その清楚系、パチカスにつき。   作:継続率3000倍

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内通者篇
同窓会


 六本木といえば日本有数の繁華街であり海外からの旅客にも人気のある観光地だが、同時にオフィスビルも多く建ち並ぶビジネス街の要素を併せ持つ。また、江戸時代は武家地の様相を呈したこの地は現在、東京の中でもとくに地価が高く、富裕層が集う邸宅街でもあった。

 二〇二〇年五月四日。この日はゴールデンウィークの三日目であり、昼前の六本木には普段よりも多くの人が行き交っている。大学生ぐらいの男女の集団、丁寧な生活を送っていそうな家族連れ、キャリーケースを引いてスマホ片手に周囲をキョロキョロ見回すサングラス姿の外国人、美女を引き連れた初老の男性、明らかに高価な腕時計をつけたスーツ姿のサラリーマンにOL――実にさまざまな人々が、初夏の六本木を歩いている。

 その様子を目に焼きつけながら、愛車で車道を疾走する女が一人。

 

「やっぱり、ツーリングは季節の移り変わりが最適だ」

 

 声はヘルメットにこもり、くぐもって自身の耳に届いた。

 夕日のように赤いバイク、ドゥカティ999Sに乗って六本木の広い道路を走る女、北山洋子。美少女ゲームメーカーEveにて、シナリオライターとして働く二十八歳。今年で二十九歳になる北山はいよいよ本格的にアラサーへと突入するが、この女にとってそれはとくに問題ではなかった。ただただ、今年も一つ年を取ったなぁ、と思うだけであった。人は老いていくもので、それは仕方のないことだ。どこかで受け入れなければならない。北山は老化現象について、早い時期から許容する意思を自身の心の中に持っていた。だから、たとえ三十代に近づいたとて、不安や不満を抱きはしなかったし、これからも抱かず生きていくだろう。

 信号が青に変わり、左折。歩行者が横断したのを確認してから進む。途中、路肩にハザードをつけて停車している橙色の平たい車を避けるべく右の車線に路線変更。左後ろに流れていくその車をミラー越しにちらりと見やる。ランボルギーニだった。

 六本木は港区にある。港区は東京都の中で一番平均年収が高く、六本木でなくとも富豪が集まる一等地だ。ゆえに道を走る車は高級車で溢れかえっている。ちょうど赤信号に捕まったため、いま自分の近くに止まっている車の車種はどんなものがあるか確かめてみた。

 北山の目の前にはベンツ。右前にはフェラーリ。右にはベンツ。右後ろにはアストンマーティン。後ろにはアウディ。左後ろにはフロントガラスの内側に初心者マークを貼ったマクラーレン。左にはベンツ。左前にもベンツ。

 

「何かベンツ多くない?」

 

 八台中四台がベンツだった。今日はメルセデス日和か、などと戯言を思わず口から漏らした。

 全方位を高級車に囲まれた北山に逃げ場はない。これからしばらくの間、世界で一番法令遵守した安全運転をすることになる。安全運転はいつも心がけているが、これほど緊張する運転はいままで一度だってなかった。パトカーに後ろ走られるよりも手が震えそうだ。というかお前ら何で揃いも揃って外車なんだよ。国産車乗れよ、プリウスとか。

 信号が青に変わる。前方のベンツが前を進む。ギアをローにして、クラッチを開けて前進する。乾式クラッチの特徴的な金属音が、北山の気分を高揚させる。整備費はかかるが、それ以上に乗っていて楽しい。本当にいい買い物をした。

 

「あぁー……とりあえずマクラーレンに一番注意しよ」

 

 独り言は周囲の車の排気音に搔き消される。右前のフェラーリがやたら空ぶかししていてとてもうるさい。

 左後ろを走っているであろうマクラーレンのフロントガラスの内側に、吸盤で初心者マークが貼ってあった。初心者マークの高級車――このフレーズを聞いただけで恐怖を抱く。非常に近寄りたくない(なおマークのこの貼り方は不適切なので注意されたし)。

 まあ初心者だし、調子に乗りはしないだろうけれど、最大限注意しておこう。

 しかしまあ、住んでる世界が本当に違う。ゆりはこういうところで生活していたんだよな。よくそれで一般人の価値観を身につけられたよ。

 星田ゆり。港区で育ち、港区で暮らす、北山の同級生。医者と医者の間に生まれた一人娘。

 ゆりならどんな車を選ぶだろうか。

 

「もしかしたらお下がりを押し付けられるかもな」

 

 あいつの親や爺さんが何を乗ってるか知らんが。

 ひとまずフェラーリから降りる星田を想像する。どういうわけか、鮮明に想像できる。星田から漂う感じにくい高潔な気品が、高級車と相性がいいのだろう。

 

 

 

 六本木通りを左に抜け、コインパーキングに駐める。普通車用駐車スペースの余ったところに、予約制の二輪車駐輪スペースがあるのだ。一週間前に予約サイトで確認すると運よく枠が空いていたため、本日こうして駐輪している。バイク、とくに中型バイクや大型バイクは、都心の駐車場において肩身が狭いのだ。

 999Sのスタンドを立て、エンジンを切る。ハンドルを左に切り、ハンドルロックして鍵を抜く。バイクから降り、背負ったリュックから北山はいろいろ取り出しはじめた。

 フロントとリア、両方のブレーキディスクの穴にディスクロックを装着する。このディスクロックはアラーム機能を備えていて、無理に取り外そうとするとたちまちけたたましい音をまき散らす。ハンドル右側のレバーはフロントブレーキだが、そこにもロックをつける。これでブレーキ操作ができなくなる。グレーのバイクカバーで車体を覆い隠すと、カバーのタイヤ部分に開いた穴とフロントとリアのホイールにチェーンロックを通す。フロント側にアースロック用の金属の輪がアスファルトに打ち込まれているので、フロントのチェーンロックはそこにも通しておく。

 

「よし」

 

 各作業をテキパキ進め、短時間で盗難対策を終えた。北山はツーリング先で長時間駐輪するとき、毎回これぐらいは対策している。

 車が盗難されるように、バイクも盗難の被害に遭う。ゆえに盗難対策を講じなければならない。

 バイクの場合、特殊な機械にバイクを載せて、それごとトラックに積んで持ち去る事例がある。そのため地面に設けられたリングや建造物にロックを通して固定する方法がかなり重要だ。この方法をアースロックという。今回の駐輪場はアースロック用のリングが設置されていた。このコインパーキングの管理者はバイクに対しての思いやりがあるらしい。

 また、盗難されないようにするためには姿を見せないようにするのも大切な要素だ。姿形がわからなければ、盗難に値する代物かどうかの区別がつかなくなるからだ。

 一括で払ったこのバイクを、下衆の手に渡らせるわけにはいかないのだ。

 

「さて……あっヘルメット」

 

 被ったままだった。Dリング式のあごひもを外し、ヘルメットを脱ぐ。頭と顔を覆うフェイスガードは、脱いだら畳んでジャケットのポケットに突っ込んだ。AGVのヘルメットは左腕に抱える。

 リュックを背負い直した北山は、待ち合わせ場所である六本木駅の三番出口に向かう。いまの位置から徒歩で約三分。道順は家を出る直前に覚えた。自宅からここまでのツーリングルート諸共、頭の中に入っている。

 一方通行の道を逆らって歩き、大通りに出る。左に曲がれば、待ち合わせ場所はすぐそこだ。

 

 

 

 そもそもどうして今回のツーリング先が六本木なのかというと、この地にある居酒屋で飲み会をするからだ。ツーリングはついでである。

 今回の飲み会に、北山の同級生や職場の後輩はいない。ましてや姉や妹もいない。そして発案者は、当然北山ではない。

 北山の視線の先、およそ五メートル。革ジャンを着たやたらガタイのいいスキンヘッドの大男が、サングラス姿で歩道の脇にいる。眉間に皺を寄らせたこの男から、反社会的な何かを思わせる威圧感がにじみ出ている。スマホを見ることもせずに、両手をポケットに突っ込んでただ俯いて佇んでいる。二〇〇センチを超えているかもわからないその姿は、もはや不審者のそれだった。

 歩行者の誰もが、無意識に距離を置いて通っていく。もしかしたら人間の本能が警鐘を鳴らしているのかもしれない。

 そんな大男に躊躇せず近づいた北山は、男の右に立つと、

 

「起きろっ!」

 

 右手で男の頭頂部を容赦なく叩いた。ベチンッ、とそこまで気持ちよくない音が小さく響いた。

 バッと顔を上げた男は頭をさすりながら周囲を見回し、やがて右にいる北山を認めた。サングラス越しに、目が合った気がした。

 

「なんだ洋子か、ビックリしたぁ」

 

 男は自分の頭を叩いたのが北山だと知るや否や、いままで周囲に放っていた威圧感を感じさせない、ともすれば情けない声色で安堵した。絶妙に低く腹に響く声であるだけに、情けなさが倍増している。

 表情が急激に柔和になった男の様子を見て、右手を腰に当てた北山は、とても深いため息をついた。

 

「昨晩の就寝時刻は?」

「えーっと、四時ぐらい」

「じゃあ起床時刻は?」

「六時!」

 

 歯を出した自信満々の笑みと一緒にサムズアップする男に呆れ、思わず頭を抱えた。

 つまりこの男は、午前四時から六時までの二時間しか睡眠していないことになる。二時間の睡眠では、考えるまでもなく寝不足に陥る。日中の活動に支障をきたす可能性がかなり高い。

 

「大熊さん、あんたいい加減生活リズム正さないと死にますよ」

 

 そう、歩道で威圧感を出していたこの男――大熊兼雄はつまり、寝ていたのだ。直立しながら、サングラスの裏で瞳を閉じて、眠っていたのだ。

 もう一度大きなため息をついた北山は、大熊の言葉に眉を顰めた。

 

「職場の人間から数えられないぐらい言われてきたぜ」

「誇んなよそんなことを。私、一応本気で心配しているんですけれど」

「それはありがたいね。でもな、やめらんねぇんだ……夜更かしが」

「険しい顔してクソみたいなこと言わんでくださいよ」

 

 北山の言葉に大熊はげらげら笑う。この人を見ているとこっちが体調悪くなってくる。どうしてこんな生活を続けても平気なのだろう。大熊を何年も前から知っている北山は、何年たってもその頑丈な肉体が不思議で仕方なかった。

 もういいや、と考えるのをやめた北山は左手首の腕時計を見る。十一時四十二分。集合時間は正午なのだが、北山は時間前行動に余念がない。今回の飲み会の幹事である大熊も、しっかり時間前に集合している。

 

「あいつら、ちゃんと来ますかね」

「とくに何も言ってないから大丈夫だと思うぜ」

 

 集合時刻は正午で、あと十八分弱ある。飲み会にはあと二人来るが、LINEのグループを見るもとくに何も書き込まれていない。それイコール何も問題ないと理解した北山は、ジャケットの胸ポケットにスマホをしまった。

 

「ちょっと化粧直してきます」

「おお、行ってら」

 

 大熊に一言告げ、六本木駅への階段を下りていく。電車に乗るのではなく、駅のトイレに用がある。

 女のバイク乗りの宿命である、メイクの問題。北山もこの宿命から逃れることはできない。目的地が人があまり集まらないような場所ならともかく、ここは六本木。人の視線が無限にある。北山は有象無象の視線など気にしない性分だが、だからといってノーメイクで街に出歩くほど女を捨てていなかった。

 大きめのリュックサックの底にコスメポーチがある。中に入っている品々の総額は、下手したらバイクのセキュリティ用品よりも高くついている。プチプラからデパコスまで、価格の幅は広く、種類も多い。

 これから来る二人も見知った間柄ではあるが、しかし見せるのなら最高の自分を見せたい。

 北山だって、一人の女なのだ。

 

 

 

 化粧を直している間に、残りの二人は到着していた。駅から戻った北山も合流し、予約してある居酒屋へ。

 六本木駅から歩いて五分、大通りの外れにあるその完全予約制の居酒屋は、個室の海鮮居酒屋となっている。価格が時価とある品が多くあり、提供する酒類も超一級品だ。

 個室の居酒屋、というフレーズにいい印象を抱かない北山だが、しかし口コミのほうは上々だった。サクラ臭さも感じず、同じ人間が別人を装って書いたであろう口コミも見受けられなかった。電話番号を調べても別の店名が出てくるようなこともなかった。

 自分が払うわけじゃないし、最悪ぼったくりじゃなければ何でもいいか。食べログにあった育ちの悪そうな口コミを記憶から消し、メニューのソフトドリンクの項を眺める。店員がドリンクを何にするか訊きにきている。ほかの三人は飲みたいものをさっさと答えていて、北山はまだ決まっていなかった。

 

「このコーラってペプシですか」

「え?」

 

 メニューには『コーラ』とだけあった。それがコカ・コーラなのかペプシコーラなのか、北山としては明確にさせておきたかった。なぜ男と女の間に争いは絶えないのか、どうして根拠に乏しい論説を信じる人間が絶えないのか――そんなことを差し置いてでも、北山にとってははっきりさせなければならないのだ。

 予想外の質問だったのだろう。鳩が豆鉄砲を食ったような顔をするのも仕方のないことだ。このような場所を利用する客の中にコーラのメーカーを気にするような人間はいない。むしろどうでもよく思っているに違いない。北山がおかしいのだ。

 

「いえ、当店が提供するのはコカ・コーラのコーラでございます」

「わかりました、ではそれを」

「かしこまりました」

 

 言って、店員は引き下がっていった。

 

「先輩、相変わらずペプシ好きっすね」

 

 四人掛けのテーブル席、北山が壁側に座っているが、その向かいに座っているのは、大学時代の北山の後輩――長宗我部晴馬。無地の半袖シャツにジーパンというラフな服装の男。中肉中背、可もなく不可もない顔。清潔感はある。

 

「ペプシじゃないと物足りないんだよ。コカ・コーラに比べるとちょっとだけ酸味があるんだけれど、そこが味に深みを持たせている要因かもしれん」

「洋子、偏食はいただけないぜ」

「睡眠時間短いあんたに言われたくねぇよ」

「一日の平均睡眠時間が三時間未満の人には言われたくないですよね」

 

 北山の言葉に同調したのは、岡崎(はじめ)。大学のもう一人の後輩。合流してから現在まで、にこやかな笑顔を絶えず浮かべている。北山が大学で初めて会ったときからこのような表情をよくしていた、いつしかこいつの表情筋はこの状態で固まっているのではないかとさえ思っていた。

 ここで年齢について一応説明しておくが、二〇二〇年で大熊は三十一、北山は二十九、長宗我部と岡崎が二十八だ。かれこれ九年以上の付き合いとなる。

 注文してから一分とたたずにドリンクが到着した。北山はコカ・コーラ、大熊と長宗我部は生中、岡崎は梅酒のソーダ割り。

 

「えーそれでは、本日幹事を務めさせていただく私めが音頭を取らせていただきます」

 

 咳払いをしてから、大熊がジョッキ片手に立ち上がった。二メートル近い長身ゆえ、下から見上げると背の高さがより際立つ。巌のような険しさを持つ肉体は、果たして寝不足に根を上げるときがくるのだろうか。ちなみに北山と長宗我部と岡崎はドリンクを手に持っているものの、立つ気がさらさらなさそうだ。

 

「こうして集まれているのは、かつて苦楽を共にした全員が表現研究会で得たものをいままでの人生に十全に活かされているからだと思います。また、私が酔った勢いでネットで買った馬券が的中したからでもあります。ありがとうデアリングタクト、ありがとうJRA! オークスでも俺にお金くれ! 乾杯ッ!」

「クソみてぇな乾杯だな」

 

 ツッコんだのは長宗我部だった。というのもこの飲み会、大熊が口にしたように競馬で勝ったために開かれた祝勝会でもある。仕事で知り合った人に誘われて、ウインズで買った三連単。一応その場でデータ分析してみたものの、途中で面倒臭くなり適当に決めた三頭で臨んだところ、見事的中。一瞬にして大金を得たのだ。それゆえ本日は競馬で勝利した大熊の奢りである。道すがら、「ビギナーズラックさまさまだぜ」と大熊は喜んでいた。

 コーラがいっぱい入ったジョッキを座っている二人のジョッキに当てて、本日の一杯目を歓迎する。

 口に含んだ瞬間から伝わる甘みと酸味と刺激。炭酸が激しく弾けて、もはや舌も喉が痛いほどだ。だがそこがいい。苦痛も気にせずコーラを呷る。ゴギュ、ゴギュ、と豪快な音を立てて飲み干して、ジョッキを机にそっと置いた。

 

「はー……美味い」




 お待たせしました。最終章開始です。様子を見て、二日~三日間隔で投稿してまいります。それ以上開く場合は、その都度お知らせします。
 誤字がありましたら誤字報告願います。

 冬コミ二日目に、プロローグから豊藤優子篇までを収録した本を頒布します。本のほか、(いままでやってこなかった)キャラクターのプロフィールをまとめたペーパーも配ろうかと思っています。余裕があれば追加で書きます(なお本作は完結後、加筆修正したものをカクヨムに投稿する予定です。そちらも本にできたらする予定であります)。
 サークルの情報は下記URLからご確認ください。
 https://webcatalog.circle.ms/Perma/Circle/10478964/
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