その清楚系、パチカスにつき。 作:継続率3000倍
週末。いつも通りの朝がやって来た。
豊藤は仕事をよくこなしてくれている。指示に忠実で、斬新なアイディアも出してくれる。もう自分が付く必要はないのでは、そろそろ部長に相談してみてもいい頃合いではないか、と思い始めていたが、これからしばらくそうもいかない日が続いていく。
早くオフィスから離れ、自分以外誰もいないところで仕事がしたいと思っている北山は、重い足取りで部屋を出た。
本日はコラボ企画第一弾――VReactor所属VTuber三人による《滅魔士》シリーズ最新作のプレイ配信を行う。
場所は本社オフィスの小会議室。壁に設置してある大きなモニターにパソコンの画面を映し、VTuber三人は部屋の中心、モニターに対して横に置かれた長机の席につき、ゲームを進めていく。
その場に同席するのは、《VReactor》運営の大東事務所から、マネージャー一人と技術系職員二人、VTuber事業部のトップで大東事務所側のプロジェクトリーダー大東。Eveから、《滅魔士》監督兼Eve側のプロジェクトリーダー里見、《滅魔士》メインシナリオライターの北山。――この企画に際し、北山はシナリオライターとして特に滅魔士に携わってきたため、箔を付ける意味も込めてメインシナリオライターに就任した。ただし、やることは今までと変わらない。滅魔士はPCゲームから始まり、家庭用ゲームに移植したり、格闘ゲームになったり、ソーシャルゲームになったりと世界観を大きく拡げてきた。そのため、ストーリーをまとめ上げる者が一人はいてもいいだろう。《滅魔士》の開発者にして一人のファンである北山にとっては光栄であった。
配信に同席するEveの二人は、VTuberの配信のサポートという名目で参加するが、実際はVTuberのお目付け役だ。《滅魔士》延いてはEve側になにか不利益になるような言動を取らせないためだ。北山はVReactorのVTuberがどういう人物であるか知らないため、前日になって本人らの配信アーカイブや配信の切り抜き動画を観て人となりを調べていたが、今のところ三人とも不適切な発言をするような人物とは思えなかった(内一人は現実の知り合いだが、人となりを把握できる間柄ではない)。本番でもいつもの調子で配信してほしいと念じる北山だった。
現在、十八時三十分。Eveでは十七時三十分が定時で、北山にとって何年振りかの残業だった。
機材の準備は大東事務所の連中と里見とで行うそうで、北山は里見から時間まで好きにしていていいと言われた。お言葉に甘えて、ビル一階のカフェテリアで私物のノートパソコンを開き、近々催される同人誌即売会の原稿を書き進めていた。
書いているのは、新刊に先着百名限定で付ける予定のおまけコピー本。新刊は既に脱稿し、頼りにしている印刷所には入稿を終わらせている。北山は速筆であり、原稿も基本優良進行。参加する即売会の当日一ヶ月前には新刊の原稿を書き終えているのがポリシーで、様々な同人作家が一度は体験したことがあるような『原稿を落とす危機』を経験したことがなかった。
当のおまけコピー本も、もう少しで仕上がるところだ。
「――」
忙しなく動かし続けていた両手はピタリと止まる。スマホが震え、着信を報せていた。北山は原稿を上書き保存し、パソコンの脇で動く長方形を手に取る。
誰からの着信かと見てみると、“オタクに優しいタイプのギャル”と書かれていた。この着信に応答する。
「はい」
「うぇーいオタク君見てるぅー?」
「脱稿したか」
「した」
「そいつは重畳。あとで確認するからデータ送って」
「うぇーっす」
かけてきた“オタクに優しいタイプのギャル”とは、北山の妹、
「今度の休み、どっか遊びに行こうよ」
「見るだけショッピングで終わる無為な時間は嫌ですが」
「ウィンドショッピングって言ってよオタクくぅーん。まあそこは等価交換ってことで。いい服選んであげるよ」
「じゃあいつも通りの感じね。私は今無性にウイニングボール打ちたい欲とクラセレ打ちたい欲に駆られている」
「ストレス溜めてるねぇ。会ったらいい子いい子してあげる」
「嫌ですが」
大きなイベントでは、この二人は合同サークル“
共子は初めての漫画制作とのことで、新刊が無事に完成するか危ぶまれたが、イベント当日の一ヶ月以上前に脱稿するという姉妹共通の目標は達成できたようだ。ちなみに新刊の内容は、北山の同人小説のコミカライズである。当然、成人向け。
「そういやこれから、例の配信?」
「うん。あと少しで行かなきゃならん。今はよく分からんカフェでコピ本書いてる」
「へぇ。Vの魂に会えるのは役得だよね。腐っても企業勢だし」
「うーん……」
「なに、興味ない感じ?」
うん、と答えてノートパソコンを閉じる北山。左手首の腕時計を見ると、長針はⅨの文字を指していた。
「じゃ、そろそろ行くわ」
「頑張ってねー」
「今日に限ってはなにをどう頑張ればいいか分からないけれどね」
「まあね。あ、そういや――」
パソコンをバッグにしまい、ロッカーに入れておく。北山は小会議室に行く前に用を足しておこうと、トイレへ向かう。
「……」
近づくにつれて、このフロアから到底聞こえてこない様な、姦しい声が耳に届いた。北山はここで働いていて、女性同士の会話など聞いたことがない(Eveの女性社員は北山と豊藤、総務の中年女性のみ)。
誰だろうと思っていると、目的の場所から二人の女性が出てきた。
「――……」
一人は、ライトブラウンのショートヘア、耳朶から大きなピアスをぶら下げた女性。もう一人は、ダークブラウンのオニオンヘアーを肩の高さあたりに下げ、眼鏡をかけた女性。年齢はどちらも二十代前半といったところか。どちらも北山より背は低い。しかし若々しく、瑞々しい。
もしかしてこの二人、例のVTuberの中身なのではないか。そう思っていると眼鏡をかけたほうと目が合った。北山は取り敢えず挨拶する。
「こんばんは」
「こ、こんばんは」
「こんばんは……」
返ってきた二人の挨拶に「そこまで語気強くなかったよね……?」と不安に思いつつ、北山はトイレに入った。
「ねぇさっきの人、滅茶苦茶綺麗じゃなかった!?」
「う、うん、凄い美人だった……圧倒されちゃった」
「こういう会社にもあんな人っているんだね。もしかしてあの人がシナリオライターの人なのかな」
「え、まさか。あんな美人があんなエグい話考えるとは思えないし……多分」
「絶対とは言い切れないよね……」
用を足した北山が手を洗っていると、見知った顔が入ってきた。
星田ゆり――今日は倉島セレナの中身、Vの魂としてEveに来訪している。
「星田」
「――え?」
星田は北山の顔を見た途端、体の動きをピタリと止めた。どうしてここに北山がいるのか分からない、という顔をしている。
無理もない。あのサイゼリヤの場では、北山はエロゲのシナリオライターとして働いていると口にしただけであり、Eveで働いているとは一言も言っていない。星田が目を見開くのは必然だ。当の北山はそれを面白そうに見ている。
「え、ここのシナリオライターだったの!?」
「うん。Eveのシナリオライター山電氏でーす。この度《滅魔士》のメインシナリオライターになりましたー」
「う、嘘ぉ」
「不満か?」
「いや、そうじゃなくて……その、なんていうか」
星田は息を吸う。
「まさか北山さんが、あのゲームのストーリーを作ってるとは思えなくて……」
「よく言われるよ」
はは、と北山は笑った。
短いけれどこれで許してくれや。
しばらくはVに係わる話が中心になるとは思いますが、どうにか合間合間にパチンコの話を差し込むんでそれでどうかご容赦を。