その清楚系、パチカスにつき。   作:継続率3000倍

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表現研究会

 ――さて、そろそろこの四人の関係について記しておく。

 四人は大学時代、表現研究会というサークルに所属していた。サークルと形容してはいるが実際のところ大学には届け出をしていない非公認サークルで、顧問はいなかった。また、構成員はこの四人以外では一人もいなかった。

 表現研究会とは、様々な媒体である一点の表現方法・手法を模索、研究するサークルだ。その『ある一点』というのが、このサークルの肝だ。

 表現研究会――またの名を、艶美表現研究会。

 艶美。艶やかに美しく――人間の根源たるエロティシズムを、ありとあらゆる表現を用いて多角的に研究し、自分たちが納得するところまで持っていく。それが表現研究会だ。

 サークルの主宰が大熊で、北山以外の二人は大熊から誘われる形で入会した。北山は、活動内容が伝言ゲームよろしく曲解され、大学随一のヤリサーであると誤解されている時期に、大学職員に詰められて意気消沈状態の大熊に正しい活動内容を聞き、魅力を感じて入会した。研究会の誤解について、入会した北山を憂う名の知らぬ女子大生らに、サークルの活動方針・内容を誤解が生じないよう細かく説明したところ、一ヶ月ほどしたところで誤解や噂を耳にしなくなった。

 裏で『ヤリサーの姫』という名誉毀損も甚だしいあだ名で呼ばれていた北山。それについて北山は別にどうでもよかったが、しかし自分の周りにいる三人の男衆は自分の取り巻きだとか、逆に男どもに弱みを握られていて逆らえないだとか、自分以外に作用するような誤解が付随していたため、普段会話しない女子大生らに頼って誤解を解く内容の話を拡散してもらったのだ。

 誤解は次第に薄れていき、刺さる視線も少なくなった。表現研究会は淫らな行為に耽るためのものではなく、至って真面目にエロを探求するサークルであると浸透していった。

 たった二年の活動期間の中で良くも悪くも功績を複数遺したことから、《表現研究会》の名は四人の母校で、なかば都市伝説扱いされつつ語り継がれている。

 

「では近況報告といこうか。最近どう?」

 

 空になったジョッキを置いた大熊がそういうと、じゃあ俺から、と長宗我部が挙手した。

 

「まだ企画段階なんですけれど、俺の処女作が映画化します」

「マジかよ、スゲーなお前!」

「やるじゃん」

 

 大熊と北山は瞠目し、岡崎は拍手して称えている。

 長宗我部の本業は官能小説家だ。大学在学中に応募した小説が新人賞を受賞してデビュー。以降いまに至るまで官能小説の最前線に立ち、抜ける話を書き続けている。この男、これまで性的な物語しか書いたことないのだから末恐ろしい。

 そんな長宗我部の処女作もとい出世作は『コンプレックスの煮汁』という題の、ロリータコンプレックスやマザーコンプレックスといった偏愛をストーリー内で正当化し、各主人公たちの思考をこれでもかというほどミチミチに詰め込んだオムニバス形式の怪作だ。改行と感嘆符と疑問符の後ろのスペースを無視し、押し込めるだけ押し込んだこれは、確実に新たな小説体験を与えてくれる。

 北山はこの小説に少なからず影響されている節がある。シナリオで性的な偏愛の要素を出そうとするとき、長宗我部の本が参考資料として心強い味方となっている。

 

「いつ観れるようになるかね」

「まだ何とも言えないですけれど、確実に十八禁にはなるかと」

「まあだろうな。でもエロシーンを飛ばしたシーンだけでも、異常な偏愛を描いた映画として上手くまとまりそうな気はするけどなぁ」

「それだと作品の魅力半減でしょ。まぐわうシーンがあってこそだよ。何ならあんたのAVでやったらいいじゃん」

「あっそれいいかも。企画出してみようかな」

 

 北山の提案に、大熊は腕を組んだ。結構本気で考えているようだ。この男、アダルトビデオのことになると、誰よりも真剣だ。

 

「そういや大熊さん、新作観ましたよ。フィンランドの」

「ああ、あれ観てくれたか。いやぁ嬉しいねぇ。何といってもうちの作品の中で過去最高予算のだからな。観てもらわないと困るわ」

 

 大熊はAV監督として、アダルトビデオメーカーに勤めている(業界内では、監督ではなくディレクターと呼称されるのが一般的)。自身の作品に出演する女性は、若い人から熟女まで、清楚系からギャルまで幅広く手掛けるため、さまざまな層から支持を得ている。最近は同人作品の実写化にも力を入れていて、北山の提案は大熊にとって魅力的なのだろう。

 最近の新作は、三組の男女がフィンランド旅行しつつ外で雪が降るのを眺めながら淫行に走るというような内容だ。予算は、渡航費用が大部分を占めているのだろう。大事な女優たちに、無駄な負担をかけるわけにはいかない。

 

「寒かったでしょう」

 

 岡崎が大熊に尋ねると、大熊は深く頷いた。

 

「いやマジでね。企画段階で外での撮影もしたいってプロデューサーから提案あったんだけど、フィンランドの気候嘗めんなっつって断った」

「でしょうね。それに日本と勝手が違うから、撮影中に通報されたらもうそれどころじゃないし」

 

 フィンランドは国土の一部を北極圏に属する亜寒帯湿潤気候の国だ。冬は十月から五月まで長く続き、とくに北部は日本の豪雪地帯より遥かに長い間雪が降り積もるし、気温は最高気温でもほとんど氷点下だ。野外でのプレイなんてもってのほかで、国の環境を知っていた大熊はこの提案を一蹴したのだ。

 

「ただ撮影の半分ぐらいはフィンランド観光で結構楽しかったよ」

「フィンランドっていうと……オーロラとかサンタクロース村とかですか」

「そうそう。極夜に加えて、たまたま条件が整ってたからか滞在中はほとんどオーロラ出てたよ」

「へぇ」

「おっ気になる?」

「ええ、ネタにもできそうなので。ただ飛行機がちょっと苦手なので実際行くかはまた別ですけれど」

 

 極夜のオーロラという、北極圏に近い国でしか見ることのできない風景。北山は、ネタになりそうなら私的な趣味嗜好と相反するものであっても知識として詰め込む意欲がある。大熊の口から語られた幻想的であろうその景色は、北山の興味をそそった。

 しかし金銭的に余裕はあるものの、飛行機に苦手意識を持っているため、そも国外に出られるかという別の問題が生じるが。

 

「それはそうと洋子はどうよ。例の同級生とか後輩の近辺で何かあった?」

 

 大熊が北山に訊く。自分の近くにいるあの二人を話題に出してきたため、何を話そうか考える。

 この場にいる男三人は、北山がEveのシナリオライター山電氏であると同時に、家パチ配信者の裏物クチクであるのを知っている。また北山も北山で、三人が自分のことをよく知っているのを理解している。北山にとって三人は、家族以外で自身のプライベートを語れる数少ない友人たちなのだ。そういう関係性なので過去に三人は北山に、一年前に再会した同級生のことや、自分に懐いてくれている後輩のことを語られていた。

 同性の友人がいるなんて信じられない! ――北山の言葉を最後まで聞いての三人の感想は、満場一致でそれだった。感想に面食らった北山は、自分で自分をよく知っているため納得はできたものの、しかし少々不服ではあった。

 

「これといって大きな出来事はないけれど……後輩が髪を伸ばしはじめたこととか?」

「話題が弱すぎる」

「うるせぇ莫迦」

 

 長宗我部の言葉を野暮として小学生レベルの言葉で返した。

 いまいる場所は第三者の目と耳があり、後輩のもう一つの名前での活動をこの場で語るのは憚れる。そのため、後輩としての豊藤優子との出来事しか話せないが、ここ最近はこれといって話題にできるものはなく、強いて言えばオフィス出社日に一緒に昼食を食べたり仕事にアドバイスしたり、退勤後に一緒に服を買いにいったり、パチンコを打ちにいったりした程度だ。北山にとってはただただ日常生活の範疇であり、これらが話題になるとはあまり思わなかった。

 星田も同様だ。人としての星田の話しかできないが、これといって変化はない。下の名前で呼び合う仲になった程度だ。

 

「そういや大学のとき、スカウトされてませんでした? とらのあなで」

 

 何かないかと思ったら、長宗我部が話題を出した。

 スカウトか……昔からされまくってきたな。迷惑極まりない。

 

「とらのあなって、ああそういや池袋であったね。駅から店までつけられてたやつ」

「『君みたいな美しい人、いままでに見たことない』なんて言われてましたよね」

「どんなやつにも言ってんだろ、そんな言葉」

 

 十人が見て十人とも口を揃えて美人と答える美貌、一七九センチという高身長に加えてスタイルもいいという、憧れも嫉妬も届かない領域にいる北山。学生時代から告白とナンパは絶えず、街に出ればしばしばスカウトされる。大学時代はミスコンテストに誘われたりもしていた。

 芸能関係者からしたら北山は、宝石の原石どころか、もはや磨き上げられた巨大な宝石であり、喉から手が出るほど欲しくなる一等星なのだろう。

 

「それっていまはどうなんですか?」

 

 要は、現在でもスカウトはされたりするのか、ということだ。

 長宗我部の質問に、北山は首肯した。

 

「東京都心に一日中いたとして、半月に一回ってところかな。もう大学時代の頻度ではない」

「それでもスカウト自体はされるんですね」

「面倒臭いことこの上ないよ、本当。名刺とかいらんもん」

「先輩が芸能界入りしていたら、今頃はカリスマ女優だったでしょうね」

 

 岡崎が口にした空想を、自分の頭の中でも考えてみる。

 

「想像できねぇー」

 

 考えられなかった。具体的な風景がまるで思い浮かばない。

 北山は自身の外見レベルを理解しているが、しかしそれを積極的に活かそうとしたことはなく、これからもしないだろう。これまで何回もスカウトされてきたというのに、俳優業やモデルへの興味は微塵も湧かないからだ。

 

「あ、そういえば」

 

 何かを思いついた岡崎が、顎に手を当てて、控えめなトーンで言葉を紡ぐ。

 

「VythonのSevenSY、結局辞めちゃいましたね」




 この物語はフィクションであり、実在の人物・団体・長宗我部とは一切関係ありません。
 誤字がありましたら誤字報告願います。

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