その清楚系、パチカスにつき。 作:継続率3000倍
二人が乗る16両編成の白い列車が、名古屋駅に入線する。23時49分、東京駅を発ってから車両の扉を背にしてただひたすら会話していた北山と星田は、開いたドアから一番にホームに出た。
長時間移動で凝り固まった体を無理矢理ほぐすように、エスカレーターを使わず階段で降りる。エスカレーターに集まる乗客を尻目に、荷物がいっぱいに詰まったキャリーバッグを片手で持ち上げて下りる二人の足取りにはどこか重さを感じる。
北乗換口を通り、上階の各在来線のホームに繫がる長い通路を通って
「ここが名古屋駅……」
星田が名古屋駅に降り立つのは、これが初めてだ。28年生きてきて、初めて名古屋駅――もとい愛知の地を踏む。まるで遊園地に来た子供のように、東京とはまた違った都会のターミナル駅をキョロキョロ見回す。
JR名古屋駅の桜通口付近は、名古屋駅での待ち合わせによく使われる。聳えて佇む金時計の周りは広く大きく、人がよく集まる。駅側から見て、金時計の奥には2階へのエスカレーターが4基。2階からは金時計の広場をよく見渡せる。「金時計集合」と決まったら、言葉通りに金時計付近に行くか、壁側にある高島屋の入口の横、エスカレーターの側面か裏側、そのエスカレーターで上った先と、待ち合わせのパターンは様々だ。行先によっては桜通口の反対側にある
そんな、名古屋駅を利用する人には馴染みあるスポットを素通りし、桜通口から外に出る。タクシー乗り場は目の前だ。
後部座席の扉を開けて待つ運転手が、近づく二人に気付いてトランクを開ける。北山は自分の荷物を持ち上げ、運転手に渡す。
「――なにあれ」
続いて星田が運転手に黄色のキャリーバッグを渡す。その際、駅前の広い道路の中央に、いくつもの鉄骨が曲線を描いて円錐状に伸びる巨大なモニュメントが視界に映った。街の電飾と、構造物を囲むように乱立する商業施設とビル群から差し込まれる白い光を反射させ、ギラギラ煌めいている。車道はそれに沿う形になっていて、手前と奥で車線が分かれている。
肉眼で初めて見るそれは、少なくともネット上の画像でも見たことがない。天に伸びるモニュメントが意味するものはなんなのか、そも意味なんて内包しているのか、星田には分からなかった。
「ほら、早く乗れ」
「あっ」
乗り込んだ北山が顔を出し、星田に促す。名古屋駅前の謎に、終始首を傾げていた星田は気付き、タクシーに乗り込んだ。
北山の実家は、名古屋市中区の南側――大須商店街が徒歩10分圏内の場所にある。名古屋駅から、伏見通を通って大体12~3分の道程だ。
愛知は車社会。都道府県別の自家用乗用車保有台数は東京をも上回る。東京ほど窮屈でなく車での移動がしやすい。
それに、車を走らせる人間は多種多様なわけで――。
「うぉおいっ!!」
「おおっ!」
「わっ!?」
白髪染めを施した七三分けの初老の運転手が吼え、ブレーキペダルを強く踏んだ。車体が揺れ、伏見通の左車線で停まる。前への慣性が働いた体は前のめりになり、シートベルトが受け止めた。
右の車線を走る車が、距離が十分に開けていないにも関わらず車線変更してきた。二人が乗ったタクシーの前方に、ウインカーも点けずに。挙句、急ブレーキをかける始末。運転手の怒号は至って正当だった。
全国きっての車社会。交通事故件数と交通事故死亡件数がワースト1位という輝かしくない記録を長年打ち立ててしまっている愛知県において、行儀の悪い運転は総じて“名古屋走り”と呼ばれ、蔑まれている。今回のもそれである。
「ったく……お二人さん、怪我ない?」
「大丈夫です」
「私も」
目の前の不届き者び対する怒りより、まず乗客に対する気遣いを見せる運転手は、正しくタクシードライバーの鑑だ。気遣いを見せ、それから怒りをあらわにする。
「これが2度も3度もあると、さすがの僕も腹が立ってくるよ」
「今日そんなに?」
「今ので4度目だね」
「うわぁ」
「命がいくつあっても足らねぇよ」
運転手の恨み節に星田は苦笑し、名古屋に帰ってきた実感が湧いてくると北山がせせら笑う。
――ところで、タクシードライバーとの会話は、煩わしく思う人のほうが多いだろう。会話を弾ませる北山の隣に座る星田は、まさしくそんな人だ。面倒臭くならないのかな、と星田は北山を不思議そうに見ていた。
しばらくして、伏見通を右折。北山の実家まで、もう5分もかからない。
二人と二人の荷物を下ろしたタクシーは、ハイビームで照らした一方通行の狭い道を抜けて、名古屋駅へ向かっていった。
北山らがいる、古民家が立ち並ぶ昔ながらの住宅地。居住者の平均年齢は高く、日付が変わってなお明かりを灯す民家は、少なくとも二人が肉眼で確認できる範囲には見当たらない。北山の実家も例に漏れず、黒い瓦屋根の古い屋敷だ。雨戸は一階、二階ともに閉められていて、玄関扉の細長いすりガラスは室内の暗い風景ばかりを見せている。
コートの内ポケットに手を入れて、目の前の家の鍵を取る。銀色の、ギザギザした普通の鍵だ。玄関扉のシリンダーに挿入し、左に回して音を立てる。
「3年ぶりー」
「お邪魔しまーす……えっそんなに?」
大して声を抑えずに帰宅を報告する北山に、小声で挨拶をする星田が驚いて口に出す。実家にそれほど用ないから、と電気を点けた北山がスニーカーを脱いで揃えながら言う。
星田がやたら厳ついコンバットブーツを脱ぐのを認め、それから一階を案内する。
「右側は手前からトイレと洗面所で、左側は和室とリビング」
言って洗面所に向かい、二人は手を洗い、うがいする。キャリーバッグのキャスターを拭く雑巾も用意する。
「シャワーでいい?」
「いいよ。お湯に浸かったら長引いちゃう」
「オーケイ。じゃあこれでバッグの足拭いといて。和室に布団を敷いてくる」
「足? ……ああ車輪ね」
星田に汚れ落としを頼んだ北山は、リビングまで歩いていく。
入り、部屋の明かりを点ける。白い電灯に照らされた生活の痕跡がそこかしこにあった。広げっぱなしの朝刊。テーブル脇のテレビのリモコン。食器が入った食洗器。広告の紙で作られたゴミ箱に入ったみかんの皮。
「っ」
部屋の中央に鎮座するこたつに、太いビンが置かれていた。筋が縦に何本も走ったそのボトルはコルクで閉められている。琥珀色の液体が入ったそれは、外側に銘が刻まれている。
『
体全体が固まって動かなくなるのを感じた。
――幻があった。その三つを見て、北山はありもしない幻覚を、目の前にしたような気がした。
還暦を迎えた、丸い背中の男だ。炬燵に入って温まり、ウイスキーを丸い氷が半分隠れるぐらい入れて、香りを楽しみ、少し飲む。深く複雑な味わいを感じつつ、新書に目を通す。それを繰り返す。
怒りだった。怒りが、憤怒が沸き上がり、最初にその激情を認識した。心の奥底に押し込んだそれを思い出し、それから悲しみが溢れ出た。歯を噛み締め、睫毛が上下に震え、そして目を伏せる。
嗚呼、くそったれ。
いつまで過去を引き摺るのか。この感情を抱きたくないから酒を嫌うようになった。嫌うことで怒りや悲しみを抑えてきたというのに、いざ目の前にすると、それが受け入れられなくてどうしようもない。
「はああああああぁぁーー……」
だから北山は、今年一番となるであろう溜息をもって、怒りと悲しみを洗い流した。
「北山さん、ご家族って――どうしたの?」
キャリーバッグ2つを引いた星田に、なんでもないよと返した。
女の風呂は長い、というか北山は風呂が長い。一度風呂に入ったら、1時間は出てこない。対して、星田は早い。20分弱で出てくる。カラーシャンプーをするときでも、30分ほどで出る。
6時半から目的地でオールナイトの整理券配布がある。近鉄名古屋駅の始発に乗れば余裕を持って桑名に到着する。
始発は5時18分。名古屋駅へはタクシーで向かう。起床時刻は4時15分を予定。起床からタクシー乗車までの間は身支度に充てて、朝食はスキップ。
――現在の時刻、0時40分。できる限り睡眠時間を確保するため、北山は可及的速やかに、かつ丁寧に髪を洗っていた。
黒く長い髪は腰に届く。当然、ロングヘアーの手入れは時間がかかる。それに、平均より20センチも背が高い女の髪は、平均身長の女性のロングヘアーの長さを凌ぐ。微々たるものだろうが、その点も時間には影響する。
「だー!! この髪がこれほど面倒臭く感じるのは初めてだぁー!!」
嘆きはタイル張りの狭い風呂場で反響する。叫んだところで時間は進む。千葉から持ってきたコタクチュールのトリートメントをやや乱暴に、髪全体に塗りたくった。頭皮から3センチ離して塗るのを忘れずに。
北山が風呂から出て、髪を乾かし、ロクシタンの洗い流さないトリートメントで髪を労わり、フェイスケアも忘れずに行い――1時半。かなり頑張って済ませた。
「ッシャア寝るぞ!!」
テンションが意味分からないほど上がっている北山。俗に言う深夜テンションだ。このまま就寝に入る。頭にはナイトキャップ。あの黒髪が収まっている。
豆電球の明かりでほの暗い和室。並べて敷いた布団の、北山から見て右側で星田が先に寝ていた。スゥスゥと息を立てている。その様子がなんだか無性にエロく感じた北山は、襖を閉じて、なにを思ったのか、
「ダーイブッ!」
叫び、空いている左側の布団にダイブした。ぼふっと気の抜ける音とともに、羽毛布団の空気が抜ける。だいぶ疲れているようだ。
そして北山は、自分の声に構わず眠っている星田を見て、自分は一体なにをしているのだろうと正気に戻った。星田も別にエロくはなかった。
のそのそと四つん這いで動き、掛布団と毛布を剝し、敷布団との間に身を挟む。
「はぁ」
そして、溜息を一つ。
――今日はなかなか濃い時間を過ごした。コミケ、打ち上げ、急な長距離移動。どれをとっても楽しく、充実していた。コミケについては今回に限っては楽しさよりも呆れと疲れが最初に出てくるが、それも思い出の一つである。
体の向きを変える。真上から左。星田の顔が目に映る。
じぃっと見つめる。こうしてまじまじと人の顔を見るのは初めてだった。
メイクが落とされた、星田の素顔。肌荒れを知らない、ニキビ一つない艶やかな肌。ブルーベースの白い肌。
「……」
触りたい。北山の、意図せず生まれた欲求。反射した右腕がもぞもぞ蠢き、掛布団を飛び出す。腕が、手が、人差し指が、星田の右の頰に伸び――、
「……罪悪感」
腕を布団に戻し、星田とは反対のほうを向き、目を瞑る。今日一日分の疲弊を消すために睡眠に移る。
すぐに来るまどろみ。それを待機する。
数分して、意識がなくなりそうな、そんな状態になった北山は、ふと無意識下で思い出したことをたった一言にまとめて、ほとんど寝言のように紡いだ。
ありがとう、ゆり。
そしていよいよ、北山は意識を睡魔に堕とした。
4時50分。睡眠が足りない体に無理矢理言い聞かせ強引に動かし、目をしょぼしょぼさせつつ身支度を終えた二人。半分寝たような状態の二人だが、身だしなみには余念がない。
外に出て、カーポートの柱にもたれながらタクシーを呼ぼうとスマホの配車アプリを起動させた。星田は北山の横で舟を漕いでいる。
「――ん?」
低く太い音が聞こえた。車の排気音だ。日が昇らない早朝、真冬の名古屋に響くエキゾーストノイズ。音は次第に大きくなってきて、車が近づいているのを認識する。
「あれ……聞いたことあるな」
「……え……?」
目を擦る星田が、北山の気付き反応する。
音が近づいてくる。一方通行の道へと入ってくる。二人のほうに進んでくる。
この音、進むマルーンボディの車と、ナンバープレートの数字に、北山は覚えがある。
「姉さん」
「え」
北山の目の前に停まったその車はフェアレディZ 240Z。
銀子の愛車だ。
「――珍しいわね」
その車は左ハンドルだった。窓を開け、運転手が顔を向ける。
「洋子が帰省しているなん、て……」
妹に告げた銀子は、しかし妹の横にいる金髪の女を見て、瞠目した。
「洋子が女を連れ込んでるっ!?」
「違ぇよ莫迦!!」
これぞデジャヴ。あのときは後輩だった。
閑静な住宅地に、声優とシナリオライターの大声が迸る。いい迷惑である。
いつになったらパチ屋に辿り着けるんだこれ。
ちょっと主人公の過去が垣間見えましたね。いやー、いつ終わるんでしょうかこの小説。
誤字がありましたら誤字報告願います。
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ほのかに香る、百合の花(金色! これはあるか!?)