その清楚系、パチカスにつき。   作:継続率3000倍

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お初

 北山が東京駅の新幹線南のりかえ口付近で星田と落ち合ったのは、21時44分。名古屋行きのひかりが発車する19分前だった。

 年末の繁忙期につき90分制限のなかで肉を食らった北山は、自宅が東京方面の売り子二人と分かれ、すぐに自宅へ戻った。東西線、武蔵野線、京葉線と3線乗り継ぎ、自宅の玄関をくぐったときには20時20分を過ぎていた。冷え切った室内の寒さなど、もはや気にしていられなかった。

 大急ぎで身支度を始めた。今日来ていたコートは取り敢えずファプリーズをかけてカーテンレールに吊っておく。ついでに自分が今着ている衣服にもファプリーズを吹きかけ、先の焼肉屋で付いた香ばしい臭いを消しにかかる。当然手や首筋にかかるが、そんなことは今は気にしていられない。

 キャリーバッグを開いて中身を取り出してリビングのカーペット上に乱雑に放り、いつも使っている風呂用品と洗面用具、化粧品、着替えを詰める。ショルダーバッグに充電器とモバイルバッテリー、USBケーブルと生理用品、オールナイトのための軍資金10万円が入った三菱UFJの封筒を突っ込む。財布はズボンの左ポケット。その他最低限必要なものを詰め込み、閉める。

 用を足し、コミケのときとは別の上着を着て、忘れ物がないかを確認して家を出た。施錠は忘れない。

 スマートEXでの車両変更は星田が済ませていた。LINEで自身の動向を逐一報告してくれていて、そのなかの一つが変更完了画面をスクリーンショット画像だった。

 星田は待合場所に到着していた。人が行き交う目の前の光景を撮り、ここにいると写真とともに送ってきた。いつも潮風に煽られて遅れてくる京葉線の車両内、時間までに無事に合流できるか不安で浮足立った北山はただひたすら脳内で祈り、そして先頭で車両を動かす運転士にもっと速く走らせろと理不尽な要望を伴った視線を背中に刺していた。

 東京駅の京葉線のホームは地下にある。ここだけ本当に東京駅なのか疑ってしまうほど駅舎から離れていた。車両から下りた北山はホームを出て、今にも走り始めそうなぐらいキビキビした早歩きで南のりかえ口を目指した。

 同じようにキャリーバッグを持った帰省客や年末も仕事に駆り出された困憊気味のサラリーマンの隙間を縫うようにして歩く。次第に、北山が持っているものと同じようなサイズの黄色いキャリーバッグに腰かけ、液晶が埋め込まれた駅の柱に背を預けた星田が、雑踏で遠くが見えにくいなかで輪郭を露わにした。マスクを着けた、すっぴんの星田だった。

 北山が声をかける。ギリ間に合った、と溜め息をつくと、スマホから目を離した星田がパッと笑みを浮かべて間に合ったね、と返した。

 

「ICカードは」

「持ってる」

「オッケ」

 

 そして、事前に登録しておいたICカードで改札を通り、新幹線のホームに向かった。

 

 

 

 急な予定変更により、本来予約していた席は指定席から自由席にクラスチェンジ。12月30日――この日は帰省する人々で新幹線が一番混むと言っても過言ではない。当日にのぞみの指定席など取れるはずもなく、グリーン席すら満員。なら自由席に乗るほかない。

 掃除が終わった車両に、前を並ぶ客に倣ってひかりの最終列車に乗り込むが、果たして自由席は空いているか。

 

「空いてるわけなーい!」

「ですよねー。想定内だけど」

 

 よって、二人はドア付近での乗車を余儀なくされたのだった。

 

 

 

 東京駅から名古屋駅までは、ひかりで1時間46分の道程だ。ドアの手前にキャリーバッグを置き、上に腰かける二人。地べたに座りはしないが、これぐらいは許してほしい、という思いだった。

 自由席内からあぶれた客は二人以外には1人だけ。トイレ前の通路でスマホを見ている。

 星田は、一応確認しようか、と言ってスマホを見た。スマホを持つ手とは反対の右手で画面をスクロールし、そして北山に向いた。

 

「行くのは桑名駅近くのとこで、抽選時間は6時半」

 

 三重オールナイトの旅行計画は、星田のミスにより大幅に狂っている。前日に出発日の変更――それも前日である本日を出発日にし、宿泊地は桑名駅近くのホテルから北山の実家に変更(もっともこれは北山の提案だが)。到着時間の都合上、宿泊地に着いたら風呂に入って歯を磨いて、すぐに就寝する流れになるだろう。

 星田のミス――間違った時間を覚えていた。

 二人はオールナイトに際し、12月初頭にどのホールに行くかを北山は星田に任せた。任せられた星田は、コミケ3日目を終えてから向かうことを念頭に置いていくつかの店舗をリストアップし、そのなかでどこに行くかを決めた。それが桑名駅近くのパチンコ屋だった。「コミケと仕事で忙しいだろうし、任せて!」と啖呵を切ったのはいいものの、どういうわけか並替抽選の時間を並替抽選の整理券を配布し始める時間として間違えて記憶してしまっていたのだ。前者は8時00分、後者は6時30分。この差は大きく、東京からではたとえ新幹線の始発に乗っても間に合わない。オールナイトは一年で一、二を争うほどホールに人が集まる。整理券配布が打ち切られてもおかしくないのだ。

 

「大事を取って名駅へはタクシーで行こうか。桑名に一番早く着く電車に乗って行こう」

「そうなると……、近鉄が一番早いみたい」

「近鉄乗ったことないなぁ。JRも関西方面行くときは新幹線だったし」

「私も初めて」

 

 言って、星田は東京駅のホームの自販機で買ったいろはすを一口含む。1435ミリ幅の線路を時速200キロを超える速度で下り線を疾走する、白い陶磁器を思わせる艶やかな車両。線路を車輪が走ったゴウゴウという摩擦音と車体が前方の空気を切り裂く音がドアに背中を預ける北山の耳にうるさいくらい響いてくる。白く光るいくつもの街灯が、やはり白い直線を描き、北山の視界に入っては消えるを延々と繰り返している。

 星田に向き直る。キャリーバッグに座る北山は足を組み、頰杖をついて言う。

 

「果たしてどれだけ寝られるかな」

 

 名古屋駅に着く頃、10分もすれば日付が変わる。実家の最寄への終電に間に合わないことはないが、間に合わせるためには地下鉄まで走って行かなければならない。二人で大荷物を抱えている今、それはいささか難しい。

 タクシーでは名古屋駅から実家まで、大体10分少々。北山の風呂は長い。自身が持つ長い髪を洗うのに時間がかかるわけだが、帰ってきてからすぐに風呂に入ったところで、出たときにはもう1時が目前に迫っている。髪を乾かすのにも時間を食うので、睡眠時間の大幅な短縮は否めない。

 

「さっきも言ったけれど、本当にごめんね。見返しておけばよかった」

「いや、私もそっちに任せっきりにしてたし。お互い様だよ」

 

 北山の言葉に苦笑する星田は、新幹線に乗り込むまでに今回の凡ミスを詫びたが、新幹線のなかで改めて謝罪を述べた。北山は悪いのは私もだと言い、星田と同じように微笑んだ。

 ――高そうなブーツを履く星田を見遣る。コミケのときとは着ている上着が違い、白いブルゾンを着ている。自分と同じように、臭いが付くものでも食べたのだろうかと考えた北山は、はたと気付き、頭に浮かんだ言葉を口にした。

 

「……友達と旅行に行くって、これが初めてだな」

 

 いいものだね。大して声を張らず、誰に言うでもなく口に漏らしたその短いながら超重要な言葉を、星田はしっかり聞き取っていた。

 ゴウゴウと大きな音が鳴り響く通路の脇で、頰杖をついた同級生の髪を耳にかける美しい仕草と、星田的には攻撃力が高過ぎる言葉に心を鷲摑みにされ、手元のスマホを落としてしまった。

 そこから数秒、動きを止めてしまった。気付いた北山が訝しげな顔で同級生の顔を窺うと、頰を赤くした、まるで恋に恋する女子高生のような女がそこにいた。

 

「どうした、星田」

「――えっ?」

「……スマホ、床に落としたけれど」

 

 北山の言葉に、やっと気付いた星田は、ああっごめんと言ってスマホを拾い上げた。端末はiPhone 11 Pro。iFaceのスマホカバーに収められた端末のカメラは、3つのレンズが備わったとして一時期話題を呼んだ。それを初めて見たとき北山は「スコープドッグみたいだな」と呟いた。

 

「熱、あるの?」

「いっいや、そうじゃないよ。ちょっと恥ずかしかっただけ」

「そう?」

「ただちょっと、その……」

 

 嬉しかったから。星田はちょっとはにかんで、言葉を紡いだ。その言葉は環境音に遮られ、北山の耳には届かなかった。

 三重オールナイトは、パチンカーとスロッターの一大イベントだ。全国から人が集まる。それに参加する関東のアラサー女子二人を乗せて、青のラインが白のボディーに一直線に描かれたN700A系は、静岡の閑静な住宅地の雰囲気を壊すように摩擦音と風を切る音を轟かせ、終点の名古屋を目指す。




 無事にオールナイト行けるでしょうか。心配です。
 誤字がありましたら誤字報告願います。

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