その清楚系、パチカスにつき。   作:継続率3000倍

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奢り

 思ったより広々としている――この第一印象は、五月の時点ですでに抱いていた。

 薄暗い橙の照明に照らされた店内のそこかしこに酒の空き瓶がインテリアとして飾られているが、そのほとんどがボウモアやラフロイグといったアイラモルトなのは、店主の趣味に起因するものだろう。アイラモルト以外では、明らかに高いブランデーの空き瓶がところどころに置かれている。

 幅の広いバーカウンターは切り出した木材の木目を活かしたもので、目立った傷が見当たらない。店の内装、雰囲気において非常に重要な役割をもつため、日々丁寧に扱われているのが見てとれる。

 カウンターの客に紅色のカクテルを出している、大学生ぐらいの女性バーテンダー(女性の場合、バーメイドとも呼ばれる)。白いシャツに蝶ネクタイ、黒いベスト、スラックスというありふれた様式の服装だが、衣服に余計な皺が見当たらない。だらしない印象を客に与えず、店の印象をよりよくするために教育しているのだろう。

 同じくカウンター内で、ミキシングカップに注いだ無色の酒をステアしている男性バーテンダーは、蝶ネクタイではなく普通のネクタイをしている。口周りに髭を生やしていて、髪をジェルでバキバキに固めている。この店の店長か、オーナーだろう。カクテルを作って提供するまでの動きに無駄がなく、いつまでも見ていられそうだ。

 彼らの背後、棚にズラリと並べられた酒の数々――ウイスキーのボトルがいささか多いのは、気のせいではないはずだ。

 高級感があり、品もある。要所に遊び心も感じられる。この店を取り仕切る人物のセンスの良さがうかがえる内装となっていた。

 

「うぅむ……相変わらずの色物揃い」

 

 二十時十五分、佐久間の同級生らしい経営者を祝う催しはすでに始まっていた。

 経営者――神谷というらしいが、黒いスーツ姿なのはいいが、色黒で、ソフトアフロで、髭を生やしていて――あまり近寄りたくない雰囲気を放っている。

 どっかの洋画で事あるごとにマザーファッカーと叫ぶあの俳優に似てる……いや、どっちかというとラブソングの帝王か? でも肌こんなに黒くないし……いや、そんなことはどうでもよくて。

 しょうもない思考を切り替え、周りを取り巻く有象無象に視点を向ける。

 神谷は店内中央にあるソファ席に座っている。両隣にいる女性二人は男とどういう関係なのだろう。どちらもボディーラインが引き立つワンピースを着ている。耳にピアス、首にネックレス、手首にブレスレット、というふうにさまざまなアクセサリーを身につけている。それと比べると北山は、いまのコーデがオフィスカジュアルであるとはいえ、いささか飾りっ気がない。

 ローテーブルをコの字に囲むように配置されたソファにはその三人のほか、ツーブロックでスーツ姿の壮年の男、腕と首筋にタトゥーがあるスタイリストとかヒップホップとかやっていそうな若い男、ハイブランドの衣服に身を包んだ二十代ぐらいの女二人、件の経営者と年が近そうな私服姿の男――いったいどういう繫がりがあってここに集まっているのだろう。座っている面々にまとまりをまるで感じないのだ。直接尋ねたい衝動に駆られそうになるが、ぐっと抑えて前を見る。

 店内には催しに招待された客以外の客も来ていて、テーブル席やカウンター席で各々酒と軽食を楽しんでいる。

 佐久間の声に気づいたのか、神谷が顔を上げる。

 

「おおっサクちゃん、やっと来たか! こっちこっち」

 

 ソファーのセンターを陣取る男が、手招きしてくる。

 

「社長が面白い呼ばれ方されてますよ」

「おもろ」

 

 佐久間は振り返り、呆れ口調で三人に言う。

 

「三人とも好きなとこ座って自由に飲み食いしてな。支払いは俺持ちって店員に伝えておけばいいから。俺はこれからアレの面倒見てくる」

「頑張ってくださいねー」

「タダ飯だタダ飯」

「高砂、何かあったら頼むぞ」

「わかってますよ」

 

 応援する言葉を投げる豊藤の脇で、他人の金で食べる食事のことしか考えていない駄目な大人がいる。会社のトップに対する敬意が微塵も感じられない。

 そして佐久間は、よくわからないメンバー構成のソファ席に突入していく。するとどういうわけか沸き立った。余計にわからない。

 

「すみません、店内の写真って撮っても大丈夫ですか?」

 

 一応、今回の主目的は会員制バーのシナリオハンティングだ。佐久間は自由に食事していいと言っていたが、それはやることをやってからだ。

 豊藤が求めた店内での撮影は、客のプライバシーに配慮しての撮影なら問題ない、という回答を得た。暗に「他の客を撮影しないように」と言っている。店の性質上、そうなるのはごく自然のことだろう。

 

「先輩は撮らなくても大丈夫なんですか?」

「見れば記憶できる」

「さすがです」

 

 豊藤が自身のスマホで、店内をくまなく撮影していく。北山は五月の時点で店の中の風景をすべて記憶しているため、いまやっているのはほとんど復習だ。あれから三ヶ月も経過しているためところどこに違いが見受けられるが、大部分はとくに変わりないようだ。

 撮影しつつ、スマホに向かってボソボソとつぶめく豊藤。撮影した部分の印象をボイスレコーダーで録音しているのだろうか。なるほど、紙に書くより手っ取り早い。

 しばらく豊藤に付き合っていると、やがて北山が思うこの店の一番の魅力と後輩は出会い、向日葵が太陽に向かって花を咲かせるようにパァっと笑顔を浮かべた。

 

「先輩先輩、見てくださいこれ!」

 

 豊藤が指差すもの――それはスロットにほかならない。それも、だいぶ年季の入ったスロットだ。

 

「《コンチネンタル》《バニーガール》《ワイルドキャッツ》――どれもお店にピッタリな雰囲気ですね!」

 

 いずれもいまのホールには置かれていず、置くことのできないスロットだ。コンチネンタルとワイルドキャッツは3号機で、バニーガールは2号機。どれも三〇年も前に発売されたスロットだ。

 下パネルの主張しすぎないデザイン、リールの図柄、筐体外側の劣化具合といい、お洒落なバーのインテリアにはちょうどいい代物だろう。

 しかもこの三台、完動品だ。五月にどれも問題なく遊技できるのを確認している。

 

「どれどれ……『何か一杯注文して、それを飲みながらお楽しみください(できればロングカクテルで)』と。なるほど飲酒スロットですか。素晴らしい」

「ホールじゃあ酒飲めないからね」

「あとコンチとワイルドキャッツは生で初めて見ました。いまのスロットにはないお洒落な感じがたまりませんね」

「わかるー」

 

 などと言っていると、

 

「お嬢さん方!」

 

 神谷の呼ぶ声が聞こえた。見ると、ワインボトルを掲げてこちらに振っている。

 

「ちょっとした賭け! そのスロットで猫が描かれたのが先に当たったら、このドンペリは俺の奢り! そうじゃないどれかが当たったらサクちゃんの奢り!」

 

 なるほどそういうことか。

 日本での賭博行為は基本禁止されているが、その場限りのちょっとした賭け事なら大抵許される。ドン・ペリニヨンのような高級ワインでも、この場合は認められるだろう。

 

「ドンペリって、たしかシャンパンの中でも高級な部類のやつだったけ」

 

 盛り上がる連中を見ながら高砂が、誰に聞くでもなく口にした。

 

「そうですそうです。しかもあれ、エノテークっていうドンペリの中でも高いやつですよ。いくらするんだろう……」

「へぇ。高いんだ」

 

 目を丸くした豊藤の言葉に、北山はいいことを思いついた。にやりと口の端を吊り上げ、スロット《コンチネンタル》を見る。

 その視線で、豊藤は北山の企みを察したようだ。

 

「いいんですかぁ?」

「社長だぜ? 金なら困ってないよ。多分」

「そうでしょうけれども。サクちゃんが可哀想……」

「一ミリもそんなこと思ってなさそうだね、君……。とりあえず、何か一杯頼もうか」

「そうですねー」

 

 悪い笑みを浮かべる。高砂の訝しげな視線が突き刺さるが、意に介さない。注文しようとカウンターへと向かう。

 別に社長のことを悪い人なんて微塵も思っていないから、どうか悪く思わないでほしい。あんたは本当によくやってる。あえて誰かを恨むのなら隣にいるサミュエル・L・ジャクソンを恨んでくれマザーファッカー。

 この使い方は違うか。




 あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
 冬コミで足を運んでくださった方々に感謝を申し上げます。励みになります。
 ところでそろそろ書き溜めた文章が枯渇しそうです。助けてください。
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