ただの先輩後輩じゃなく   作:とらきちじろう

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書いてから3ヶ月くらい経つけど未だに結構好き。眠っているエアグルーヴ先輩にドーベルちゃんが想いを吐露したりする話。


アタシもいつか、ヒロインに

 エアグルーヴ先輩とのトレーニングの日。今日は空き教室で勉強をして、賢さを上げるのがメインだ。

 隣同士の席に座り、別々の本を読む。時々先輩に質問して、休憩がてら他愛無い話をして。一人で勉強するよりずっと、アタシはこの時間が好きだ。何より、先輩と2人でいられる時間だから、好きなのかもしれない。

 

 トレーニング開始から1時間ほど経った頃。突然、教室の後ろのドアが開き、1人のウマ娘が飛び込んできた。かなり急いで来たのか、息を切らしている様子だ。

 

「エアグルーヴ先輩!トレーニング中すみません……!少しいいでしょうか?」

「ん……?どうした。今行く」

 

 あの娘は……確か生徒会に所属しているウマ娘だ。先輩は呼びかけに頷き席を立つと、アタシに振り向いて、申し訳なさそうに頭を下げた。「気にしないでください」と、首を左右に振って答える。

 ドアが閉められ、すりガラスからは2人の影だけが透けていた。誰かに頼られている先輩を見るのは好きだけど、ちょっとだけ、モヤモヤする。

 気持ちを誤魔化すように本に目を落としてはいても、意識はほとんど耳に向いていた。廊下で話す声ははっきりと聞こえないが、声色を聞く限りあまり楽しい内容ではなさそうだ。

 話が終わり、再びドアが開く。眉間に皺を寄せて、頭を抱えた先輩の姿。嫌な予感がした。

 

「ドーベル、すまない。少し急いで確認しなければならない用ができた。すぐに戻るが、その間自習をしてもらってもいいだろうか?」

「……はい、分かりました!」

 

 廊下を歩く2人の足音が遠くなって、消えた。静かになった教室では、時計の針の音さえもやけに大きく聞こえてくる。先輩に言われたように、1人でもちゃんと勉強しようと本を開いてはいるけれど、内容はちっとも頭に入らなかった。

 

「ふゎぁ……」

 

 窓から差し込む日の光が、自然と眠気を誘う。何度か欠伸を噛み殺したが、次第に首が前に倒れていく。ダメだと言い聞かせるように、首を横に振って、この睡魔に抗おうとしたけど……アタシは気付かないうちに、眠りに落ちていた。

 

 

 とても幸せな夢を見ている。簡単に言えば、エアグルーヴ先輩にもの凄く褒められる夢だ。夢なのに意識はやけにはっきりしていて、腕の下にある机の感覚もまだ感じられた。

 優しくて、大好きな先輩の声がすぐそばで聞こえる。

 「髪が綺麗だ」とか、「笑顔が可愛い」とか……「ずっと一緒にいたい」とか。普段だったら恥ずかしくて聞いていられないような言葉も、夢の中のアタシはフワフワした気持ちで聞いていた。

 段々と、意識が深いところに落ちて、声が遠ざかる。胸の中は幸せな気持ちに包まれていた。

 

 

 固い机の感触。頭の下に敷いた腕が痺れている。目を開けると、開いたままの本と、その向こうにうっすらと先輩の姿。

 アタシ、寝ちゃってた……!?一気に心臓が早鐘を打つ。飛び起きて、謝罪の言葉が一番に飛び出た。

 

「せんぱいっ!ごめんなさ――」

 

 隣の席の先輩を見て、その言葉は途切れる。先輩は、机の上で穏やかな寝息を立てていた。

 

「寝て、る……?」

 

 安心して、肩の力が無意識に抜けてしまった。けど、安心してる場合じゃない。先に寝落ちてしまったのはアタシの方だ。申し訳なさを感じつつ、先輩の顔を覗き込む。本当はすぐにでも起こして、トレーニングを再開しなきゃなんだけど……。

 

「……寝顔も、綺麗だな。先輩」

 

 アタシは、その姿に見惚れてしまっていた。

 眠っていても変わらない凛とした顔つき。顔にかかる髪は滑らかで、耳の毛並みも美しい。白く透明な肌も、そこに映える真っ赤なアイシャドウも。

 ――本当に、綺麗だ。自分の醜さが嫌になってしまうくらいに。

 綺麗なのは容姿だけじゃない。いつでも気高く、誰より努力する心の在り方。多くの人に信頼されて、レースでも結果を残す、その貫禄。エアグルーヴ先輩の素敵なところなんて数えたらキリがない。

 

 それに比べて、アタシは顔も性格も、嫌いなところばかりだ。

 ……特に、最近のアタシは、何かヘンだ。

 先輩と他の誰かが一緒にいると、誇らしいのに、なぜか目を逸らしたくなって……嫌な気持ちが、心の奥に溜まっていく。アタシに見せない表情を見せる他の娘に、友人にまで嫉妬してしまう。

 

 スズカと走っている時の先輩は、どんな時より真剣で。

 タイキと話す先輩は、呆れながらも、いつもより楽しそうで。

 ルドルフ会長といる時の先輩は、尊敬と敬愛の思いで溢れていて。

 

 そんな子供じみた嫉妬は、結局、自己嫌悪の裏返しだということも分かっている。

 

 ――スズカみたいな圧倒的な速さがあったら、先輩のライバルになれるのに。

 ――タイキみたいな明るさがあったら、もっとたくさん先輩と話せるのに。

 ――会長みたいな威厳と実力があったら、先輩の心を、アタシに向けられるのに。

 

 本当に、自分が嫌になる。こんなことを考えてしまうところも、変われないところも。

 

 ふと、さっき見ていた夢を思い出して、呆れて笑ってしまった。夢の中の自分の方が、よっぽど素直だ。本当は先輩にたくさん褒めてもらいたいし、先輩の大事な存在になりたいと思ってるのに。実際のアタシは……そんなこと言える訳なくて。

 

 この気持ちの正体、分かってるんだ。少女漫画のヒロインと同じ。その人のことを考えるとドキドキして、他の誰かと一緒にいると苦しくて……独り占めしたくなる。この気持ちの名前は。

 

「アタシ、やっぱり先輩のことが好――」

 

 抑えきれない思いが口から溢れたちょうどその時、先輩の耳がビクッと動いて、目蓋がゆっくりと開いた。深く蒼い瞳が、私を捉える。

 

「え……!せんぱ、い……いつから、起きて……」

「ん……っ!すまない、ドーベル……!!私としたことが、居眠りをしてしまうなどとんだ失態を……!」

 

 勢いよく起きた先輩の謝罪が、驚きと恥ずかしさで固まっていたアタシの言葉を遮った。

 

「……ドーベル、どうした?顔が赤いぞ」

「いや、な、なんでもありません!」

 

 びっくりしすぎて、心臓が飛び出そうだ。アタシの、さっきの……告白、聞こえてないよね……?

 

「む……もしかして、私は寝ている間に何か変なことを口走っていたか……!?」

「……え?ふふっ。それは全然、大丈夫です!」

 

 まだ少し眠そうな先輩の声。そして、心配事が余りにも普段の雰囲気とかけ離れていたから、思わず笑ってしまった。

 

「しかし、本当に面目ない。先に起きていたのなら起こしてくれて良かったのだが」

「も、元はと言えばアタシが先に寝ちゃってたので、先輩が気にする必要ないです!……先輩こそ、戻ってきた時にどうして起こさなかったんですか?」

「いや、その……」

 

 先輩は急に歯切れ悪く、目を逸らす。

 

「お前の寝顔が……とても可愛らしかったから、しばらく眺めていたのだ。それに、ずいぶん気持ちよさそうに寝ているから、つられて眠くなってしまったというか……」

「……!!」

 

 予想外の返答に頭がパンクしそうだ。先輩がアタシの寝顔を見てたこととか、つられて寝てしまったこととか。恥ずかしいし、信じられないし、可愛いし。

 

「いや、言い訳をするのは良くないな。私の意識が足りなかった。すまない」

「こ、こちらこそ、ごめんなさい。せっかくのトレーニングの時間を無駄にしちゃって。……あ、あと!」

「ん、どうした?」

「その……先輩。起きる前にアタシが言ってたこと、聞こえてないですよね……?」

 

 一番の不安を問いかけると、先輩は不敵な笑みを浮かべた。

 

「どうした?何か私に面と向かって話せないことでも呟いていたのか?」

「……え!?ああっ、えっと、違っ……!き、気にしないでください!!」

 

 完全に聞かない方が良かった。寝起きの頭で、色んなことが起こりすぎて、正常な思考ができなくなっている。首をブンブンと振るが、先輩の強気な表情は崩れない。

 

「ふっ、冗談だ。詳しいことは聞かないでやろう」

 

 そう言うと、先輩は立ち上がり、私の頭を軽く撫でる。温かく優しい手。嬉しくて自然と笑みが溢れてしまう。

 

「だが、そういう風に聞くということは」

 

 ふと、手の動きが止まる。見上げた表情はどこか不安げだった。

 

「私が、その……お前が寝ている間に呟いていたことも……聞こえていないだろうな?」

「……え?」

「いや、聞いていないならそれでいい。……気分転換に、食堂に甘いものでも食べに行くか?」

「……はい!あ、でも……」

「む。ドーベルはトレーナーに甘いものを控えるよう言われているのだったか」

 

 マックイーンと同じく甘い物に目がないアタシは、食べすぎないようにトレーナーに厳しく言われている。でも、最近は頑張って我慢してるし、せっかくのお誘いなのだから、食べたいというのが本音だ。

 

「アタシは、食べたいです!その……トレーナーには怒られるかもしれないですけど……」

「勉強というのは思っている以上に体力を使うものだ。それほど心配する必要はない。もし何か言われたら、私も一緒に謝ろう」

「えっ!そ、それはさすがに、申し訳ないというか……」

「ふむ、そうか。それなら……2人で半分ずつ食べるというのはどうだ?」

「あ……!それ、いいと思います!」

 

 教室を出て、先輩の少し後ろをついていく。後ろ姿を眺めながら、さっき先輩が言っていたことを思い出していた。アタシが寝てる時、先輩……何か言ってたのかな。

 寝ている間に何かあったかといえば……そう、夢を見てたんだ。それは、先輩に褒められる、とても素敵で、鮮明な夢で――。

 

「……え」

 

 もし、もしあの夢がアタシの妄想じゃなくて、先輩が、本当に言っていたことだったら。綺麗とか、可愛いとか……一緒にいたいとか、本当に先輩が思ってくれていたら。

 

「ど、どうしよう……」

 

 自分でも聞こえないくらい小さな声で呟いた。

 鼓動と呼吸が速くなる。顔が熱い。

 もちろん、現実だ、なんて本気で信じてはいないけど、恋する乙女が勘違いして、希望を持つには十分だった。

 

 アタシは他の娘みたいにはなれない。けど、やっぱりアタシなりに、まだこの恋を諦めたくない。

 

 あの幸せな夢が、夢じゃありませんようにと願った。いつか大好きな先輩の手を握れる日を、少女漫画のヒロインのように夢見ている。

 

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