その清楚系、パチカスにつき。   作:継続率3000倍

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かつて歩んできた道について

「1980年代、東京都のあるところに、医者が二人いました。どちらも名字が星田で、男の名前は勝、女の名前は明美。そうです、この二人は後に星田ゆりの親になる二人なのです」

 

 サウナルームの室温は90度、湿度は25度。女二人の体感温度は61度ほど。二人はハンドタオルで頭部を覆っている。自身の髪を熱から守るためだ。それ以外にタオルは着けていない。熱波を浴び、全身で汗をかいている。

 前を向き、おもむろに口を開いた星田が言う。子供に昔話を語りかけるような話し方だ。胸元に実る二つの果実の下で腕を組む北山は、ぼんやりする思考のなかで同級生の語りに耳を傾ける。ちらりと星田の横顔を見ると、頰を伝って顎の先に溜まる汗が大きくなり、自分の重みに耐えきれず落ち、谷間を濡らすのが見えた。

 

「お父さんもお母さんも慶應の医学部出身で、そこで知り合った二人はなんやかんやあって最終的に私を産みました」

「適当だな」

「私の親の馴れ初め知っても特に得るものはないと思うけれど」

「まぁー違いねぇな」

「それはそれでっ」

 

 北山のなにも考えられていない発言に、くふふっとおかしそうに笑みを浮かべた星田が、淀みなく言葉を紡いでいく。

 

「ここからが重要だよ。よく聴いて」

「ほう」

「医師のエリート街道をまっすぐ進む二人が産んだ子供、星田ゆりは、勉強を苦に思わない両親とは真逆を行き、意地でも勉強しない子供でした。興味がないものは必然的に学びたくなく、学校の授業が苦痛で仕方のない子供でした。一言で表すと勉強嫌いです。ですがそんなななかで真面目に受けた授業もあります。小学校のときは図画工作と家庭科。中学のときは家庭科と技術と美術。これらは苦痛とは思いませんでした。なにかを作っているのが好きだったのです」

 

 星田はそういうタイプの子供だったのか。あまり想像できないな。

 北山の脳裏に浮かぶのは、小学4年生のときに席替えで一度だけ隣の席になった男子。その男子は主要教科ではいつも居眠りしてばかりだったが、体育や、星田が挙げたような教科では張り切っていた。遊ぶ感覚で授業を受けていたのだろう。こいつがその男子と同じようなタイプだったとは。これまでの付き合いで知った『星田ゆり』という人間からは、どうにも想像できなかった。

 

「そんな私を、お母さんは許しませんでした」

 

 口調は軽やかだったが、顔に落とした仄暗い影を、北山は目ざとく認めた。速まる鼓動が全身に伝わる。サウナの環境下にいるからか、星田の話に緊張しているのか、北山には分からなかった。

 

「人生において勉強がなによりも大切だと信じて疑わないお母さんは、私を無理矢理机に向かわせようとしました。小学校はごく普通の公立校でしたので、中学受験で周りとの差を付けようとします。難関中学の受験を目指すための学習塾――その塾の入塾テストに合格するための塾に通うことになった私は、ここで自分の勉強嫌いが加速します。その塾はレベルは高いものの、スパルタでした。いえ、スパルタだったからこそ塾生が恐れをなした結果否が応でも成績が上がった、と言うべきでしょうか。塾で定期的に行われるテストで、不正解があると、しっぺやビンタという体罰を受けなくてはなりません。小学2年生のとき、塾に入って初めてのテストで不正解をいくつも作った私は、強面の塾長から間違えた解答の分だけビンタされました」

「その頃には体罰の時代はもう終わっているはずだけれど……」

「そうです。教育の場で体罰は時代にそぐわないとしてどんどん廃れていきましたが、私が通った塾ではありました。そんな塾であることを、私は知らされぬまま通っていたのです。ともあれただ間違えただけなのにビンタされるなど、理不尽もいいところ。私は呆然としたまま帰路につき、体罰を振るわれたことをたまたま帰ってきていたお母さんに言いました」

 

 ここで星田が、一拍置く。そのほんの少しの間は、星田が過去を振り返ったためにできた僅か一瞬の、しかし途方もなく長い思考のタイムラグ。星田にも、思い出したくない過去があるのかな。星田が再び話し始めるまでに、これから星田が語ることをなんとなく察した北山は、人は誰しも苦い過去を持っているのかもしれないと、そういう意味では自分と星田はそう変わらない人間なんだな、と形容しがたい親近感が湧いた。

 果たして、北山の予想は、真実となる。

 

「するとお母さんは、感情が乗っていない目を私に向けて『貴方が間違えるからいけないのでしょう』と冷たく言い捨てました」




 前回の12%弱の文字数でお届けとなります。年明けにいっぱい書くので許してください。
 これから星田が自身の過去を語ります。どんな道を歩んできたのでしょう。
 誤字がありましたら誤字報告願います。


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