その清楚系、パチカスにつき。 作:継続率3000倍
「同級生だよ高校の!」
あらぬ誤解が古民家が立ち並ぶ閑静な住宅地に響く。夜明け前の寒空の下、姉の誤解を大慌てで解く。
高校の同級生。同級生。妹の隣にいるのは、妹の同級生。北山の短いながら超重要な言葉に理解が追い付かず、銀子は一瞬体の動きが停まった。それからたっぷり10秒使い、言葉の意味を完全に理解した銀子はクラッチを乱暴に踏んでギアをリバースに入れる。同様にサイドブレーキもかけるが、これもやはり乱暴だ。
銀子が乗る車は左ハンドル。解錠し、ドアを開けて急いで降りると、目の前に二人がいる。
なにしてんだこの人、と訝しんで眉間にしわを寄せる北山をよそに、星田は車から降りた女性の顔を見て、朧げな意識のなかで瞠目した。長い睫毛が上へ上がる。
あれ、この人って……。星田の頭に浮かんだ、とある人。声優の女性で、観たことがあるアニメのキャラクターをいくつも演じていた人気声優で、昨日日付が変わる前に里帰りしますとツイートしていた。
――オフィスエターヌス所属、芸歴22年の人気声優、佐山銀子その人だった。
「は、初めまして。北山洋子の姉の北山銀子です! 貴方の名前は」
興奮して上ずっているが、艶があり上品で美しい声なのは変わらない。ほとんど寝起きの星田の耳朶を容赦なく揺さぶり、脳を覚醒しにかかっている。
知っている名字とは違うが、星田の前で紅潮して笑顔を見せて黒く長い髪を持った女は、紛れもなく佐山銀子で、疑いようがない。
「星田です。星田ゆり」
名前を訊かれ、素直に答える。自分の声も緊張で若干震えているように感じるが、この際仕方のないことだろう。
星田ゆりさんね、と同級生の名前を咀嚼し、反芻し、妹に友達がいる現実を噛み締めた銀子は、その友達の右手を己の両手で無遠慮に引っ摑む。そして、よろしく! これからよろしくね! と上下に振って力強い握手を交わした。
そんな二人を尻目に、北山は右手に持ったスマホの時計を見て、溜息をついた。
「今から間に合うのかな、これ」
始発と整理券、その両方に。
名古屋高速白川料金所を通って本線に入った、一台のタクシー。乗客は女二人。それぞれ表情が異なる。右後ろに座る星田は戸惑いと驚き、その左隣の北山はなにかを嫌がっているような、そんな顔だ。壮年のドライバーは我関せずといった感じで、夜明け前の運転に集中している。
状況は、彼女らの会話を聞けば、すぐに分かる。
「嬉しいわぁ。本当に嬉しい。徹底して友達を作ろうとしなかった洋子にまさか同級生の友達がいたなんて……お姉ちゃん、泣きそうで心配だわ」
「何度目だよこの話。いい加減ウザいんだけど」
「はぁー、本当に洋子に友達が……それも同性。同僚でもなく、年上でも年下でもない、同学年の友人」
「もういいだろ。高速乗るまで何回してんの」
「嬉しい話は何回してもいいじゃない。今私は生涯で一二を争うほどの喜びに満ち満ちているの」
「じゃああと何回で終わるんだ」
「10回以上!」
「パチ屋に着くわたぁけ! 切るぞ!」
「ああ待って待って切らないで切らないで!」
「あはは……すみません」
などという熾烈なやり取りを繰り広げる北山姉妹と、二人の会話に巻き込まれて乾いた笑いを起こす星田。車内は渾沌としていた。
現在タクシーは、名古屋高速と東名阪自動車道を下り、桑名を目指している。目的のパチンコ屋には、30分から40分ほどで到着する。
名古屋駅に向かう予定のタクシーはなかなか捕まらず、乗り込んだ頃にはたとえどんなに速度を出しても近鉄の始発には間に合わなかった。始発以外で桑名に向かうと、今度は整理券配布に間に合わない。現地にタクシーで向かうのを想定はしていたものの、まさか本当にタクシーに向かうことになるとは思っていなかった。
むしゃくしゃして姉にタクシー代をせびったら二つ返事で一万円札を2枚渡された。車内でお話聞かせてねと言う姉の願いに適当に返事して、タクシーに乗り込んだのだった。
タクシーが走り出し、姉の願いを無視しようと目を閉じたら北山のスマホが震え、それにもシカトを決め込もうとするもバイブは全く途切れない。星田がさすがに出ないと申し訳が立たないと暗に通話に出るよう北山に促し、折れた北山が応答したのだった。
そして今に至る。タクシー運転手にとっては迷惑な話である。
「あっち着いたらどうすればいいんだよ。整理券配布までかなり持て余すよ」
「コンビニのイートインで時間潰す……? それとも、24時間営業のネカフェとか、カラオケに行くとか」
「つらっ。まあでも、それしかないか。いや、本当にそれしかないのか……?」
「ちょっと待ってね」
北山の疑問を解消すべく、星田が自分のスマホでマップを起動。桑名駅周辺のネットカフェ、カラオケを検索する。
ヒットしたものが、着いた頃に開いているかを確認。それから、追加で喫茶店も調べる。望み薄だが、調べるほかない。
それから少しして、スマホをポケットにしまった星田は北山に、
「……イートインで時間潰すしかなさそうだよ」
と答えた。マジかぁと、北山が力なく言葉を漏らした。
「いっぱいお話しできるわね!」
「勘弁してくれぇー」
スマホを持つ右腕がだらんと下がり、シートに当たる。
左を見る。窓ガラスの先、空の彼方。夜明け前の大空はところどころ雲を浮かべながら、闇ばかりを見せている。
夜明けはまだ先だ。聞こえてくる姉の声を無視し、北山は目を閉じた。
「15600円です」
「はいマイナス15.6k」
「パチンコ換算……」
姉の金で支払い、二人はようやく三重の地に降り立った。
と言っても、目の前に佇む建物はホールではない。セブンイレブンだ。最寄りのコンビニであるローソンはコンビニのくせに24時間営業ではなかったため、そこから300メートル離れた場所にあるセブンイレブンに降ろしてもらったのだ。
時刻は5時50分。いよいよ黒々とした空の色が変わり始める時間帯だ。まだ真っ暗だが、すぐに陽光が差してくるだろう。
二の腕を摩る北山が暖を取るべくコンビニに入っていく。それに続く星田は、入ってすぐに店を見回し、衝撃の事実に気付いた。北山を呼び、告げる。
「ここ、イートインないよ」
「は?」
言われ、星田が指差した先を見る。外から見て、右側にある出入口――入ってすぐ右の空間には、ATMとマルチコピー機しかなく、椅子の一つも見当たらない。時間までコンビニに滞在するのを許してはくれなかった。機嫌が急降下するのを自覚し、舌打ちしそうになる自分を抑え込む。自分の機嫌ぐらい自分で取らなければならない。
それから店内を回る。朝食にゼリー飲料と眠気覚ましの缶コーヒーを選び、できる限り眠くならないように努める。星田はサンドイッチとプロテイン飲料、ホットのミルクティー。
買って、店を出て、自動ドアのすぐ隣で朝食を摂る。
しばらくして、先に口を開いたのは北山だった。
「……なあ」
「ん?」
缶コーヒーを飲む北山の視線の先はスマホの画面。見つつ、星田に言う。
「少し歩いたところにマックがある。整理券取ったら、そこで過ごそうか」
「あっマックがあったんだ。ごめん、そこまで気付かなかった」
「いいよ別に。取り敢えずここで駄弁ってよう」
6時を回った。店先でひとまず20分までの間、設置機種、店の釘や設定の傾向、晒し屋の情報、前日のデータ、狙い台について話し合った。
不思議なもので、冬の寒さに耐えながらの20分は、すぐに過ぎ去っていった。
整理券配布の5分前ぐらいにお目当てのパチンコ屋に着いた二人。立体駐車場には整理券を求める人々による長蛇の列が縦横無尽に伸びていて、規模こそ全く異なるものの、前日の即売会を二人は連想した(もっとも北山はサークル側だが)。
二人が並び始めてからも列はまだまだ伸び続けた。駐車場1階から屋上まで伸びに伸び、最終的には6時半に列形成を打ち切られた。
ホールスタッフの迅速な作業で配布が進められ、二人は長方形の小さな整理券を手に入れた。
それから二人は北山の提案通り、マックで時間を潰すことにした。パチンコ屋からは約900メートル、歩いて12分ぐらい。
マックで眠ってしまわないように、ホットコーヒーを注文。店を出るまでの間、できる限りホールの情報を漁ったり、電子書籍で本を読んだり、YouTubeやニコニコ動画などで時間を潰した。
そして、時は経ち――ホールの立体駐車場1階で、いよいよ抽選が始まる。
緊張の瞬間だ。二人は今、駐車場の3階にいる。数分もすれば自分たちの番が回ってくる。
「過去の一番の早番は何番だった?」
「あっ実は私、朝からパチ屋に来たことないんだ」
「マジか。ゆとりあるねぇ」
「北山さんは?」
「過去には2番。取材があって、並びが300人ぐらいだったかな」
「おお凄い」
言う間にも列は進む。ノロノロとせず、でもキビキビともしない、絶妙なペースだ。車が通るスロープの縁を歩き、階下まで歩く。
やがて1階に辿り着き、抽選機を肉眼で確認する。赤いボタンを押すとタブレットに入場順を示す番号が表示される。その番号が発券機でレシートのように印字され、それを渡される。オーソドックスな抽選スタイルだ。いい番号引けたらいいなぁと呟く星田にそうだねと緩く笑って返し、前に従って進む。
それから5分と経たずに、もう二人の番だ。抽選機は4つある。4人が同時に抽選を受けて、脇に捌けるシステムだ。
北山と星田、その二人の後ろに並んでいた男二人組が店員に整理券を渡し、運命の赤いボタンを押す。
「セイラライ!」
「せいららい……?」
意味のない掛け声を出してボタンを押す北山。それを訝しみながらボタンを押す星田。ほかの男二人は北山を無視してボタンを押す。
果たして、引いた番号はいかに。
「――334」
北山は334番を引いた。スロットのメイン機種はほぼ確実に取れないが、パチンコならもしかしたら取れそう――そんな番号だった。
やっぱセイラライは駄目だなと理不尽な文句を言う傍ら、店員から番号が書かれた紙を受け取り、すぐに捌ける。
「どうだった?」
前にいる星田に聞く北山。振り返った星田が、紙を見せてくる。
「123だって。比較的早い番号だと思うけれど、ここだと逆に縁起悪くない?」
「確かに」
123。もしかしたらメイン機種が取れるかもしれない番号だ。456だったならスロットの設定的に縁起がいいかもしれないが、それでは入場が遅くなり、目ぼしい台が取れなくなる。
「北山さんは?」
「私はね……334だった」
「あ、阪神目」
「なんでや」
阪神関係ないやろと北山が言い、二人は笑った。
開店時刻の8時になった。いよいよ入場のときだ。一足先に店内に入っていった星田がどこにいるかをLINEで伝えられた北山は、しかしその内容になんとも言えない表情を浮かべる。
――今回のオールナイトの実践で一番優先するべきこと。北山と星田の間で取り決めた、たった一つの重要事項。
並び打ちだ。二人が隣り合って遊技するのを、今回の最優先事項としている。
先に入って、並びで打てそうな台を見つけたという星田は意気揚々と写真を撮り、北山に送った。写真を見て、おいおい嘘だろと北山は呟いた。
早歩きで店内を進み、星田がいる島を探す。
「あっ」
いた。20円スロット、AT機島。他のメイン島には及ばないものの、いい客付き具合のところに、星田はいた。
島に入る。島に入ってきたのを認めた星田は、自分が確保した台に座る。
「お前……」
半笑いで、星田の隣に着席する。左隣。右の星田も、変な笑みを浮かべている。
「お前マジかよっ!」
「マジだよ? これなら確実に座れるって思ったから!」
変なテンションに囚われた二人。2台だけ並んだその機種は、コンテンツがコンテンツだけに様々な店が大量導入し、半年ほどの稼働貢献の間に大量に撤去されたりバラエティーコーナーや低貸行きにされたりした、ある意味で伝説の6号機。それは――、
「リゼロかよっ!!」
――《Re:ゼロから始める異世界生活》。大人気コンテンツを武器に、1ゲーム約8.0枚の高純増ATを搭載した、大都技研のスロットだ。
そしてこのスロット、なかなかどうして辛いものがある。メインATに入れるまでのハードルが高く、当然だが低設定だとキツイ戦いを強いられることになる。設定が入っているであろうという強い確信、または妄信がなければ座るのを躊躇う台なのだ。
有利区間ランプは消えている。真上のデータランプを見てみる。
リセット濃厚だ。設定変更されているだろうと決めつける。星田の台も同様だ。
「あぁー怖ぇー」
「頑張って勝とうね!」
「200ゲーム以内はほとんど抽選してないよぉー」
かくして、二人のオールナイトが幕を開ける。
財布から諭吉を取り出した北山は、意を決してサンドに突っ込んだ。
「さらば諭吉ぃっ!」
「リトバスとか懐かし過ぎるよ」
まさかのリゼロでオールナイト実践開始! もう辛そう!
あと、この物語はフィクションであり、実在の人物・団体・髭○人とは一切関係ありません。
誤字がありましたら誤字報告願います。
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