その清楚系、パチカスにつき。 作:継続率3000倍
カウンター席の、一番出入り口に近いところに座っている中年の男が目についた。スマホを見つつ、ミックスナッツをつまんで、ウイスキーを一口。
どのバーでも見られる、ありふれた光景。だがこのバーにおいては、一つ違った点がある。
手元に茶色の酒と丸い氷が入ったオールドファッションドグラス、小皿に入ったミックスナッツ、先端から白い煙を放出する茶色の棒――葉巻だ。
そう、この店はシガーバー。全席喫煙可能。酒のほか、葉巻も注文できるのだ。
店内のどこででも受動喫煙できるような環境で、それは問題ないかと事前に佐久間から訊かれたが、豊藤は取材の手前その程度は問題にしないとして、許容した。北山は妹がよく吸っていて、慣れていた。高砂は、本人は「喫煙者ではない」と言い張っているが、何度か会社の喫煙室に行くのを目撃したことがある。付き合いで吸っているのだろう。そういえば高砂と仲のいいプログラマーの駿河屋がヘビースモーカーだった気がする。
ともかく酒と葉巻、ないしは煙草――二つを同時に楽しめるバーなのだ。
私もあとで吸おうかな。太くて長いの。
「そういえばできますかね、この台は」
「交換されてなきゃいいけど」
受け取ったグラスを台の横から伸びるホルダーに置く。北山が頼んだのはサラトガ・クーラーというモクテル(ノンアルコールカクテルのこと)で、ライムジュース、シュガーシロップ、ジンジャーエールという三つの材料で作られている。豊藤はチルカーノ——ブドウの蒸留酒ピスコとライム果汁、そしてジンジャーエールで作られるカクテルを頼んでいた。
「じゃあやったるか」
スロットには最大五三枚までメダルを投入できるが、クレジットオフボタンを押すと、すでにベッドされた三枚を除いた五〇枚がすべて排出される。
中古スロット販売業者がメダル不要機を取り付ける場合、クレオフボタンをクレジットを増やすボタンに改造することが多い。北山が所持しているスロットの一部もそのようになっている。
「三枚入れて――」
左手でクレオフボタンを三回押し、三ベット状態にする。これでレバーを叩けば、即座に抽選されてリールが回り、停止した出目に結果が反映される。
左の人差し指は、まだクレオフの上に。
「そらっ」
右手でレバーを下げた、その直後――クレオフを連打。
「入ったッ!」
「おおっ」
すると不思議なことに、リール駆動音に紛れて、聞こえるはずのない投入音が鳴った
これでセット完了。あとは揃えるだけだ。
ボタンを押す。左リールに“7・チェリー・BAR”が停止。一確のリーチ目だ。中リールに7を狙い、中段に停止。テンパイ音が鳴る。
そして、
「ハイ、当たり!!」
右下がりに7揃い。ビッグボーナスのファンファーレ――コンチ音が北山と豊藤を祝福する。
3号機のコンチネンタルから始まったコンチ音。遊技客が有利になるような、もっと言えば大量出玉に期待できる状況が発生したときに鳴り響く福音は、原曲からアレンジされていまなおユニバーサルエンターテインメントのスロットに受け継がれている。
「社長の奢りでーす」
「えっ――はあ!? 早くない!?」
「たまたまですよたまたま。乱数の機嫌がいいみたいです」
「マジかー! やったな、こいつはサクちゃんの奢りー!」
驚愕する佐久間と盛り上がるソファ席の一同を横目に、ボーナスを消化する。
さて、一連の出来事のからくりを説明しよう。
北山が実行したのは、いわゆる『4枚掛け攻略法』と呼ばれるセット打法だ。これは『4枚掛け打法』や『4枚掛けセット打法』や『4枚入れセット打法』とも呼ばれている。
これが可能なのは、ある特殊なコインセレクターが仕込まれた裏モノだけであり、通常の台には通用しない。攻略法を行えたのは、いましがた北山が打っている初代コンチネンタルと、二つあとの後継機種『コンチネンタルⅢ』のみ。
それらには、四枚目のメダル投入信号――いわば四ベットを感知すると引いたフラグに関係なく強制的にボーナスフラグが成立する、というプログラムが仕込まれていた。メーカーはこのプログラムと、投入信号を不規則に発生させる機能が備わったコインセレクター『CS-90』と組み合わせることで、ノーマルタイプの常識を覆す意図的な連荘を生み出そうとしていた。当然保通協はこんな計画を知らないし想定もしていないため、コンチネンタルは適合試験(その遊技機が規則に則っているかを確かめる試験)にまんまと適合。世に出ることとなった。
しかしこのセレクターには問題があった。スロットは通常リール回転中にメダル投入を受け付けないが、CS-90は特定のタイミングでメダルを入れると投入信号をプログラムに送ってしまうのだ。その結果、プログラムによってボーナスフラグが成立してしまうのだ。
この現象は攻略法として全国に広まった。まだインターネットが発展していなかった時代、人の口で拡散されたこれに、多くのホールが悲鳴を上げる事態となった。
メーカーの瑞穂製作所はホール側の苦情を受けて以降、コインセレクターを四枚目の信号が出ない正常なものと交換する対応に追われる羽目となる。
「いやぁー、裏モノ万々歳ってわけだ」
「裏モノを駆逐するような名前で活動してるのに、そんなこと言っていいんですか?」
「魅力的なのが悪い。あと3号機という括りが悪い」
「それはたしかに。3号機時代を救ったのはほかでもない裏モノですからねぇ」
そんなわけで、北山は自分のところの社長を可哀想な目に遭わせたのである。極悪非道である。
「私もしっかりワイルドキャッツ打ちますかー」
豊藤の前にある台、ワイルドキャッツ。ビッグボーナスのBGMは作曲者不明の名曲『猫踏んじゃった』のアレンジ。スロットという金を必要とする遊びではあるが、曲がとても可愛らしい。ボーナスを引くたびに脳汁と愛らしい曲でストレスが溶けていく、そんな台だ。
「ボーナスのBGMってどのスロットのが一番可愛いと思いますか?」
「可愛いってのは、女子たちが何かを褒めるときに己の語彙の無さをひた隠すために使われる、意味の死んだ『可愛い』?」
「違います違います。文字通りのです。ていうかそういう理由で使ってるわけではないですから」
過分に偏見の混ざった北山の言葉を否定し、豊藤が続ける。
「私は《南国育ち》の『恋のストーリー』です」
「あーなるほど。たしかに可愛いな」
「先輩はどうです?」
「そうだなー……《B-MAX》の赤7」
「どんな曲でしたっけ」
「えっ。えーっと……テレレッテレレーテレレッテレレーテレッテレレッテレテレレレレッテレテレレレテレレレレーレーレーレー……ってやつ」
「はい、先輩が一番可愛いということがわかりました」
「はあ?」
などと言いつつ、しばらくスロットに興じる二人だった。
二十時四十五分。世代ではないスロットを打ち始めて二〇分。
ワイルドキャッツのビッグボーナスを消化した豊藤がおもむろに席を立つ。両手を組んで上に伸ばして背伸びする。ポキポキポキと小気味のいい音が聞こえた気がする。
「追加で飲み物頼んできます。先輩はいりますか?」
「あー、じゃあシャーリー・テンプル・ブラック」
「了解です。グラス持っていきますね」
「ありがと」
ちょうど空になったグラスを豊藤に渡し、手についた水滴をハンカチで拭く。北山はいま、コンチネンタルのリール制御を調べているところだ。
このスロットが世に出た時代はインターネットなんてまったく普及していず、ホールに設置される前に得られる情報はたいていパチンコ系雑誌からきていた。
設置されたらされたで、解析情報が雑誌に載るまでは自力で台の調査をする必要があった。小役とボーナスの確率、設定差、リーチ目、リール制御――自分で実践して調査するのもいいし、常連客から聞くのもいいし、軍団に入って情報共有するのもいい。雑誌に載る情報は完全な解析がなされたものでもないため、情報の確度を上げるためには自分で積極的に調査する必要があった。
つまり勝率を上げるためには、北山たちが生きるいまよりも自分で何とかするしかない時代だったのだ。
――というわけで北山は、ネットに頼らず目の前のスロットを解析してやろうとしている最中だ。
「ベル滑ってきてテンパイ外れは入ってると思っていいのかな……?」
コンチネンタルは先ほどからボーナスを連荘している。ゲームセンターのスロットにあるような全6設定かはわからないが、とにかく当たりが軽い。リーチ目らしき出目が現れると、ボーナスを数ゲームほどわざと揃えず、当選後のリール制御を調べていた。
「中段チェリーは鉄板でいいのかな。小役重複はないから、多分当選後に出るんだろうけれど……あと角チェの場合は中リールのチェリーが……」
豆電球の儚い光に照らされた三つのリールを猫背で覗き込み、眉間に皺を寄せて出目を凝視し、独り言をぶつぶつぼそぼそ垂れ流している。バーに来てまでいったい何をやっているんだと言われても仕方のない光景だ。
レトロスロットを打つのは楽しい。ホールに置いてあるスロットを打つのとは違う、まったく種類の異なる好奇心と高揚感、愉楽がある。先人が挑んだ古いマシンに、現代になって挑戦できるから。
人々を正の方向にも負の方向にも熱狂させたこのコンチネンタルは、世代を超えてスロット打ちの前に立ちはだかる。筐体に込められた人々の願い、想い、望み、欲望――実践すると、その気持ちがレバーとボタンを通じて伝わってくるのだ。
それを一言で言い表すのなら――『青春』だ。
コンチネンタルだけではない。隣にあるワイルドキャッツ、バニーガールもそうだ。当時の人間たちの夢と希望を一身に受けたスロットは、勝った嬉しく楽しい思い出と負けた悲しく苦しい思い出を同時に与えた。これを青春と言わずして何と言えよう。
「これの時代の熱量は凄かったんだろうなぁ」
過去と現在を対比させるつもりはない。ただ、熱狂的な時代の雰囲気を体感してみたかっただけである。
「――あれ、シーちゃん?」
熱い想いを胸にコンチネンタルに向かっている北山の後ろで、誰かを呼ぶ女の声が聞こえた。やたら高く、耳に障る声だった。
シーちゃん。シーちゃん? この呼び名で印象深いのは――優子がVTuberやってたときのニックネーム。
振り向くと、カウンターの側で両手にコリンズグラスとゴブレットを持ったまま固まっている後輩の背が目に映る。
そして、後輩の奥に二人の女が立っているのがわかった。
どちら様……?
ところでストックが枯渇しました。そしてこのタイミングでインフルエンザを発症しました。神は私を見捨てたのか。
※2025年7月21日追記
8月中に投稿します。