいぃーーーー!」

 

 作っても作っても、作ったそばから消えていく新刊セット。新刊セットを半泣きで作るのはこの惨状を招いたサークル主たる共子と、応急措置として補助に入ったコミケスタッフ2人。どちらも売り子の経験があるのか、共子の指示に従い無駄のない動きで黙々と新刊セットを作り続けている。会場限定本はとうの昔に売り切れているが、列は縮まらず伸び続け、売れ足の速さは全く緩まらない。

 頭を抱えた北山はヒィヒィ言いながら新刊セットを作る共子を一喝し、自身もセット作成に取り掛かる。急遽北山が加わるのはスタッフも承知のようで、とくになにも言われなかった。

 段ボールからこの日のために特別に作った手提げ袋を取り出し、そこに新刊2冊を入れる。それを何回か繰り返し、出来上がったものを売り子の間から机上の段ボールに立てて入れる。

 延々と、その繰り返しだ。

 

「《北佐》の列はスロープの上! サークル《北佐》の最後尾はスロープの上にあるので、とにかく上がって行ってください!!」

「ここで二列から四列! 四列になりますっ! 四列だよ四列!! スタッフの指示しっかり聞いて並んでねーっ!!」

「はい撮らないそこ! 売り子撮るな撮影禁止だよ! 撮るのはコスプレイヤーだけ!!」

「落ち着いて走らないで押さないで! 新刊はまだ星の数ほどいっぱいあるから焦らずゆっくりとっ!」

「トイレ近い人はまず用を足してきてから並びましょう! 一度並んだら結構かかるよ!」

 

 まさに地獄。地獄絵図。歴戦のスタッフも憔悴を隠し切れず肩で息をしている。

 これがあと4時間弱も続くと考えると、とてもではないが持たない。絶対に破綻してしまう。そうなる前に、北山は行動に移した。北山がここに来て、10分もしないタイミングだった。

 

「もう新刊セット作るのやめよう! 16時まで絶対もたない! ここで頑張るより売り子の数増やしたほうがいい!」

 

 それでいいねっ? ねっ!? と珍しく焦って姉が言うものだから、妹はうんうんとただ頷くしかなかった。その姿、赤いマウンテンパーカーも合わさってさながら赤べこの様だった。

 スタッフにアイコンタクトを取る。頷いたスタッフの一人がトランシーバーで人員配置の変更を周りのスタッフに打診。二つ返事で了承が返ってきた。手元にある新刊セットを売り子の段ボールに突っ込む。

 

「はいここで一旦ストップ! ここから列を二列から四列ではなく、二列から六列にします!!」

「配られてる袋入りの新刊セットがなくなり次第、新刊セットは新刊2冊を直で渡されます! ご協力お願いしまーすっ!」

「もうちょっと全体的に詰めよう! 人との間隔をあと同人誌2冊分ぐらい詰めて!」

「売り子やサークル主の撮影は禁止! お姉さん緊急参戦だけれどお面被ってるからいいわけじゃないからね! 握手も駄目!!」

「金と本の受け渡しが終わったら逃げるようにして左に捌けてください!」

 

 スタッフが大急ぎで持ってきた長机を組み立て、スペースを増設する。シャッター前の合体サークルゆえ、隣に他のサークルはいない。だからこそできた芸当だ。

 増えたスペースに新刊が入った段ボールを4つ載せ、新刊2冊を揃えて置き、その上から2冊を90度向きを変えて置くのを繰り返して渡しやすいようにする。隣の共子もそれに倣う。

 騒ぎを聞きつけた高砂が、《北山》で使っていたコインケース2つを空にして持ってきた。この補助はかなりありがたかった。

 

「準備できました! お願いしますっ」

 

 新しい態勢の準備が整い、スタッフにGOサインを出す。六列の塊は圧迫感があり、普段は壁サークルとして列を作る北山でさえもこれには圧倒された。

 

「ああ……来る」

 

 手に汗握り、顔を蒼くさせる北山。果たして自分は、無事に帰ることはできるのか。打ち上げを開き、飯を食べ、家に帰って風呂に入って寝られるのか。

 ここで現実逃避をしても仕方がない。新刊を求める参加者は否応無しにやって来るのだから。合掌し、

 

「――南無三っ!!」

 

 とどこからか引っ張ってきた台詞を言って覚悟を入れる。

 北山は、やるしかなかった。

 さあ、売り切れが先か、16時を回るのが先か。そのどちらかが来るまで、捌き切れ――。

 

 

 

 そして、16時。

 

「うおおおお洋ぢゃんありがどおおおおっごめんなざいいいいーー!!」

 

 人は捌いた。精一杯頑張った。それでも新刊は売り切れなかった。なんのことはない、新刊を刷り過ぎたからだ。残りは、メロブやとらのあなの委託に回される。

 それでもかなりの数を配ったものだ。共子の同級生たる売り子4人は過去一番の忙しさだったと語る。北山もここまでの混雑は想定していなかった。

 号泣して姉の腰に抱き着き感謝と謝罪を口にする共子。それをげっそりとした顔で見て、疲労を隠さずため息をつく北山。なんとも言えない表情でそれを見る憔悴した売り子4人。《北佐》のサークル主に一言入れようとしたコミケスタッフの一人は、この様子に引いていた。

 

「はあぁ……」

 

 もう一度大きく息を吐いた北山は顔を上げ、外を見遣る。

 茜色に染まりつつある真冬の寒空は、北山の苦労を知ることなく、能天気に見下ろしている。それがなんだか、自身に巻き付いて泣いている妹とどこか似ているように思い、より一層疲れが増すのを満身創痍の心のなかで確かに感じ取った。

 

「私――これから打ち上げ行って、数時間後にはデカい荷物引いて新幹線乗ってんのが……マジで信じられないんだけれど」

 

 こういうとき、酒を飲めたらよかったんだろうなぁ。酒嫌いの北山だが、しかしそう思わずにはいられなかった。




 遅れ過ぎたら開き直って言い訳しない人もいるみたいですよ。しかし私は言い訳します。悪いのは花粉と花粉症です。
 現実のコミケではこんな事態にはならないはず。多分。
 誤字がありましたら誤字報告願います。
 もしよろしければ評価や感想よろしくお願いします。滅茶苦茶励みになります。

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 疲れた
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