その清楚系、パチカスにつき。 作:継続率3000倍
・『それ聞く?』
・『クチクお前ww』
・『この場でこの話題は激熱だわwwww』
・『これは切り抜かれまくるぞ』
・『なんせ内情に詳しい人いるからね』
案の定大盛り上がり。大量のコメントでチャット欄の速度が急激に加速、熱を帯びていく。
自分の失敗に頭を抱え、深くため息をつく。その横で豊藤は凱旋を打つのをやめない。ボタン演出から画面に「CHANCE」の文字が浮かび、リールには中段黄7が停止した。
「あら先輩、読んじゃいましたね」
「やべー、私としたことが」
「これで一番割を食うのってクチクちゃんじゃなくてU子ちゃんだよね……」
「いや別に、これから私が何と言われようが構わないですけどね。これからネットで活動する予定はまったくないですし」
「あっそうなの?」
「はい。仕事と趣味に集中したいっていうか」
VTuber界隈に身を置く人の誰もが一度は耳にする話だ。Vythonにスパイ、内通者がいる。
これが事実かまでは、現時点ではわかっていない。過去に暴露系VTuber嘯木悦春が自身の配信で、内通者に金を渡して情報を流してもらっていると発言していたが、決定的な証拠はいまだ示されず、いまのところ噂の領域を出ていない。
しかし流される情報の確度という面で考えてみると、嘯木が公表する情報はほぼすべて事実だ。
「誰が内通者か」はともかく、「内通者はいるのか」という点は、現在議論の話題にすらなっていない。
「反応を見るにかなり期待されてますね。ここまで昂らせておいて『いまのはなかったことに』って、白々しいにもほどがありますよね。そうは思いませんか?」
「……」
「どうしたんですか先輩、マスクの上から顔を覆っちゃって」
「ゴメンヨ……」
「何がですかぁ?」
「おお、クチクちゃんが弄られる側に。珍しい」
・『U子の猛攻』
・『こんなグイグイいく様子を初めて見た』
・『クチクは16384のダメージを受けた』
・『過去に比べて人との距離感が近い』
・『ここにきて語録が増える女』
「ていうかコメント、U子ちゃんの過去に触れるようなものがいっぱいだけれど」
普通、前世(その時点の名義で活動する前の姿、または活動)に触れるのはご法度だ。配信者が個別に設けているルールに「コメントで前世について触れないこと」というような文言が明記していなかったとしても、基本的にはタブーであり、発言すべきではない。
現在の視聴者、二万六千人――豊藤の影響力により、まだ増え続けるはずだ。その中には、ゴシップを好き好む人間が必ずいる。
今宵の配信は、暗黙の了解など通用しないのだ。
秘密保持義務を逸脱しない程度に話しますね、と前置きをして、豊藤はスロットを打ち続けながら語り出した。
「とりあえずスパチャに対する返答を先にしますね。誰だったのか、というより誰なのか、ですが……そこまではわかりません。だって、スパイは手を挙げて、って言っても挙げないですからね」
誰なのか、と言い直した。これはつまり、件のグループ内にはまだ内通者が潜んでいるのを意味している。
一時期流れた噂、Carol内通者説は、豊藤の論では否定される。
「でも目星はついています。事務所やスタジオで会ったときとか、オフコラボでの配信外での会話の中で、不自然な点があった人が、二人いました」
「それは、どちらかがって意味なのか、どちらもそうである可能性があるって意味なのか」
「後者です」
「おおっマジか」
・『えっ!?』
・『はあ!?』
・『ヤベエエエエwwwwww』
・『どこで判断したんだろう』
・『当てずっぽうじゃないか?』
二人。二人もいる。
これはVythonファン、ならびにVTuberを推す趣味を持つ人間にとって、大きな衝撃を与える数字だ。人の揚げ足を取って再生数を稼ぐ憎き野郎に与する存在が二人もいると、誰よりも近い距離から見てきた元Vython所属タレントにより示唆されたのだ。
「どこでそう思うようになったの」
「私、できる限り多くの人とコミュニケーションを取ってきました。仲を深めるのもそうですが、一番の目的は、それによって仕事を円滑に進めるためですが」
「本社でもいろんな人と喋ってるよね」
「ですです。どの場面でもコミュニケーション能力はあるに越したことはありません。……二年ほど前にVythonの経営陣の女性が、男児に対して淫らな行為を働いたとして逮捕された、と嘯木が報じたじゃないですか。あのときは暴露というより、ニュース感覚でしたけれど」
「そういえば、前にそんな記事を見たような気がする」
たしか、星田に「VTうべrにならない?」と誘われた日に知ったはずだ。それについてあまり知らなかったから、スロットを打ちながらVTuberについて調べていたのだ。
どんなところにも莫迦はいるものだな、とつぶやいた覚えがある。
「はい。業界はもちろん、ファンの間でも衝撃が走った出来事です。もちろんVythonのタレント間でも話題になってました。表では雑談配信のテーマの一つとして、裏では世間話として」
「あくまで他人事か」
「別にこちら側が悪いことをしたわけではないですから。中の人の誰かが淫行に走ったのならともかく、直接会ったことのない役員の方が捕まっても、あーあって感じで、それ以上のことはとくに何も。まっ運営であるBROSSUMの信用損失は避けられなかったですがね」
「結構ドライなんだね」
言ったのは星田だった。手元にあるタブレットは、豊藤が話している不祥事の記事を映し出している。彼女も、そこまで知らないことだったのだろうか。
「Vythonとしての活動とは関係ないところで起こったことでしたから。直接被害を被っていないので。話を戻しますが、何の収録だったか忘れたんですけれど、所属タレントほぼ全員がスタジオに集まる機会があって、誰の口からかその話題が出たんですよ。で、流れで嘯木の話になって、そこから内通者の話になり――そこでの言動、立ち振る舞いから、『あっこの人っぽいな』と絞れたわけです」
「なるほど、流石は高EQ」
「人となりを見極める観察眼に関しては誰にも負けないと自負しております!」
「感情指数かぁ。大丈夫? 苦労してない?」
「いえいえ、私はこの通りピンピンしてますから。むしろ悪い虫を事前に避けられるので、この生まれ持ったギフトには感謝してるんです」
そう言い放って胸を張る豊藤。北山よりも大きな双丘は、ナイトブラジャーにより支えられているため、揺れは抑えられている。
睡眠時の体の負担を軽減するほか、重力による横流れを防止し、クーパー靭帯を守るのにも一役買っている。昼用ブラジャーに比べて幾分ゆとりのある構造になっていて、つけていても蒸れないよう通気性がよくなっている。
北山がいまつけているナイトブラは、豊藤と同じブランドだ。数ヶ月前、垂れる未来に焦りを覚えたため、教えてもらったのだ。
「しかし勘違いしてほしくないのですが、いままでの発言はすべて私個人の予想でしかありません。そう、あくまで予想ですからね。決定的な証拠を見たわけではありません。ただ私が怪しいなって感じた人が二人いる、というだけです。……たしかに発言や挙動は不自然でした。事情を知らない人からは普通に見られたかもしれませんが――私のセンサーには引っかかりました。実際どうだかわかりませんけれど、事実としては私はその二人と話しているとき、プライベートの話は極力しないようにしてました」
「だから、視聴者が期待しているような――たとえばその二人の名前を、この配信で言うことはできないと」
「もちろんですよ。言ったあとに違う人が内通者だと判明したら、その瞬間から私の一連の発言は名誉棄損になります」
「守秘義務以前に、人としての問題だよね。言っていいこと悪いこと、発言の前に考えないといずれ痛い目を見る。ハァ、後輩にU子ちゃんの爪の垢を煎じて飲ませたい……」
「お労しや」
「さすがに可哀想になってきた……。じゃ、この話はここで終わりですね。満足いただけました?」
・『だいぶ満足』
・『U子ありがとう』
・『ひとまず嘯木には死んでもろて』
・『箱に対してこんな淡泊に接していたのは衝撃だった……』
・『裏話助かる』
最終的に星田が可哀想になったところでこの話は終わったが、Vythonでの裏話はまだ続いた。
スパチャの質問――配信で語ったVythonへの志望動機「キラキラしてて楽しそうで、自分もキラキラしたい」は具体性に欠けているが、実際はまったく異なる志望動機だったのではないか、という内容のものに、豊藤は縷々と答えた。
「ずいぶん考えましたね。ええそうです、私が実際に応募フォームに書いたのはキラキラ云々ではなく、『遊ぶ金欲しさ』。それだけです」
「マジかお前」
「よくそれで書類選考通ったね……」
「長所には『酒豪』、短所にも『酒豪』と書いたのですが、なぜか通っちゃいました。そもそも何でそんな内容なのかというと、当時だいぶ酒飲んでたんですよ。それはもう黒田清隆もかくやという飲みっぷりで」
「妻を斬殺すんのかい」
「盟友のあの子と遅くまで飲んでまして、Twitterのタイムラインに募集開始を報せるツイートが目について、悪ノリで応募したんです。だから、深夜テンションも相まってかなりしょうもない内容になっちゃったんですよ」
「それで何で書類通ったんだよ」
「自己紹介動画を添付しなければいけなかったんですけれど、五分制限無視して『阿修羅ガール』全編暗唱動画を撮って送ったんですよ。そしたら何か、選考担当の社員さんにいたく気に入られました」
「阿修羅ガール……」
「何それ。小説?」
「舞城王太郎っていう小説家のね。三島由紀夫賞受賞作」
「ぶっちゃけ興味なかったんですよね、VTuber。活動自体は楽しいと思ってたんですけれど、それ以上のことはとくに。ジャンルとしては面白いと思いますが、だからと言って自分も配信を観るかというと、また別ですね。多分ファンだった人にとっては、これが一番衝撃的ですよね。安心してください、こんな私ではありますが、ファンは大切にしたいと思っていましたよ」
「ファンを本当に大切にしていたならその発言は控えるべきだろ」
「おっと失敬」
豊藤がVTuberになったのは、悪ノリの結果だった。綺麗事を羅列した形だけの志望動機ですらない、企業系を熱望する配信者たちを敵に回しかねないものだったのだ。
その次は、今後配信者として活動するのか、という質問だった。これについては気になっている視聴者が多くいて、チャット欄には期待する声が何百も送られていた。
期待の裏にはさまざまな思惑が込められているだろうが、豊藤が配信者としてまた返り咲くのを望んでいるのには変わらないのだろう。
「しないですね」
悲しいかな、豊藤の口にしたのは直截簡明な否定だった。
「したくない、ではなくて、しないです。ええ、とくにこれから配信しようとは思ってないです。配信をするのも趣味ではないので。それはいまも変わりません」
「まあまあ惨い情報出てきたな……。多分いま活動してるVTuber――とくに配信タイプの連中に配信が趣味じゃないのはいないんじゃないか」
「ね。よく長い間活動できたよね」
「そりゃあ任された以上は真面目にやりますよ。当時学生でしたけれど、やってることは社会人と何ら変わりません。仕事には本気で取り組みます。その結果が、あの箱のいまの地位です」
「デカい実績があるだけに説得力が違うな」
「あと、配信は趣味じゃないと言いましたけれど、勘違いしないでいただきたいのは楽しくなかったというわけではないということです。活動自体はとても楽しかったです。そこに嘘偽りはありません」
「楽しかったのはいいんだけれど、趣味じゃないならどうして入ったの? それこそ、遊ぶ金欲しさ?」
「それもありますし、物書きとしてはネタになればいいなーとも思っていました。でも一番の決め手は会社から向けられた期待ですね。一次選考では社員の方に、最終選考では役員と社長さんに『当方、配信に対する関心が薄いが、よろしいか』と再三訊いたのですが、いずれも『よろしい』という返答を頂戴しました。なんでも、酒を飲んでいないときの真面目さと、酒を飲んでいるときの不真面目さの温度差が素晴らしい、とのことで。いまとなってはありがちなギャップですけれどね。あと、私が学生時代に書いた小説にいたく感動されたようで……ASMRやシチュエーションボイスの台詞を書いてほしい、ともお願いしてきました。ここまで期待されているのであれば引き受けようかな、という思いであのグループに属することになったわけです」
「へぇ……そのノリで大人気になるんだから、この業界ってわからないよね」
「本当にな。さすがに予想外っていうか、いやそもそも予想もしてないっていうか。ちなみにそのボイスの台詞ってのに賃金は出たの?」
「もちろん。どんな体系までかは言えないですけれどね。あ、そういえば……私が辞めて、ボイス書く人が私から社員さんに戻ったため、ネットで『前の人のほうがよかった』というような声が散見されるようになりました。これについては申し訳なく思っております。書き続けるのがスキルアップの何よりの近道なので、頑張って書き続けてくださいね!」
「そうねー。書き続けることが近道ってのは本当にその通り。まあ愚直に書き続けるってだけじゃ駄目だけれどね。――ところで話を戻すけれど、配信する気がないって言ってるけれど、もし私が一緒に配信しよってお願いしたら、U子はどうするの?」
「そんなの転生して活動開始するに決まってるじゃないですか」
「うーんこの」
「クチクちゃん愛されてるねぇ」
ほかにも、Vythonの裏事情や元同僚らとの裏話などで場を盛り上がらせつつ、時間に許す限り凱旋を打ち続けていった。やはり元企業勢としての話は一定の需要があり、パチンコや凱旋の話をしているときよりもレスポンスの量が多くなっていた。凱旋については設定6だというのに連荘のれの字もなく、やっと当てたATを虚しく消化するだけだった。いまのところ天井に辿り着いてしまっていないのが、唯一の救いだろうか。
ともあれ炎上しかねない発言はいまのところなく、配信はつつがなく進行していった。
――データカウンターはついていず、現在のゲーム数はいくつかわからない。前回のATから四〇分もしていないため、だいたい五〇〇ゲームぐらいかと想像していたころ。
「『U子さんとセレナさんって今日が初対面ですか?』だって」
スパチャを眺めていた北山が、内容を口にする。五万円投げて訊くことがこれとは、もう少し訊きたいことを書いたほうがよかったのではないか、とは口にしなかった。
「初対面ではないですよ。今日で二回目です」
「一月に会ったんだよね、クチクちゃん経由で。時期的にもう忙しくて、どうにか時間作ってやっと会えたっていう」
「去年本社で先輩と雑談していたとき、会えるなら会いたいですねーって言ってたら、いつの間にかセレナさんに伝わっていたようで。――先輩とコラボ配信するほど仲がいいってことは、きっといい人なんだろうなって思ってたんですけれど、予想以上にいい人っていうか……嗚呼、『清楚』ってこの人のためにある言葉なんだなぁ――と」
「いや、私は別に清楚ってわけでは」
「本当に清楚な人は往々にして否定するものなんです! VTuberの清楚は一種のパフォーマンスなのでここでは置いておきますが、心が清楚じゃない人は人から清楚だよねって言われると眉を八の字にして胸元で両手振りながら『いやいやそんなことないよ~』とわざとらしく否定するのです。口のニヤケを抑えながらねっ!! しかしセレナさんは違います。もう心の底から慈愛が、というか善い人間性が溢れ出ていて、もう女神かと思いましたよ!」
「すんごい力説」
「お、落ち着いて」
人間関係、人の機微を自然と感じ取れる豊藤からしたら、星田の人間性を捉えて驚愕したのだろう。ここまで善性な人間が、この日本にまだ生きていたのか、と。
北山も星田の人間性について、ある程度理解していた。結局は他人であり、すべてを把握するの不可能だ。豊藤だってそれは変わらないだろう。だけれど北山に向けられる星田の瞳はいつだって慈しみに溢れていて、私より人間ができているな、と精神の成熟具合の差をいつも見せつけられている。事実、星田以上に人間ができている人に会ったことがない。
豊藤は星田を清楚と評価しているが、それはたしかにその通りだろう。髪はプラチナブロンドで清楚のかけらもないが、しかし溢れ出る気品と気高い精神が何よりの証左だ。
「どう育ったらこうなるんでしょうか、本当に。私もセレナさんと同じ環境で育ったらこうなっていたのでしょうか」
「いやー、辞めておいたほうがいいよ。ゲームとか禁止されるし」
「おや。厳しめだったんですか」
「……私の両親、仕事の都合で夜から翌日の昼まで家にいないことがあったんだけれど、その隙を突いて深夜にいろんなギャルゲーやってたのね」
「あぁー、私も小六のときから隠れてやってましたわ」
「おおっ早いね。私は中一のときから。いろんなのやったなぁ」
「ギャルゲーって言ってるけれど、それは全年齢だよな?」
「いえ、どちらもですよ」
「えぇ……」
こいつらエロゲーをやっていたのを堂々と宣言していやがる。
もっとも十八禁ゲームで遊んだり漫画を読んだりしても逮捕はされない。それを十八歳未満の少年に提供した者が罪に問われるのだ。
「というのも全年齢版は父が持っていたのを借りて遊んでいたって形です。十八禁のは実家の近くの河原によく不法投棄されていたので、それをコッソリ持ち帰って遊んでました。見つかったときは大目玉喰らいましたけれど」
そら喰らうわ。
「セレナさんは?」
「私は高校に上がってから、アマゾンで買ってた。お父さんに見つかっちゃったとき、お母さんには言わないでって土下座しておねがいしてたなぁ……」
「ああ……お母さんが」
「それで、さっきの話に繫がるんだけれどね」
「ほう」
「共働きだったんだけれど、仕事の都合で夜からどっちも家にいないってことが月に何回かあって、そのとき朝方までエロゲーをしてたんだけれど……その、そういうシーンで寝落ちちゃって」
「あっ」
何かを察したのか、スロットを打つ豊藤の手が止まる。北山もその後の展開が、ある程度予想できた。
「帰ってきたお母さんに、それを見られてね。やってたゲーム、何だったと思う?」
「そうですね……『Kanon』?」
「『AIR』?」
星田がやりそうなゲームは、ストーリー重視のもののような気がする。もしかしたら伝説のあのタイトルかもしれない。豊藤が泣きゲーの金字塔たる名作を挙げたので、それに続いて北山も泣きゲーを挙げた。
二人の予想に、しかし星田は首を横に振った。ふむ、となると『CLANNAD』でもないだろう。いやに険しい顔の星田は、ため息をついたのち、ぽつりとつぶやいた。
「……『マブラヴ・オルタネイティブ』」
「へっ」
「……」
そうきたかァ~~~~ッッッ。
初めて遊んだエロゲは何でしょうか。私は対魔忍ユキカゼでした。
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