その清楚系、パチカスにつき。   作:継続率3000倍

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詭弁

 号泣する妹を引き剝がして京極ら四人に引き渡した北山。年末の挨拶を交わし、自サークルへ戻る。16時17分、撤収したサークルが大半を占めてきて、机上には畳まれたパイプ椅子ばかりが置かれていた。大きなリュックサックや色とりどりのキャリーバッグを引いて西ホールを去る参加者らを尻目に、歩きつつ自身のスペースを遠くから眺めると、高砂が撤収作業を粗方終わらせてくれていた。彼はコンクリートの壁にもたれ、行き場を失った値札とサークルナンバーが書かれた小さな紙を左手の指で器用に挟み、右手でスマホを弄っている。

 

「ごめん。あいつ宥めるのに手間取った」

 

 言って内に入り、キャリーバッグの上にあるテーブルクロスと分解されて袋に入れられたポスタースタンド、スタンドに吊り下げていたポスターは今は輪ゴムで丸めて地面に置いた。

 おお、と北山に気付いた高砂が反応し、左手にある長方形に小さく切り取られた段ボール2つと1枚の紙を突き出して言う。

 

「これいる?」

「いらん。捨てておいて」

 

 分かった、と言って高砂はゴミとなった3つをジーンズのポケットに雑に突っ込んだ。

 北山は小型のキャリーバッグを開き、テーブルクロスとスタンドを入れて閉じる。立ち上がり、はたと気付いた北山が顔を上げ、壁を見遣る。

 目線の先には、ポスターが貼ってある。北山が今回のコミケ用に用意した新しいポスターで、サイズはB1。養生テープで貼るところを、切らしたのを忘れていたためガムテープを代用して貼ってある。

 いつもなら午後にTwitterで募集をかけ、集まったらじゃんけんで引き渡す相手を決めるのだが、今回はそうしなかった。共子の面倒でそれどころではなかったから、ではない。忙しいだけなら、売り子に頼んで代わりに抽選してもらう。忙しくて自分のサークルの面倒を見切れなかったのは事実だが、今回は別の目的があった。

 貼ったままのポスターに気付いた高砂は、自身の長身を駆使して破らないように慎重に剝した。

 

「そういえばこれ、どうするんだ」

「渡せたら渡したい相手がいるんだ」

 

 そうか、と答えた高砂がポスターの裏側に輪の形にして付けたガムテープを、これもまた慎重に剝していく。ガムテープは紙製で、布製のそれよりは紙に影響しない。ポスターそのものもテープに強く、わら半紙の用に粘着面が剝れることはなかった。

 綺麗に剝されたポスターを高砂から受け取り、手で筒状に丸める。

 

「ちょっと渡してくる。すぐ終わるからちょっと待ってて」

「えっ今?」

 

 高砂の戸惑いを半ば無視してスペースを離れる。方向は共子のサークルがあった場所とは反対。

 えっと、確かこの辺だったと思うんだけれど――あっ、おった。

 今朝流し読んだコミケのカタログを思い出す。自分のサークルが書かれたページに載っている他のサークルを記憶から呼び起こし、お目当ての場所を目に映る場所と照らし合わせる。果たして探していたサークルは見つかり、サークル主と売り子らしき二人は今まさに片付けを終えようとしていた。

 北山はその二人のほうへ、臆することなく歩を進める。先に気付いたのは、売り子だった。

 

「お忙しいところすみません」

 

 北山がそう言うと、言う前に気付いた売り子と同じように顔を向けてきたサークル主。

 ベージュのダウンを着た女の、北山と比べて幼く見えるこの顔は、今朝に見た顔だ。

 

「今朝はどうも。山電氏です」

「えっ?」

 

 名乗る北山を、今朝の挨拶で新刊交換を断られた例のサークル主だと認めた女は、どうして今ここに来て話しかけてきたのかと当然の疑問を胸に抱き、それが表に出て表情を少し険しくさせた。瞼は大きく開き、瞳の茶色を見せつけている。手に持ったスタンドを油断して畳まれたパイプ椅子の上に落とし、ガチャっと袋のなかで金属の棒が複数本接触し合って音を出した。

 北山のお目当ての女は、浅利しぐれ。サークルの入場が始まり、早い時間に北山の元に来たイラストレーターだ。

 お世辞にも歓迎されていない様子で、それを感じ取った北山は苦笑し、言葉にして続けた。

 

「いえ、今朝は新刊交換を断りましたけれど、ちょっと突き放した言い方だったかなと思いまして」

 

 北山は誰であろうと、即売会の場で新刊交換を断っている。今回もそうだ。目の前の女からの新刊交換を断っている。

 ただ、詫びを入れて最敬礼して去っていく様子を見ていて、なんだか自分が悪いことをしたように見えてしまって仕方がなかったのだ。

 ……なにもそこまで頭下げることはないのに。私は私のスタンスを貫くけれど、別にあなたが絶対的に悪であるわけではない。

 

「へっ……えっと――あっ!」

 

 十数時間前を思い出す女の目線は右上に。頭に詰まった記憶を探って一呼吸。そしてようやっと思い出した。

 

「いえいえいえそんなっ、あれは私が山電氏さんのツイートを見ていなかったのがいけないんです! 非は全て私にあります!」

 

 胸元で両手を振り、自分が間違っていたのだと北山の言い分を必死に訂正する。左手の人差し指の指輪が西ホールの電灯を反射させて、ギラギラと随分強く煌めいているように見えた。 売り子の女は隣のサークル主の発言で状況を察し、深く頷いている。

 

「まあ、そう畏まらないで。――浅利さんが非を感じているのと同じように、私も自分自身に独りよがりな非を感じています。なのでこれは、一方的な謝意を晴らすためのお詫びの品です」

 

 そも北山は浅利となんら関わりを持たない。同人作家としても、シナリオライターとしてもだ。浅利の存在を今朝まで知らなかった北山が、浅利がVTuberのアバターを手掛けているのを知るはずがなかった。プライベートでの関わりもある会社の後輩はVythonのVTuberだが、その2Dアバターを製作した陣営の一人に浅利がいるのを北山は当然知らないし、浅利も北山が山電氏以外の名義で自身が携わったVTuberと親しくしているなどと知る由もない。

 だから浅利は、山電氏の生粋のファンなのだろう、と北山は断定した。

 どうして初めて挨拶に来たのが今日なのか、北山には分からない。もしかしたら今日初めてコミケに参加したのかもしれないが、しかしその点は些事であり、どうでもいい。とにかく北山は山電氏として、ゴアに満ち満ちた自分の創作を好いていてくれて、わざわざ出向いてきた人を無下にはできなかったのだ。

 北山は言って、丸めたポスターを差し出した。

 

「今日壁に貼っていた、《北山》のポスターです。いらないのであればこのまま処分しますが、いかがですか」

 

 処分と言ってもゴミ箱に入れるのではない。左野か高砂のどちらかに本日のお礼の品として渡されるのだ。

 差し出されたB1ポスターの筒。ファンにしてみれば喉から手が出るほど欲しがる一品を無料で、抽選もせずに貰えるのだ。それに、今貰わなければ処分すると山電氏は言っている。

 浅利の答えは、もはや考えるまでもなかった。

 

「――貰います。ありがとう、ございます」

 

 恐る恐る手に取ったポスターは、なにか特別なオーラを纏ってるように見えたのか、裏地の白色を見つめて手を小刻みに震わせている。

 艶っぽい息を吐く。心なしか頰が赤くなっているように見える。ファンの凄絶な反応を目の当たりにし、北山をして驚いた。

 さて、やることは済んだ。無理矢理押し付けたように見えないこともないが、まあこれでいいだろう。

 

「では私はこれで。こんなクソ忙しいときに対応してくださりありがとうございます。お二人とも、良いお年をお迎えください」

 

 と軽く頭を下げ、踵を返し、浅利のサークルを後にした。

 

 

 

 撤収作業を終え、西ホールを出て外へ。更衣を終えた左野と国際展示場駅で落ち合った。左野が持つ大きなキャリーバッグは、今日身にまとっていたコスプレ衣装でいっぱいで、引いて歩くと内部で鉄が接触する高い音が聞こえてくる。

 コミケが終わった。その次になにをするか。秋葉原に出てメロブやとらのあなで委託された同人誌を漁るのもいいし、直帰するのもいいだろう。打ち上げを催してもいい。

 北山ら三人は打ち上げを選択。木場駅近くの焼肉屋を予約してある。国際展示場駅から、そこを目指す。りんかい線下り列車に乗って次の東雲駅で降り、改札を出てバス停で待つ。到着したバスに乗り込み、木場駅へ。30分程の道のりだ。

 木場駅に着き、バスから降りた三人を、黒い寒空と冷たい風に乗った街の喧騒が歓迎する。都合よく空いていたコインロッカーに左野のキャリーバッグを入れ、北山のは疲れたから持てと高砂に言って荷物を押し付け、そして街に繰り出す。

 日没を迎えた木場はどこもかしこも活発で、街の灯りと車の騒がしさが年の瀬の繁華街に彩りを与えている。コミケでの出来事を語り合いながら、北山と左野は広い歩道を並んで歩く。荷物係は一歩後ろ。

 道沿いの店に目が留まる。北山の目だ。歩きつつ、店先の看板を通り過ぎるギリギリまで読む。

 そして顎の手を当て、

 

「いいじゃないか……」

「ん、どうした」

「いや……なんでも?」

 

 キャリーバッグを代わりに引いて歩く高砂から、北山が漏らした言葉の真意を訊ねてきて、北山はお茶を濁した。もうその店を通り過ぎていて、高砂の視界には映らない。頭上に疑問符を浮かべるも、しかし興味をなくした高砂は多種多様な車が往来する都会の車道に目をやった。

 ……あれは、いいね。

 目に留まった店と、看板に書かれていた文――興味をそそるそれらを、北山は記憶の真ん中にピン止めした。

 それから1分も歩かないうちに、予約した焼肉屋に到着。店員に予約した旨を告げ、奥のテーブル席に案内してもらった。

 大きな木目が走る焦げ茶のテーブルの中央に備え付けのコンロがあり、なかに備長炭が詰まっている。3人分の割り箸と小皿、3つに仕切られたタレ皿が置かれていて、2人分置かれた側に北山と左野、反対側に高砂が座った。キャリーバッグは、テーブルの側にピッタリと付けている。

 予約した一番高いコースメニューは次第に運ばれてくる。その前に店員が、飲み物はなににするか訊いてきた。

 壁際に立て掛けてあったメニューを開き、書かれたドリンクのなかから選択する。見開き2ページ分のドリンクメニュー、ビールやハイボールといった酒が大部分を占めている。ノンアルコール飲料もといソフトドリンクは、最後のページの端に申し訳なさそうに記されていた。

 

「ペプシで」

「すみません、当店で提供しているのはコカ・コーラです」

「まあ、コーラとしか書かれてないからな……」

 

 北山は、コーラはペプシ派だ。そこに深い理由はなく、ただ単に好みの問題だ。ペプシはなかったので、コカ・コーラを注文。酒は最初から選択肢に入っていなかった。

 

「じゃあ、黒烏龍茶を」

 

 高砂はよく酒を飲むらしいが、曰く「出先ではあまり飲まないようにしている。社員証とかなくしたら困るし」だそうだ。ほんの少し健康に配慮して、黒烏龍茶を選んだ。

 

「えーっと……角ハイボール」

 

 左野は今年二十歳を迎え、少しずつ飲酒に挑戦しているという。最近はウイスキーを飲めるように頑張っているようで、初心者がまず挑戦するであろうハイボールを頼んだ。

 

「社員証も結構重要なアイテムなんですね」

「そりゃそうだよ。この前社員証無くした奴がいたけど、部長から大目玉喰らってた」

「名前と会社名と顔写真が載ってて、拾った人にセットでバレるんだよね。だからダメージ入るのは会社よりも無くした人だけれど」

「ちなみに無くした奴、駿河屋な」

「マジか駿河屋か」

「駿河屋?」

「うちの会社のプログラマーなんだけど、デスクにフィギュア置きまくってるからいつからか駿河屋って呼ばれるようになったんだよね」

「あー。なんかゲーム作ってる会社だと、自分の席にフィギュアとか漫画とか私物を大量に持ってくる人がいるって、どこかで聞きました」

「あのなりでソースコードがメッチャ綺麗だし、エラーをものともしないし。マジどうなってんだよ」

「職人ですね!」

 

 それからほどなくして、注文したドリンクを店員が持ってきた。

 中ジョッキ一杯に入ったコーラは、その深い焦げ茶とも黒とも形容できる自身のなかで炭酸を幾重にも弾けさせ、四角く大きい氷を波打たせている。

 三人とも、頼んだものを手に持った。左野と高砂の視線は北山へ。この打ち上げの幹事こそ、音頭を取るに相応しい。

 

「ではお二方」

 

 言って、北山は息を吸い、

 

「当社比で過去に例を見ないほどクソ混雑したコミケ、まだあと1日あるけれどサークルとしては本当にマジでお疲れさまでしたッ!! うおぉら乾杯!!」

「乾杯!」

「かんぱーいっ!」

 

 乾杯の声が、肉が焼けた音と客の声で賑わう店の奥で木霊する。コミケの醍醐味、打ち上げが今宵も開かれた。ジョッキが3つ、コンロの真上でぶつかり合い、分厚いガラスの鈍い音が響いて耳朶を打つ。

 なお、三人のなかで一番疲れているのは、言わずもがな北山だ。本日の統括は、『乾杯』の裏に隠された『完敗』の二文字に全て込められているのを、北山以外の二人は知らない。

 

 

 

 牛タンにカルビにホルモンにユッケ――たまに野菜を食べて、さらに焼けた肉をチシャに包んでコチュジャンを付けてかぶりつく。肉の旨味と味噌の辛味と野菜の瑞々しさを口に残したまま白飯を食らう。

 最高だ。幸せだ。本日分の肉体と精神の疲労が溶け消えていくのを錯覚する。

 そう、錯覚だ。実際は消えていない。一刻も風呂に入りたいし、本日分の愚痴は目の前の二人にはもう吐き出しているので、次いで同級生か後輩か姉に吐き出したい気分だった。

 しかし今は飯の時間だ。日本人は食事に幸福を見出し、そしてそれを感じる生き物だ。幸福の水準は人それぞれだろうが、こと日本人に関しては、食事を一番幸せに思う人が大多数を占めるのは疑いようがないほどに正しい。

 北山も食事を幸せに思い、食事で幸福感を抱く人である。

 

「はああぁー……焼肉最高」

「惚れ惚れするほどいい食いっぷりだな」

 

 恍惚の表情を浮かべる北山に苦笑する高砂も、特上カルビを4杯目の大ライスとともに食している。三十代を控える男の食事と考えると、いささか食べ過ぎている気がしてならない量だが、しかしそれでいい。

 かつて北山は、コンビニで買ったチンして食べる二郎系ラーメンをいい目で見なかった同級生に対し、「体に悪いものは旨い」と堂々と言い放った。美味しい物は脂肪と糖でできていると誰かが述べたように、どんなに美味しい物でも摂取量というものを考えなくてはならない。気を遣わないと、栄養はあっという間に中性脂肪へと変貌するのだ。

 だがしかし、それでいい。付いた脂肪は落とせばいいだけなのだから。

 人は大胆な妥協を辞さない。大きなデメリットを許容し、取り込むものだ。脂肪と糖は往々にして人を妥協させる。

 体に悪いものは旨い。だから食べる。健康は二の次だ。北山のこの言い分はまさに正鵠を射ていて、食への清く正しく美しい妥協であった。

 ちなみに北山は、この持論を姉の銀子に論じたら「詭弁ね」と一蹴された。

 

「ユッケもっと食べたいかもです」

「いいよーどんどん食べな。どれほど食べようが払うのはアラサーに片足突っ込んだ大人二人だから」

「……うおっユッケ単品高ぇ!」

「すみませーん、ユッケ2つ」

「段々横着になってない!?」

「これがアルコールの力か。ハハッ――」

 

 酔っ払った後輩を、ふと想像した北山。北山並びに女性の尊厳を破壊しにかかるあのたわわに実った二つの果実の柔らかな感触を、北山は確かに覚えている。

 北山の記憶力は常人のそれを凌駕している。腹の上で挟み押し潰れた双丘たるや、素晴らしいものだ。

 ゆえにそれは、尊厳を破壊する必殺の兵器なのである。

 

「酒ってクソだよな」

「えっ急に怖っ」

「どうしたんですかー?」

 

 ケラケラとおかしそうに笑う左野は、最初に注文したハイボールを今さっきようやく飲み干した。顔が赤い。どうやら、そこまで酒に強くないようだ。

 ――他愛のない話は、ここからどこまでも続いていく。だから、このタイミングのスマホの着信は随分と野暮ったい。

 画面に映る名前を見て、それから北山は応答した。

 

「どうした星田」

「ごめん」

 

 開口一番の謝罪は焦りを強く帯びていた。誰もいない側を向いて通話する北山の顔には陰りが見える。

 次になんと言うか、北山に考える暇を与えずに星田が告げた。

 

「オールナイトに行く予定だったホールの抽選時間、勘違いしてた。明日の始発だと間に合わない」

 

 ズッコケそうになった。なんだそんなことかよ、と北山は息を吐いた。

 抽選時間の勘違いは確かに問題だ。抽選を受けた人の列の最後尾に並んで入場する羽目になる。

 まともな台を押さえられないのはほぼ確実だ。設定が入っていなさそうなバラエティーコーナーの有象無象を打つのは是が非でも避けたい。

 これについて北山は、しかしすぐに解決策を提案した。

 

「ああ、じゃあこれから名古屋行って私の実家に泊まるか」

「へっ」

 

 星田は変な声を出した。




 肉は食べられるときにいっぱい食べましょう。私はもう体が脂身を拒否しています。
 主人公が提案したソリューションはまさかまさかの実家へGO。さあどうなる。
 誤字がありましたら誤字報告願います。
 もしよろしければ評価や感想よろしくお願いします。滅茶苦茶励みになります。

 Twitterアカウントで進捗報告その他諸々ツイートするので、ツイートの頻度は少ないですが、もしよろしければフォローお願いします。
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 バラエティーコーナーは悪じゃないよ。設定が入らないだけで
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