その清楚系、パチカスにつき。 作:継続率3000倍
豊藤との通話を終え、それから十数分。目ぼしい空き台は、いまだに見つからない。
パチンコの釘の調整は欠かせない。なぜなら、利益を出すためだ。スロットに高設定を入れて盛り上げたら、パチンコの釘を調整してヘソに玉が上手く入らないようにして、金を回収する。パチンコの釘してボーダーの数以上抽選できるようにしたなら、やはりスロットの設定を低くして回収する。パチンコ屋はそうして稼ぎを作っている。そのため、パチンコを打って投資金額に見合った抽選を受けたくば、調整された釘の具合を見極めるのが重要になる。
店内を見て回っていたときに見つけた、空いた台。そのセル盤を、目を細めて見つめる。打ち込まれたいくつもの釘のなかの、調整されるであろうものに注目する。台は《ぱちんこCR聖戦士ダンバイン EWNB》。
ヘソ、悪くない。ジャンプ、下に曲がってる。道、悪くない。風車、1度ぐらい右に曲がってる。ハカマ、真っ直ぐ。ワープ、ステージに入れる気なし。その他一般入賞口の釘やばら釘、可もなく不可もなく。
「無理」
ヘソ釘の調整はいいものの、ジャンプ釘(ヘソ釘の外側にある、流れてきた玉を弾いてヘソに入れるための釘)並びにほかの釘を一目見て、この台は打つべきでないと判断した。学生時代、パチンコ屋のホールスタッフとして働いていた過去がある北山は、その店のオーナーである瑞穂から釘調整の極意を伝授してもらっていた。ゆえに、釘の良し悪しがすぐに分かるのだ。
現在、スロットコーナーは大盛り上がり。凱旋や番3、まど2といったメイン台を中心に随所で別積みが見られる。となると、パチンコは回収モードなのだろう。北山はそう結論付けた。
島の狭い通路を歩く。対面から歩いてくる人を避けて抜け、店の壁際に置かれた一人用の黒い革のソファに腰かける。そして、どうしようかと、これからのことを想像し、深く息を漏らした。薄桃色の唇が、いびつな形を作る。
「まあ、そうでもしないと利益でないし、しょうがないんだけれど」
北山のつぶやきは、まぶしい光を伴った鋭利な音の波に流され、どこにも届かない。黒い前髪をくしゃりと搔き上げる。艶やかな髪は乱れ、電灯の白い光と筐体の虹色を乱反射させた。
ここまで釘は調整して当然、されていて当然、といった旨を伝えてきた。しかしこの釘調整、実は多くの場合、違法だ。釘調整を行う場合、国家公安委員会の承認を受けなければならず、そうしないと無承認変更となり違法となるのだが、この話は広げるとかなりややこしいことになるため、ここでは省略する。ただ一つ言えるのは、店側が有利になるような釘調整は、申請しても承認が下りることはない、ということだ。
「はあ」
どうしよう。せっかくここまで来たというのに、やれる台が見つからない。どうしよう。北山はまた、ため息を吐いた。
12時。回らない1パチと興味のないコンテンツとのタイアップスロットを打ち、やはり打つ気が失せ、北山は結局休憩スペースでスマホから青空文庫にアクセスし、載っている小説を読んでいた。パチンコ屋に来てパチンコやスロットは打たない客の邪魔くささたるや。自覚しつつ、しかし北山の視線は紡がれた純文学の芸術的な文字列に傾倒していた。書かれているのは『羅生門』。芥川龍之介の代表作で、純文学の金字塔。教材として、現代文の教科書にも載っている。高一のときに、授業の一環で読んで以来だな、などと思いながら北山は画面に指を滑らせる。下から上へ指を動かせば、たちまち文章が流れていく。下人の行方は、結局今回も分からなかった。いつになったら分かるのだろうか。ぼんやりとした思考の下、考えても仕方のないことを考え、すぐに興味を無くして考えるのをやめる。画面を消し、コートの胸ポケットにしまった。
ソファにもたれ、両腕を前に投げ出す。全身の力が抜けていくのが感じ取れた。そういえば、全然寝ていなかったな。働かない脳が、口を緩慢に動かした。睡眠時間の短さが災いし、北山は今にも寝入りそうになっていた。まぶたがとても重い。まるで上からカチ盛りドル箱で押さえつけられているかのような重たさだ。気を抜けば、すぐに眠ってしまう。やばい、まずい。そう思っているものの、どういうわけか、体が動かない。動くのを拒否している。頭では駄目だと分かっているのに、睡魔に逆らえない。もういっそのこと、ここで10分ぐらい仮眠しようかな。出禁になったとて、オールナイト以外で三重打ちに来ることはないだろうし、問題にはならないかな――北山の思考はいつになく朧げだった。正常な判断ができず、睡眠欲にその身を委ね、必死に持ち上げていたまぶたをいよいよ落そうとし、
「起きて」
両肩に軽い衝撃が走った。急に触られたものだから、北山は驚きビクッと体を小さく震わせた。前から聞き覚えのある声が、雑音に紛れて聞こえてきた。この声は、同級生の声だ。オールナイトに、一緒に来ている。目を開くと、まず鎖骨が見えた。白い肌から浮き出ているほっそりとした鎖骨だ。それから、首周りを囲うモッズコートのベージュのファーを認めた。顔を上げると、星田の真顔が飛び込んできた。両肩を両手で摑んで、北山に顔を向けている。
危ないよ、と星田が言う。なにが、と聞くと、星田はいやに仰々しくため息を吐き出した。
「こんなところで寝てたら、誰になにされるか分からないよ」
真剣な声色だ。心配してくれているらしい。ごめん、と一言発し、両手の指を交差させて上に腕を伸ばした。それから首を右や左に曲げる。ポキポキと関節が小気味のいい音を立てて鳴いた。
「やれる台がなくてさ」
眠気を飛ばすように、声を張って話す。店内では、声量を上げないと上手く話せないのだ。
「ちょっと外出よう」
北山が言うと、星田は首を縦に振った。
自動ドアを通って店を出たタイミングで、冷たく冴えた突風が吹きつけてきて、二人の顔が強張る。風から逃れようと、星田は顔を隠そうとしてコートのフードを深くかぶった。ファスナーを一番上まで上げ、そこに口元をうずめる。両手はポケットに突っ込んだ。
首周りを守るアイテムをなにも持っていない北山。コートの襟を立て、無理矢理防風壁に仕上げる。ないよりかはマシになった。
自動ドアと喫煙所との間の空間に二人が立つ。その喫煙所には6人ほどいて、各々違う銘柄の紙巻たばこと加熱式タバコを吸っている。煙草の紫煙と、アイコスの甘い臭いが冷たい風に乗って漂ってきて、酷く臭う。星田が北山のコートの袖口をつまんで引っ張り、風上に行こう、と促してくる。煙草の臭いが苦手らしい。なかなかどうしてあざといじゃないか、と星田の行動に感想を入れつつおうと返して喫煙所の横を通る。
喫煙所の横、少し離れた臭いが届かない風上の場所。前日の雨で出来上がった水たまりを避けて壁際に立つ。風に乗って、濡れたアスファルトの匂いが北山の鼻腔をくすぐる。北山は子供のときからこの匂いを気に入っていた。
「リゼロはどうなった」
「やめた。高設定っぽい挙動はしてないし、なにも示唆出なかったし。直撃もしてないしね。ATに入れる労力考えるともう打ってられないかなって」
同じく壁際に立つ星田が言う。長い睫毛が下りる。星田も眠いのだろうか。そんなことを思いながら、ふぅん、と返す。
「なんていうかさ」
それから星田は、ふぅー、と息を吐き出す。白い湯気が前に伸び、風に攫われ消えてしまう。
「スマホ見ながら打てる台に面白みが湧かなくてさ。出玉は増えるかもしれないけれど、ただただATを待つっていうゲーム性に飽きてきて、こう、ね」
「あー、まあ、そうね。大量に演出があるわけじゃないしね、リゼロ」
「2400枚っていう制約がなかったらまだ心の持ちようが違って打てたかもしれないけど、456確でもない台に賭けるよりは自分の右腕を気に掛けるほうがいいかなぁ……」
「賭けると掛けるをかけたか」
「えっ」
北山の返答に首を傾げ、どういうことか理解した星田はなんにも考えてなかったよと口を綻ばせた。
スロットで勝つのは難しい。設定狙いで朝からメイン機種を打つのが考えられる最も勝てる方法だろうが、本日は生憎それが叶わず。日が沈んだ後もしばらく座れないだろう。天井ゲーム数に近い台やビッグとレギュラーの確率が軽い台を打つなどして、期待値がある台を都合よく拾えられればいいが、三重オールナイトという三重のパチンコ屋において一番のイベント日で、果たしてそれはできることなのだろうか。北山の脳裏に、プロ集団とハイエナが通路を徘徊する姿が浮かぶ。この光景は、今いるホールでも現実となるだろう。ハウスルールで禁止されている行為でも、やる輩は少なくないのだ。
「で、結局何枚出たの」
北山が訊ねると、黒いモッズコートの左ポケットから現れた左手に、白く小さい紙切れが握られていた。計数機のレシートだ。
「えっとね、1721枚」
「大勝ちだな」
「だね」
「しかし、後ろのイチがゼロだったらなぁー」
「急に中学生みたいなこと言うね」
苦笑する星田に、眠気で脳が回ってねぇんだわと北山が言うと、それは私もだよと返され、星田はクスリと笑った。
「よし、昼飯行こう」
そういって北山は、寒さしのぎに立てた襟を正し、空を見上げる。透き通った藍色の寒空は薄暗い灰色の雲に厚く隠されている。雲と雲の隙間から差し込む陽光に目を細め、どうか雨降りませんようにとお祈りし、それから自分の頰を両手でパシンと叩いた。肌と肌がぶつかる音が、乾燥した三重の地に響く。
眠い。つぶやくと、隣にいる女も眠いと言った。
昼飯はどこにしようか。近くには定食屋があるし、回転寿司もある。少し歩けばマック、デニーズもある。一番込み合うこの時間帯に、どこが一番空いているだろうか。他愛のない話をしながら店を離れる二人とすれ違った人物が、振り返って二人を凝視しているのを、当人らは全く気付かなかった。
近くにあるやよい軒を覗いてみると、幸いにも席が空いたため、そこで昼食をとることに。食券を買い、4人掛けのテーブルに着席して店員に食券を渡す。そして二人は、自覚した。
体が、重い。動かない。
昨日のコミケでの疲労は、不十分な睡眠では取り除き切れなかったようだ。午前中の遊技の疲れも上乗せされ、二人の体はこれ以上動くのを拒否していた。
「……この調子なら、別に朝から行かなくてもよかった気がする」
「でも、これも一つの思い出ってことでいいんじゃない? まあ体は思うように動かなくなってきてるけれど……高校生のときとか、夜更かししても平気だったんだけれどな」
「年だよ年。加齢。年を取るたびに脂っこい食べ物に拒否感が芽生えるようになるのと同じだよ。人は年を取った分だけ変わるものだよ。精神だけでなく肉体もな」
「やだなぁ。皺の一つも作りたくないよ、私」
「それは私も」
ハア、と二人揃って深いため息を吐き出した。もう若さで人を騙し、自分を誤魔化せる年齢ではなくなってきている。北山にとって肌の手入れはパチンコやスロットを打つよりも重要なことだ。星田もそう思っているに違いない。どのくらいか前に、いつも伊勢丹で高い基礎化粧品を買っていると話しているのを、北山はしっかり覚えている。
昼食だが、北山は親子丼、星田は鉄火丼を食べた。あまり湧いていない食欲の下、二人とも無理矢理胃に押し込み、完食した。
お冷を飲み干し、席を立つ。
「やれる台空いてるかなー」
「そこはお祈りだね」
空く気配がなかったら、そのときはまた考えよう。半ば諦めに近い境地に達した北山は、そう言って店のドアを押して開けた。
13時50分。二人はやることがなくなっていた。
「スロット空かねーしパチンコのやれる台空かねーし」
「1k9回転の北斗無双はさすがにビックリした」
二人揃って休憩スペースのソファに身を委ねている。北山は天井を見上げ、星田はスマホを弄っている。
北山の愚痴の通り、スロットはそもそも離席がなく、あったとしてもこの時間に空いているのを考えるとあまり打ちたくない台が多く、パチンコはやれる釘の台が空かない。あと何時間この状態が続くか、分かったものではない。
右に座る星田に首を向け、北山が提案する。
「名古屋に、戻る?」
言うと、星田がチラリと北山を一瞥し、それから顎に手を当てて言う。
「それもいいかもね。現状、ここでやれることないし。いたずらに金使いたくないしね」
「そうかぁ」
じゃ、名古屋戻るか。そう言って立ち上がった矢先、北山はピタリと体の動きを止めた。
傍から見たら随分不自然に体の動きを止めたものだ。横にいる星田の眉尻は下がっている。どうしたの、と訊いてくる星田は、北山の視線の先を目で追った。
「……どちら様?」
視線の先、同じくこちらを見つめる人の姿。
若い女性だった。おそらく、北山と星田よりいくつか年下だ。着ているのはスカジャンではなくスタジャンだろう。左胸にVの刺繡があしらわれている。レザー素材の黒いスキニーパンツは裾を同じく黒く艶やかなブーツに入れている。横に缶バッジを付けた黒いキャップの下には黒く長い髪が伸びていて、艶やかで滑らかだ。ケアが行き届いているのが分かる。毛先は横一直線に切り揃えられていて、前髪の下に開かれた両目は強い目の釣り目だ。目つきが悪いと言ってもいい。そんな悪い目つきの女が、こちらを――北山を見つめていた。
「もしかして」
「え、なにを」
北山が一言言うと、通路に立っている女に近づく。女のほうは目をパチクリさせている。星田は北山の行動に、困惑を口に漏らした。
女の目の前に立った北山が、目を合わせて言う。
「もしかして貴方って、豊藤優子の友人の?」
少し声を張って、北山が訊ねる。耳に届いたのか、女の顔は驚きに変わった。キャップを取り、同じく声を張って言った。
「そうです初めまして! 北山さんの話は優子から聞いていますよ!」
北山と星田とスタジャンの女の三人は、揃って店の外に出た。星田は景品交換を済ませ、特殊景品を店の近くにある謎の古物商に売却した。
スタジャンの女、
綿貫太陽――ネット上では豊藤もといSevenSYの友人として、専ら“盟友”だの“シルバーシューター”だのと呼ばれている、特殊な立ち位置の人間だ。北山が先日観た豊藤の配信にも、声だけで出演していた。他のVTuberとのコラボ配信のMCとして、始まりから終わりまで事を円滑に運んでいたのを覚えている。
二人は綿貫と初めましての挨拶を済ませ、軽く自己紹介をし、それから雑談を繰り広げる。
「まさか会えるとは思いませんでした。三重にいるとは聞いていたんですけれど、まさか偶然にも店が同じなんて」
「いや本当。優子に聞かされた通りのファッションの人が通路歩いているんだからビックリですよ」
「あっ敬語じゃなくていいですよ! 5歳も年上じゃないですか。星田さんもどうぞタメ口で!」
「ぐふっ」
綿貫の何気ない言葉に心を刺し穿たれた二人。星田は呻き声を漏らした。二人とも、三十路に片足を突っ込んでいるいい年した大人だ。仕方のないことだろう。納得はしていないが。
じゃあまあ遠慮なく、と北山が返し、そこから綿貫がまた言葉を発する。
「そういえば、優子が星田さんに会いたがってましたよ」
「私?」
長い睫毛が上下に震える。ええ、と綿貫が続け、
「星田さんは倉島セレナというVTuberであり、北山さん――山電氏もとい裏物クチクの同級生じゃないですか」
「まあ、そうだね」
「で、優子が言っていたんですよ。『自分の知っている限りで、先輩とプライベートで関わっているのは親族以外には自分と星田さんだけ。他人は基本敵って思ってる先輩が心を開いて、あまつさえコラボ配信をするなんて。どんな人なの気になってしょうがない』って」
他人に聞かれないよう、声のボリュームを落として二人に話す。話を聞いて、眉尻を下げて困惑の表情を浮かべ、星田は口を押えて腹を抱える。
「敵、基本敵だって……! 言われてるよ北山さん」
「あのたわけが」
クツクツとおかしそうに星田が笑う。あの後輩、心のなかではそんなことを思っていたのか。なんだろう、その洞察力と観察眼。人を見抜き過ぎではないか。後輩を少し怖く思う北山だった。
一通り笑い終えた星田が、でも確かに、と言う。
「なんだかんだで会ったことないね。そう言われると私もちょっと会ってみたいかなぁ。VTuber界のトップを走る人がどんな人か気になるし」
「じゃあ決まりですね。LINE交換しましょう」
綿貫がスマホを差し出してくる。画面にはQRコードが映し出されていた。LINEの友達登録用のものだ。星田は喜んで自身のスマホをかざし、読み取って登録する。北山もそれに倣ってスマホを取り出し、カメラを起動した。今のスマホはプリインストールされたカメラアプリでもQRコードを読み取れるから便利だ。綿貫の画面にピントを合わせ、正方形型の幾何学模様を読み取らせる。
あれ、星田と優子を会わせるのに、この子と友達登録する必要はないんじゃ――。
思っているうちにもスマホはコードを読み取った。表示された名前は“綿貫太陽”。本名を設定するタイプだった。北山と同じだ。アイコンは首から下の自撮り。
じゃあ、そういうわけで、とスタジャンの内ポケットにスマホをしまった綿貫は、二人に向き直る。
「このあとお二人はどうします? 今日はあまりやれなさそうなんで、少し見回っていい台空かなかったら名古屋行って時間潰そうかなと思っているんですけれど」
そう問われた二人は顔を見合わせる。それから微笑を浮かべ、一言告げた。
「寝る」
寝ましょう。こんな状態でオールナイトしてはいけません!
主人公たちが来ている店は実在するお店がモデルですが、流石にこれほど露骨な釘はないのでご安心ください。ネガキャンでもないのでそのへんよろしくお願いします。良いお店ですよ! この前新鬼武者2で1600枚出ました!!
誤字がありましたら誤字報告願います。
TwitterもといXアカウントで進捗報告その他諸々ツイートもといポストするので、もしよろしければフォローお願いします。
https://twitter.com/ST100PERCENT
評価リンク:釘読みを身に着けて店長に抗え!