その清楚系、パチカスにつき。   作:継続率3000倍

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コンプライアンス

「セブンシーって……あのアレか」

「そうそう、アレ」

 

 岡崎と長宗我部の過分な含みがある会話に、北山はどういう話かをすぐに理解した。

 まあ、優子の名前は出さないだろうし、いいか。

 ちょうど店員が酒の肴を持ってきた。コーラを追加注文し、枝豆とエイヒレをつまみつつ話を続ける。

 

「スパイがいるって話ですけれど、結局誰なんですかね」

「あの子はその目星がついていたみたいで、去年の六月にマネージャー経由で上の人らに伝えたらしいんだけれど、結局何も進展しなかったって」

「そりゃ酷い」

 

 反応したのは岡崎だった。ビールの泡を手で拭い、他人事のように反応する。

 まぁね、と枝豆のガラを器に入れ、続ける。

 

「運営から疑われたっていう事実は中の人にとってかなりデカいショックになるだろうし、運営は運営で捜索に消極的なんだろうな」

「いや、ていうか目星はついているんですね」

「あの子、かーなり人を見る才能あるからね。感情指数にして表したら、多分すごいことになると思う」

 

 豊藤の人を見る目、観察眼は目を見張るものがある。北山自身が口にしていない、北山が普段他者をどういう目で見ているのかを言い当てたりしたほか、街中ですれ違う知らない人らのグループの人間関係を的確に解析したり、社内で誰に対してどこまで踏み込んだ話をしても問題ないかすぐに理解したり、人の心の奥に隠されたトラウマはどうすれば刺激せずに済むかすぐに察したりしている。

 とにもかくにも人間観察に長けていて、人の一挙手一投足で、さまざまな情報を汲み取る。それが豊藤優子という女。北山の愛すべき後輩だ。

 

「V同士……今回の場合はVythonですけれど、あの人たちの連絡手段ってDiscordですよね」

「Discordだよ。中の人同士の連絡の取り合いはもちろんだけれど、運営も運営で、場合によってはそれでタレントたちに連絡するらしい。LINEはマネージャー以外では、特別仲良くなった人とじゃないとしないって」

「まあそうでしょうね」

「企業に属してる以上どこまでいっても仕事だからな。だからオンライン然りオフライン然り、一緒になって何かする人は基本的にはビジネスの関係で、友達ではない」

「そう。だからLINEでやり取りするぐらい親密な関係になるのは珍しいんじゃないかな。グループ全体で距離感が近いってんなら話は変わってくるけれど、Vythonはそうじゃなさそうだし」

「それに内通者だなんだっつって各演者に連絡履歴を確認しようとしたとて、ディスコ以外ではプライバシーとプライベートが云々って断られるのがオチなんじゃないか」

「いや、待ってください。仕事用の携帯とか渡されないんですか? 性質上、情報漏洩にはどこも敏感だと思うんですが」

「配られたのはここ最近らしいよ」

 

 最近といっても三ヶ月前だが。

 

「なるほど……ということは、それまで個人の携帯でSNS運用させていたってことですね。まったく、理解に苦しみますよ。どうせ、端末ごとにTwitterのアカウントを分ける、とかそういうのをしていないでしょうし、裏の鍵垢に書き込もうとしたことをVの垢で書き込んだのに気づかなくて炎上、みたいな間抜けなことがもしかしたら起きてたかもしれませんね」

「ありえなくはなかったかもね。ていうかお前、やけに饒舌だな。もう酔ったか」

「話を聞く限りVythonは、リスクマネジメントが何たるかまるで理解していない。マジで大学のサークルみたいなノリでやるのはやめたほうがいいと思いますよ」

「おうおう止まんねーな」

 

 急に発揮された長宗我部の饒舌ぶりに北山は、大熊はげらげら笑う。

 そういや、こいつもこいつで配信してたよなぁ、と枝豆を奥歯で磨り潰しながら思った北山が、口数が増えに増える長宗我部に訊いてみる。

 

「配信で何かあったの?」

 

 すると長宗我部は急激にトーンダウンし、饒舌だった口が嘘のように閉ざされた。

 ビンゴかよ。今度は何があったというのか。

 長宗我部が黙って十秒ほどした。髭を生やした口元が、ゆっくりと動き出した。

 

「二ヶ月前、Apexのカスタムマッチ大会に誘われたんですよ。俺より前に、ゲーム実況者とかストリーマーとか、プロゲーマーの人とかが誘われてて、その中にはVythonの連中もいたんですよ」

「それで?」

「俺は最後のほうに誘われて、了承したんですよ。専用のディスコサーバーあるから入ってと指示が飛んできたんで、それに従って入って軽く挨拶したら……どうなったと思います?」

「裏で罵詈雑言の嵐が吹き荒れていたとか」

 

 と大熊。

 

「参加者の女が全員抜けた」

 

 と北山。

 北山が出した予想に、長宗我部は俯き、岡崎は口を押さえて肩を震わせている。

 

「北山先輩、少し正解です」

「少し?」

「抜けたのが、Vythonの女性VTuberたちだったんです」

「えぇ」

 

 俯いた男の代わって岡崎が答え、北山は頭を抱え、大熊は腹を抱えて笑った。四人以外にも客はいたはずだが、しかし大熊の笑い声はそんなことを気にも留めない豪快さだった。

 顔に影を落とす男に代わり、隣の岡崎が経緯を説明する。

 

「その大会に晴馬が参加するって知るや否や、VythonのVTuber全員が辞退を申し出たんですよ。ほかのVやストリーマーとか実況者、あと晴馬の配信のスタンスを昔から知ってる古参の生主とかは残ったんですけれど。なにせ大会直前になっての急な辞退だったものですから」

「なるほどねぇ。イメージを傷つけないようにするためかな」

「傷つけられないように、じゃないですかね」

 

 ここでは詳細を省くが、長宗我部はニコニコ生放送をサービス開始当初から利用している生主だ。女から過去に散々裏切られてきために患った女性不信ぶりを、ニコ生で遺憾なく発揮してきた。

 ただ長宗我部は損得勘定に余念がなく、自ら争いを起こそうという気はない。配信では、過去に長宗我部と同じような憂き目を見た視聴者たちが集まりお互いの傷を舐め合っている。女に対して無差別に攻撃的な言動をするのではなく、暴言を言うにしても明らかに女性側に過失があるような事柄だけであり、普段はむしろ女性に紳士的である。つまりこの男が、故意でVythonの面々を侮辱的な言動をとることはないのだ。

 他人の配信にそこまで興味がないだけに、長宗我部の配信者としての姿についてそこまで知らない北山だったが、しかし後輩の話を聞いて無性に興味が湧いてきた。性格が悪いのは理解しているが、しかし気になってい仕方がない。呆れはするものの、それはそれとして興味をそそられる。

 

「で、主催者に謝罪して、晴馬も晴馬で辞退。内容はともかく、そもそも配信中の言動が苛烈なだけに、抜けてったの以外にも晴馬のことをあまりよく思っていない人がいたようで、それなら自分が抜けたほうが参加者も視聴者も穏やかな気持ちになるだろうってわけだそうです」

「それならどうして最初、大会に参加しようとしたんだ?」

 

 長宗我部なら、大勢いる場で自分に向けられる白い目を予測できたはずだ。どうして、誘いに乗ったのだろう。大熊が投げた質問は、北山も疑問に思ったところだった。

 自己の状況を代わりに説明されている長宗我部は、俯かせた顔をようやく上げ、口にした。

 

「その、そういうのに誘われたのが二年ぶりぐらいで、誘ってきたのも有名なプロゲーマーだったんだ、ちょっと嬉しくなっちゃって」

「はいはいそういうことね。可愛いじゃないか」

「野郎のどこが可愛いんすか」

 

 長宗我部のツッコミに北山はけらけら笑う。大学時代、よくこういうやり取りしてたなぁ。懐かしい。

 過去が脳裏をよぎる。ジワリと記憶のどこからか沁み出てきたのは、大学に通っていた四年間だった。それは北山にとっての青春だった。小学、中学、高校と、基本人と関わろうとせず、興味があるものしか見ていなかった。

 いまこうして集まれているのは、大学生のときに(北山にしては)勇気を出して、不器用ながら人との関わりを持とうとしたからだ。

 

「ただ話はこれで終わりではなくて、本番はむしろこれからです」

 

 岡崎が話を続ける。人差し指を立て、北山と大熊を注目させている。

 

「晴馬が大会用サーバーを抜けたあと、晴馬をよく思っていない一部の人たちと、古参の生主との間で喧嘩が起きました」

「喧嘩?」

「ええ、ボイスチャットで晴馬のあることないことで盛り上がっていたところに主催と生主の一人が注意しにいって、それに変に調子に乗って逆上したストリーマーとの間で言い争いになって、それがどんどん膨らんでいって……もう収拾つかなくなりました」

「それで?」

「大会は延期。件のストリーマーと、それに強く同調した何人かが追放されました。で、そのストリーマーは女性だったんですけれど、ファンの中に結構質の悪い輩がいて、現在殺害予告と爆破予告を受けています。ウケますよねこれ、マジウケる」

「そりゃまた物騒な」

 

 言い終えた岡崎は、ジョッキに半分残っているビールを呷る。きめ細かい白色の泡はほとんど潰れている。岡崎の口に吸い込まれる黄金色の酒を、北山は酷く嫌っている。

 

「配信をやめるっていう選択肢はないの? このまま続けても、百害あって一利ない気がする」

「やめれたらやめたいですけれどね。ただこのままやめたらなんかその、ストリーマーに負けた気分になるんで、もうしばらくは続けます」

「頑固だな、相変わらず」

「こんな自分が好きで仕方ないっすよ」

「そりゃいい。自分を嫌うより好きでいたほうがいい」

 

 長宗我部の話題はここで終わり、タイミングを見計らったかのように料理が届けられた。

 届いた数品の中で、北山が一番気に入ったのはだし巻き卵だった。出来立てでとても熱かったが頑張って咀嚼すると、自分が作るものを凌駕する美味が迸り、味覚に感動を与えた。北山は普段使わない、質が高いがゆえに高値で取引されているであろう卵と調味料の気品のある味。かつお出汁の取り方も完璧で、居酒屋でありながら高級料亭に来たような気分だ。

 

「美味しい」

「目ぇ輝いてますね」

「洋子は食事に限っては正直だからな」

「私はいつも正直だよ」

「そうでしたっけ?」

 

 しばし居酒屋の料理に舌鼓を打つ四人。北山が酒を飲まないのは相変わらずだが、男連中も食べるものに偏りがあった。大熊はウニとイクラ軍艦ばかり食べ、十四代などの高い日本酒ばかり飲んでいる。長宗我部はマグロの唐揚げを肴に、安そうなレモンサワーとグレープフルーツサワーを浴びるほど飲んでいる。岡崎はサーモンの盛り合わせ四人前を一人で食べながら、やはりビールを浴びるほど飲んでいる。

 どういうわけか。三人はどんなに酒を飲んでも酔わないほど強靭な肝機能を有している。学生時代、大衆居酒屋に三人と初めて行った際、北山は三人の酒の飲みっぷりをこれでもかというほど目の当たりにした。ビールに始まり、ビール、ハイボール、レモンサワー、日本酒、レモンサワー、ビール、日本酒、ハイボール、焼酎の水割り、ハイボール、ハイボール、ハイボール――挙句「酔い覚ましの水だ!」と言いつつボトルの日本酒を飲む始末。それなのに店を出る最後までほろ酔い気分なのだ。現代の蟒蛇はこんなところにいたのだ、とさえ思った。

 人にここまで恐怖を抱いたのは初めてだった。こいつらの肝臓の強さはいったいどこ由来のものなのだろう。まだ親の腹の中にいたとき、満たされていた羊水はきっと純度百%のアルコールだったに違いない。そうであってほしい、ていうかそうであれ。そうでないと説明がつかないほどこの三人は、ほろ酔い一缶で酔い潰れる私には理解できない領域にいる。

 

「あんたら、少しは水飲みなよ」

「あー大丈夫、飲んでるから」

「あんたそれ日本酒だろ」

「いや違う、これはさっき注文した焼酎の水割り。水割りだから水飲んでるようなもんだろ」

「牽強付会」

「いい酒は本当にスッと抵抗なく喉通りますからね。抵抗がないということはアルコールが入っていないということになります」

「牽強付会」

「水みたいに飲めていればそれはもう酒ではなく水ですよ。泥水だって抵抗なく飲めるのであればそれは水になりますね!」

「牽強付会ッッ! じゃあ水じゃなくていいからコーラ飲めや! 時代に乗り遅れんぞ!」

 

 酒が入った三人に呆れつつも、北山も北山で大学生がやりそうなやり取りに参加している。何だかんだ、この飲み会が楽しいのだ。

 海鮮丼を平らげた北山が追加のコーラを注文したあと、不意に長宗我部が何かを思い出したようにハッとして、口の中をビールで流し込んだらこう言い放った。

 

「そういえば聞いてくださいよ。さっき話してたやつの続きなんですけど、ボイチャで俺のこと、『暴露系と裏で密に繫がっている』って言われてたらしいんですよ」

「暴露系って誰のことだ。クレクレか、嘯木? それともダイナマイト? ビクトリーボム?」

「大爆弾でもB-MAXでもないですよ。クレクレですよクレクレ。あれの情報源だって言われたんです、俺が」

「何でだよ」

「おもしろ」

 

 眉を顰める北山の横で、酒が入っていつも以上に陽気になった大熊は長宗我部にまたしてもげらげら笑い、大変だなぁと同情しているような言葉を投げかける。あくまで他人事らしいが。

 

「クレクレと何か関わりあったっけ」

「まだクレクレがまともにYouTuberやってた時期に、彼女がほかの男と寝てたから慰めてほしいってお願いされたんで、自分の枠でコラボしたんです」

「それだけ?」

「それだけです。内容は普通に慰めて、ほかの男と寝ない倫理観持った女を見抜いて好きになりなさいってアドバイスしたんです」

「まあ普通だね」

「はい。ただそこから一ヶ月もしないうちになぜか暴露系になってて、一部では俺がクレクレをけしかけたってことになっているらしいです」

「どうしてそうなる」

「さあ……」

 

 アンチが根拠のない話を流布したか、それともどこかで曲解されたか、またはただ観ていた人間が莫迦だったのか。いずれにしろ、迷惑で仕方がない。

 知能の低い人間は、実際普通の知能を持つ人間が思っているよりも多くいる。普通に生きていたなら会うのは難しいかもしれないが、いまやネットの時代――そういうのが表面化してきて、観測も容易になった。だからこうして、いわれない暴力が人を襲う。ネットを使うのであれば、それもある種、覚悟しなくてはならないことでもある。だけれど、納得はいかねぇよな、と北山は眉間の皺を揉みほぐしつつ、行儀悪くテーブルに肘をつく。

 

「憶測で語るような手合いは無視でいいよ。憶測で語りたがるしょうがねぇ人間がいるのはもうどうすることもできないからさ」

「そうだよ晴馬、見るべきはアンチではなくファンだからね。アンチをその都度相手取ってたら、ファンはすぐに愛想尽かすよ」

 

 長宗我部がファンにやっているように北山がアドバイスを送ると、岡崎はそれに同調した。

 

「馬鹿やらなければファンはついてきてくれるからな。やってることは違うけれど、俺もそう思うぜ。どんな性癖でも同志は必ずいる。俺の作品でもそうだし、洋子の作品もそう。もちろん晴馬のもだ」

「わかってる、わかってますよ。俺はいつだって同類たちの味方です」

 

 サークルの(そこまで離れていないが)年長者として、二人と同じように助言し、長宗我部は首を大きく縦に振った。

 後輩の反応に満足した北山は、ちょうど届いたコーラを口に含む。よく冷えた甘いそれは、パチパチと弾ける炭酸が口腔内を強烈に刺激する。

 泡の数々が人の悩みだとする。こんなふうに弾け飛ばせたらいいのにな、なんて柄にもないことを心に浮かべながら、ごくりと飲み込んだ。

 

 

 

 目が飛び出そうになる請求額は大熊の懐を少々寂しくさせた。大熊とJRAに感謝の意を述べ、店を出た。

 談笑しつつ、駅方面に歩く。北山の隣には岡崎がいる。

 

「先輩、そういえば今日の夜って」

「ん? ああ、配信? コラボの」

「ええ、楽しみにしてますよ」

 

 岡崎が期待の眼差しを向けている。ストレートに期待されると、いつも適当に駄弁りながら配信している身としてはやや気が引ける。

 ――今日の二十一時、《パチンカスX》でコラボ配信が始まる。星田と豊藤とのオフコラボなのだが、場所がいつもと異なる。というのもその配信は一週間ほど前、星田のある発言が発端となっている。

 四ヶ月前、真冬の一月下旬、北山がセッティングして星田と豊藤が初対面。場所は秋葉原駅。平日の会社帰りだったためそこまで長い時間いられなかったが、近くの喫茶店で自己紹介し、時間の許す限り雑談に興じた。

 タイプが微妙に異なる二人だったが思いのほかすぐに打ち解けた。帰り際にはLINEの友達登録を済ませ、北山含めたLINEグループ作成に至った。

 明くる日、出勤前であろう星田がグループで一つ提案した。それこそがコラボ配信の誘いだ。

 中古スロットを買ったそうで、それを使っての配信だ。倉島セレナのチャンネルは大東事務所が運営する公式チャンネルであり、私的には使えないため北山のチャンネルで配信になったが、その配信に“倉島セレナ”として出演する分には問題ない。その辺りは確認したため、あとで文句を言われはしないだろう。

 配信に使うスロットは、買っていないという意味で北山は自身の配信で打ったことがなく、ホールでも惨敗の記憶しかなかったため、金をかけず配信で打てると楽しみにしている。

 ところでなぜ話が出た日から日が空いているのかというと、提案した星田の仕事があまりにも忙しかったからだ。

 コレクション発表前や展示会前のファッションデザイナーは忙しくて当たり前だ。星田はそれについてどうこう言うつもりはなかったようだが、しかしそんな大事な時期に、星田のチームに急な欠員が出たのだ。しかも補充された人員には足りない部分が多くあり、現在チーフデザイナー兼MD(マーチャンダイザー)の星田が直々につきっきりで仕事を教え込んでいたのだ。

 しかし当然、星田自身の仕事も進める必要があった。高級路線の大手アパレルブランドであり、労働基準法や三六協定に則った業務なのはもちろんだが、進捗状況によっては徹夜が許されていて――遊びたくても遊べるような時間をなかなか作れず、結局ゴールデンウィークにずれ込んだのである。

 

「何だかんだ、三人の揃い踏みは初めてだな」

「ええ。後輩がVを辞めて自由に動けるようになったので、いままでよりやりやすいですね」

「倉セレのほうはいいですか?」

 

 前を歩いていた長宗我部が振り返って問うた。まずその略し方は誤解を招くぞと返し、続ける。

 

「まあ会社の不利益になるようなことを言うやつじゃないし、そこの社長からも結構信頼されてるから。私も気ぃつけるけれど」

「最近全然配信してないですよね」

 

 岡崎も振り返って訊いてくる。

 

「多忙を極めるような仕事だからね。役職もついてるし。ピーク時の荒れ方は……電話越しだったけれど凄絶の極みだった」

「うわぁ、見てみたい」

「やめとけよ。巻き込まれたら死ぬぞ」

「どんな仕事ですか」

 

 仕事が落ち着き、やっと時間を作れるようになった星田は、今晩の配信を誰よりも楽しみにしているはずだろう。

 そう、殺人的業務を見事やってのけたあいつを、少しでも労ってやらねばなるまい。

 

「ただまあ、私も楽しみだよ」

 

 星田宅に出向く目的は、何も配信だけではない。

 いつ振りかのお泊り会だ。今度は、三人で。

 

「あっそうだ、先輩」

 

 行きの集合場所で解散となった。大熊と長宗我部はさっさと駅に入っていった。それを見届けて、北山も駐輪場に戻ろうとしたところで、岡崎が北山を呼び止めた。

 

「何?」

 

 振り返って訊くと、岡崎が間を空けずに発した。

 

「ゴールデンウィークも残り少ないですけれど、どこかで時間ありますか?」

 

 岡崎は北山より五センチばかり背が低い。ライダーブーツを履いているいまの北山は、岡崎を少し見下ろす形になる。

 目を合わせた。相変わらず綺麗なダークブラウンの瞳だ。色に反して怖ろしく澄んでいる。見透かされているような気分だった。

 

「あるけれど」

「ならよかった」

 

 女みたいに手を合わせて喜び、屈託のない笑顔を浮かべた。

 

「先輩の空いている時間に飲みに行きませんか? いい店を知っているんです」

「酒は飲まんぞ」

「もちろん心得ています。『Bar Oyama』っていう会員制のバーなんですけれど、これも六本木にあるんです」

「会員制ねぇ。サングラスかけて両隣に金目当ての女を侍らしていたり全身に墨入った金髪野郎が白い粉末売りつけてきそうだな」

「偏見が過ぎる。そんなことありませんって」

 

 冗談はさておき、空いている時間を伝えると、ならそこで、と岡崎はすんなり了承した。

 酒を飲まない北山が自発的にバーに行くことはない。妹に付き合わされて訪れた程度だ。

 だから、いろんな噂がまことしやかに囁かれている会員制のバーというものがどういうところか、ストーリーを書く仕事をしている人間として興味があった。

 

「いやー、楽しみですね。今度は二人っきりですよ」

「まあそうだね」

「ええ、では当日を楽しみにしています」

 

 言って、岡崎は駅に消えていった。

 

「……」

 

 二人っきり。この言葉そのものに深い意味はないだろう。

 多分、きっと。




 今更なんですけれど、同人誌の編集をしやすいよう英字を全角に、数字を一部を除いて漢数字にしています。ご了承ください。
 誤字がありましたら誤字報告願います。

 Xで進捗報告その他諸々ポストしていますので、もしよろしければフォローお願いします。
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