その清楚系、パチカスにつき。   作:継続率3000倍

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檄熱

 遊技開始から、およそ2時間半。時刻にして10時30分を過ぎたところ。

 北山が着席した台の、今現在の総回転数は1490。その間CZが3回あり、初回は407ゲーム、2回目は298ゲーム、3回目は746ゲーム。滞在モードが低モードの通常Aの場合、天井は最大777ゲームで、3回目のはほとんど天井であった。

 まあいい。よくあることだ、と北山は思考を切り替える。問題なのは――今までにあった3回のCZで、そのいずれでもATを当てられなかったこと。

 別に、それもよくあることだ。むしろたったこれだけの回転数で、よく3回も白鯨を引けたものだな、と北山は自分を褒め称える。

 褒め称えるが、しかし。

 

「2万飛ばしてなにもできなかった……」

 

 ひざまくらモードを終え、押下可能になったボタンを押すと、スバルとエミリアの二人が映った一枚絵が画面中央に大きく出てくる。右下、青い菱形の枠の中心に記されたレアリティは“R(レア)”。このレアリティは滞在モードを示唆していて、レアリティが高ければ高いほど高モードに期待できる。期待できる、だけだ。実際は最高ランクが出ても通常Aに滞在している場合もある。

 投資額は23k――つまり23000円。オールナイト用の軍資金はピッタリ10万円。残り77000円。

 まだまだたっぷりあるじゃないか、とパチンコ・スロット未経験者は思うかもしれないが、侮るなかれ。たとえ10万でも足らなくなるのが、パチンコ、スロットというものだ。0.2円パチンコや2円スロットなどの低貸ならともかく、通常の20円スロットを遊び続けるには心もとない残金だ。

 また、このリゼロの台としての問題点の一つに、AT天井の未搭載、というのがある。

 CZの天井は搭載されているが、しかしATの天井は搭載されていない。いくら投資しようと、出玉契機であるATの当選は約束されないのだ。

 天井が実装されていない原因が、件のATの出玉性能なのは問うまでもない。下手にATの天井を実装しようものなら、その高純増ATの早い出玉性能が災いし、保通協での適合試験で不適合の判を押されるだろう。

 それに、メーカーにはメーカーごとの販売計画がある。不適合になったから原因を調整したり取り除いたりしてまた試験に出す、というような行動はおいそれと取れない。それに加えて高額な試験費のこともある。

 早い話、マージンを取らなくてはならない。だからATがないのだ。だから北山の23000円が飛んだのだ。

 

「星田ぁ」

 

 とうにロンフリのATを終え、現在3回目のATがかかったCZに臨んでいる。

 星田の持ちメダルは、当人曰く現在2100枚。現在までの収支は、プラス4万弱といったところ。

 思い返せば、ロンフリから今に至るまで、星田は追加投資を行ってこなかった。ロンフリまでの投資額は7000円。完走による2400枚の出玉は、1枚20円として単純に計算し、48000円。2回目のATで持ちメダルが2400枚を超え、今は少し減らして2100枚余り。平盛りのドル箱2箱が、別積みで星田の背後に置いてある。

 初動で大きな余裕を作れた星田は、しばらくはこのまま、挙動のいいリゼロを打ち続けるだろう。

 

「台移動?」

 

 2体目の白鯨を倒し、3体目を斃すか否かを抽選する運命のレバーを叩いた星田は振り向き、首を傾げる。首肯して、溜息をついて、続ける。

 

「これ打ち続けてもしょうがないし、もうスロットは5スロも埋まってるだろうから(パチンコ)のほうを見てくる」

「じゃあ隣空いてたら教えてね」

 

 オーケイと返し、清算ボタンを押して台のクレジットに残った1枚を払い出す。それを星田の台の下皿に突っ込み、サンドから残高7000円のICカードを取り出す。

 

「いっぱい出して私になにか恵んでくれよ。うまい棒でいいから」

「いいよー」

 

 じゃあたこ焼き味な、と言って北山は立ち上がる。椅子の背もたれにかけたワインレッドのコートは縦半分折り畳まれている。手に取り、背もたれにかかっていたときと同じように左腕にかける。スマホと長財布は尻ポケットに。不格好だが、パチンコ屋でそれに注目する者はいない。

 もうこれに用はない。これは産廃だ。そう産業廃棄物だ。それならATが当たらなくても仕方ない。自分は運悪くそんな台に座ってしまっただけ。よって私は悪くない!

 一応明記しておくが、現在稼働中の《Re:ゼロから始める異世界生活》は産業廃棄物などではない。遊技機をゴミとして捨てるとなると産業廃棄物にはなるが。貶める語句に難があるが、負けたのは北山だ。23000円を失った責任の全ては、ほかでもない北山にある。誰かのせいにしたいが自分の顔しか思い浮かばず、牽強付会な恨み節をつぶめく敗北者は失った2人の諭吉と3人の英世に心からの合掌を捧げ、リゼロを後にする。

 

「……、あれ?」

 

 さて、往年のスロッター諸氏は北山を「たかが23000円でなにを言うか」と切り捨てるかもしれないが、しかし今一度考えてみてほしい。

 23000円は大金だ。

 北山は、そんな大金を投資して、ストレートに負けたのだ。怨嗟が口から漏れても無理はない。

 

「どしたの?」

 

 島を出ていった北山が、一向にATを当てようとしなかったリゼロへ戻ってきた。

 北山の目線は鋭い。やや釣り目の双眸がデモ画面を映すリゼロを睨め付ける。訊いてくる星田には目もくれず、台をビシッと指差し、

 

有若亡(イウジャクバウ)!!」

 

 と言い、再びこの場を去った。

 

「……なんて言ったんだろう」

 

 意味はいろいろあるが、今回の場合“無能”とか、そういった意味だ。

 無論、佇むスロットマシンに北山の軍資金に係る責任はない。

 

 

 

 北山がパチンコの空き台を探し始めてから、おおよそ10分。

 

「そりゃ……空いてないよな」

 

 北山が腰を下ろすのは休憩スペースのソファ。一人用の、黒い革張りのソファは横に2列、一列につき3席の計6席。自動おしぼり機から取っておしぼりで両手を拭いて回収ボックスに放り入れた北山は、壁に据え付けられたテレビを背にし、向かって左側、手前の席に着席した。北山以外に座っているのは、中央の奥の席に座る老齢の男性のみ。あとは空席だ。テレビに映るのは、衛星放送の釣り番組。タンクトップ姿でブラックバスを釣り上げる様子を観て、季節感がないなぁと北山はぼんやりと考える。

 ――今いるホールは4パチと1パチで、合計697台ものパチンコが設置してあるが、今宵は三重オールナイト。どこも空いていない。空き台を求めて店中くまなく探し歩いたが、しかし見つからなかった。オールナイトとはいえ、空き台ぐらいすぐに見つかるだろうと高を括っていた北山は、しかし目の前に広がる満員御礼の有様に、少々――いや、かなり困っていた。

 いつになったら台に座れる。一体どうすればいい。

 これからの動きを考える北山の目線の先には、通路を徘徊する客が幾数人。目的は自分と同じか、と天を仰ぎ青息を吐く。

 打たない、という選択肢は、北山には存在しない。初めてできた友人と、初めてのオールナイト。なにがなんでも遊技して、楽しまなければならない。そういう傾いた熱が北山の心を炙っていた。

 店の天井に埋まる照明の白い光が、北山の視界を容赦なく埋め、しぱしぱと瞬きする。あれは白熱電球か、LEDか。今の時代、さすがにLEDかな。光り方も強くて鋭いし。意味もなく電灯の種類を考察する北山は、尻ポケットのスマホが震えるのを認める。電話の着信だ。長く震えている。

 台が空いていないことに打ちひしがれて、なにも考えずソファに座ったため、スマホと財布はポケットに入れたままだった。不快感を取り払うべく腰を少し浮かせてスマホと財布を取り、またソファに身を預ける。革ソファの黒い布地と北山の衣服との摩擦でギュッと音が立つ。

 

「あー……優子」

 

 画面に映る“ゆうこ”の文字。豊藤優子だ。東京にいるであろう後輩が、電話をかけてきた。

 応答しつつ、立ち上がる。財布はコートの内ポケットにしまった。

 

「おはよーう」

 

 “もしもし”を省略し、挨拶をする。

 

「おはようございます。……今の時間っておはようございますなんですかね?」

「なんて?」

「ん?」

 

 言いながら、通路を歩く。目指すは店の外。台から離れている休憩スペースと言えど、電話越しの会話は難しい。現に、二人の会話は騒音に紛れて成立していない。最初の挨拶は、豊藤がかろうじて聞き取れたからだろうか。

 

「えーっと……先輩、今お時間大丈夫ですか?」

「……ああ、大丈夫」

 

 左耳を塞ぎ、右耳にスマホを当てる。ギリギリ聞き取れた言葉から豊藤がなにを言っているか連想し、声を張って答える。

 開いた自動ドアを抜け、寒空の下に出る。肌を突き刺し骨に沁みるような冷たく冴え渡る風に襲われ、体の奥底から震え上がる。素手の左手をコートのポケットに突っ込んだ。

 

「台移動しようとしたら空き台がどこにもなかった」

「まあ……オールナイトですし。余程の過疎店じゃない限りはそうそう空かないと思いますよ」

「だよなぁ」

 

 言いつつ、また冷たい風が吹いて北山の全身を這い回る。喫煙所の脇、柱の陰に凍てつく風から身を隠す。

 

「で、なんかあった?」

 

 訊ねると、はいと答えた豊藤が、声色に少しの憂いを含めて続ける。

 

「ほら、ニューイヤーズライブあるじゃないですか」

「君が出るやつね」

 

 今月初頭、豊藤からメッセージが届いた。大晦日にオンラインライブを行い、自分もそれに出るという旨を綴ったものだった。

 なんでも1人あたり2曲以上引っ提げて行うVython最大のライブだそうで。豊藤は、SevenSYとしてそのライブに出るのだ。

 21時30分から始まる、休憩含めて4時間半の長時間に亘るライブ。半日もしない間に、それは始まっている。緊張をほぐすのと、元気とやる気を貰いたいと思って、北山に電話をかけたのだそうだ。

 

「本番前のリハーサルの時点でもうスマホを携帯できなくなるので、それまでに色んな人からエール貰っておこうかなと」

 

 ああ、と理解した北山が息を吐く。生憎とマフラーを家に置いてきてしまった。白い息が北山の薄い唇の隙間から漏れ出て、ゆらゆらと漂って、やがて消える。

 VTuberは特性上活動内で生身の顔を出すことはない。所属タレントが一堂に会する場で複数人で写真撮影なんかして、それをVTuberとしてのTwitterアカウントに誤って投稿してしまったのなら、目も当てられない状況に陥るのは目に見ている。過去にあった、生配信中のメンバーによる無意識な情報漏洩という前例もあり、情報漏洩を恐れた運営はタレントらにおいそれと本番前のスマホ使用を許可できないのだ。

 

「それって自分から貰いに行くものか?」

「えぇー、いいじゃないですかぁ」

 

 北山が疑問を口にする。責める意図はない。豊藤の返答も実に陽気だ。

 

「むしろこっちがエール欲しいよ。リゼロのスロ打ってて、順調に諭吉を溶かす私の隣でさ……一緒に来た奴がフリーズ引いてやんの」

「ロンフリですか」

「うん。大体20万分の1」

「おお凄い。恩恵は」

「有利区間完走。2400枚獲得」

「それは……心折れますね」

「……でもオールナイトはまだ始まったばかり。ここでへこたれるようじゃ出るもんも出ない!」

 

 オールナイトにかける意志は極めてポジティブだ。勝ったらよかったねでおしまいで、負けたら負けたで楽しかったねでおしまい。最悪10万全てすっても構わないとさえ思っている。

 北山のやる気の声に、豊藤が反応する。

 

「その意気ですよ! 金以上に心が強い! 常日頃からリョナ書いてる人の心は強くて当然です!」

「よせよ照れるじゃん」

 

 都合良くエールを貰ったので、北山も感謝を込めて豊藤に檄を飛ばす。

 

「出番の時間は覚えているから、時間になったら打ちつつ、観て楽しむよ。場合によっては食事休憩入って集中して聴く。まあ、とにもかくにも――」

 

 頑張って、楽しんで。優子。

 単純でシンプルな言葉の組み合わせは、どんな言葉よりも強く、豊藤に伝わるだろう。

 言葉を受け取った豊藤のはいという返事は、若干声のトーンが高くなっていた。

 

 

 

「そういえば、私の大学時代の友人も三重に行ってるみたいなので、もしかしたら会えたりするかもしれませんよ」

「へぇ。どんな服装してる?」

「黒髪ロングの姫カットで、いつも帽子被ってて、上は多分黒のスカジャン着てます」




 おや、新キャラ……?
 すみません、腰が痛すぎて遅れました。申し訳なさ16ラウンド。
 誤字脱字ありましたら誤字報告願います。


 Twitterアカウントで進捗報告その他諸々ツイートするので、もしよろしければフォローお願いします。
 https://twitter.com/ST100PERCENT


 腰痛FEVER!
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