その清楚系、パチカスにつき。   作:継続率3000倍

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感情

 近鉄と地下鉄を乗り継いで、上前津駅に着いたのは15時を回った頃だった。

 実家にいる姉に電話し、親が家にいるかどうかを尋ねる。どちらも旅行でいないとのことで(ここで北山は両親が家にいない理由が旅行であるのを初めて知った)、「袋麺でも乾麺でも、どちらでもいいから蕎麦を買ってきてほしい」とお使いを頼まれた。今日は大晦日。北山はやろうがやらなかろうが特に気にすることはない日本の文化的行事を、姉の銀子は大切に思い行おうとしていた。断る理由はなく、金も家の金庫が負担してくれるそうで、二人は大須商店街に繰り出すことにした。

 改札を通り、8番出入口から地上に出る。顔に当たる風の冷たさに渋い顔を作りつつ、銀行を右に曲がって商店街へ歩を進める。

 大須商店街は、一言で言い表すと“カオス”だ。70年代、名古屋駅や栄周辺の発展とともに客足が遠のき、一時期はシャッター街と化していた大須商店街は、地元住民の尽力により復活。スーパーはもちろん、多様なジャンルの飲食店、居酒屋、電気屋、アパレルショップ、薬局、銀行、郵便局、らしんばんやまんだらけやゲーマーズといったアニメショップ、古本屋、ゲームセンターにメイドカフェやコンセプトカフェ、パチンコ店、中古ショップ、レコード・CDショップ、銭湯、寺社、外国食材、似顔絵屋、ライブハウス、馬券舟券売り場、献血ルーム――あらゆる分野の店や施設が軒を連ね、日本三大電気街の一つとして数えられるようになるほど発展を遂げたのだ。ゆえにこの商店街は老若男女問わずありとあらゆる客を受け入れる。国内外の観光客が足を運ぶ、名古屋の立派な観光地の一つなのである。

 

「わあ……すごく安いね。東京ではありえない」

「ガキの頃はもっと安かったよ」

 

 大須商店街は万松寺通(ばんしょうじどおり)、とあるスーパーマーケット。その店の売りの一つである商品の安さは、テレビや新聞に取り上げられるほどのものだ。昭和4年創業のその店は、地元住民に愛され続けている。北山自身、名古屋に住んでいたときは日常的に利用していた。親にお使いを頼まれたときは、よくここに走ったっけ、とまだ義務教育の真っ只中である過去の自分を思い返す。

 ()()()()()()()()()

 小学生と中学生をこの地で過ごした。遊ぶ場所に困らない街だったが、外に出るのは買い物のときぐらいだった。物心ついた幼い頃の思い出の情景、その大半は室内の出来事だった。

 小学生のときはひたすら本を読んでいた。外に出ず、姉の誘いを断り、妹の相手もせずに部屋にこもって活字と戯れていた。鬱と悪と胸糞に満ちた海外文学との衝撃的な出会いがなければ、自分で物語を書くことはなかっただろう。

 中学生のときも本を読んでいたが、特筆すべき大きな変化が二つある。一つは勉強量の変化。勉強をどこか苦に思う節はあったものの、自身の想う将来を考えてみると、やはりできる限りレベルの高い学校を出ていたほうがいいだろうと結論を下し、やがてそれは()()の信念として根付き、芽生えた。天稟的な記憶力を誇る北山だが、授業を受けていれば応用的な難問も自力で解けるという、一を聞いて十を知る秀才でもあった(ただ前述の通り勉強そのものは好かず、基本的に自分がやりたいことをしていたいタイプだった。特に数学は学年内でトップクラスの成績を誇っていたが、嫌っていた)。授業と宿題さえこなしていれば高偏差値校に合格できるという、文字通りの天才中学生だったが、しかし北山は『頑張っている周囲に申し訳が立たない』とプライドが傲慢と怠惰を許さず、周囲に等しく机に向かったのだった。――それでもまあしかし、最後まで勉強は好きになれなかったのだが。

 そして、もう一つの変化。それは、学校という極々限られたコミュニティでの立ち位置の変化。これは現在の北山たらしめる最重要ファクターであり、北山の脳に刻み込まれた()()()()()()()()()()()()である。

 思い出してしまった。自分で思い出してしまった。

 

「北山さん」

 

 呼ばれて、北山は意識を脳に溜まった記憶の奥底から浮かび上がらせた。息をしていなかったようで、肺は酸素を求めた。眉間の皺は緩み、額の青筋は元に戻った。脂汗が浮いているような気さえした。それは間違いなく冷や汗だろう。耳が拾った音の情報は頭に届いていず、隣にいる星田がなんて言っていたか分からない。訝しげに窺ってきた女に、北山は目を逸らした。

 

「どうしたの?」

 

 寝不足で体調悪い? 星田の問いは善意からくる優しい問いかけだろう。いや、別に。北山の返事は実にぶっきらぼうで、答えた北山自身もその酷い口振りに胸中で驚いた。

 ふぅん、と星田が返す。言葉の抑揚が平坦だ。その意味を慮ると、星田の察しのよさと優しさが身に染みた。

 ――思春期ど真ん中、中学生時代の情報を開示するのは北山にとって()()()()()()()()()()()()()。北山が話さず、話そうとしないのであれば、それ以上の詮索は無粋であり、その程度の仲ということである。

 

 

 

 実家に着いた。ただいまと一言口にすると、おかえりとしっとりした艶のある声が奥から返ってきた。

 靴を脱ぐと気力で覆い隠していた疲労がドッと体中を迸り、今すぐにも寝床に倒れ込みたくなった。それをいざ実行しようとして、姉に止められる。

 

「ちょっと、メイクぐらい落としなさい」

 

 両肩を摑まれ、寝床の和室からリビングに戻される北山の瞼は二つとも閉じられていて、このまま横にしたらすぐに寝入ってしまうだろう。メイクしたままの睡眠は肌に悪影響しか与えない。阻止すべく、銀子は部屋の片隅に佇むドレッサーに北山を座らせ、メイク落としを始めた。

 

「やだぁー寝るー」

「あらっ寝る前なのに寝惚けてるわ」

 

 急がないとこのまま寝ちゃうわ。銀子はそう言うとドレッサーの引き出しを開け、クレンジングシートが入った箱を取り出した。クレンジング剤が既に沁み込んである手軽な代物で、銀子はそれを1枚とって北山の閉じた右目に優しく当てる。

 

「ゆりちゃんは大丈夫?」

「なんとか。かなり、眠たいですけれど」

「昨晩はどのくらいに寝たの?」

「えぇっと、私が確か1時前に布団に入ったので――」

「えっ1時……それで、起きたのは」

「4時頃です」

 

 はあ? 姉の驚愕が耳に届く。しゃあねぇじゃん、コミケあったんだもん――と口にしていると思っている北山だが、これ以降の会話を覚えていない。

 なんのことはない、メイク落とされながら寝たのである。

 

 

 

「私は理不尽が嫌い」

「私は不条理が嫌い」

「私はお前が嫌い」

「蛇蝎の如く忌み嫌う」

 

 足元に転がる日本酒の一升瓶に中身は残っていず、フローリングの上に転がっている。徳利とお猪口は無惨にも壁に叩きつけられ粉々に割れている。

 顔を真っ赤にして呂律が回っていない男が床に倒れている。それを見下ろす、三つ編みのおさげに眼鏡をかけた女。右手には握られているとは中身が入ったウイスキーのボトル。

 セーラー服を着た女が、得物を振りかぶり、

 

「死ねクソ親父ッ!!」

 

 躊躇いなく、男の顔面を殴打した。

 

 

 

 起きた。北山が起きた。汗が全身から流れ、ナイトブラとショーツが蒸れているのを感じて気持ち悪い。羽毛布団は北山の全身を包み張り付いている。

 嫌な夢を見た。紛れもなく悪夢だ。過去の自分を隣で見続けている夢だった。化け物に喰われるよりも怖ろしく、ストーカーに狙われるよりも気持ち悪く、自慰を盗み聞きされるよりも悍ましい。

 北山の心は強い。常人と比べるまでもない屈強さはある種の恐怖を抱かせるが――それでも、今回の悪夢は結構キツかった。普通の人間なら心の病になってもおかしくないような過去を持ち、それを夢に見てしまっても耐えていられるのは、人間離れした北山の心の強さにあるのだ。

 ――その心の強さとは、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「くそったれ」

 

 布団を剝すとやはりと言うべきか、下着姿で寝ていたようだ。全身が汗ばんでいる。酷く不快だ。

 頭に意識が向く。なにかを被っている。触ってみると千葉から持ってきたナイトキャップだった。どちらが被せたのか分からないが、自分が髪を大切にしているのを知って気遣ってくれたのだろう。寝間着を着せなかったことの苦情は髪に免じて勘弁してやろう。寝支度を人に任せて随分身勝手な言い草だった。

 襖と襖の間、僅かに漏れ出た白い光を頼りに四つん這いにノソノソと進む。少し開いた襖に手をかけ開くと、リビングを照らす丸い蛍光灯の鋭い光に目をすがめた。

 

「あっ起きた。おはよ」

 

 その声は同級生の声だった。次いでおはようと姉の声がかかる。ああ、と北山は適当に返した。

 

「……何時?」

 

 猛獣が唸ったかのような、寝起きの低いガラガラ声だった。目を擦りながら訊く。

 

「ちょうど8時半ね。よく眠れた?」

 

 すぐには答えられなかった。だから、二拍か三拍か間を置いて、

 

「これまでにない粋な夢を見させてもらったよ」

 

 と答えた。粋な夢? 二人が揃って首を傾げる。北山はなにも言わなかった。

 立ち上がり、和室を出た。下着姿を星田が見てくる。見慣れたかのような反応を取られて、不本意だが納得いかなかった。どうやらまだ寝惚けているらしい。そういえば下着姿を見られるのは、パチンコ実践配信した8月以来か。月日が流れるのは早いものだ――二人の目を憚らず色々まぜこぜた深いため息を吐いた。

 風呂、と一言告げて、シルクのナイトキャップを片手で外した。露わになった黒く長い髪がバサリと揺れて、リビングの灯りを受けて煌めいた。

 

 

 

 睡眠欲を発散し、風呂に入って素早く汚れを落としてきた北山は、出て一番に星田に問うた。オールナイトに向かうか、と。

 星田はもちろんと即答し、そのためにここまで来たのだから当然打つべきだと続けた。フリーズを引くような豪運と剛腕の持ち主の意志は目を引くものがあるな、と北山が揶揄い、どうやって反応すればいいものかと星田を悩ませた。

 22時まで残り30分を切っている。メイクをばっちり決めた星田とは対照的に、北山は化粧水と美容液、乳液といった基礎化粧品のみ施したすっぴん姿だ。女性にとっての公衆の面前でのすっぴんは勇気がいるだろう。特に北山と同じ年齢層の女性は尚更だろう。

 

「本当によかったの?」

「いいよ別に。オールナイトのホール内に女の(つら)ぁ気にする奴なんて一人もいないだろうよ」

「そうかなぁ」

「連中が気にしてんのは財布に入った英世と一葉と諭吉の面の数さ」

「まあそれは……うん。頑張って勝とうね」

「凱旋で万枚出してぇよぉ」

 

 とはいえいい年した大人の女がノーメイクで街を出歩くと、未だに垢抜けていないガサツな女として見られてしまいかねないだろう。そう見られないためにも、マスクは着けている。銀子が普段着けている黒色の不織布マスクだ。無防備な妹を案じた、せめてもの装備である。

 雪でも降りそうなほど冷たい風から逃れるように、姉から借りたマフラーに口元をうずめる。マスクの形がくしゃりと歪んだ。二人して白い息をたなびかせながら、街灯と信号と車のヘッドライト、コンビニから漏れ出る光、そして雑居ビルの袖看板に彩られた大津通を南に行く。行先は金山駅。

 名鉄の普通電車で下り、名鉄名古屋駅に到着。名鉄名古屋駅のプラットホームは地下にあり、3面2線構成。最大のターミナル駅としてはこじんまりとしている。

 ホームが狭いため、混雑緩和のための乗降ルールが敷かれている。3面あるホームのうち、サイド二つを乗車専用、挟まれている中央のホームを降車及び特別車乗車専用としているのだ。つまりどういうことかというと、近鉄に乗り換えるには下り線の乗車ホームに降りてそのまま乗り換え口を通るのが一番早いが、そのホームは乗車ホームであり降りてはならない。一旦降車ホームに降り、わざわざ改札口に上がり、下り線の乗車ホームに降りなくてはならないのだ。

 このルール、名鉄名古屋駅を日々利用する者らは律儀に守っている。無論、北山も。

 大晦日も残り2時間。神社はどこも人でごった返しているだろうが、駅は幾分まばらだ。通勤時間に比べて遥かに行きやすい駅を二人は歩く。

 

「なんか、新宿駅とか池袋駅とかとはまた違った難しさを感じる」

「日本一カオスな駅と称されるほどだしね。こっから乗るときも慣れない人は絶対迷う」

 

 ゆえに迷駅(めいえき)だよ、と笑い飛ばす北山。めいえき? と星田は首を傾げ、5秒ほどしてからああと理解した素振りを見せた。

 “名駅(めいえき)”とは名古屋駅を指す方言的な言葉であり、東海三県以外の人間にはなかなか伝わらない。しかもその名駅を“迷う駅”と書いて“迷駅”とネタ的に呼称するのは、それこそ限られた人間だけだ。

 下りホームから乗り換えられる近鉄名古屋駅。ホームは当然地下にあり、首を上げても夜空は見えない。

 3番ホームに停まる近鉄の一般車両。特有のマルーンレッドに彩られた車両に乗り込んだ。車両の一番奥の席に星田が座り、その左に北山が座る。

 

「あっそういや――」

 

 ふと思い出し、スマホを取り出す。YouTubeを開いて検索窓にVythonと打ち込むと、目当てのライブ配信が一番上に出てきた。それをタップする。

 Vython年越しライブ。つい30分前から始まっていた。

 

「優子はまだか」

 

 VythonのVTuberが真っ暗闇のステージ上に佇んでいるかと思えば、急に極彩色の輝きを見せてくる。よく見てみるとカラーリングはステージの中央に立つ人物のテーマカラーでもあるらしく、無秩序に色を散りばめているわけではないようだ。当のVTuberは顔を上げ、オリジナルソングを歌い始めた。もちろん車内にいるため、音は出していない。中身が歌っているのだろう、3Dモデルの口が動いている。

 誰だっけこいつ。見たことあるけれど名前は覚えてない。興味なさげに思い出そうとするも、記憶の片隅にも見当たらない。興味がなかったので、端から覚えようとしなかったのだろう。画面上には何故か名前のテロップがなく、右上にLIVEの四文字ばかりが刻まれていた。

 画面の輝度を高くして、星田に見せて訊ねる。これ、誰か分かるか。星田が自身のスマホから目を離し、北山のスマホを覗き込む。肩と肩が当たった。フードのファーに頰を撫でられくすぐったい。5秒ほどじぃっと見つめ、長い名前だったことぐらいしか覚えてないかなぁ、とだけ答え、北山はそうかい、と一言だけで返した。

 数分としないうちに列車の扉が閉まり、車両が動き出す。全体がガタンと震え、振動が体に伝わってきた。目指すは桑名。目的地は今朝と同じ。北山にとってはリベンジマッチに向かうようなものだった。

 揺られているしばらくの間、北山はTwitterを眺めていた。とあるツイートが目に留まったのは、近鉄弥富駅で別の列車に乗り換えたあとのことだった。

 そのツイートは、いつかの後輩との配信の日に話題に出た、かのVTuberによるもの。どうやら、Vythonのと同じタイミングで、面当てに配信しているらしい。

 らしいじゃないか。声に出さず、北山はシニカルに哂った。

 

 

 

 桑名のパチンコ屋に着いたころには、もう少しで23時を回るというだいぶ遅い時刻となっていた。

 白と虹のまばゆい輝きが両目を容赦なく突き刺してくる。ギラギラと存在を力強く主張する電飾の数々が、どこからどう見てもパチンコ屋であるのを認識させてくれる。パチ屋って、どうしてこうも分かりやすい佇まいなんだろうな。つぶやいた言葉に星田がクスリと笑い、居抜きも隠し切れてないよね、と同調した。

 並替抽選のための深夜からの並びを遠慮願うポスターを横目に二人は、極寒の大晦日から逃れるべくそそくさと店内へ入った。

 暖房の効いた店内は、やはり遊技客の熱気に包まれていた。スロットに空きがないか見て回っていると、首元がじんわりと汗ばんできた。マフラーを首から外し、コートのポケットに突っ込む。外出先がパチ屋のため、パチンコとスロットを打つための最低限の貴重品しか持ってきていず、荷物を入れるものを一つも身に付けていなかったのだ。バッグ持ってくればよかったのに、と呆れ気味の星田が、マフラーで膨らんだポケットを突っついてくる。

 島の狭い通路を抜けた。ふと見てみると、壁際のソファに座っている若い男が、手に白い器を持っているのを認めた。目を凝らしてみると、琥珀色の出し汁のなかに、薄黒い麺が浮かんでいる。

 蕎麦だ。年越し蕎麦。敷地内のどこかで販売しているのだろう。見回してみると、男以外にも器を持っている者が複数人いるのを確認した。鰹か昆布か知らないが、出汁のきいたいい匂いが漂ってくる。思わずお腹をさする。そういえば、晩飯を食べていなかった。胃のなかが空っぽで、途端に空腹感が押し寄せてきた。

 

「そういえば昼からなにも食べてないね」

「家でなんか食えばよかったな」

「まあ私もなにも食べてないんだけれど」

 

 星田が言う。てっきり自分が寝ている間になにかしら食べているものだと思っていた。お前もかよ。私もだよ。言って、二人してお腹をさする。

 ひとまず空き台を見つけるよりも腹ごしらえを優先しよう。腹が減っては戦ができぬ。二人のお腹はすっかり年越し蕎麦を求めていた。

 ホールを出て、周りを見渡す。耳を澄ませると、がやがやと人が集まって話しているような、そんな音が聞こえてくる。ポケットから引っ張り出したマフラーを首に巻いて店の壁沿いを歩いていくと、やがてこじんまりとした屋台が見えてきた。

 白い布のテントの下、長机に置かれた大型のコンロ。揺らめく青い炎に炙られる径の大きい鉄鍋は、煮え立たせた湯のなかで灰色っぽく見える麺を湯搔いている。昇る湯気に乗った素朴で芳醇な香りが、二人の鼻腔をくすぐり、食欲を大きく搔き立てた。

 二人が来た時点で、テントに並ぶ人数は5人。全員男。ダウンやジャンパー姿で、夜が更けて一層冷え込んだ桑名の清澄な空気から身を守っている。

 回転が速く、1分もしないうちに二人の番が回ってきた。蕎麦は一杯100円で、ねぎやかまぼこといったトッピングは追加料金なしに付いてくる。黒いジャケットを来た店員に100円を渡し、割り箸と蕎麦が入った発泡スチロール製の小ぶりなどんぶりを受け取った。後ろに客はいなかったので。蕎麦と汁がなみなみ入っているそれに振動を与えないようにそっと離れる。

 星田が受け取っているのを横目に、マスクを顎下に下げて、かさを減らすべく湯気を出す琥珀色のそばつゆをずずずと口に含んだ。

 

「――沁みる」

 

 鰹と昆布が効いた奥深い味わいが北山の舌を覆う。割高なめんつゆを使っているのか、とかそういう考えは邪念として切り捨て、今はただ数時間ぶりの食事を歓迎していた。器を持つ両手が熱いぐらい温かい。かの大事件で日清のカップヌードルを手にした機動隊もこういう気分だったのかな、と北山は一人考えた。それから割り箸を手と口で割り、それでもって面を食す。手打ちではなく、高級な既製品を使っているわけでもだろうが、しかしそんなことを気にする北山ではなかった。屋台と少し離れたなにもないところに突っ立ち、女性らしかぬ豪快さで蕎麦を食す。傍からはだいぶ変わった女性に見えていることだろう。

 少しして、受け取った蕎麦を片手に星田が店に入ろうと言ってくる。入るのはいいが、果たして座れるところはあるのだろうか。既に麺を半分以上胃に収めた北山はねぎを口に入れつつ頷き、先を行った星田の背を追った。

 

 

 

 食べ終えた蕎麦の器をゴミ箱に放り入れ、店内の様子を見て回る。スロットコーナーは相変わらずの稼働具合で、やはり空き台はなかなか見つからない。メイン機種は出玉の状況もよく、一部機種には全台に高設定が入っているところもあるようだ。

 年越しまで1時間もないスロットの現状を一通り確認し、パチンココーナーのほうを見に行こうとしたとき、ふと視界に見覚えのある後ろ姿が移り込んだ。

 5号機を代表するのスロットの一つであり店のメイン機種《ミリオンゴッド-神々の凱旋-》を打つ人物だった。厚手の黒いスタジャンを着て、缶バッジを付けた帽子を被っている。黒くて長い、毛先を真っすぐに切り揃えた女性だった。台の上には出玉たるメダルがいっぱいに入ったドル箱が3箱置かれ、背後には別積みで6箱も鎮座している。チラリと画面を見てみると、ちょうどAT消化中のようで、右上の獲得枚数は9905だった。1万枚まで、100枚を切っている。凱旋の純増枚数は約3.0枚なので、単純に考えるとあと32ゲームで万枚達成となる。

 絶好調のスロットを打つその女の右肩を、北山は軽く叩いた。女が振り向く。

 

「あっお二方!」

 

 凱旋を打つ女――綿貫太陽が、二人の顔を見て破顔した。

 

「絶好調だね」

 

 周りは当然、かなり騒がしい。人の声を通すのが難しく、北山は声を張って綿貫に言う。綿貫は頷くと、喜々として今の状況を語り出した。

 

「天井で当たって80%ループ取って、それをフル活用したりしてやっとここまで辿り着きましたよ!」

「それは凄いね。ゴッド揃いとかは?」

「確定役は一つも引いてないんで、本当にループと上乗せだけです」

 

 なかなかの豪運だね、と北山が返す。

 《ミリオンゴッド-神々の凱旋-》の天井だが、設定変更直後か否かで変動する。設定変更時は基本的に1000ゲームが選択されて、10%で510ゲーム、設定4~6といった高設定に変更した場合は極々低い確率で1480ゲームが選択される。対して、AT終了後の天井は全て1480ゲームだ。凱旋はこの違いにより、設定変更された台か据え置きの台か判別できるようになっている(しかし高設定は先に書いた通り、設定変更後に1480ゲームが選択されることがあるため、完全に判別できるわけではない)。また、いずれの天井であっても同じ恩恵を得られる。それは、ループストックだ。

 天井到達時、2つの恩恵のどちらかを受けられる。前述の通りループストックだが、1%継続か、80%継続かのどちらかだ。2つの振り分けはそれぞれ50%のため、天井到達時は1/2で得られる80%のほうをいかに引き当てるかにかかっているのだ。

 ちなみに凱旋のループストックだが、ATが内部的に当選したゲーム(天井の場合、天井ゲーム数の1000G・510G・1480G)から、引いたループストックの継続率をもとに目に見えないところで毎ゲーム抽選される。すなわち80%のループストックの場合、毎ゲーム80%の確率でATを1セット上乗せ(ストック)するのだ。このループストックは上乗せしない20%を引いた時点で終了となり、次ゲーム以降ループストックによる抽選を行わない。――つまりどういうことかというと、今回の綿貫のような場合、1000ゲームの天井で80%継続のループストックを引き、それでもってATをかなりの数ストックし、万枚のための下地を作ったということになる。ここに至るまで細かな上乗せは当然重ねてきただろうが、しかしこういうところを見ると凱旋のポテンシャルは本当に計り知れないものだなと北山は敬嘆する。

 

「もう万枚は射程圏内なので、ここからは2万枚目指しますよ!」

 

 投資金額は知らないが、1万枚は1枚20円の単純計算で20万円の価値がある。この時点で大勝ちだろうが、彼女は更なる高みを目指すようだ。幸いにもホールは大晦日の大祭典、翌日の24時で営業終了のため、残り24時間以上は打ち続けていられる。体力をそこまで保ち続けていられるかは別問題だが。

 目つきを際立たせる少々攻撃的なメイクの彼女は背後に積まれたドル箱を手でポンと叩く。今までの自身の努力を労うかのようだった。北山は、これほどの出玉を獲得したことがない。いつかは出してみたいものだ、と溜息を漏らす。

 じゃ、頑張って。北山が言い、その場を離れる。後ろから星田の声が聞こえてきた。続いて綿貫の声も微かに聞こえてくる。星田も綿貫に挨拶を交わしたようだ。

 ――パチンコ、4円コーナー。全体的に稼働状態はよく、この時間帯でも空きは少ない。しかし、いややはりというべきか、よく見てみると稼働状態に対しての釘の状態はそこまでよくはなかった。特にバラエティコーナーは顕著で、釘読みができる人ほどこの島には近寄らないだろう。現に北山はこの島の台をジロリと睨みつけては眉を顰めている。

 やはり打つなら、メイン機種しかない。そうするかしないかで期待値(パチンコ・スロットを打って期待される収支)は大きく変わる。機種によるところがあるのはもちろん、ヘソ釘の調整が悪いと当然抽選を受けられる回数が変わってくるのだ。プラス収支を目指すには、大前提として釘の調子が良い台に座る必要があるだろう。

 北山はもう一度、メイン機種の島を見て回る。座っている人間はやはり男ばかり。綿貫以外に見かけた女というと、女性店員が2人と、海物語の島にいた中年の女性1人ぐらいだ。北山と同じ年齢層の女は星田以外に見当たらない。しかし驚くことなかれ、これで普通、これで当然だ。遊技客は男性が圧倒的に多い。

 隣のメイン島に移動。狭い通路を歩いていると、2台空きがあるのを認め、その空き台両方の釘を読む。1台10秒、2台でじっくり20秒。

 

「うん、上等」

 

 これにしよう、と星田に言う。

 

「多分ボーダープラス2から3ぐらいだと思う」

「だいぶ大きいね」

 

 座り、北山はマフラーを外し、やはりポケットにぎゅうぎゅうに詰め込む。これ無駄に生地が厚いんだよな、と愚痴を呈した。星田は持っていたハンドバッグを膝の上に置き、財布を取り出す。

 

「第2ラウンドは北斗無双か」

「初めて打つなー」

 

 言って、二人はサンドに躊躇いなく1万円を挿入した。

 かくして、オールナイト2回戦の火蓋は切られるのだった。

 そして北山はここで――地獄を見るのである。

 

 

 

 二人が座ったパチンコは《ぱちんこCR真・北斗無双》。CR機時代後期の、サミーの名機。

 同名ゲームとのタイアップ機なのだが、本機の魅力はやはりスペックだろう。ST突入率50%で、非突入時は時短が100回転付いてくる。ST130回転中に1/81.2を抽選し、当選したら51%で2400発を獲得できる。ST継続率は約80%。内規が変わり、一回の当たりで最大1500発獲得のP機が登場し始めるなか、最後までホールのメイン機種としてその座を譲らなかった傑作中の傑作――それこそが北斗無双だ。

 空き台2台に座った二人。周りの無双を見回すが、他に空き台は1つもない。やはり1500発よりも2400発。皆、考えていることは同じだ。釘の状態もいい。ここに座って正解であろう。

 

「とにかく早く当たってくれよ。頼むから!」

「319でも早く当たるときは当たるからねー」

 

 通常時大当り確率は1/319.7のハイミドル。極上のスペックを追い求めると、当然このようなスぺックになる。

 球貸を押すと、125玉の銀玉が上皿に流れてくる。右下のハンドルを捻り、盤面に玉を送り込む。

 玉が釘に当たって飛び跳ねて、あっちやこっちに落ちていく。ヘソに入る玉の数を数えていると、左に座る女が訊いてきた。

 

「そういえば北山さんが一番好きな台ってなに?」

 

 少し考え、出てきた機種を口にする。

 

「パチンコは今のところビッグドリームで、スロットはクラセレ」

「版権のは」

「版権は特にはないかな。あっスロットならいっぱい出したっていう意味で初まどかな」

「あーなるほどね。ビッグドリームってどんなの?」

「海みたいな確変タイプなんだけど、右の消化がとにかく速いんだよね。メッチャ爽快で脳汁ドバドバで堪らないって感じ」

「なるほどねー――あっ」

「おっ」

 

 言っていると、星田の台に変化があったようだ。

 

「緑」

 

 星田の台、4つ目の保留(保留とは、ヘソ入賞時に取得した乱数を記憶し、一旦保留しておくシステム。変動中なら4個保留できる。それ以降のヘソ入賞は乱数を取得せず……つまり大当りを抽選できない)が緑保留だ。保留4での緑保留の信頼度は約38.6%。保留1での緑は約11.7%のため、このタイミングでの緑保留はありがたい。

 それから保留を2つ消化したタイミングで、緑保留が赤保留に変化。信頼度は約48.1%。

 

「赤!」

「5割ぐらいあるな」

 

 言っている間にも変動が終わり、保留は赤保留のみ。そこでその赤保留に稲妻が落ち、また保留変化。

 

「金!!」

「おお、まさかのオスイチ?」

 

 先読みで金保留に変化。保留1で金保留に変化した場合の信頼度は約79.2%。

 北斗無双の保留変化はタイミングによって信頼度が変化するが、金保留へはどこで変化しても7割以上の信頼度を誇っている。

 金保留が当該変動へ。

 

「おっおお? なんかいろいろ起こってるよ」

「タイマーにX秒待機が2つと赤SHOCKか」

 

 あとX秒予告は、平たく言えばタイマーのストックだ。始動しているタイマーのほか、現在2つストックされているため、この時点での信頼度は約34.0%。北山が赤SHOCKと呼んだ秘孔フラッシュ予告だが、赤色に発光したため信頼度は約37%。画面右下の闘気LVの値は20。

 タイマーは0秒を迎えると継続と表示された。擬似連だ。NEXTの文字の右横でまた赤色の秘孔フラッシュが発生し、その上から“2”が降ってくる。擬似連演出から、また赤の秘孔フラッシュ。ストックを消費してタイマーが始動。秒数からして、擬似連の示唆だろう。闘気LVは現在39。

 

「いけるかな」

「金保留だし、余程外れないとは思うけれど……でもデュランダルを過去に何回も外したことがある身からすると、過信は禁物」

「うわー嫌なこと聞いちゃった」

 

 また擬似連演出を迎え、ストックを消費してタイマーが始動。文字は赤色で、通常の文字色と比べて信頼度は高い。闘気LVは100に達し、オーラの色が赤に染まる。信頼度は約26.8%。これにより、決戦系リーチか四兄弟リーチへの発展が濃厚になった。テンパイ図柄は6。タイマーの結果は“熱”。その後、ロゴが落下。北斗無双の文字が落下し傾くと、中央の北斗七星が現れた。発光色は白で、約30.8%。

 発展先は決戦リーチ。北斗神拳VS元斗皇拳。北斗神拳VS北斗琉拳なら大チャンスだが、今回は通常パターン。タイトル色は白で、約16.7%。

 

「怪しい」

「なさげ」

 

 もうこの時点で外れと断定した二人。北山は星田の台を覗き込むのをやめ、自身の台に集中する。保留は3つで、今のところ動きはなし。

 胸ポケットからスマホを取り出す。ブラウザを立ち上げ、青空文庫にアクセス。今度はなにを読もうかと考えていると、隣からなにかを引っ搔いたようなやけに高い音が聞こえてきた。

 

「キリンじゃん」

 

 カットインの色がサミーのメーカー柄であるキリン柄が選ばれたようだ。約68.3%の信頼度で、ここまで来たら希望は持てるかもしれない、と北山は再度覗いて眺める。

 後半の七星ギミックは緑色に点灯。約28.4%。

 

「全体的に微妙だわね」

「行け! 当たっちゃえ!」

 

 もう最後の煽りだ。北山はこれまでのチャンスアップを見て評価を述べ、星田は画面を食い入るように見つめる。

 そして――、

 

「よしキタッ!!」

 

 台に向かって叫んだのは星田である。6図柄が揃い、大当り。ロゴが落下し、大当りを祝福する。

 それから昇格演出が成功し、星田は無事にSTを獲得した。

 

「まさかのオスイチか……」

 

 どうやら、本日の星田の運はすこぶる良いらしい。朝からボコボコの北山とは対照的だ。

 マジで当てないとな、と北山は自分の台に視線を移す。ヘソ釘に当たった玉が弾かれ、アウトに吸い込まれていった。

 年越しまで、30分を切っていた。

 

 

 

 深夜2時。ちらほらと空き台が見受けられるが、しかし全開営業中に変わりはない。

 年越しの瞬間は店の放送で知り、一緒に遊びに来ている同級生と本年最初の挨拶を交わした。それまでの間、初当たりはなかった。

 財布に備えた一万円札はサンドの闇へと瞬く間に消えていった。消えれば消えるほど、北山は特殊なインクで描かれた諭吉に感情移入し、そのうち「ごめんな、ごめんな」とか戯言をぶつぶつとつぶめきながらサンドに突っ込んでいった。その様子を見て、財布から金を取り出そうとする北山の左手を摑んだ星田が「もうやめておいたほうがいいじゃないかな……」と、遊技をやめるよう声をかけるが、北山は止めてくれるなよと静止を振り切り、初当たり目指して遊技を続けた。

 ――では、今の状況を見てみよう。

 

「……」

「あら、あららら……」

 

 北山、撃沈。軍資金は残り5000円。55000円を消費し、一度も大当りが発生しなかったのである。午前の分を含めて、95000円をすったことになる。

 黒髪が艶やかで美しい28歳の女が、筐体に項垂れ、意気消沈している。右手はハンドルを握り、残っていない玉をいまだに打ち出そうとしている。筐体内部で玉を発射する機構が作動しているのを耳でしかと感じ取っていた。

 このレベルのマイナス、大敗は久し振りだった。パチンコを始めたての頃、ムキになって7万投資し、なにも返ってこなかったあのときを、北山は思い出した、思い出してしまった。この記憶は人生で3番目に思い出したくない記憶である。なんてことだ、ハイミドルにしてやられたぜ。ちくしょおぉー。呻き嘆く北山に左から肩を組む星田が、北山の耳元で優しく囁いた。

 

「もう、戻ろっか」

 

 星田の言葉にぶるりと身を振るわせた北山は身を起こすと、首を縦に振った。

 

 

 

 終電は果たして何時間前だろうか。電車で名古屋には戻れないため、昨日の早朝にタクシーで向かったように、元日の未明にタクシーで名古屋に向かうことにした。

 なかなか捕まえられないとは思っていたが、しかし大通りに個人タクシーが停まっていたため、すぐに名古屋に向かうことができた。若い男の運転手曰く、公共交通機関でこの店に来ていて、大当りが連荘して終電を逃した人をターゲットにしていたらしい。生憎、その二人は逆である。

 伊勢湾岸道を上るタクシーのなかで、5万使って出玉なし? と運転手が驚いて聞き返した。

 

「それは辛いですね。僕も時々打つので気持ちは痛いぐらい分かりますよ」

「だって。よかったね北山さん」

「なにもよくねぇよー」

 

 言いつつ、LINEに届いた新年の挨拶を眺める北山。今の時間も起きているであろう妹に対しては、2時という大変遅い時間にも関わらず挨拶を返した。すぐに既読が付く。

 

「ていうかさ、マジで足腰バキバキなんだけれど。年齢が重なると長時間の同じ姿勢がこうも辛くなってくるとは思わないじゃん」

「それすっごい分かる。私も30分ぐらいで右腕の疲労が凄くてさ。肘置きあるのにだよ。嫌でもアラサーに近づいてきてるって感じちゃう」

「だよなぁ」

 

 そして、二人して溜息を吐いた。

 

「体がガタつかないようにするには、やっぱ運動って重要ですよ」

 

 橙の照明に照らされた左車線を走るタクシー。後続車が車線変更して右から追い抜いていく。二人の会話を聞いて、運転手が口を挟んできた。

 運動。確かにそうだ。特に腰痛を未然に防ぐのに、適度な運動は非常に重要かつ有効だ。運動ねぇ、と北山が反芻する。

 

「運動してる?」

「日課にしてるのは、お風呂入ったあとのストレッチぐらいかな。あっあと最近はYouTubeで観た、朝食の前の腹筋トレーニングをやってる」

「へぇ」

「北山さんは?」

「腹筋ローラーを、思い出したらやるぐらい。やった次の日に大体筋肉痛になる」

「……せめてラジオ体操ぐらいやったら?」

 

 それでもだいぶ変わると思うけれど。星田の言葉で、やけに耳が痛くなった。

 

「ジムとかどうです。値は張りますけれど、元を取るぐらいの努力をすればそれに見合ったリターンは保証されますよ」

「確かに、筋肉は裏切らないってよく言いますよね」

「ええ。筋トレしたあとのサウナとかまた格別ですよ」

「サウナ」

 

 サウナ。この言葉に反応したのは星田だった。北山は会話を聞き流しつつ、Twitterのタイムラインを下から上へと流していく。

 

「ええ。シャワーに加えてサウナ付きのジムとかあるんですよ」

「そうなんですか、いいですね」

「ええ、さすがにロウリュはできないところのほうが多いですけれどね」

「ふむふむ」

 

 ロウリュ。北山の知らない言葉だった。星田は知っているらしい。運転手の言葉に頷いている。

 

「じゃあ東京に戻ったらそういうジムを探してみますか」

「おお、東京から来たんですかわざわざ」

「一度は体験してみたかったので」

 

 言うと、コートの内ポケットから徐にスマホを取り出し、

 

「北山さん」

 

 と、隣にいる女を呼ぶ。北山がなに、と、視線を寄こすと、

 

「このあと、時間ある?」

 

 と訊いてきた。

 

 

 

 愛知は名古屋市、中区にある名古屋随一の繁華街、栄。大須商店街から久屋大通に出て北に歩けば、それほど時間を要さずに着く。北山の実家からもアクセスしやすいこの地に、二人は降り立った。

 で、二人はここでなにをしているのかというと――、

 

「……」

「はあー……生き返るぅ」

 

 サウナにいた。

 時刻は3時を過ぎている。髪にヘアオイルを塗って緩く結び、軽く絞ったタオルでタオルターバンを作って髪を覆った北山は、サウナルームの熱波を全裸のその身に浴びている。隣に座る星田も同じことをしている。

 どうしてここにいるのかというと、星田が誘ってきたからだ。タクシーのなかで、サウナに行かないか、と訊いてきたのだ。

 北山はこれまでの人生で一度もサウナに入ったことがなかった。だから星田の言葉を受けて、人として、また創作者としても、サウナがどんなものなのかという興味が急に芽生えたのだ。

 星田が見つけた、栄にあるプライベートサウナ。この店は早朝5時まで営業しているため、深夜3時からでもなんの問題もなく利用できた。

 プライベートサウナというからに、一人だけで利用できる小さなサウナルームを思い浮かべた北山だが、その想像は合っていた。予約した、1人から2人までの利用を想定したサウナルームに、北山と星田の二人だけが入っている。

 じりじりと、自身の柔肌に強烈な熱波が当たるのを感じる。熱い。しかし、全然嫌ではない。むしろ、これは好きだ。心地いい。そう感じる。

 

「ねえ、北山さん」

 

 壁際に座る北山の隣、右に座る星田が、北山に言う。北山が視線を向けると、目が合った。星田は、外そうとしない。

 

「去年の夏、二人で打ちに行ったときのこと、覚えてる?」

 

 去年の夏。ああ、ジャグラーとシンフォ打ったときの。北山は首肯する。

 

「あのとき話したなかで、高校のときは知らなかった北山さんのことを色々知ってさ。高校のときから()()()だなって思ってはいたんだけれど、これまでの関わりで、思っているよりもずっとしたたかで、人を惹きつける人なんだなって――私も物凄く、北山さんに惹かれちゃった」

 

 そうか? とは思うものの、北山は北山への言葉に口を挟まず、黙って静かに聞いている。

 だからさ、と一拍置いて、星田が言う。

 

「――ちょっとだけ、私の話、聞いてくれる?」

 

 ああ、なるほど。それが本題か。

 北山は、やはりなにも言わず、首を縦に振って答えた。




 お待たせしたのでいつもの3倍のボリュームで。星田がなにか話すそうですよ。
 誤字がありましたら誤字報告願います。


 Xで進捗報告その他諸々ポストしていますので、もしよろしければフォローお願いします。ポストは最新話の投稿後に集中しているので、タイムラインを汚すことはないと思います。リツイートも滅多にしないので(いいねは時々しますが……)。
 https://twitter.com/ST100PERCENT

 評価リンク:じゃ、サウナ入ってきます……。

 ※12月17日追記……年内に最新話投稿します。
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