その清楚系、パチカスにつき。   作:継続率3000倍

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多忙

「セイラライ!!」

「出だしで!?」

 

 配信が始まって、何も言わずにいきなりリールを叩いたのは豊藤だった。この謎のかけ声は、パチンコ実践動画を見漁っている人であれば必ず知っている。重要な場面で使われるこの言葉に、しかし効果がないことが多い。

 

「あっほら、リプですよリプ!」

「たしかに引けてるけども」

 

 豪華コラボ配信の記念すべき一ゲーム目は通常リプレイだった。液晶に意味を持たない三つの数字が停止。すべて偶数だ。

 

「えー……コラボです。はい。今回は私以外に二人います」

・『珍しい』

・『後輩キタァァァ!!』

・『後輩ちゃんカムバーック』

・『セイラライはやめとけ』

・『後輩ちゃーん!』

「熱量すごいなこれ」

 

 いましがた二万を超えた視聴者に、チャンネルの主として始まりの挨拶を雑にする。いまだかつてないほどに白熱しているチャット欄に若干引きつつ、二人に目くばせする。

 最初に口を開いたのは、星田だった。

 

「初めましての人は初めまして、倉島セレナです。本日はクチクさんのお部屋にお邪魔してます」

「こうして一緒に配信するのは去年のホールでの実践配信以来ですね」

「ねえ本当に。本来ならもう少し早い時期やりたかったのに、本業が忙しくて時間空けられなかったんですよ。大東さんとこのもこの前やっと動画出せたってレベルで」

「そういやまだやってんだあれ」

「やってるよー。社長さんのことだから、少なくともあと二年は続くと思う」

 

 二年――長いような短いような、そんな期間。子供のころは長いように感じたのに、いまとなっては短く感じる。

 楽しみがなくなったからだろうか。

 『初めての経験』が少なくなったからだろうか。

 

「ふぅん。まっそろそろまともな見返りくれって言っときな」

「いやーでも本業があれだから、見返り貰えるぐらいの働きができないっていうか」

「真面目ですねぇ」

・『待ってたぞ倉セレ』

・『あのアバターに比べて性格が優しすぎる』

・『ダンスの動画よかった』

・『真面目ちゃん』

・『貰えるもんは貰っとこう』

「しかしまあ繁忙期のキレ具合半端なかったな」

「怒りのボルテージみなぎってミスドやけ食いしてましたもんね」

「それ言わないで……翌日の肌荒れ思い出しちゃうから」

・『ドーナツのカロリー高そう』

・『わかる。五個食ったらニキビめっちゃできた』

・『アパレルの作る側ですし』

・『その声は……後輩ちゃん!?』

・『うおおお久々の後輩ちゃんだー!!』

 

 ドーナツにカロリーゼロ理論は通用しない。それは星田の口周りにできたニキビが証明してくれた。いくら仕事で荒れていても、自暴自棄にならずに人間的で健康的な食事を心がけたいものだ、と当時の星田を振り返り、気を引き締める。

 

「で、今日の配信の目玉は……私の左側に座って凱旋を打っている人だね。挨拶どうぞ」

「了解しましたー」

 

 言うと豊藤は、いったん凱旋を打つのをやめ、カメラの画角に両手だけ入れてフリフリと動かして挨拶を述べた。

 

「こんばんは皆さん! 某グループ界隈から来た方は二ヶ月ぶりで、このチャンネルでお久しぶりな方は実に九ヶ月弱ぶりですね。クチクさんの職場の後輩ですっ! アルファベットのUをつけてU子とでもお呼びくださいね」

・『うおおおお!』

・『キタアアアア』

・『おおおおおお』

・『何だここw』

・『こんななってるクチクの配信とか知らない』

 

 豊藤は、かつての自分のファンと、このチャンネルのファンに当たり障りない挨拶をする。

 とくに何の変哲もない、奇をてらうこともしていない挨拶だ。それなのに、チャット欄はさらに熱を帯びる。開始前の状態でもいつもより速く流れていたチャット欄だが、豊藤があいさつした途端に書き込まれるコメントの量が増え、とうとう目では追えない領域へと突入した。

 投げ銭も凄まじい。何円贈られたか、合計額はいくらかなど考えていられない。計算しようとしたそばから合計額が更新されるからだ。黄、赤、橙、赤、ピンク――色とりどりのスーパーチャットがチャット欄を流れ、上段に横一列で並んでいる。

 これは明らかに豊藤の効果だ。熱心なファンの、支出先を失い使い道を決めかねていた金――ファンからしてみれば、使うはずの相手が舞い戻ってきてくれたのだ。投げない道理が見当たらないのだろう。

 現時点での投げ銭合計は、普段の配信活動でのひと月の合計額の平均を軽く超えている。こんなもの計算しなくてもわかる。一目見ればすぐに察せられる。ああ怖ろしい、果たしていくらYouTubeに取られるのだろう。怖ろしいったらありゃしない。

 

「見ろよこれ」

「ん?」

 

 スマホの画面を星田に向ける。激しく動くチャット欄を見て、星田は目を丸くさせた。

 

「――すごい。いつもはこんなんじゃないよね」

「奇跡的な大連荘みたいな画を見せれたとしてもこうはならん」

 

 情報量の多さにいい加減目がチカチカしてきた。スマホをスリープにして放り、瞬きを繰り返す。いまはただ、二人との実践に集中しよう。スパチャやコメントに返事するのはあとにする。視聴者の盛り上がりが落ち着いてからにしよう。

 自身のチャンネルで可視化された、SevenSYの――いや、豊藤の人気具合。自分と後輩の絶対的な差に思うことは何もないが、おそらく集まった豊藤ファンの中にはパチンコ界隈に明るくない人間もいるはずだ。誤解がないよう、乱暴な言葉は慎むべきか。いや、それではこのチャンネルの魅力が半減してしまうのでは。うーん、まあいいか。

 増え続けるかつてSevenSYのファンだった視聴者、いままでとはわけが違う配信に慄くクチクのファン、何が何なのかわからないまま半端にコメントするセレナのファン、自身が起因の事態に気にすることなく意識をスロットに向ける豊藤、ただただ純粋に驚く星田、そして北山は――受け入れた。

 ――まあ、楽しければいいや。言っちゃいけないことさえ言わなければ、それでいいや。

 有り体な話、もう考えるのが面倒なだけなのだが。

 

 

 

「次、スパチャからの質問」

 

 配信開始から早一時間。確定役などは引けていないものの、二回ほど初当たりを獲れた。一回目のは単発で終わってしまったが、二回目はAT三連し、必要最低限の見せ場は作れたのではと言い聞かせ、現在に至る。

 二十二時五分。中段リプも右上がり黄7も引けず、モードもまったく上がる気配がないので、ただいま三人はコメント返しでお茶を濁している。

 倉島セレナは大東事務所の公式チャンネルで活動しているが、コメント返信などは基本しないスタンスらしい。そのため直接質問できるというのはまたとない機会で、ファンらがお金を添えていろいろ質問してくる。

 

「えー、キングガルフさん、一五〇〇円スパチャありがとうございます」

「《キングガルフ》ってアレですよね、ターバン巻いたおじさんが寝そべってる図柄の」

「そうそう。大東音響の4号機で裏モノのやつ」

「二人ともよく知ってるね」

「スロゲーセンとかに置いてあるよ。この前行ったところ、0号機の《パルサー》が稼働状態でひっそり置いてあってマジビックリした」

「えっ行きたいし打ちたい」

「パルサーって、あのカエルの?」

「そうそう。ニューパルの元祖」

・『まったくわからんwww』

・『一ミリも理解できねえ』

・『パルサー打てるところあるの!?』

・『ネットにも情報出てないんですがそれは』

・『都内にあるところか』

 

 いま配信を観ている視聴者の約半数は理解できないような会話を挟みつつ、本題に戻る。

 

「『セレナさんに質問です。本職が忙しいと動画でも語っていましたが、いったいどんな仕事をしているのでしょうか』とのこと」

「言ってなかったんですか?」

「具体的には言わなくてもいいかなーって。ネット上での必要以上の発言は身バレを招きかねないからね」

「まあそれもそうですね」

・『たしかに』

・『身バレ怖い怖い』

・『わかる』

・『ネット上での発言には本当に注意したほうがいい』

・『本職何だろう』

 

 自分の職に関しては、大東と取り決めはとくにないだろう。言う言わないは星田に委ねられている。

 どこまで言っていいものかと悩む星田は、腕を組んでから五秒後、おもむろに口を開いた。

 

「ファッション系の、作る側の仕事に携わっています。作ると言っても製造ではなくて、企画・開発したりする側です。アパレル、というよりはファッションで、扱うものはもっと広いです」

「しかもこいつはチーフだからな。役職持ち」

「実力者ですよねー。役職で言うと、ほかにも何かやってましたよね」

「一応ね。そこまで言うと、同じ職場の人にバレそうだから言わないでおこうかな」

「ファッション系でしょ? その層の人間が、果たしてこの配信を観ているのかね」

「いやーわかんないですよ。ある日突然その人のおすすめ欄にこの配信が表示されて、たまたま観られるかもしれません」

「……別に副業は禁止されてないけれど、一緒に働く人たちにどんな目で見られるか想像つかないなぁ。家パチ配信とか、VTuberとかを嗜む人は、私の知っている限りではいない気がする」

・『我々には想像つかない世界だ』

・『役職二つ兼任!? そりゃ忙しいわ』

・『過労死しそう』

・『衣服以外も作ってるってことか』

・『V業界にあるまじきキラキラした職種』

「ファッション業界が輝かしい場所と思ってる視聴者が散見されるね。倉セレ、言ってやんなよ」

「……」

 

 北山がニヤリと口の端を吊り上げて言うと、途端に星田の表情が曇ってしまった。

 話は聞いている。いまだかつてないぐらい辛かったらしい。グループ通話での発狂具合は北山をして驚いたものだ。

 チーフデザイナー兼MD――いくつもの実績が認められた星田は若き実力者として、齢二十八にしてその地位に立った。するといままでの仕事に加え、増えた部下との信頼関係の構築、販売戦略のプロデュースなど、やることが増えた。

 星田は間違いなく実力者であり、やり手だ。その程度では音を上げたりしない。それだけに、数ヶ月前の激務は異常であった。

 肩書による責任の重さを北山も理解している。北山も部下を抱えている以上、下手に失敗できない立場にある。

 デザイン、育成、プロデュース――もはや会社の核の一員である。

 で、ここ数ヶ月、業務に係る濃密な時間を過ごした彼女は、北山が口にした提案に、何か悟ったよう朗らかな笑みを浮かべた。

 

「死ぬ気で働いたら普通は死ぬよ!」

「相当やられてますねこれ」

「いつ癒えるかね」

・『あっ』

・『察したわ』

・『うわぁ……』

・『転職しよう転職』

・『過労死しないでね』

 

 とはいえ繁忙期はとてつもなく忙しいという話であり、普段は穏やかに仕事できるとのこと。それに働いたら働いた分の賃金はしっかり支給され、会社の業績が上がれば臨時ボーナスも貰える。インセンティブ制度もあり、頑張りは手厚い手当で正当に評価されるとのこと。年間休日はともかく、会社としてはブラックというわけではないと星田は語る。

 ただ、どこかタイミングを見つけて転職したい、と本音を漏らしてもいた。給料は貰えるにしても、もう少し余裕を持って働きたい。けれど、部下を一定のところまで育てたあとでないと難しい。だから、人に仕事を教えられるように部下を育成しているという。

 一年前北山は、先輩として新人の豊藤に仕事を教えることになった。豊藤は成長が早く、仕事をそつなくこなすため手がかからなかったが、星田の気持ちはよくわかる。部下や後輩に教える立場として、一人前とまではいかなくとも一人でやっていけるまでには育てなくてはならない、という強い気持ちは北山も持っているのだ。

 星田に幸あれ。過労死だけはしないように。

 北山の祈りは、果たして星田に届くだろうか。

 

「はいでは次。オトマコさん、五四〇円スパチャありがとうございます。『結局Vythonのスパイって誰だったんですかね』……だそうです」




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