その清楚系、パチカスにつき。   作:継続率3000倍

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 七月。共子が北山に電話をかけてきたのは、台風が差し迫る騒がしい晩のことだった。

 

「今月のどっかで何人かでコラボ配信するんだけどさ、洋ちゃんさえよかったら一緒に配信しない?」

 

 端的に言えば共子の言葉の通り、配信の誘いだった。

 執筆に集中するあまり荒天に気づかず、バルコニーに干していたために洗濯物は水浸しになった。急いで取り込んだそれらは、いま目の前の洗濯機の中で横に回転してはドラムに叩きつけられている。ごうんごうんと懸命に働く洗濯機にあとを任せて戻ると、リビングのコンセントに繫がったスマホが不在着信を知らせていた。いつもサイレントモードにしていてバイブすらしないため、北山はこれに気づかなかった。

 かけてきたのは妹で、こちらからかけ直したらワンコールで出て、冒頭の言葉へ繫がる。

 

「それは私が身内としかコラボしないと知っての勧誘だよな」

 

 身内以外とはコラボしない。これは北山が配信者として活動を始めてから一貫してきたポリシーだ。姉の視聴者である共子は当然、これを知っている。

 また、このポリシーは裏物クチクだけに適用されるものではない。どの名義であっても、これは適用される。

 

「うん、まあ。だから洋ちゃんは山電氏として出演するって感じになるかな」

 

 共子もとい北佐翅太郎と裏物クチクは、これまで一切絡んでいない。北佐の姉が山電氏であるのは公になっているため、裏物クチクとして参加した場合、裏物クチクは山電氏なのではないか――などと勘ぐられる可能性が十分ある。よって、仮にその配信でコラボする場合、北山は山電氏として出演することになる。

 

「つっても、これのためだけに山電氏のチャンネルをわざわざ作ってもね。それにこの名前でシナリオ書いてるし、一応上の人に聞いてからのほうがいいよな」

 

 『山電氏』は同人活動を始めるに際して考えた名前だが、この名はもはやEveの顔になりつつある。この名義で動く場合、それが大きい物事であればあるほど動きづらくなる。

 

「あーそれもそうか」

「まあ、あんたへの誕プレもまだだったし、副賞として後ろ向きに検討しとくわ」

「後ろ向きかぁ……」

「とりあえず現段階の出演予定者を教えてくれ。判断材料にする」

 

 山電氏は救いようのないストーリーを書きたがる人物であるというイメージはエロゲー界に深く浸透しているが、しかしその人自体のイメージとなると話は変わってくる。

 一応山電氏的には、話の内容はともかく人間性は真っ当、というイメージで通っている。ゆえに、公の場での人付き合いについては、少々敏感になる必要がある。

 

「えーっと、野那岐朝顔、浅利しぐれ、フューリーパンチ、海神ネムロ、霧笛シラベ」

「野那岐ってエロ同人の人だっけ」

「そうそう」

「あと浅利しぐれはコミケで一回会ったことあるな。新刊渡してこられた」

「そうなんだ。その二人は同人作家としての付き合いがあって、それで誘った感じ。どっちも女ね」

「へぇ。野那岐サン、結構いい趣味してんのな」

「ハードな表現マシマシだもんね」

「次のフューリーパンチってのは知らん」

「ハードコアっていう、私がよく聴いてるジャンルの曲作ってる人だよ。この人の曲のジャケット描いたことあって、その縁で誘った」

「なるほどね」

「で、後ろの二人だけれど」

「そいつらは聞いたことある」

 

 いや、Wikiを読んだのか。

 思い起こしたのは一年前、Vython所属の面々のプロフィールが載っている非公式Wikiを閲覧したときの記憶。ちょうど、後輩が演じているキャラを調べていた場面だ。

 ――所属タレントの彼女たちは、大きく五つに分けられる。

 黎明期からいまに至るまで支えてきた一期生。

 揺籃期の激動を百折不撓に生き抜いた二期生。

 成長期を独りで請け負い栄光に導いた三期生。

 成熟期をもってブランドを完成させた四期生。

 さらなる成長と躍進を求めて邁進する五期生。

 このグループはオーディションの際、じっくり時間をかけて相応しい人員を決める。現在ここで活動している人数は十七人で、最大手グループという点を考えると驚くほど少ない。最大手にして少数精鋭、それがVython最大の特徴といえるだろう。少人数ゆえにその結束力は鉄壁。各々が強烈な個性と才能を持ち合わせており、まるで磨き抜かれた宝石のようにそれぞれが唯一無二の輝きを放ち、互いを高め合っているのだ――などとWikiには書かれていた。

 海神ネムロは二期生。オホーツク海生まれの女神で北海道根室市在住、という設定。ファンが多けりゃアンチも多く、少々プロ意識に欠けるような言動をときどきしているらしく、良くも悪くも人気VTuber、という印象。シューティングゲーム、とくにFPSの腕が立つようで、プロチームにも誘われた過去があるという。

 霧笛シラベは五期生。霧が立つ山の神社に忘れ去られた篠笛の付喪神、という設定。自身の配信であろうが他媒体であろうがいつもテンションが高いが、グループ内でもとくにTPOを弁えた常識人らしい。また、Vython内でプライベートな情報を一番口にせず、飲酒していても口を割らないそうだ。また、居住地(北半球側の日本ではない国)の関係で日本での収録にあまり参加しない。ライバー同士によるオフコラボも、霧笛に限り一度も催されていない。ライブなどのリアルイベントでは事前に収録した映像を流している。

 現状、他のライバーが霧笛と唯一まともに会えているのは、年末のライブだけである。

 

「へぇ。Wiki読んだの?」

「一年ぐらい前にな。はっきり覚えてる」

「さすが」

 

 個別ページに載っているプロフィールと経歴、エピソードや発言集、趣味の詳細、配信中に飲んだ酒のリスト等々、北山はそのことごとくを記憶している。

 北山にとって暗記は日常的行動だ。何かを脳に留めるという行為に苦労せず、苦痛を感じず、苦心しない。覚えようと思いながら見た光景、聞いた言葉、読んだ文章――一度目を通せば、何年経過しても鮮明に思い返せるほど深々と脳に刻まれるのだ。

 Vythonというグループとそこに所属する人員に対しては、後輩が所属しているところの概要ぐらいは把握しておこうと思い、非公式Wikiなどを閲覧し、覚えた。

 だから北山はこうして、名前を聞いただけで当該人物の詳細を思い出せるのだ。

 

「それで、どうかな」

 

 電話越しの妹の声に、ささやかな期待が含まれている。ダメ元の提案なのだろうが、しかしその期待には「姉とともに何かしたい」という想いが込められているのを、北山は知っている。

 物心ついたころから高校卒業までの、子どもにとって非常に長い時間――北山は姉として、共子と碌に関わってこなかった。いつも自分のやりたいことを優先していた北山にとって、毎日後ろについてきて話しかけてくる共子は、顔の周りを飛ぶコバエが如く鬱陶しい存在だった。金魚の糞のようについてきて、自分を邪魔するストレスの塊みたいなものだと認識していた。

 極端な話、北山は数年前まで、自身の妹を心の中で人間扱いしていなかったのだ。

 妹に対する価値観はある日を境に急変するのだが、それはまた別の話。ともかくそういう過去があったのだ。

 共子としては子ども時代に遊んでくれなかった姉と一緒に何かすることで、失われた時間を取り戻そうとしているのだろう。まったく見向きされなかったというのに、この健気な姿勢は姉への不変の愛ゆえか。

 ――ここで配信活動のポリシーを優先すると、罪悪感で死にたくなりそうな気がする。できればもう、共子の悲しい声は聞きたくない。

 

「いいよ」

 

 妹が喜ぶのなら、何でもいい。

 こうして北山は、共子の誘いに乗るのである。




 何かあったみたいですけれど、家庭の問題には首を突っ込まないほうがいいので突っ込みません。北山家なんて絶対碌なこと起こらない。知らんけど。
 誤字がありましたら誤字報告願います。
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