その清楚系、パチカスにつき。 作:継続率3000倍
「お邪魔しますっ」
疲れをまるで感じない声が飛んできたのは、十八時を回って少ししたころだった。
軽い足音を立ててリビングに入ってきた後輩。振り向くと、長袖でパネルニットに、セミフレアのロングスカートというコーディネートの豊藤が目に映った。北山と同じく、胸の部分で着ぶくれが起きないようにすっきりしたデザインのトップスだった。
大きいバストに関しては大先輩である豊藤。あとでおすすめのブランドでも訊いてみようかなと思っていると、そんな胸の大きい後輩と目が合い、軽く笑う。
「こんばんは!」
「はいこんばんは」
豊藤の快活な声が部屋に響く。ニコニコしながら、北山に歩み寄る。この子っていつも元気だよなぁ、と豊藤の普段の姿を想像する。
少なくとも自分と会うときは、いつも屈託のない笑顔を浮かべている。人生楽しんでそうないいなぁ……いや、別に自分の人生を楽しくないと思っているわけではないけれど。
人間、誰しもが陰を心のどこかに隠しているもの。しかし人は完璧ではなく、陰をふとした瞬間に露呈させてしまうことがある。北山でさえそうだ。
豊藤からは、それを感じられない。隠すのが上手いのか、隠す陰が存在しないのか。
ただ、こんなことを考えるのは野暮か、と北山はそこで思考を切り替え、胡坐をかいたまま体を横にズラす。
「はいじゃあ大人気演者のU子さん、SGGの代行お願いします!」
「ヘェッ!?」
大きな赤7が液晶に映ったスロットを明け渡すと、北山のわけのわからない頼みに豊藤は変な声で驚いた。
「昨日のがすごかったからって、また同じことできると思ってるでしょう」
「頑張れU子、君の力を見せてみろ!」
「こういうのって引こうと思ったときに引けなくて、完全に諦めたときに限って引けるんですよね……」
「U子ちゃん頑張れー」
「ゆりさんまで……えぇい引いたらぁ!」
そう、なんと豊藤は昨日、ホールで凱旋を打ち、SGGを引いていた。
SGGとは、五四六一分の一の確率で当選するスペシャルゴッドゲームのことだ。ここで初めて赤7を揃えることができる。
これはAT一セットに、いわゆる上乗せ特化ゾーンがついてくる。赤7の成立確率が上がり、揃えやすい状態になる。一六ゲームという短いゲーム数の間で、ATの上乗せを目指す。
赤7成立でATを一セット上乗せし、ループストックを抽選する。上乗せ自体は他の小役などでも乗る場合もあるが、基本は赤7による上乗せを目指すゲーム性だ。
このSGGの特筆すべき点は、赤7による上乗せが成立すると残りのゲーム数が一六ゲームに巻き戻るST方式という点だ。残り一ゲームであっても、そこで赤7を引ければゲーム数は巻き戻り、また最初から上乗せを目指せるのだ。
また、赤7揃い時のループストック、ゲーム数減算ストップのメデューサモード、SGG-EXといった上位モードについては、ここでは割愛する。
ともかくSGGは凱旋において、大量出玉に期待できるとともに、トップレベルで手に汗握る緊張の一六ゲームなのだ。
豊藤は昨日これをホールで引き、ATを二〇セットもストック。これ以外のところでも上乗せを重ね、見事万枚を達成。グループには積み重なったドル箱の写真が何枚も送られた。
万枚も一度も経験していない北山にとって、その勝ちっぷりが羨ましくて仕方なかった。
「そぉい!」
気合を込めてレバーを叩く。赤7のナビは出てこない。
「せい!」
もう一度叩く。ナビは出たが揃わない。赤7フェイクだった。
「さ、い……こ!!」
もう一度叩く。ナビは出てこないが数字は出てきて、左に3、中に1が停止。このまま右に5が停止すれば「3・1・5」――「最高」という語呂合わせのリーチ目となり上乗せとなるが、しかし停止したのは5ではなく3だった。
「ちょっと全然出てこないんですけれど!?」
レバーを叩く。ナビは出てこない。
SGG中、メドゥーサモードやSGG-EXに移行していないうえ、赤7のナビや赤7揃い、チャンス目やリーチ目が一度も出てこないと、救済措置としてループストックの抽選が行われるが、今回はナビが出ているので、救済は発動しない。
それから豊藤はSGGは何事もなく消化していき――、
「……無理ッ!」
一つも上乗せすることなく、SGGを終えた。
スロットを打っていると、こういうことがざらにある。とくに珍しくもない光景だ。しかし豊藤の場合、前日に強い引きを見せていた。なるほど、これは――と北山は豊藤の肩に手を置き、囁き声で告げる。
「昨日で一年分の引きを使ったんだね」
「いやーっ! 戻ってきてー!」
「あれ、SGG終わってる」
騒ぐ後輩にけたけた笑っていると、廊下から星田が戻ってきた。ハンドタオルを持っている。
「昨日で引きを全部使っちゃったから」
「あー……二〇二〇年はツラくなりそうだね」
苦笑を浮かべた星田はキッチンに入り、タオルを棚から吊り下がった棒にかけた。シンクで手を洗い、いましがたかけたタオルで手を拭く。
キッチンの機能性は、見るからに北山の住処と段違いで、料理しやすいだろうなぁ、とシンクの前に立つ星田を見てそう思った。
「二人はご飯食べた?」
昼は野郎三人と食べたが、晩飯はまだ済んでいない。豊藤も首を横に振っている。
じゃあ、と言って星田は大きな冷蔵庫からタッパーをいくつか取り出す。
タッパーの中には、すでに調理された料理が入っている。星田が取り出したタッパーのは生姜焼きだろうか。蓋を開けられた大きめのタッパーに入った、豚肉とタマネギであろう料理。それが作り置きしたおかずであるのはすぐにわかった。
「このままご飯にしようか。ちょっと手伝って」
蓋を開けたタッパーにラップして、電子レンジに入れた。
二人は星田の手伝いでキッチンに入る。広々としたキッチンだ、三人入っても窮屈にならない。
「ご自分で作られたんですか?」
「いまのやつ?」
食器の準備をしつつ、豊藤が疑問を口にする。それはたしかに北山も気になった。
星田のことだ、親が雇った家政婦によって作り置きされた料理であってもおかしくない。星田の生まれを考えると、その可能性はまったく否定できないのだ。
すると星田は困ったように笑い、
「いや、お父さんが雇ったお手伝いさんが作ってくれたの。前に電話で『仕事が忙しすぎてまともに料理できない。シーズンによっては家に帰れないときもある』って話したら、いつの間にか雇われててね。そこまでしなくていいって言ったんだけれど、全然聞いてくれなくて」
果たして予想は的中した。おお、と驚きが思わず口から漏れた。
「す、すごい。芸能人みたいですね」
「いやあの、私の意思はあんまりないからね……まあやってくれる以上、感謝はしてるけれど」
元日の早朝に聞いた祖父の話やいましがた聞いた父の話から、星田がこれまで相当甘やかされてきたということは想像にかたくない。一等地にある部屋をプレゼントされ、家政婦まで雇ってもらえて――そんな環境に身を置いていても、星田はしかし己を律している。怠惰にならず、すねかじりにもならず、自分でできることを自分でしようとしている。
こういう人が大成するのだろう。とくに星田なら、何か大きなことをやってのけるかもしれない。
「いやいやゆりさん、頼れるものには頼れるうちに頼っちゃいましょうよ」
「うーん……そういう立ち振る舞いを一回でも見せちゃうと、こう、あとが怖いっていうか」
「あとが怖い?」
「うん。たとえばそれをだしにしてお見合いを受けさせられたりとか」
「あぁー……」
何か思うところがあるようで、豊藤が険しい表情をして頷いた。
「お見合いじゃなくても、親のお願いを聞かなければいけないくなるよね。一つも聞けないってなると、ただの恩知らずになるし」
「たしかにそれは怖いですね。お見合いとか、いまの時代に合ってないですし」
「でしょ? 知らない人を好きになって結婚しましょうって言われてもね」
北山は二人の話を聞いていて、少し気になったことを訊いてみた。
「優子」
「はい?」
「もしかして、お見合いしたことある?」
訊くと、豊藤の顔が強張った。あからさまに固まり、表情筋がぎこちない。
過去に何かあったのだ。しばしの静寂ののち、豊藤はおもむろに口を開いた。
「実は私、中学生のときに親から縁談を持ちかけられたんです」
「は?」
「……」
“中学生”というワードにより、話の雲行きが強烈に怪しくなった。その手の話に詳しいのか、星田は眉を顰め、何も言わない。
「そのときにはもう小説書く趣味があったんで、小説のネタになるかなと思って話だけはってノリで受けたんです」
「ストーリー考える人って、そういうものなの?」
「まあ、そういう岸部露伴的な行動は理解できなくもないけれど」
「で、そのお相手の男性なのですが……」
言葉を区切り、一拍開ける。
いったいどんな人物なのだろう。まさか、ウラジーミル・ナボコフの小説に出てくる中年のような趣味嗜好の男だったのか。そうでなくとも、その男に問題があったに違いない。
なぜか壮年から中年の男であると決めつけて考えている北山をよそに、豊藤はおもむろに口を開いた。
「……小学四年生でした」
「そっちッッ!?」
――北山の心からの驚愕は、防音設計の部屋により、一切漏れなかった。
少し短いですが、区切りが良いので。
豊藤の実家も太いのでしょうか。私、気になります。
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