その清楚系、パチカスにつき。 作:継続率3000倍
春の稲毛にて
体を震わす絶望の季節が終わり、ようやく千葉に春が到来した。暖かく穏やかなそよ風が吹きつけ、短く切り揃えられた髪をさらりと揺らす。風に運ばれ、肩に舞い降りた愛らしい花弁を手に取る。淡紅色のそれに、日本人は毎年魅了されてしまう。
幕張のイオンモールに隣接するさくら広場――三二〇〇〇平米の広い敷地にて、五〇五本ものソメイヨシノが満開だ。
稲毛から幕張に久々に足を延ばしていた北山は、まともに花見をしたことがなかったのを思い出し、買い物ついでに足を運んでいた。写真を撮る客を横目に、トートバッグを肩に提げ、誇らしげに咲く日本の象徴を目に焼きつけていた。
あの日から随分と経った。豊藤の言葉によって、自分の心の奥底にあった、自分ですら認識できていなかった枷のようなものがぽろっと外れて、曇っていた視界が明瞭になった。
大学時代、恋を経験したことのない北山のために、岡崎肇が演じてくれた『理想の恋人』――あれは甘美な毒であった。恋愛弱者である当時の北山にとって、それはまさに劇毒だったのだ。
北山にとって岡崎肇は、いまでも大切な後輩だ。だが、もう自分の
「……帰ろうかな」
だから、髪を切った。自慢の長い髪を、バッサリと切り落としたのだ。過去の恋路、そして過去の自分とはおさらばして、その象徴たる髪に別れを告げたのだ。
北山と言えば黒髪ロング――このイメージが強過ぎただけに、近しい人らは北山の変化に大いに戸惑った。
銀子と共子に「どの野郎に泣かされたッッ!?」と詰められた。星田に「何でも話して。私が力になる」と、とても心配された。職場の連中は特筆すべきリアクションを見せなかったが、唯一高砂は「気にしすぎるなよ」と不器用な気遣いを見せた。左野と小森から「カッコいいです!!」と褒められた。綿貫は「次は姫カットにしましょうよっ!」といつも通りの明るさで接した。
豊藤は――「貴方はいついかなるときでも、お綺麗です。でも、笑顔がこれまでよりずっと柔らかくなりましたね」と、事もなげに告げた。
現在、北山はハンサムショート。その長身と美貌との相乗効果で、知的な魅力をこれでもかと見せつけている。傍から見たらこの北山は、理系の才女だろうか。実際はゴリゴリの文系だが、才女には変わりない。重要なのはその魅力に説得力があるかどうかだ。
ともかくいまの北山は、いままでとは異なる印象を周囲に持たれている。北山と親交がある者は皆、口を揃えてこう言うだろう。
――いまの彼女が、いままでで一番輝いている、と。
「んっ」
駅へ向かう道中、着信が。共子からだった。
「もしもし」
「もひもひ洋ちゃん? いま大丈夫?」
「いいよ。寝起き?」
「うむ……ふわぁ」
間抜けな欠伸が聞こえてくる。それが電話越しに伝わってきて、つられて出そうになるのをどうにか噛み殺す。
「あー……ほら、結構前に山電氏用の2Dアバター作ってるって言ってたじゃん? 書いてる話に似つかわしくない、山電氏の清楚キャラをイメージしたやつ。それのモデリングがやっと終わってさ」
「前に話してたやつな。だいぶかかったね」
「モデラーのプライベートでのいざこざが結構長引いてねー。いまさら変えることもできないしさ」
「そっか。で、いつ配信すんの?」
「洋ちゃんさえよければいつでも」
「わかった。ちょっと今後の配信スケジュールとか確認したあとにまた連絡するわ」
「オッケーりょうかーい。あっ今日の夜の配信楽しみにしてるね!」
「どーも」
通話を切り、スマホを尻ポケットにしまう。
いつだったか、共子が勝手に企画しだした山電氏のVTuber化計画が、しばらくぶりに進んでいるようだ。どうしてアバターを用意することにこだわっているのかよくわからないけれど、まああの子が考えることはいつもよくわからないし、いいか。いつものことだ。
そのことよりも、まず今日の配信について準備をしておかなければ。
――この日の晩、北山宅にて、ゲスト二人を招いた配信を行う。
ゲスト二人とは当然――星田と、豊藤だ。
ロヴァニエミ空港へと向かう車の中で、北山は豊藤に謝った。心配と迷惑をかけて申し訳ない。もう過去を引き摺らないから、どうか許してほしい。
豊藤の回答はシンプルだった。
「私は最初から怒っていませんよ。迷える子羊を導いただけですから」
バチコーンとウィンクをかましてそう返してくるものだから、雰囲気を壊されて、おかしくて笑ってしまい――そして、泣いた。北山が恐れていた関係の崩壊は起こらず、安堵が押し寄せてきて、思わず優子を抱きしめてしまった。
……絆されたなぁ、私。
人間関係なんて脆いものだ。何かの拍子にすぐに崩れてしまう。そう思っていたのに、いざ崩れるかもしれないと感じると、その繫がりを守るために周りが見えなくなってしまった。弱いんだな私は、と自嘲して、薄い笑みを浮かべた。
すでに取得していた有給については、そのまま消費することにした。休んでいる間、北山は一切の創作活動を行わなかった。
世間が仕事始めでヒイヒイ言う中、家にこもって未読の小説や漫画を読み、アニメを視聴し、ライバルメーカーのゲームを遊んで、マイホを訪ねてパチンコを打った。スロットではなくパチンコなのは、設定やらモードやら周期やら、まどろっこしいものを気にする必要がないから。そのオーナー店長である瑞穂に会ったら「憑き物、落ちた?」と聞かれて、人って意外と人を見ているものなのだな、と感心した。
そして現在。年末から続く忙しさは相も変わらず、北山は新作のために日々シナリオ執筆に勤しんでいる。
「いつでも開始できるようにしておこうかな……」
二十時。二時間後に始まる配信に備え、スロットの前にカメラをセットし、YouTubeの配信設定画面を開く。
本日の配信で遊ぶのは、ユニバーサルエンターテインメントの《アナザーゴッドハーデス》。5号機を代表するAT機の一つだ。撮れ高の期待値は高いはずだ。
カメラと接続し、サイト側がカメラを認識しているのを確認。
次にタイトル。普段であれば、配信する機種の名前を入れたり、複数ある場合はその場しのぎの適当な文言を入れて配信タイトルとしている。
去年五月にやった配信のように、あの二人が参戦する。《パチンカスX》に二人が出演するのは、これが二回目だ。一部の人間にとっては待ち侘びた配信だろう。
「まあ適当に……」
配信タイトルを入力する。スロットの機種名と、『例の二人も出るよ』などという言葉を適当に入力した。
あ、そうだ。
入力した文を消去して、思いついた文を打ち込む。
『その清楚系、パチカスにつき。』
共子の「山電氏の清楚系キャラをイメージした」という言葉を思い出し、それを取り入れたタイトルだ。
清楚なキャラを意識しているわけではなかったが、果たして山電氏として配信に出演する際、視聴者は本当に山電氏を清楚と思うのだろうか。いささか無理がある気がする。
タイトルを消して――しかしコントロールゼットで元に戻す。
そういえば優子がSevenSYとして活動していたとき、その業界で言うところの『清楚系』枠の一人であったのを思い出す。
そして、星田は言うまでもなく清楚な女だ。本物の清楚をほしいままにする、中々お目にかかれない希少な人物だ。
このタイトル、むしろ良いかもしれないな。
立ち上がって背伸びをすると、インターホンが鳴る。オートロックのほうだ。応答し、開けて中に通す。
「……」
二年前――二〇一九年の三月に星田と再会し、四月に豊藤との関係が始まった。今日に至るまで、この二人との関係は途切れたことがない。
二人との出会いは、北山の明確な転換点となった。打算のない純粋な温かさに
ゆりは友達の尊さを教えてくれた。
優子は無償の愛の尊さを教えてくれた。
ありがとう。本当にありがとう。
二人と出会えて、私はとても、幸せだよ。
「来た」
インターホンが鳴った。玄関のほうだ。二人が待っている。
リビングを抜け、廊下の電気を点ける。鍵を開けて扉を開けると、二人はにこやかに笑っていた。
春の夜の、少しひんやりとした空気が、頬を心地よく撫でる。それと同時に、二人から漂う洗練された香水の匂いが、外の冷気とともにふわりと鼻をかすめた。
春を告げるような二人の笑みを見て、胸の奥がじんわりと温かくなる。
もう、振り返る必要はないのだ。
短くなった髪が、新しい自分を祝福するように揺れた気がした。目の前にはただ、愛おしい
親友たちを、北山は歓迎する。
本編完結です。5年弱に亘るお付き合い、本当にありがとうございました。ここまでついてきてくださった読者の皆様には感謝してもしきれない思いです。
あくまで本編が完結しただけなので、作中で一番謎の残る人物については、ここではない別の作品として書こうかなと思います。もはやVTuberとかパチンコとか、関係なくなるので。いつになるのやら。
しかしこの物語、後半になるにつれてパチンコからどんどん離れていってしまいました。ぶっちゃけパチンコ要素は本当に必要だったのか、とさえ思うこともありましたが……まあ、書いたものはしょうがないですよね。勢いで書いちゃったのが始まりなので。
ともあれ、拙作を支えてくださった読者の皆様には精一杯の感謝を送ります。
ありがとうございました!
それはそうと次の夏コミでコミケ/オールナイト篇を本にして出すのでもしよろしければお越しください。サークル名は《都築啓二》、日曜日、西地区 “な”ブロック-09a (西1ホール)にてお待ちしております。
最終話ぐらい感想と評価をくださーいッッ!!