その清楚系、パチカスにつき。   作:継続率3000倍

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港区飲み会

 淡い暖色の照明は、気取ったホテルの一室のように店内を薄く照らしている。目の前でノンアルコールカクテルを作るバーテンダーの顔、自分の後ろのテーブル席で盛り上がっているどこかの会社の経営者と港区女子たちの顔、彼女らの話の輪に入って談笑している後輩と同僚と自分らが属する企業の社長の顔――少し距離が離れていると、この環境では目を凝らさないと人の判別がいささかやりにくい。

 紫煙くゆる葉巻はキューバ産。十二万円もするこれは社長の奢りだ。長い葉巻をゆっくりふかし、煙を舌の上で転がすように味わい、バーテンダーにかからないように吐く。

 定期的に吸っているのではないが、ふとした瞬間に吸いたくなる。これは妹がシガリロや葉巻を吸っているのに影響されたからだろう。人は好意を抱く人の動きを真似するらしいが、北山が葉巻を吸う理由はこれ以外にも理由がある。

 決して褒められたものではないそれは、生きる理由のある北山が自分に科した、名の知らぬ誰かへの贖罪。

 贖いにすらなってないそれに意味などないと知っていつつも、北山はこれをやめようとは微塵も思わない。

 

「結局私はマゾヒストか」

 

 戯言は、スピーカーから流れるジャズの音色の中に消える。

 

「そうですか」

 

 右隣に座る、名の知らぬ眼鏡の女だけが、北山の言葉を捉えていた。

 ――二十一時、六本木。街角にひっそりと佇むこの会員制のバーに、北山が来店するのは二度目だった。

 

 

 

「そういえば聞いてなかったんですけど、ハナの日って何か打ちました?」

「ツインドラゴン打ったよ。ハナハナが強い店が家の近くにあるんだけれど、仕事終わったあとにそこ行ったら角台がたまたま空いてて、打ったら二〇〇〇枚弱出た」

「おお。ノーマルでそれは御の字じゃないですか」

「ね。でも店側の音量設定が狂ってて、体調崩しそうなほどビリビリしてた」

「うわぁ、たまにありますよね。大丈夫でした?」

「お願いして下げてもらったんだけれど、島中はどうしてもうるさくてね。結局イヤホンつけてた。ノイズキャンセリングって偉大だわ」

 

 盆休みが終わり、八月も後半。ある出勤日の昼下がり、オフィスの一角にある休憩スペースで昼食後のティータイムと洒落込む北山と豊藤。Eveの昼休憩は一時間半あり、ゆったりお茶を淹れる余裕がある。

 窓の向こうに広がる秋葉原のオフィス街。視線を下に向けると、道を行き交う人々と車の数々を眺められる。勤勉な日本人たちを見下ろしながら飲む安物のアールグレイは格別だ。

 

「そっちは打ったの?」

「もちろん! 帰りに沖ドキ打ったんですけれど、ショボ連とハマりの繰り返しで、結局マイナス20kで終わりました」

「20kなら軽傷だね」

「まあそうですよねー。打った台を考えると」

 

 スロットを嗜む者にとって八月七日は、パイオニアの代表機種である《ハナハナ》シリーズとの語呂合わせで『ハナの日』と呼ばれている、重要な一日だ。

 ハナハナは一部の例外を除き、ノーマルタイプの完全告知機だ。ボーナスを引くと、リールの両サイドにあるハイビスカスが点滅して当たりを告知する。このゲーム性は沖スロに共通していて、ハナハナはそれの代表例だ。シンプルなゲーム性ゆえに、多くのスロッターに親しまれている。これを看板機種にするホールもあるくらいだ。

 ハナハナはいわゆる『沖スロ』と呼ばれるスロットで、日本での歴史は沖縄から始まっている。沖縄で産声を上げたスロット、ゆえに沖スロだ。

 通常メダルの直径が二五ミリのところ、沖スロは約三〇ミリだ。三〇ミリのメダルを使う台は『30Φ』『30パイ』と呼ばれることもある(いずれも読み方は同じ)。三〇ミリという大きさには諸説あるが、数十年前の沖縄に米軍人が本国から沖スロの原形となるスロットマシンを持ち込み、それに使われていた五十セント硬貨の直径が約三〇ミリで、その名残で沖スロにはいまでも三〇ミリのメダルが使われている――という説が有力だ。

 ちなみに沖スロと一言に言っても、沖縄での沖スロと本土での沖スロでは使われるメダルの大きさが若干異なるが、ここでは割愛する。本当に微々たる違いだ。

 北山が当日に打ったのは《ツインドラゴンハナハナ》で、豊藤はユニバーサルの沖スロ《沖ドキ!》だった。後者はノーマル機ではなく天国モードに入れて連荘を目指すAT機だが、ボーナスを引くとハイビスカスが点滅する、というゲーム性は変わらない。

 

「6号機どうなるかな」

 

 何とはなしにつぶやいたのは北山だった。

 二〇一八年に規則が改正された。パチンコのCR機、スロットの5号機は一部を除き、二〇二一年一月末をもって撤去となる。あと一年もせずに旧規則機は終焉を迎え、P機と6号機の時代へと移り変わるのだ。

 

「払い出し二四〇〇枚上限は悪法ですよ」

 

 紅茶を飲み干し、おかわりを注ぐ豊藤が乱暴に言い捨てた。

 

「だよなぁ。差枚二四〇〇枚上限ならまだしも」

「鏡って打ったことあります?」

「生憎。これから打つかどうかもわからんな」

 

 豊藤の言う鏡とは、6号機として初めて世に出たスロット《HEY!鏡》のことだ。大都技研の番長シリーズの主人公である轟金剛、そのライバル的存在であるアメリカかぶれの日本人、鏡慶志郎が主役のスロットだ。

 二〇二〇年現在の6号機に共通している一番の規則は、やはり出玉の上限だろう。多くの5号機には存在しなかった出玉の上限が、6号機には儲けられることになったのだ。

 ここではAT機とART機にフォーカスを当てるが――一度のAT・ARTにつき、最大で二四〇〇枚しか払い出されなくなった。

 払い出しで二四〇〇枚だ。差枚ではない。つまり二四〇〇枚以上の投資だった場合、どんなにゲーム数や枚数を上乗せしても、二四〇〇枚から先の投資分は一度の当たりでは絶対に戻ってこない、ということだ。

 それゆえ、6号機初期のこの規則は悪法として、旧規則機が撤去されて以降、スロットの客離れを招く要因となったのだ。

 ――出玉が「払い出し二四〇〇枚」から「差枚二四〇〇枚」となる6.5号機は、この二年後に登場する。それを皮切りに波の荒いモンスターマシンの数々がスロットコーナーを席巻、スロッターたちに熱狂と発狂を与えるのだ。北山と豊藤ならびに全国のスロッターたちはまだ、このことを知らない。

 

「凱旋は撤去までまだ二ヶ月はあるし、5号機全体としても来年までは残るし……当分は楽しめるかな」

「6号機はあのままですと、客は飛んでいっちゃいそうですね」

「そうねー。5号機撤去されてから、看板機種って何になるかな」

「……絆2?」

「まあ、現状はそうなるか」

「あっリゼロは……」

「――……」

 

 もはや何も言うまい。(どのスロットにも共通していることではあるが)設定6は面白い、が現状の共通認識だ。

 紅茶を口に含む。アールグレイは茶葉にベルガモットの香りをつけたものだ。紅茶、と聞いてこの香りを想像する人は少なくない。用いられる茶葉はメーカーによって異なり、それによって香りもまた違うものとなる。複数のメーカーのを飲み比べるのもまた一興。

 鼻に抜ける柑橘類の爽やかな匂いが、昼下がりの睡眠欲を刺激する。紅茶だからカフェインも一緒に摂取しているだろうが、しかしできることなら冷房の効いたこの空間で寝てしまいたい。

 

「おねむですか」

「血糖値が上がるとどうしてもねぇ……でもエネルギーは補給したいからいつもしっかり食べてるわけだけれど。そうしないと力が出ない。仕事も遅くなる」

「あの異常な仕事量と速度は食事が支えている、と」

「脳にブドウ糖送らなかんわ。それに日本人にとって食事ってのはQOLの向上に直で繫がる超重要なファクターだよ。美味しい食事で精神を健やかに」

「それはたしかに。私は時間がないときは完全栄養食で済ませたりしますねー」

「ああいうの一回食ったことあるんだけれど、食った気しなかった――」

 

 北山の視線が、ある方向に固定される。休憩スペースの出入口があるほうだ。

 扉の小窓から一瞬だけ人の姿を認める。すぐに扉が開き、初老の男が入ってくる。

 

「いたいた」

 

 白髪交じりの髪をオールバックにして、口周りに髭を生やした男。背広を脱いだクールビズ姿で、二の腕の太さと胸板の厚さが十二分に伝わってくる。

 体つきに対して、皺が年季を感じさせる精悍な顔つきのこの人物の名は、佐久間重彦。株式会社Eveの社長だ。

 入ってきた佐久間にお疲れ様ですと挨拶する。佐久間も挨拶を返し、話を始めた。

 

「休憩中に申し訳ない。ちょっと二人にお誘いを」

「誘い?」

 

 言うと、佐久間は頷き、控えめなトーンで口にした。

 

「港区の飲み会に興味ない?」

 

 

 

 発端は佐久間の同級生で、とある企業の経営者でもある人物からの誘いだった。

 その経営者は本社の近くの会員制のバーの常連らしく、頻繁に顔を出している。そこで知り合った女たち――ここでは便宜上『港区女子』と形容するが、その人らとよく酒を飲み交わしているそうだ。

 で、佐久間はその男からバーでの飲み会によく誘われていたが、妻子がいる手前、すべて断っていた。

 しかし今回は男の誕生日兼経営する会社の上場記念ということで、ぜひ来てほしいとお願いされたそうだ。

 現地には男と関わりのある他の経営者や港区女子も確実に来ているはずだ。もしかしたらテレビに出演しているような有名人も誘われているかもしれない。どうして見ず知らずの有象無象と酒を飲まないとならないのか。

 だが、あんなんでも数十年来の友人だ。面と向かって祝ってやりたい気持ちはある。

 

「――で、一人で行くのは嫌だったから、肉の盾用途にネタ収集をチラつかせてシナリオライターの二人を釣って、肉の盾の盾用途に俺を拉致ったと」

「人聞き悪いなぁ。盾は高砂だけ」

「あんた……」

 

 佐久間が運転するクラウンの助手席に座る高砂が、自身が属する企業のトップに毒づいた。

 目的地の性質上、北山と豊藤に何かしら問題が起こるかもしれない。なので佐久間は、自身と同じく体を鍛えている男、高砂を二人の用心棒として港区飲み会に誘った。

 誘ったタイミングは退勤時間の一分前。おそらく暇だろうと高砂に誘いをかけたら本当に暇だった。誘いが会社の一番上の人だったからか、高砂はとても断りづらそうにしていた。そして結局断れなかったわけだ。北山はその光景を遠くからニヤニヤしながら眺めていた。

 

「だいたい社長、あんた鍛えてんでしょう。俺をゴールドジムに誘った張本人じゃないですか。自分の体は自分で守ってくださいよ」

「それはもちろん。高砂も頼むよ。うちの大事な戦力二人を守ってくれ」

「ていうか港区のバーって護衛が必要なところなんですか? すごく怖いんですけど」

「別にそんな荒んでないよ。柄悪そうなやつはたしかにいたりするけれど、喧嘩しにきたわけではあるまいに。女性に対してもそこまでグイグイいかないんじゃないか」

「どうだか……。いや、そもそも祝うなら別の日にすればよくないですか。それならこんなことにならなかったでしょ」

「社長ってのはそんな簡単にスケジュール動かせないの。あっちの都合もあるし」

「それは俺の暇人ぶりを遠回しに揶揄してるのか……?」

 

 ため息をつく高砂。こいつも大変だなーと他人事のように思いながら、車窓の景色を眺めている北山。夜の港区も相変わらず高級車の博覧会だなぁ、と対向車線を走る車を目で追っている。

 

「二人もいいのかよ。こんな誘いに乗っかってさ」

 

 呆れ交じりの声で訊いてくる高砂。それに先に答えたのは豊藤だった。

 

「もともと会員制のバーとかクラブとか、ちょっとアングラな匂いがする要素をストーリーに組み込めないかなって、ライター組の間で話してはいたんです。佐久間社長がその話を小耳に挟んだらしくて――だから今回のお誘いは結構ありがたいんです。願ったり叶ったりというかなんというか。経験を全部ネタにするつもりでいきます」

「港区女子がいたら、あわよくば取材したいな。どこからいらしてたんですか? どなたから誘いを受けてきましたか? あなたはいわゆる港区女子ですか? どうしてこのようなことをしているのですか? 生の声はネットより役に立つ。ぜひともデータが欲しい」

「絶対にやめとけよお前。北山がそれやったら嫌味にしかならねぇよ」

「そう? まっ取材は冗談として、今日は社長持ちだしね。食費が浮いてありがたい限り」

「高いウイスキー飲みたいです!」

「それでいいのか……」

「二人はこれからもしぶとく図太く生きていくって確信があるねぇ」

 

 などと言い合いながら十数分。目的地近くのコインパーキングに駐車。街の騒めきと人々の往来を横目に、五分もかからずに到着した。

 

「――」

 

 足をピタリと止め、店先の看板を見つめる北山。チョークで書かれたやたら達筆な品書きが、豆電球の安っぽい光で照らされている。

 おい、この街なら探せばいくらでもあるだろうに、よりによってこの店かよ。嫌なわけではないんだけれど……。

 

「どうしたんですか」

「いや、何でも」

 

 振り返った豊藤から声がかかる。この後輩の前で誤魔化しは無駄だとわかっているが、しかし北山は自分の心に蓋をした。北山の曖昧な答えを受けて、豊藤はとくに深堀してこなかった。

 店は地下にある。繫がる幅の狭い階段を一列になって下りていく三人を、北山は見下ろしている。

 

「何の因果かね……」

 

 ふぅ、と息を吐いた。手すりに摑まり、おもむろに階段を下りる。

 夜の帳が下りた港区、六本木。煌々と光り輝き羽虫にたかられる袖看板、それの一番下に示されてた『Bar Oyama』――三ヶ月前のゴールデンウィーク、北山は大学の後輩に引き連れられ、この店を訪れたことがある。

 下りていくにつれて、街の喧騒から遠ざかっていくような気がした。




 眼鏡……?
 誤字がありましたら誤字報告願います。

 明日、コミケにサークル参加します。西か08aです。お待ちしております!
 https://webcatalog.circle.ms/Perma/Circle/10478964/
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