その清楚系、パチカスにつき。 作:継続率3000倍
二十時五十五分。配信開始まで、あと五分を切った。
豊藤の衝撃のカミングアウトのあと、夕餉を済ませて風呂に入った三人。凱旋をRAMクリア、カメラと配信ソフトをセッティングし、一時間前にはいつでも配信できる状態に準備しておいた。それから配信三十分前まで三人はスマホアプリの麻雀で遊んでいて、豊藤が二人を終始ボコボコにしていた。
ソファにかけた北山は、星田が淹れた紅茶片手にエゴサし、今回の配信についてのツイートを流し見する。
案の定、豊藤が演じていたSevenSYと絡めてたものが多数見受けられる。
「優子を待ち望む人がいっぱいおるよ」
「えー?」
隣に座っている優子に画面を見せると、ふぅん、とだけつぶやいた。
「まあ辞めてから何もしてないですからねぇ。ほかの子みたいに違う名前での活動とかしてないですし、転生もしてないですからね」
「転生するにしてもそんなすぐやるか?」
「早い人は卒業配信を終えた直後にもう別のアカウント動かしてますよ」
「マジか」
サイドテーブルにあるソーサーにカップを置き、足を組む。
一年前、サイゼリヤでの勧誘のあと、VTuberというものを知るためにいろいろ調べはしたが、そういえばVTuber卒業・引退についてはあまり調べていなかった。センシティブな事柄だからではなくて、単純に調べていなかった。
「Carolって覚えてます?」
「あの去年の配信のときのだよね」
「そうです。その人も卒業した一ヶ月後には個人Vとして活動を始めてましたよ」
「へぇ。名前変えて?」
「もちろん。キャラクターの権利はVythonにあるので」
「そりゃそうか」
カップを取って紅茶を飲む。花のような爽やかな香りが鼻を抜ける。上品な甘みと渋み、円熟したコク――「紅茶の王様」「紅茶のシャンパン」と呼ばれるだけあり、紅茶に明るくない北山でさえもこれがとても上質で美味なものであるとわかる。
ダージリンのセカンドフラッシュ――品質の高い茶葉が採れる時期のことをクオリティーシーズンというが、ダージリンはそれが年に三回ある。三月から四月の春に摘まれるファーストフラッシュ、五月から六月の初夏に摘まれるセカンドフラッシュ、十月からのオータムナルからなり、今回飲んでいるのはセカンドフラッシュだ。
新芽を摘んで作られるファーストフラッシュは、水色は緑がかった黄金色で、渋みが少なく、爽やかな香りが特徴だ。生産量がとても少なく、希少価値が高い。
対してセカンドフラッシュは明るい橙の水色で、コクのある芳醇な味わい、マスカットを思わせるフルーティな香りが特徴だ。「紅茶の王様」という呼び名は、人によってはこちらだけを指す場合があるほど、極めて高い品質の茶葉が期待される旬なのだ。
いま飲んでいるのは、星田御用達ブランドの一級品とのこと。銀座の三越で買ったらしい。
しかし、この紅茶を美味しいと感じた真の理由は、星田の蘊蓄を聞いて飲んだからかもしれない。知らない状態で飲むのもいいが、知ってから飲むのもいいものだ。知らない時点と知った時点、二つの体験が生まれる。これは今後に活かせる。
これから書くストーリーに紅茶を出すかは未定だが、これらの体験すべては記憶するに相応しいものだった。
「すぐに始めるのって、自分のファンを丸々移すのが目的なのかな」
ビーズクッションに座ってスマホをいじっていた星田が話に加わる。紅茶のカップは床には置かず、脚を畳めるタイプの小さなテーブルをわざわざ用意して、その上に置いている。私なら床に直置きしてるだろうなぁ、と星田を見て思う。こういう何気ない場面で、育ちの違いをよく感じる。
「多分、ていうか確実にそうだと思いますよ。理由はあとからいくらでも付け加えられますけれど、初手の理由はそれしかないかなと」
「そっか。何だろう、そう聞くとⅤとしてのキャラクター設定とか、その活動形態に意味はあるのかなって考えちゃう」
星田の疑問はこの場合、卒業したVのファンが、中身――つまり演じていた人についていくのであれば、そもそもVTuberとして活動する意味はあるのだろうか、最初からただの配信者として活動すればよかったのではないか、という意味だろう。
それに、豊藤は即答する。
「意味はあります。キャラ設定はあるとプロモーション活動とかメディアミックスとかがしやすいので、とくに企業勢はあって当然です。二次創作もしやすいですからね。個人勢でもガワ描いた人が有名イラストレーターだった場合、そこでブーストかかって、普通のストリーマーとして始めるよりフォロワーやチャンネル登録者が増えたりします。それにVなら転生が利きますからね。外野は転生してきた人に対して、前世について触れていないならこちらも触れない、という暗黙の了解があるので、あくまで別人として活動できるんです」
「あー……なるほどね」
「名前変えたAV女優を別人として扱う的な」
「そういうことです」
「そういうことなんだ……」
「あと単純に、ガワを被ってる人と被っていない人とで、誘導できる可能性が多少変化しますね。普通の配信者やストリーマーに興味を抱かなかった人が、もしかしたらガワに魅了されて一瞬でも観にきてくれるかもしれません。客寄せパンダ的な効果もあるわけです」
「入り口はあるに越したことはないからな」
「ただ、最近はキャラクター設定のない企業勢が出てきたみたいですし、そういう意味では設定の形骸化はたしかに進んでいるかと思いますね。でもそうなった要因はファンだけにあるわけではありません。Vはロールプレイしない限り、演じている人の性質にキャラクターが引っ張られます。そうなるとファンも結局はVTuberの中身を見ることになり、ファンとしての矛先はそのうち中身に向きます。これでは顔を出さない生主と一緒ですよ」
豊藤の持論がどこまで的を射たものかはわからないが、トップクラスの人気を誇ったVTuberとしての数年分の経験を考慮すると、その確度はあまりにも高い。少なくとも北山はそう思った。
「その証拠に……たとえば、さっき先輩が見せてくれたツイートとか」
Vythonを辞めたSevenSYを追う者たちのツイートだ。その本質は、SevenSYではなく、それを担当した豊藤を追うものだ。
「なるほどね。VをVとだけ見ているのであれば、ああいうツイートは出てこないはずだわな」
「その通りです。ストリーマーだろうがニコ生主だろうがVTuberだろうが、本質は結局同じなんですよ。その人の人間性ありきです」
言い終えた豊藤は立ち上がり、ふすーと鼻から息を吐いた。ソファの前にあるローテーブルに置いてある紅茶を取り、口をつける。
「はー、いい紅茶ですねぇ」
「同じ品種でも旬によって風味変わるから、一年通して楽しめるよ」
「紅茶はダージリンとアールグレイしか飲んだことないんですよね」
「それはもったいない! いろいろ試そう、きっと楽しいよ」
真面目な話から一転して、楽しそうに話している二人を横目に、手元のスマホを見る。時刻はちょうど、二十時五十九分。
「配信まで一分切った」
「おっと」
「スタンバイしまーす」
ぬるくなった紅茶を飲み干し、配信ソフトとYouTubeの状態を最終確認。異常はなく、このままスムーズに配信を始められそうだ。
配信時の予期せぬ映り込みへの対策で、サングラスとマスクで顔を隠した状態で配信しているが、本日はベネチアンマスクで配信に臨む。
黒いゴシックのベネチアンマスク――目元を覆うタイプのそれは豊藤が北山と星田のためにわざわざ買ってきたもので、それぞれ二万円以上するらしい。北山はその手のマスクの相場を知らないが、視聴者に見せないものに金かけてどうすんだと呆れた。が、せっかく買ってきてくれたものなので、感謝してつけることにした。
ちなみにサイズはピッタリだった。どこで自分の顔を測ったのだろうか。
「似合ってるよ」
マスク姿の北山を褒めた星田は、同じく目を覆うマスクをつけている。全体的に金色で、額の部分に月の透かし模様が大胆にあしらわれているエレガントな意匠のそれは、星田がつけると妙に似合っていた。
「そっちこそ」
「ありがと。ふふっ」
言うと、星田は照明を落とした。部屋が暗闇に支配されるかと思いきや、スロットの強烈な光がそれを阻止し、自身の存在を知らしめるようにギラギラと輝いている。こいつってこんなに眩しいんだ、と目をすがめる。
カメラの手前に横並びで座る。中央に北山、右に星田、左に豊藤。両サイドの二人との距離がちょっと狭くて、何だか暑苦しい。
スマホのアプリから今回の配信ページを開く。チャット欄を確認するためだ。
この配信を待機している人数は、もう少しで七万人を超えようとしている。待機所のチャット欄をざっと確認したところ、裏物クチクを待つ者が二割、倉島セレナを待つ者が一割、SevenSYを追う者たちが七割といったところか。倉島セレナの一割は別に少なくなくて、SevenSYの七割が異常なだけだ。
数時間前にこの配信の宣伝ツイートを投稿したが、その反応の時点でこうなるとは予想していた。ツイートそのものはかなり直前になってしまったが、それでもこれほど視聴者が集まった。さすがは元大人気VTuber、このネームバリューには恐れ入った(ツイートに「久々に後輩ちゃんが出ますよ」と書いただけで、SevenSYに関連することは何も書いていない)。
「じゃ、基本方針は変わらずパチンコとスロットにまつわる話中心で、質問はスパチャ優先、荒らしはフルシカト。各自の守秘義務を徹底するように」
「はーい」
「抜かりなく」
配信する側の留意点を再確認するように口にする。この二人ならそこまで心配ないかもしれないが、念には念を入れる。
今回の配信で、卒業してから二ヶ月間音沙汰なかったSevenSYの魂が、初めてネット上に姿を現す。いまだ彷徨い続けるSevenSYの亡者たちのこれからが決まる。彼らは優子の言葉を、どういうふうに受け止めるだろうか。
二十一時。配信の時間だ。
デリケートな話題ですね。北山はそういうものもゲームでネタにするのでしょうか。
誤字がありましたら誤字報告願います。
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また、冬コミで豊藤優子篇までをまとめた本を頒布します。サークルの情報は下記URLでご確認ください。
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