その清楚系、パチカスにつき。 作:継続率3000倍
新年度が始まり、北山の生活に大きな変化が生じた。まず後輩ができたこと。次に働く場所が変わったこと。
後輩ができ、仕事を教える立場になった北山。未知の不安が自身の仕事に障らないか少し心配だったが、しかし幸いにも後輩の豊藤は即戦力であり、上司から任された仕事に喜々として取り組んでいた。先輩としての仕事は、仕事を教えるのではなく、あくまで仕事をサポートする――結果に、北山の負担は大幅に軽減したのだった。
そうなると、一番大きな問題は後者――働く場所が変わった。変わってしまった。
在宅勤務はデスクワークを主な業務とする会社員に与えられる唯一無二の特権。隣の席の社員、上司の目を気にせず仕事を遂行できる。こと北山に関しては会社でやることといったら在宅勤務時とそう変わらないが、なにかと理由を付けて雑用を押し付けられるという面倒は避けられる。
――しかし、今年度の北山は、どうやら面倒を避けては通れないようだった。
その面倒、コピー用紙の補充やシュレッダーのゴミ処理やオフィスの清掃というような雑用ならどれほどマシであったか。
「おはようございます!」
「おはよう……」
これまで数回に亘り北山に後輩ができたこと、北山は後輩という存在を少しばかり疎ましく思っていることを代弁してきたが――ここまではまだいい。ただただ後輩ができたというだけであり、今後できてしまうのだろうと北山は心のどこかでそう思ってもいた。
で、この後輩――、
「先輩、コーヒー淹れてきました!」
「あ、ありがとう」
「先輩、お昼、ご一緒してもいいですか?」
「いいけど……」
「先輩、肩こってませんか?」
「……気にしないでいいから」
「先輩、新歓抜け出しませんか?」
「そんな大学生みたいな」
理解できないほどグイグイ来る。
後輩、豊藤の面倒を見て早々二ヶ月――分かったのは、どういうわけか北山への距離感が異様に近いこと。周りの社員から見ても簡単に分かるくらいの懐き具合で、社員の一人は「後輩用マタタビでも仕込んでんじゃないのか」などと笑っていたが、本当にそういった代物を隠し持っていても不思議ではないほど豊藤は北山を短期間で慕ったのだ。
当の北山もこの事態に困惑していた。豊藤が会話しているところ見ていたが、自分以外の社員とは適切な距離を保って接しているのを目の当たりにし、自分とのあの距離感は一体なんなんだ、物理的にも精神的にも――と北山は頭を抱えたものだ。
一体なにが、彼女をそうさせる。先輩と後輩という関係を持って、たった二ヶ月。北山は豊藤がどういう人間かを察するのは、まだ先になるだろう。
――別に嫌ではない。北山は後輩の面倒を見るのを煩わしく思っているだけであり、豊藤自体に悪感情は抱いていない。むしろ逆だ。仕事は早く、指示の意図を深く読み取り、完璧に近い形で提出してくれる。できる後輩だ。別段鼻は高くならないが、先輩として嬉しく思う。
ただ豊藤には、北山にとってこれだけはやめてほしいことがある。
新年度が始まって初めての週末――都内某所の居酒屋で株式会社Eveの新人歓迎会が行われ、北山はこれに参加した。
参加自由、ただし新入社員は強制参加。北山にとってEveの悪しき風習であり、廃止すべき“飲みニケーション”。これは酒好きを大義名分とし飲み会で騒ぐのが好きな役員のために行われているようなもので、北山は新入社員としてこれに参加し、以降新人歓迎会含む全ての飲み会に断りを入れている。
ではなぜ北山が本年度の新歓に参加したのかというと、参加を強制される後輩の手前、非参加は忍びなかったからだ。
居酒屋に入って注文。普段酒を飲まない北山にとって、久々の飲酒だった。注文したのはビール。サイズは中。
一向に届かないつまみを待ちながら届いたビールをちびちび飲んでいると、先ほどまで上長のジョッキにビールを注いでいた、隣に座っている豊藤が耳元で言ってきた。
新歓、抜け出しませんか――と。
この場に長居したくなかった北山は、なんか話の導入みたいだなと思いつつ、トイレに行くと装い目を盗んでバッグを持ち豊藤と店を脱出した。
「バレませんでしたね」
「まあバレてもここまで来たら帰るけど」
上手いこと飲み会を抜け出せた北山は、提案してくれた豊藤に軽くお礼を言い、踵を返して駅に向かう。
「これから二人だけでお店に行きませんか?」
が、豊藤のこの提案に足を止めてしまった。
正直帰りたかったが、しかし豊藤の人となりを知るいい機会ではと思った北山は、これを承諾。居酒屋で空いているところはないかと探しに繁華街へ繰り出した。
この時期はどの居酒屋も飲み会の客で溢れかえっていて、いずれも新人歓迎会の類だった。
十軒ほど探し、都合よく空いていた居酒屋はお座敷の個室居酒屋で、これもまた二人にとって都合がよかった。
そこでは北山は酔いたくないとしてノンアルコールのカシスオレンジ、豊藤はハイボールを注文し、本日二度目の乾杯。
酒の肴をつまみながら業界のこと、仕事のこと、趣味のこと(北山は自分がパチンコやスロットが趣味であるのを隠しつつ)など、他愛のない話で盛り上がった。
飲み始めてから、大体二時間。時刻は二十三時を回り――あと一時間もすれば、終電の時間。最悪タクシーで帰宅すればいいが、しかし鉄道なら安く済む。
豊藤は酒が好物だそうで、少なくとも十杯以上は飲んでいた。それも七パーセントとか九パーセントとか、比較的アルコール度数が高い酒で、さすがにペースは考えるよう助言したが豊藤は「こう見えてお酒には強いんですよ?」と豪語していた。この子の肝機能はギネスレベルかと怖れ慄く北山は、とうとう潰れてテーブルに突っ伏した豊藤を見て、ある種の安心を得た。
店員に言って先に会計を済ませた北山は、しゃがんで豊藤の肩を叩いて起こそうとするが、これがなかなか起きない。どうしたものか呆れる北山だが、豊藤は少し呻くと、急にガバッと体を起こした。酔っ払い特有の奇行かと驚き尻もちをついた北山に、豊藤がもぞもぞと四つん這いになって近づき、顔を北山の胸に埋め、腕を背中に回して胸を密着させた。
は?
笑い上戸、泣き上戸、怒り上戸に絡み酒――酒は人をありのままの姿に戻してしまう。その人が持つ道徳観を見事に引っ張り出してしまう悪魔の液体。『酒は飲んでも飲まれるな』――この格言に忠実に従い生きてきた北山は、“酔っ払い”がどうしても苦手だった。父親が年中酒に溺れた生活をしていて、それを見て育ってきたためだ。その類の人間が事件を起こしてよく警察沙汰になるが、自分も酒を大量に飲んだら、もしかしたらああなってしまうかもしれない。実際どうか分からないが、ないとは言い切れない。酔っ払いの面倒臭さ、うざったらしさ、危険さ――北山は酒に飲まれる人間を快く思ってはいなかった。
――理性が消えてしまうほど飲むのは考え物だ。そう、例えば北山に抱き着いて胸を押し当てているこの女のように。
「え、ちょっと」
「せんぱ……い」
だらしなく笑い、胸に顔をうずめて深呼吸。豊藤の息は谷間にかかり、背筋に寒気がゾゾゾと走る。
引き剝そうと肩を摑むが、そうはさせまいともっと強く抱き着いてくる。そうすると腹に当たった豊藤の双丘がより密着し押し潰される。
「いい匂いですね、せんぱいの体臭」
「柔軟剤の匂いだよ! あ、おいちょっとどこ触って――」
後輩を引き剝したい先輩と、反比例してもっと抱き着いてくる後輩のやり取りは、あと四十九分ぐらい続く。
――さて、北山が豊藤に思う“これだけはやめてほしいこと”。それは、酒を飲むなということではない。それはある意味北山にとって最重要事項であり、北山の莫迦げた強度を誇る精神を一瞬で蒸発させる二つの核爆弾であり、つまりどういうことかというと――、
「――クッソデカい……」
その行為は、時として人の精神――プライドを崩壊させてしまうのだ。
一応フォローしておくが、北山が小さいわけではない。豊藤が大き過ぎたのだ。
「うぅ……くちくち……」
「変なこと言うなよ酔っ払い」
なんだかんだあったが、あれから二ヶ月。週明け、その日の記憶がないと、なにか失礼なことを言ったりしていなかったかと問うてくる豊藤に北山は「ずっと寝てたよ」とだけ返し、その日のパチンコ投資額は五千円ほど増えた。
仕事のほうだが、北山も豊藤も優良進行。つつがなくこなしていけば、豊藤もゲームの企画に携わっていくはずだ。
そんな六月某日。《滅魔士》と他企業のコンテンツとのコラボ企画の会議が行われた。召集がかかった北山は、後学のためにと豊藤を同行させた。許可は得ている。
話を聞いたのは一昨日とかなり急で、確定ではないがシナリオを任せるかもしれないと斎藤から言われていた。どことコラボするのか、聞いた北山は「なぜそこと?」と首を傾げた。
先方の担当者二名とEveの総監督、《滅魔士》の監督の里見、シナリオライターとして北山、見学の豊藤――六人で行われた《滅魔士》コラボ企画の会議だが、名刺交換をし、資料を渡され、北山は目を細めた。
株式会社大東事務所。VTuberグループ《VReactor》。
コラボの内容――ソーシャルゲーム《滅魔士RPG》に、VReactor所属タレント三人を出演させること。
胸の大きい、いい後輩。
あ、言っときますけどこの小説は百合小説ではありませんからね。後輩からの距離感がバグっているだけです。
パチンコやVの話をなかなか出せなくて申し訳ない所存。もう少し待ってくれ。
あとサブタイについて、例の名作を貶す意図はありません。先輩が発狂しているだけです。
あと評価してくれたら嬉しさのあまりバイクでバイパス疾走してカーブが曲がり切れず死にます。