その清楚系、パチカスにつき。   作:継続率3000倍

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二人

 二十三時四十五分。配信終了まで十五分を切っていた。

 配信が始まって二時間と四十五分も経過している。スロット的にはかれこれ二四一四回もレバーを叩いていることになるが、しかし凱旋に大きな動きは見られなかった。

 

「画がぁー画が死ぬぅー」

「設定6であってもスロットに絶対はないから……ね」

 

 もうずっと前からリールを叩く手の動作が鈍くなっている豊藤。ローテーションでポジションを変えて、スロットの操作の負担を分散させながらやってきたが、休みなく遊技していたもので、もうそろそろ限界に到達する状態にあった。

 代わり映えしない画に耐えかねて、視聴者――ではなく北山の意識が、結構前から離れている。目はとろんとしていて、焦点が合っていない。声をかけられるたびにどうにか応答しているが、いよいよ睡魔が意識を塗り替えようとしてきている。

 北山は夜に強くない。執筆に熱中していなければ、本来この時間はもう就寝している。駄弁りながら配信で、隣に話し相手が二人もいるから、まあ起きてはいるだろうと思っていたが、しかしその考えは甘かった。思考はいつしかまどろみに誘われ、うつらうつらと舟を漕いでいた。そんな北山を見かねたのか、星田が肩を組んできたのはいまから三十分も前のことだった。

 いま凱旋はどんな状態か、二人がどんなことを話しているか、ぼんやりとだが理解している。上乗せの一つもない虚無に満ちたATを消化していて、二人のテンションはダダ下がり。数十分前まではファッションやサブカルチャーの話をしていたと思ったが、いまの二人の間ではATを出し渋る情けないスロットへの愚痴で持ち切りだ。ここまで打って、この有り様か。この体たらくか。まったくどうなっているんだこの凱旋は。北山はぼんやり腹を立てた。

 ――なお、現在までの展開はこのスロットにおいてさほど珍しくない。二人が愚痴を言い合い、北山が睡眠欲に抗いながらほんのり憤っている理由は、これまでの撮れ高があまりにもお粗末だからだ。ATは続かない、赤7は引けない、GODも引けない――視聴者を画で楽しませるという面では失格だろう(スロットに理解のある視聴者はいつものこととしてそこまで気にしないだろうが)。

 終了時刻までもう残り少ない。ちょうど消化しているATを終えたら、いい具合にキリがつくだろう。

 

「はい、あと一〇ゲーム」

「結局何もなかったね……」

「この展開は予想できてましたけれど、いざ直面するとまあツラいですね。盛り上がりに欠けます」

「せめてG-STOPが一回くらいきてくれたらよかったんだけどなぁ」

「いや本当にそうですよね。黄7は続かないしリプ三連もないし、レア役は機能しないし。ないないづくしですね! そう思いませんか、先輩?」

「……暖簾、ビタ押し……ダブテン……ベル、揃わない……」

「完全に寝ぼけてる」

「可愛過ぎますねこれ。持ち帰りたい」

・『草』

・『ハナビのリール制御じゃねーかwww』

・『お持ち帰り!?』

・『寝ぼけクチクじゃん珍しい』

・『配信後に一緒に寝る三人は私性合』

 

 隣の二人の言葉が、いよいよ思考に到達しなくなる。耳に届いた声は、欲求に支配されつつある脳に受け付けられず、ただ意味不明な言葉の塊としか認識しなくなっている。

 もういっそ、このまま眠ってしまおうか。友人を支えにして、夢の彼方に飛んでいってしまおうか。

 

「あと五ゲーム」

「最後の最後に何か引かないかな」

「そんなドラマチック展開、そうそうありませんよ。引けて斜め黄7とか中リプぐらいですよ」

「まあねぇ」

「裏にATが回ってる感じもしないですし、これは諦めるしかなさそうですねー。さ、あと二ゲーム」

 

 眠い。寝たい。眠りたい。

 

「それっ! ……ただの押し順ですね」

「駄目だねーこれ」

「もうしょうがないですねこれ、諦めましょう。はい、最後の一ゲームですよ」

 

 眠い。寝る。眠ろう。

 

「泣いても笑っても最後の回転です! ぶっちゃけここで何を引いても終了時刻は変わらないので、キリよく終われたということで、ここは一つ。それではこのATの最後を、この言葉で締め括らせていただきます」

「その言葉は、もしかして……」

「ええ、あの言葉です――」

 

 そして、北山の意識が睡魔の闇にすっかり落っこちたとき、ちょっとした奇跡が起きるのだった。

 

「セイラライッッ!!」

「やっぱり……ああぁっ!? 杖、杖が!!」

「えっ――ああ! ええ!? ああ!? ウソ!? ああ!! あはははああぁっはははは!! 杖刺さった! 杖ッ!!」

「GODだっGOD!!」

・『!?!?』

・『ゴッ確キタ――――!!』

・『すげぇ薄いの引いてるwww』

・『急に叫び出してビックリした』

・『えっ何?』

 

 AT中、ゼウスの杖が上から降ってきて、宙を浮く大地に突き刺さる演出がある。

 GOD揃い確定だ。豊藤は最後の一ゲームに、六五五三六個の中の八個ある乱数の一つを、見事引いてみせたのだ。

 だが……盛り上がるには遅かった。二人の喜びは、歓声は、しかし北山を起こさなかった。

 

 

 

「『さっさとおさらばしたい』だぁ?」

 

 都内某所の叙々苑、落ち着いた橙色に照らされた個室にいる北山と銀子。四人掛けの席の奥側に座り、向かい合う二人の表情はいささか険しい。

 オレンジジュースが入ったジョッキを手元に置いた銀子。掌についた水滴をおしぼりで拭いている。

 

「そう。彼女、あそこのグループ……というよりも企業の対応の悪さに相当鬱憤が溜まってたみたい。収録終わったあとにすごい剣幕で捲し立ててたの。明らかに外野が知らない情報も含めてね」

 

 銀子の言う彼女とは、Vythonで活動するVTuber、Alice is End mark.のことだ。この日、ネットラジオのゲストとして銀子と共演した人物だ。なぜこの不吉な名前になったのかは置いておく。

 そのときの店内は意外にも静かで、個室とはいえ少々警戒しなくてはならなかった。少し身を乗り出した銀子は声のボリュームを落とし、北山だけに聞こえるように口にした。

 

「おいおい」

「口に出したら止まらなくなったみたいでね。気がついたと思ったら顔面蒼白状態で忘れてくださいって懇願してきたわ」

「蒼白の度合いがどんなもんか見てみたかった」

「相変わらず趣味の悪いこと」

「しかしVTuberってのは社会の経験が浅いのかね。守秘義務が何たるか、まるで理解していない。鬱憤があったか知らんけれど、他人に伝えてしまったってあっちの社員が知ったら、最悪契約解除だぜ」

「それはね、たしかにそうね。私が何も言っていないから、周りに広まっていないって状態ね」

「ただ、人の口に戸は立てられぬ、と。こうして噂は拡散されるんだな」

「あら、誰かに伝えるの?」

「まさか」

「なら大丈夫でしょう。……そのとき彼女が言ってた内容だけれど――」

 

 銀子から北山に伝わった情報――銀子がスタジオの外で聞いたAliceの憂さ話。肉を焼かず、手元のジュースも飲まず、一字一句逃さぬよう身を入れて聴く。

 そして、その話の要点は四つにまとめられた。

 

 嘯木悦春に情報を流す内通者が確実にいること。

 運営はなぜか内通者探しに消極的なこと。

 Carolはそんな運営に愛想を尽かして離反したこと。

 Vythonはいつ瓦解してもおかしくないこと。

 

 話を聞いた限り、Aliceは嘯木に酷く怯えていた。自分の秘密を漏らされることに嫌悪と恐怖を抱き、自分たちを守るはずの運営への不審感に苛まれていたそうだ。おそらく、彼女と同じような思いをしているタレントが、あのグループの中にはまだいるはずだ。

 運営たるBROSSUMはタレントたちに箝口令が敷いている。どの媒体でもこれについての発信は許されず、親族や親しい友人であっても口に出すのを禁止されている。具体的な内容までは不明だが、違反したらペナルティを科せられるそうだ。「説明」という行為は意外と難しい。タレントらの説明に少しでも不備があると、画面の向こうの誰かは必ず誤解する。そうでなくてもどこかで捻じ曲がる。箝口令は、誤解と曲解を避けるための消極的手段なのだろう。

 その状況で、意図的か否かはともかく内情を暴露してしまったAliceは、それなりに切羽詰まっていたのだ。赤の他人に漏らしてしまうほどに。心の安寧を求めるほどに。

 で、問題解決に消極的、とは言ってもBROSSUMは上場もしている立派な企業であり、水面下ではよりよいほうに向かおうとしているはずだ。そうでないと企業として失格、株主は企業に愛想を尽かす。

 だからまあ――まとめると、去年の時点でタレントらが不安を感じずに活動していられる環境はなかったのだ。

 おいおい、これからどうすんだよ。腐っても界隈の大手だろ。このままじゃマズいんじゃあねぇーの。早く何か声明出して、企業としての姿勢と誠意を世間に見せないと。

 でもまあ……何ていうか、この手の話を聞いていると、いつも思うことがある。

 世間って、意外と狭いもんだよな。

 

 

 

 カーテンの隙間から、弱い陽光が差し込んでいる。鼻を通るひんやりとした朝の空気が、意識を呼び起こす。

 ぱちりと開いた瞼。視線の先には黒色の天井。照明のLEDは常夜灯の状態で橙色にぼんやり光っている。

 何だか甘い匂いがする。体を起こそうとすると、右腕に重みあって動けない。押さえられているではなく、摑まれている感覚だ。

 

「……」

 

 見ると、北山の右腕を抱き枕のようにして、穏やかな寝息を立てている豊藤の姿があった。腕にむぎゅっと当たる柔らかい感触は、果たして同性の特権だろうか。「当ててんのよ」を望まずとも、北山はこのシチュエーションを享受できるらしい。

 人のものではないこの匂い、就寝前に首筋や耳の裏に香水を吹き付けたのだろうか。お洒落な理髪店のような、紳士的で落ち着いた匂いだ。ラストノートはサンダルウッドとアンブロックスか。

 

「……」

 

 左を見ると、星田が北山のほうに顔を向けて寝ている。寝息が腕にかかってくすぐったい。離れようとするも、反対側で豊藤にホールドされていて、まったく動けない。諦めて、星田の寝顔を間近で観察する。

 相変わらず端正な顔立ちだった。まつ毛が長く、鼻は小さく、唇は薄い。おまけに肌キメがよく、皺もニキビもほうれい線もない。神は星田にいくつ与えているのだろうか。二人はたれ目だが、星田は顔のパーツが豊藤のよりシャープだ。可愛いというより、やはり美人の類。前世でどんな善行を積んだらこうなるのだろう。

 二人はどうやって自分をこのベッドに運んだのか、なぜ一緒のベッドで寝ているのか、そも三人が川の字で寝ても余裕なほど大きいこのベッドは何なのか――聞きたいことだらけで堪らなかったが、二人の寝顔を見ていると、何だか起こす気が失せていく。

 壁にかけられた時計は七時前を示している。普段ならもう起きている時間だが――もう、いいや。

 枕に頭を委ねる。摑まった腕はほどけそうだが、幸せそうな寝顔を前にして、そうはしなかった。

 たまには二度寝もいいだろう。きっといい夢を見られるはずだ。でも、あの焼肉の日の夢はもういいかな。あんなの記憶を辿ればいい、夢にまで見る必要はない。

 だからせめて、両手に花を持つ夢を見せてほしい。現実より、刺激が弱い気がするから。




 GOD、一度は引いてみたいです。ゲーセンでですけれど。6号機のあのハーデスは……ね。
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